元夜間パイロットの白昼期   作:ことり

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第六話

「あなた宛てに手紙よ」

 

 ヴィルケは言葉と共に新聞を読むバッヘムの脇に三通の封筒を添えた。バッヘムはそれを一瞥すると何事もなかったかのように新聞に目を落とした。

 食堂には既に食事を済ませた坂本と、給仕をしていたためこれから食事を取る宮藤だけがいた。

 

「それと今日はあなたの誕生日だったわね、おめでとう。今年で十六歳ね」

「そうだったのか、それは目出度いな」

「えっ、てっきり年下とばかり……あっいや、おめでとうございます!」

「ありがとうございます」

「あなたにも誕生日をちゃんと祝ってくれる友人がいるみたいで少し安心だわ」

「世の中には本人も忘れてるようなことを覚えてる律儀な人もいるみたいですね」

 

 新聞を畳むと手紙の宛名に目を通した。一つはオラーシャ語、ポクルイーシキンからのものだ。かなり砕けたブリタニア語の手紙の差出人はオヘア、カールスラント語のものはウルスラ・ハルトマンからのものとなっていた。

 

「バッヘムさん、夕食のリクエストがあればなんでも作りますよ」

「お祝いしてくれるお気持ちは嬉しいですが、普段通りにしていただいた方がありがたいです」

「でもせっかくの誕生日だし」

「世の中には他人の誕生日をわざわざ憶える律儀な人もいれば、自分の誕生日を喜ばしく思わない人もいるんですよ。ご馳走様でした、お先に失礼します」

 

 新聞を畳んでテーブルに置くと、宮藤の視線も気にせず食堂を出た。スケジュール的に自主飛行訓練を組み込めなかったため、バッヘムの機嫌はそこはかとなく悪く、誕生日祝いの手紙はそれに拍車をかけた。

 自室への道中でリベリオンからの封筒を開いた。一枚の便箋と同封されていた写真は「私は元気です」と言わんばかりのオヘアの姿が映し出されている。

 ウルスラからの封筒には同じように一枚の便箋とてんとう虫の飾りが接着された硬貨が同封されていた。

 他の二通よりもサイズが大きく分厚い封筒からは三枚の便箋と一冊の本が封じられていた。便箋の内容はお祝いの言葉、本を同封した理由、提出期限なしの読書感想文提出の言い渡しとなっていた。

 

「読めたらいいなとは言ったがここまでとは言ってない」

 

 自室の机に放り投げるとベッドに倒れ込み文句を呟いた。十分ほど恨み言を吐くと、諦めたような表情で机に向かい便箋を引っ張り出した。

 オヘア向けに半分ほど書き上がる頃、部屋の戸が鳴らされた。

 便箋を裏返し立ち上がったその瞬間、バッヘムの側頭部を窓を突破ってきた野球ボールが殴打した。ボールをくらってよろけた先の壁に背中を強打すると、そのままゆっくりと尻もちをついた。

 

「ぐおぉ……」

「バッヘムさん大丈夫!?  開けるわよ」

 

 一連の音を扉の外で聞いていたヴィルケは魔法力を込めて扉を蹴破り部屋に突入した。ヴィルケの目に真っ先に飛び込んできたものは完全に破壊された窓だった。その次に頭を押さえ座り込むバッヘムを見つけると駆け寄った。

 

「頭を打ったの?」

「俺が何したってんだよもう」

「バッヘムさん?」

「中佐? 鍵はどうやって」

「無理に話さなくてもいいわ。吐き気とか目眩とか何か異常があったら言ってちょうだい」

「ありません」

「まったく誰がこんなことを……はぁ、だいたい察しはつくけど」

「ヴィルケ中佐、次の作戦に出していただけませんか」

「それはダメ」

 

 ルッキーニとイェーガーを呼び出すよう管制塔に内線電話を入れ終えた直後だった。

 

「単なるワガママということも、部隊を預かるものとしての責任も承知でお願いします。これ以上私が無能になってしまう前に、踏ん切りを付けたいんです」

「なにのよ」

「原隊に戻る決心です。元々私の能力じゃこの部隊でやっていくのに足りませんでした。でもようやく人に認められたみたいで誇らしかった。前線は怖いけれど、ちゃんと見て貰えてるみたいで嬉しかった。さっさと自分の無能さを証明して甘えるのを辞めるために、こんなボールも避けれない程、能力が低いことを証明するチャンスをください」

 

 まるで計ったかのように敵襲サイレンが鳴り響いた。バッヘムはヴィルケと面と向き合い今このタイミングしかないのです」と、確固たる意思を示した。

 

「原隊復帰の判断は私に従うことを約束出来るなら出撃を許可します」

「誓います」

「ついてらっしゃい」

「はい」

 

 彼らがブリーフィングルームに最後に到着した。編成と彼らの睨む容疑者二人に覚悟するよう伝えるとすぐさま出撃へと移った。

 団体行動ゆえに落ち着くまで離陸を待つということも無く、クロステルマンに続いて空へと上がった。先行する小隊と合流するなり部隊再編がなされた。

 

