元夜間パイロットの白昼期   作:ことり

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第五話

 ジトッと湿った服が肌に張り付く不快感と、意思に反して暴れる鼓動が苦しさに目を覚ました。時刻はまだ夜明け前だった。

 バッヘムは体を起こして深呼吸を数度繰り返しながら見ていた夢を思い出さないように努めた。五分ほど蹲って落ち着くのを待ったら今度は残った不快感を取り去るために男性宿舎へシャワーを浴びに向かった。その道中、自主訓練中の坂本と鉢合わせた。

 

「おはようございます」

「あぁおはよう。どうした、顔色が悪いぞ」

「いいえ。夢見が悪くて寝汗がすごかったのでシャワーを浴びに行くところです」

「そうか、それは災難だったな。というかバッヘムも悪夢を見たりするんだな」

「えぇまぁ人並みには。というか、少佐達の間では私はどんな人間と思われてるのですか?」

「良い奴だと思ってるよ。ただまぁ時々無機質なところがあるがな」

「そうですか……とりあえず急ぐのでこれで失礼します」

「あぁまた後でな」

 

 坂本と別れ手早くシャワーを済ませたバッヘムは、今度は風呂上がりの熱気が服の中に篭もる暑苦しさに苛まれた。

 元々着ていた服を自室の洗濯物入れにしまい込み食堂へ向かった。既に朝食はあらかた完成しており、来た者からそれぞれ席について食べ始めていた。

 

「おはようございますバッヘムさん」

「おはようございます宮藤さん」

「あの、バッヘム曹長ってたしかカウハバに務めてましたよね?」

「えぇ、はい」

 

 その瞬間、宮藤とビショップの目が期待で輝いた。

 

「カウハバ基地が迷子になった子供のために出動したらしいんですけど、バッヘムさんはそういう所で戦っていたんですね!」

「あなた方は何故それを私に?」

「バッヘム曹長が昔いた基地なら、どんな人が居たか教えて貰えないかなと思って」

「私がいたのは何年も昔です。その頃のウィッチは順当に行けばほとんど上がりを迎えてるのでなんとも言えません。それに私はあまり現場にいませんでしたので。ご期待に添えず申し訳ありません」

 

 話を早く切り上げようと捲し立てるように述べると、何かを思い出したのか暗い顔をした。宮藤はそれをメニューのせいだと思い、嫌いなものがあったか尋ねるも、バッヘムはそれを否定した。

 料理の乗ったトレイを持ち、ヴィルケの隣に座ると手を合わせ小さく数言呟いてから食事を始めた。普段はしないその所作をヴィルケは意外そうに見つつも、それを口にすることは無かった。

 

「どうしたのトゥルーデ、浮かない顔で」

「食欲もなさそう」

「……そんなことは無い」

「おかわりー!」

「うるせぇな」

 

 隣に座っているヴィルケに聞こえるか聞こえないかという声量で小さく呟いた。手早く料理を食べると、食べ始めと同じような所作を取って食事を済ませた。

 食堂を出た足でそのままハンガーへゆくと、新しく来たユニットを忌々しげに睨み付ける。

 整備員の報告では、機体にはなんの問題もなく、また今しがた行ったバッヘム自身の点検でもやはり故障は見受けられなかった。

 

「機体じゃないなら俺の故障か」

 

 つま先の方に洗い残した黄色い塗料は、バッヘムに一昨日の模擬戦を思い出させた。

 ここへ来た時と同様にクロステルマンと組んで模擬戦を行ったところ、結果は一回目とは真反対に終わった。一度目の撃墜を取られてからは普段の基本に忠実な飛び方は姿を消し、精細さを欠く飛行が目立った。

 その後の点検では異常が見られなかったため、バッヘムの不調と結論づけられた。

 ユニットを身につけると動悸が早まり、呼吸が荒くなる。暑く感じるのに背筋は冷たく、不自然に流れる汗がそれを助長した。

 

「何をしてるんだバッヘム」

「坂本少佐、少し付けていただけです」

「お前に限ってないとは思うが、無断での発進は無許可離隊と取られかねない。気を付けろ」

「はい、すみません」

「今朝に増して顔色が悪いが、何かあったのか?」

「分かりません」

「分からないってことは無いだろ、お前のことだぞ」

「ですがどうすれば良いかは分かります。ヴィルケ中佐にお願いしても飛行許可が降りませんでした。少佐、お願いします」

「ダメだ。ミーナにも考えがあっての事だろうし、階級的にもミーナの方が上だ。ならミーナの出した判断に従うのが筋だろう。分かったらさっさと降りろ」

「……了解」

「だがまぁ掛け合うくらいはしよう。お前に頼られるのは初めてだからな」

「ありがとうございます」

 

 バッヘムが発動機から降りるのと時を同じくしてバルクホルンがハンガーへとやって来た。

 飛行予定のないバッヘムが発動機に登っていたことを不審に思いつつも、傍らにいた坂本を見て気にしないことにした。

 坂本はバッヘムを連れて執務室の方へと歩を進めるも、執務室に辿り着くよりも早くその道中でヴィルケを見つけた。

 オペラグラスをとおして不安そうに空を見上げる様子につられて坂本も空を見上げると、そこには明らかに調子のおかしいバルクホルンと平常運転なハルトマンの姿があった。

 

