元夜間パイロットの白昼期   作:ハイキック

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第八話

 バッヘムはユンカースの座席に横たわり暗い天井を焦点の定まらない目で見ていた。向かいの座席には上官であるヴィルケと坂本、また手本となるべき宮藤がいるにも関わらず、一シートを占領して寝ているのは、この五日間で魔法力も体力も気力も使い果たして座ることすらままならないためだった。

 その理由を知るヴィルケと坂本は、二人が聞いてきた話も合わせてますます機嫌が悪くなった。

 

「やめましょう、宮藤さんが可哀想だわ」

「呼び出されたと思ったら予算削減の話をされた上に部下をこんなにされたら誰だって不機嫌になる」

「まぁそうだけど……バッヘムさん、少しは良くなったかしら?」

「もう二度とやりたくない」

「バッヘムさんは向こうで五日間も何してたんですか?」

「守秘義務が課せられたので言えません。知りたければ本部基地を爆撃してください」

「滅多のことは言うものじゃない。宮藤にも悪いことをしたな、せっかくだからブリタニアの街を見せてやろうと思ったのに」

「いえ。軍にもいろんな人がいるんだなって」

 

 窓の外を見る宮藤は機体のスピーカーから聞こえてくる少女の歌声に気づくと、それを坂本に尋ねた。

 

「これはサーニャの唄だ。基地に近づいたな」

「迎えに来てくれたのよ」

「へぇ、ありがとう」

 

 機外のリトヴャクと目が合った宮藤はお礼と共に手を振った。リトヴャクは困ったような顔で雲中へと姿を隠した。その直後リトヴャクの唄声が途切れ、変わりに敵がいると報せる声が無線機から鳴った。

 ヴィルケが援軍到着までの時間稼ぎを命じると、高く高度をとったリトヴャクが戦闘を開始した。

 リトヴャクのフリーガーハマーが唸りをあげる度に宮藤の焦りが濃くなるものの、ストライカーを持たないため見ていることしか出来なかった。

 それを見兼ねたヴィルケがリトヴャクに絡めてバッヘムの固有魔法も夜間飛行に適したものであることを宮藤に教えた。

 

「そうなんですか?」

「えぇそうよ。彼の固有魔法は弾丸誘導。系統としては念動系と感知系の複合かしら」

「あっ、この前坂本さんに教えて貰った……でも二つも固有魔法を持つなんてあるんですか?」

「魔法はまだまだわかってないところが多くて、分類出来ないが一番正確なの。有名な人だとアフリカのマルセイユ大尉がそうね。彼女の固有魔法は三次元空間把握、未来視、弾道安定の複合したような能力よ」

「じゃあバッヘムさんは何と何の複合なんですか?」

 

 宮藤の気を反らせた事に満足気なヴィルケは、バッヘムの方を一瞥して、彼が話せそうにないことを確認すると、自分で説明することにした。

 

「曲射と全方位広域探査の二つよ。後者はサーニャさんと同じだから知ってるわね。曲射はそのまま弾道を曲げる魔法。全方位広域探査で見つけた敵の反応に弾丸が曲がるようにする魔法が彼の固有魔法よ」

「へぇ……あれ、でもバッヘムさんが弾を曲げてるところなんて見た事ないですよ」

「私も見た事がないな」

「私もよ。曲げて狙うよりも普通に狙った方が早くて強いらしいわ」

「ネウロイが離れていく」

 

 寝転びながら魔導針を明滅させるバッヘムが話に割り込んで呟いた。

 

「サーニャが落としたのか?」

「違っうっ!」

 

 えずくと共に魔導針が掻き消えた。

 坂本がバッヘムに見切りをつけてリトヴャクに状況を聞いた。リトヴャクはバッヘムと同様にネウロイの撤退と、それとは別に反撃してこなかったことを伝えた。基地までの距離も踏まえて部隊全体に撤収の命令が下った。

 足の遅いユンカースが基地に到着する頃には、出撃していた面々は既にハンガーでストライカーを履き替えていた。

 バッヘムを背負ってユンカースから降りる坂本を見つけたクロステルマンは、反射的にバッヘムを睨むも、見るからに具合の悪そうな様子を見て嫌味までは言わなかった。

 

「なんで戦ってたサーニャよりぐったりしてんの?」

 

 身体中がら水を滴らせるハルトマンが坂本に聞いた。

 

「詳しくは知らんが本部で大変な目にあっていたらしい」

「何があったらそうなるのさ」

「とにかくデブリーフィングはシャワーの後だな。そんな濡れたままでやったら風邪を引いてしまう」

「先にブリーフィングルームに行くので下ろしてください」

「いや、お前は今日はもう休め。ミーナには私から言っておく」

「……了解」

「途中で倒れられでもしたら面倒だからな、部屋まで連れて行ってやろう」

 

 一部始終を見ていたハルトマンがバルクホルンにおんぶをねだるのを横目に、坂本はバッヘムを部屋まで運んだ。

 バッヘムをベッドに寝かせると、朝食前に体重を計るように言いつけた。

 翌朝、久しぶりの就寝だと言うのにバッヘムは平時通りに目を覚ました。一晩寝て少しは軽くなったが疲労は抜け切らず、ベッドから抜け出るのに普段の二倍の時間を要した。

 五日間着続けた服を男性宿舎の洗濯カゴに放り込みシャワーを浴びると、その足で医務室へ向かった。ブリタニア式の体重計にまだよく回らない頭で捻り出した結果に大きくため息をついた。

