元夜間パイロットの白昼期   作:ことり

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第七話

「またむせてるのか」

 

 テラスへと続く石段の踊り場で煙を吸っては派手にむせるバッヘムを見て、バルクホルンが呆れ気味に言った。

 このような光景を501隊の隊員は度々目撃している。反応は概ねバルクホルンと同じ呆れか、そうでなければ疑問符を浮かべる。

 

「えぇはい。それで何か私に用ですか?」

「ミーナから話がある。中に入ってくれ」

「わざわざすみません」

 

 タバコを灰皿で押し潰しバルクホルンの後に続いてミーティングルームに入った。そこには既にイェーガーとルッキーニを除く全員が揃っていた。ソファーが埋まっているのを確認するとバッヘムはピアノ椅子に腰を下ろした。

 

「とりあえずここにいる人に明日の予定を伝えておきます。明日はヒトマルマルマル時より東側の海に行きます」

「海!? やったー!」

「芳佳ちゃん、訓練だよ?」

「えっ訓練?」

「そうだ宮藤。海上に不時着した時のための訓練をしに行くんだ」

「なんだぁ」

「訓練が嫌なのか?」

「いっいえ違います!」

「とにかく各自準備をしてここに集合よ。それとバッヘムさんだけど、あなたも参加してもらえるかしら?」

 

 一喜一憂する宮藤を後目にヴィルケはバッヘムに尋ねた。それに伴って隊員の視線が一点に注がれるも、各々察したように視線を外した。

 

「皆さんがよろしければ参加します」

「それについては既に了承済みよ。みんなそうよね?」

「あなたに見られたところでなんとも思いませんもの」

「そうそう。全く身の危険を感じないよな」

「少し恥ずかしいけど、うん」

 

ヴィルケに合わせて何人かが口々に同意する。本当かと問いかけるようにビショップの方を見ると、うつむき加減ながら頷いていた。自身が全く男として見られていないことにげんなりしつつも参加の意志を伝えた。

 

「でもまぁ水着とかにはなりませんけど」

「じゃあその格好のまま泳ぐの?」

「さすがに上着は脱ぎますが、はい」

「分かりました、では明日の所定の時刻にここに集合してください。宮藤さん、シャーリーさんとルッキーニさんに伝言をお願いするわね」

「はい!」

「では解散!」

 

 解散の号令に隊員達散っていく。バッヘムが自室へ戻ろうと立ち上がったところに坂本が「お前は来ないと思ってた」と話しかけた。返事をするよりも先に坂本は続ける。

 

「だからお前用のメニューも考えておいたのだが無駄になったな」

「すみません」

「そういう意味じゃないから気にしなくていい。というか私はむしろ安心したんだ」

「はあ」

「お前はチームと個人、どっちで動いていいと言われたら迷わず個人を選ぶタイプだろ。だから今回も一人で基地に残ると思っていた」

「水練は重要ですので」

「そうか、そこまで言うなら宮藤たちと同じ訓練に参加してもらおう。すぐに手配してくるから楽しみにしておけ!」

「待って待って……行っちゃったよ、そんなこと一言も言ってないだろ」

 

 バッヘムは廊下を駆け足で遠のいていく坂本の背中に文句を二三言垂れて項垂れた。さらにその背中をユーティライネンが「残念だったな」と言わんばかりに叩いて通り過ぎていった。

 翌日の十時半頃。ブリタニアにしては珍しい快晴の日、基地東側にある浜辺から少し逸れた岩場で、バッヘムは新兵二人と同様に訓練用ストライカーを履いて項垂れていた。

 

「じゃあ上着は預かっててあげるわ」

「どうぞ」

 

 暗緑色の上着は日光に晒されて熱を帯びている。上着を脱ぐことで顕になった拳銃は外すがグルカナイフは外さない。

 

「ナイフなんて持ってたのか」

「少佐も刀持ってますよね」

「これは制服の一つだ」

「いつ遭難するか分からない仕事ですからナイフは必携だと思いまして。私の準備は終わりました」

「よし、お前たちも飛び込む覚悟は出来たか?」

「ほっ本当に飛び込むんですか? これを付けて?」

「当たり前だろ。これは海上に不時着した時のための訓練だからな」

「でっでも──」

「つべこべ言わず飛び込め!」

 

 怒号に押されるように飛び込だ二人の上に飛んでしまわないよう、少し後から飛び込んだ。バッヘムが水中で目を開けると心配になるほどもがいて沈む宮藤とビショップの姿があったが、ほとんど手の力で浮上しないといけないので見捨てて浮上した。

 勢いよく水面から顔を出したバッヘムは大きく呼吸を繰り返した。

 

「さすがに上手ね」

「えぇまぁ……二人は大丈夫なんですか?」

 