「二人も同時に不調とはな」

「えぇそうね。トゥルーデもバッヘムさんも重要な戦力なだけに不安だわ。トゥルーデはどうも宮藤さんが来てからみたいだし」

「バルクホルンのこともあるが、ミーナ、どうしてバッヘムに飛行許可を出してやらないんだ?」

「珍しい組み合わせだからまさかとは思ったけど……バッヘム曹長には原因究明を命じたはずですが、そちらどうなったのかしら」

「私の精神的なものによると結論付けました」

「根拠は?」

「ほかの可能性が全てありえず、これだけが否定できないためです」

「ブリタニアの探偵みたいなことを言うのね」

 

 剣呑な雰囲気に近くでシーツを干していた宮藤とビショップが不安げに二人の方を見ていた。それに気づいた坂本は次の指示を出し、ひとまず行方を見守ることに決めた。

 

「マシントラブルではありません。整備員による人為的なものでもありません。気候的問題は同時に飛んでいたクロステルマン中尉によって否定されます。健康面に関しては昨日の健康診断で異常がなかったため否定されます。他に可能性があるとしたら私の精神的なものです」

「だとして、精神的に問題のある人を空にあげるとでも?」

「私は以前精神的な問題を抱えていましたが、ヴィルケ中佐はそれを承知で作戦に組み込んでいたことを覚えています」

「隠せていたあの時と隠せない今では問題の質が明らかに違うわ」

「結局あの問題も向き合い続けて解決しました。今度も同じです」

「二人とも少し落ち着け!」

 

 語調や語彙、表情は平時と変わらないものの、そこには現れない憤りを察した坂本は、これ以上盛り上がる前に二人を制した。二人から同時に見つめられ一瞬たじろぐも、まずはバッヘムに口を慎むよう促し、次にヴィルケの方へと向き直った。

 

「分かりました。あなたがそこまで言うなら一週間猶予をあげるわ」

「一週間でどうにかなるような問題じゃないだろ」

「どうにかしてみせます」

「坂本少佐もそれでいいかしら?」

「まぁ二人がそれで納得出来るなら構わんが、話を聞いてると深刻な問題なんだろう? どうするつもりなんだ」

「慣れるまで飛び続けます。前もそうでした」

「ふん、もう好きになさい。一週間後の朝一番で模擬戦での試験を行います。坂本少佐、相手をお願いできるかしら」

「分かった」

「飛行訓練については通例通り申請を受ければ時間外訓練の許可も出しますが、特例は一切認めません」

「無理を言ってすみませんでした。ありがとうございます」

 

 バッヘムが深く頭を下げ陳謝をすると、ヴィルケは大きくため息をついてその場をあとにした。訓練の監督者には一部始終を知ってるからと、坂本が名乗りを上げた。

 時間外訓練の申請書作成のためにバッヘムも坂本と別れ自室へと戻った。それほど時間のかかる書類でもないため、同日の午後前には訓練が始まった。

 今朝のようにバッヘムは自身のユニットの簡易点検を行うと発動機を登った。

 

「滑走路の準備は出来てる、いつでもいいぞ」

 

 先に空へ上がっていた坂本はインカムでバッヘムに離陸許可を出す。

 

「はい」

 

 とても深く深呼吸をした。額に汗が滲むのを感じるものの体温が無くなったような寒気と、指先の震えが止められずにいた。

 魔法力を発現させると、頭から黒と茶色の飾り羽根が生え、尾てい骨の付け根あたりに同じ色の尾羽が生えたことを服に押さえつけられる感覚で察した。

 

「本当に──」

「いきます」

 

 もはやバッヘムには普段どのように装着していたかなど分からなかった。務めて慎重にユニットの装着穴に足を差し込み、よく慣れた接続の感覚に肩を一度ビクつかせた。

 エンジンに魔力を送り込むと唸りを上げ、足元には青い魔法陣が浮かび上がった。爪先のプロペラが丸く残像を残し、離陸をするには十分な回転数にも関わらずバッヘムはなかなか離陸を開始しなかった。

 なかなか上がってのないことを不審に思い坂本は再度呼びかけた。

 

「どうしたんだ、何か問題か?」

「いえ、今行きます」

 

 言葉の端々に少し粗めの吐息が聞き取れた。

 数十秒ほどで離陸し合流したバッヘムの様子は蒼白を極めたようなもので、事情を知らなければすぐにでも降ろしていただろう。

 

「これはあくまで間も予定外の訓練だ、だからあまり長くは付き合ってやれない。辛いだろうが順序よく行くぞ。まずはどれくらい飛べるか見る、私の僚機に入ってくれ」

「はい」

 

 坂本がホバリング状態から一気に速度をあげると、バッヘムもそれに倣って速度をあげた。機体依存が強い左捻りこみのような機動は避けつつも実戦的で鋭い機動を取る坂本に、少々遅れつつもバッヘムはついて行った。

 十五分ほど飛び回ると、再度ホバリングへと戻り、坂本は渋い顔をしながらバッヘムを見つめた。

 

「良くも悪くもないが、普段のことを考えるとかなり落ちるな」

「多分撃たれたらもっと酷くなります。クロステルマン中尉との模擬戦もそうでしたので」

「エイラのように全て避けるとかそういう問題でもないしな」

「この状態での飛行に慣れれば元に戻るはずです」

「そんなこと出来るのか?」

「戦場で出来ませんなんて言い訳にもなりません。ただやるだけです」

「そうか……そうだな、そうと決まればどんどん行こう!」

 

 バッヘムの訓練は午後にある宮藤とビショップの訓練が始まるまで続いた。

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