「バッヘムさん、前線に来たからにはちゃんと働いてもらうわよ」

「もちろんです」

「リーネさんもなれない三機編隊で大変かもしれないけど、私の指示をちゃんと聞いて落ち着いて行動すれば問題ないわ」

「はい!」

「敵発見!」

 

 坂本の号令により戦闘が始まった。

 バルクホルン隊が前衛を務め、魔眼でコアを探す坂本隊が後衛に回り、その両隊をバックアップするような形でヴィルケ隊が中衛に入った。

 それは戦闘開始からわずか数分のことだった。

 それまで全ての敵弾を回避していたバッヘムはなれない三機編成のために回避しきれずシールドで受け止めた直後のこと。被弾した訳でもないのに彼の右足のユニットのエンジンのかかりが急激に悪化し始めた。

 

「ダメそうなら一人でも離脱してちょうだい」

「……やれます。被弾した訳でもないのに情けないことこの上ないですが、最後くらいきちんと働きます」

 

 リズムが狂ったエンジンを叩いて直すように大量の魔力を流し込むとようやく回転数が安定した。

 

「なら直ぐにバルクホルン隊の援護に向かうわよ。あの子はいつも視界に二番機を入れてるのに今日は一人で突っ込ますぎる。大事になる前に諌めないと」

「了解──」

「近づきすぎだバルクホルン!」

 

 坂本の怒号が鳴り止むや否や、バルクホルンがいた場所が爆発音と共に火炎に飲み込まれた。

 煙の中から逆さまに落ちていくバルクホルンは胸元から血を流し気を失っている。

 クロステルマンと宮藤が助けに飛び込む様子をバッヘムは信じられない物を見るような目をして見ていたがそれも束の間、直ぐに部隊再編が行われ、バッヘムは坂本と共に前衛となった。

 

「もう病気はいいのか?」

「良くはありませんが、不思議と負ける気がしなくなりました」

「それは良かった。バルクホルンのこともある、さっさと決着をつけるぞ。ついてこい!」

「了解」

 

 これまでの不調が嘘であるかのように調子を取り戻したバッヘムは、ついて行くので精一杯だった坂本に対しても難なく追従し、ついにはコアを発見せしめた。

 コアを破壊せんと飛び込もうとする坂本らの耳にけたたましい雄叫びの声と銃声が届いた。直後に撃墜されたはずのバルクホルンがネウロイを撃墜すると、バッヘムはいよいよ何が何だかわからないと言った様子で坂本の方を見た。

 

「宮藤の治癒魔法だろう」

「瀕死の人間を即座に戦闘復帰させられるとかふざけた能力してますね」

「そのおかげでバルクホルンが助かったんだ。それにこれから私たちだって世話になるかもしれない、頼もしいじゃないか」

「……そうですね。では彼女らを迎えに──」

 

 突如としてバッヘムの右足のユニットが黒煙を吹き上げた。

 

「迎えをお待ちしてます」

 

 クロステルマンらと同じ場所に不時着してから数時間、回収されたバッヘムは当初の予定通り転属願を司令室の机に置いていた。ヴィルケは窓ガラスの件で犯人だったルッキーニと話をしていて到着が遅れている。

 三十分程でヴィルケはやってくるなり、机の上の転属願を破り捨てて、処遇を伝えた。

 

「あなたのような人を他所へやったら私たちの沽券に関わるわ」

「私はこの短期間で二機も壊しているような兵士ですよ」

「えぇそうね。一度目は仕方ないとして二度目は明らかにあなたの扱い方が原因だから処罰は受けてもらうことになるわ」

「と言いますと?」

「階級はそのまま明日から二週間の基地内清掃を命じます。異論は?」

「いいえ」

「それと来週の坂本少佐との実弾演習だけど、ユニットがないのなら当然不可能なので予定を変更します。代わりにあなたの取っておきの料理を振舞ってちょうだい」

「……了解」

 

 バッヘムは眉に皺が寄るのを我慢したせいで変な顔になり、ヴィルケは思わず吹き出してしまった。

 

「それと最後に、あなた自身はどう思ってるかは知らないけど、私はあなたが無能な兵士だなんて全く思ってないわ」

「ありがとうございます」

「精鋭と呼ばれて誇らしいのも、認めてもらえて嬉しいのも普通のこと。あなたの短所は神経質に考えすぎるところね」

「きっ肝に銘じておきます」

「それはそうとさっきの飛行中、急に動きが良くなったけど何かあったのかしら」

「誰かが撃ち落とされても、我先に飛び込んでいける人がいると知ったら不思議と普段通り動けました」

「それだけ?」

「はい」

「とにかく良くなったようで何よりだわ」

「多分治ってはないですけど、まぁ前よりは」

 

 あっけらかんとするバッヘムにヴィルケは呆れるしかなかった。

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