 食堂は朝食のトーストや卵の香ばしい匂いと、ボウルに山盛りのブルーベリーの甘酸っぱい匂いで満ちていた。

 バッヘム以外の隊員は勢ぞろいし、料理当番のビショップ以外は既に朝食を食べ始めていた。

 

「おはようバッヘム、今朝はどうだ?」

「おはようございます坂本少佐。昨日よりは随分と良くなりました」

 

 バッヘムは他の隊員にも挨拶をして席に着いた。

 

「あまりそうには見えないが……体重は計ったのか?」

「はい」

「あら、そんなことを指示していたのね」

「昨日背負ったら背丈の割に軽くてな。どうだったんだ?」

「六日前から10キロの減量して、今は39キロです」

「なんだと!?」

 

 声を上げて驚いたのは坂本だけだったが、話を聞いていなかったルッキーニ以外の隊員も各々で驚きを隠しきれなかった。

 

「ほんとちゃんとした食事も六日ぶり……美味しい」

 

 少し火が入りすぎたスクランブルエッグ頬張って呟いた。

 

「おっお前、本当に大丈夫なのか?」

 

 バルクホルン大尉が平然と食事をする様に尚更面食らいながら尋ねた。

 

「これくらいでどうにかなる私ではありません。経験上、あと二日くらいでこの体調にも慣れます」

「あたしのおかずもやるよ」

「それには及びません。どうせ一人前食べたら満腹ですから」

「いやいいから食っとけって、倒れるぞ」

「倒れませんよこの程度で」

「とにかく食べ終わったら執務室へ来てちょうだい」

「了解しました」

 

 手早く食事を済ませたバッヘムは先に執務室へと向かったヴィルケの後を追って執務室へと急いだ。

 執務室ではヴィルケが仕事を始める準備をしていた。バッヘムがやってくるとその手も止めて、ヴィルケはバッヘムをまじまじと上から下まで見つめた。

 基本的に長い丈の服を来ているバッヘムの体格を、ヴィルケは健康診断の結果でしか知らない。先日の海上訓練で目にはしたものの、バッヘムと付き合いの長い彼女は、彼がひた隠しにする傷の一つ一つをあまり見ないようにと努めてしっかりと見ていない。健康診断でもバッヘムは身長が150数センチな割に体重が少ないと診断されていた。

 

「立ってるのも辛いでしょうから手短に伝えるわね。まず今日のはあなたは非番、正確には戦闘待機だけど見張りとかは他の子にしてもらうから事実上の非番よ。それで明日からはサーニャさん、エイラさん、宮藤さん達と夜間専従班としてシフトを組もうと思っていたのだけど……」

「今朝のことでお悩みになっているのでしたら、私は問題ありません」

「はぁ、分かりました。あなたはその為に生き抜きたって宣言してたものね。では明日から夜間専従でお願いします」

「了解しました」

「話は以上よ。とりあえずなんともないみたいだけど、何か異常があれば直ぐに相談するのよ」

「ありがとうございます。失礼します」

 

 用事が済み、部屋へ戻ろうとする道すがら食堂から坂元の独り言がバッヘムの耳に入った。バッヘムは坂本が料理をするところなど見たことがないため、何を作るのか見に台所のカウンターまで歩み寄った。

 半切りに盛られた湯気を立ち上らせる炊きたての白米と、坂本が睨む三角形のおにぎりと、おおよそ三角からほど通り米の塊がそこにはあった。

 

「何してるんですか?」

「おぉバッヘム、いつからいたんだ」

「今来ました。それより米の塊に何を語り掛けてるんですか?」

「これはおにぎりと言って扶桑の伝統的な携帯糧だ」

「発酵させる前の生地みたいですね」

「この楕円形のものは失敗作、こっちの宮藤が握った三角形のものが成功例だ。お前が司令部に行ってる間に一度練習で沢山握ったのだが、あまり評判が良くなくてな。とりあえず自分で食べれる分だけで練習している。バッヘムはまだ食べたことがなかったろ、記念に何個かどうだ?」

「評判悪いものを勧められても……まぁ一つだけ」

「お手本を食べられると困るからこっちで我慢してくれ」

「はぁ、見た目の割にずっしりしてますね。いただきます」

 

 球形のおにぎりのぎっちりと詰まった感触に面食らったものの、バッヘムは問題なく食べきった。

 

「どうだ?」

「少し塩辛くはありますが美味しいですよ」

「本当か!?」

「えっえぇ、別に悪評がつくようなものではないと思いますが」

「そうか、では後は形だけだな。どうせならもっと食べていけ。体重も落ちていたし丁度いいだろう」

「暴食すると動けなくなるので遠慮します」

「むしろ今は食べないと動けないだろ、ほらもう一個、あとは私の昼用だ」

 

 半ば無理矢理手渡されたおにぎりを完食して食堂を後にした。自室に戻ると、お腹の苦しさを我慢して夜間シフトに備えて眠りについた。


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