 実際に溺れる様を見てきたバッヘムは深刻な顔で尋ねた。ヴィルケの隣で時計を持つ坂本が限界を悟り飛び込もうとしたその瞬間、二人がもがきながらやっとの思いで浮上した。

 バシャバシャと騒がしく犬掻きをする様に坂本が苦言を漏らすも、溺れ掛けの二人はそれどころでは無い。まもなく力尽きて沈むさなか、宮藤がバッヘムの足を掴んだことでバッヘムまで沈み始めた。

 完全に沈み切る直前、バッヘムの手の平から青い魔法陣が現れた。水面をしっかり掴むと、プールから上がるように体を持ち上げた。

 

「はぁ、今助けるから少し待ってろ」

 

 坂本が飛び込んでようやく事なきを得るも、訓練は続いた。

 坂本が宮藤とビショップに泳ぎ方を教える隣でバッヘムはミーナから徹底的に扱かれた。足がほとんど使えないのに重りを持って立ち泳ぎや、終わる間際にはヴィルケを背中に乗せて浜辺まで泳ぐなどを行った。

 その一部始終を浜辺に座って見ていたユーティライネンは、ミーナが岩場に戻るやいなや「無茶させるよなぁ」と、波打ち際に倒れるバッヘムに同情の言葉をかけた。

 

「昔からです。昔から私の訓練は他の方よりも幾らかきついものなんです」

「どうして?」

「本当にやっちゃうからだろ」

 

 リトヴャクの問いかけにユーティライネンが答える。バッヘムもそれを肯定した。バッヘムは実際にそういった旨の話を耳にしているので否定できなかった。

 

「本当に悪い癖です」

「それはそうとさ、お前本当になんとも思わないんだな」

「はい?」

「ミーナ中佐とかリーネとかの水着姿見てるのに普段と全く変わらないから……まさかお前そっちなのか?」

「違います。というか私が何年この世界ですごしてるとお思いですか、裸見たってなんともならない自信があります」

「それはそれでどうかと思うぞ」

「可哀想」

「別に可哀想……敵襲!」

 

 太陽を横切る影を見つけるやいなや魔導針を出して飛行物体の正体を確かめた。ネウロイ特有のノイズを確認すると一目散にハンガーへと走り出した。

 ハンガーに到着すると既にイェーガーが離陸準備を済ませ今にも出撃するところだった。

 

「中尉、敵機はかなり早いです。先に出てください、私もできる限り急ぎます」

「おう!」

 

 唸りを上げて急加速するイェーガーを見送ると、バッヘムも届いたばかりのBf110を履いて空へとあがった。

 先行するイェーガーに追いつくためスピードを上げていく中、無線機から坂本の声が鳴った。

 

「バッヘム、聞こえるか?」

「良好です」

「今空に上がっているのはお前とシャーリー、宮藤とリーネだ。シャーリーには先行してもらった、お前は後ろの宮藤、リーネと合流して急いでくれ。長機はお前だ」

「了解、合流します」

「頼んだぞ」

「了解。宮藤さん、ビショップさん、話は聞いてましたね。スピードを落として待っているので急いでください」

「はい!」

 

 十数秒後、合流を果たすとビショップを二番機、宮藤を三番機としたデルタ編隊で速度を上げてイェーガーを追いかけた。

 途中衝撃波に見舞われながらもようやく追いついた時にはもうネウロイが砕け散っていた。

 

「敵機撃墜確認」

「シャーリーは大丈夫か?」

「煙で姿が確認できません。魔導針にはストライカーの反応があるので恐らくは大丈夫かと」

「そうか、ひとまずご苦労だったな」

「あっ、今煙から出て──宮藤ビショップ、急いで確保!」

「どうした何があった!」

「確保出来ってえぇぇぇ!」

「どうしたんだ、状況を説明しろ!」

「今確認します」

 

 水面ギリギリでイェーガーを抱える二人の慌てようから緊急事態と察したバッヘムは、ビショップが止めるよりも早くイェーガーの元へと駆け寄った。

 

「なっ、なんで服を。いや、それよりも怪我は?」

 

 踵を返して尋ねた。

 

「怪我はありません」

「そうか。はぁ、とりあえずこれを着せておいてください」

 

 諦めたようにため息を吐いてバッヘムは自分の来ていたワイシャツを脱いで軽く絞ると、丸めて後ろ向きに投げ渡した。サイズは小さく湿っているが裸よりましだろうという判断だ。

 

「坂本少佐、イェーガー中尉の無事を確認しました。あとなにか着るものを用意しておいて下さい」

「何を言ってるんだ?」

「中尉が何故か裸です」

 

 無線の向こうでわく声に顔を顰めながら僚機の二人と裸のイェーガーを連れて帰投した。

 帰投後、バッヘムはユーティライネンにからかわれまくった。

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