そして、中学校編もこれにて終了です。
辺り一面は暗闇で見えないはずなのに、まるで一筋の光が刺しているかのように目の前にいる伊吹だけははっきりと見える。
もしかしたら………、幻なのではないか、と疑心になった私は震えた手でこいつの腕を触れる。すると、空振ることなく、しっかりと伊吹の腕に触れることが出来た。本物だ。
伊吹『さ、帰ろう。上野さん達が心配してたよ。』
伊吹は手話で私にそう伝える。そうしたいのは山々だけど…………
理亞「ごめん…………。今、私動けない………。」
伊吹が助けてくれたことによって、心の底から安心したせいか、腰が抜けてしまいその場から動くことが出来なかった。力を入れても情けない話、下半身が動くことはない。
伊吹『………………』
すると、伊吹はくるりと後ろに振り向いて私のすぐ目の前にしゃがりこんだ。そして、両手で自分の背中に何かジェスチャーを行い始める。
これってもしかして…………
理亞「背中に乗れってこと?」
私がそう言うと、右手の親指がグッと立てられる。どうやら当たったようだった。
理亞「………………」
伊吹『………………??』
いや、こっち振り向いて首を傾げられても。そんなすぐに行動出来るんわけないでしょ。
うぅ………、どうしてだろうか。物凄くドキドキしてる。きっと、顔も真っ赤に染っていることだろう。
しかし、戸惑っている暇なんてない。今もこうしているうちに、広場にいる人達は心配しているんだ。
意を決して、私は伊吹の背中に身体を預ける。すると、伊吹の匂いが鼻の中に入ってくる。一緒に住むようになって何度も何度も嗅いだことのあるこの匂い。今思えば、1度もたりとも嫌だとは感じたことがなかったな。
そして、何より……………
理亞「温かい…………。」
思わず、私は言葉として呟いてしまった。こいつの背中が温かくて心地よい。さっきまで抱いていた恐怖という感情を優しく溶かしてくれている。
本当にこいつはせこい男だ。
昔のお化け屋敷といい、今といい。
ショッピングモールの出来事からはお互いに一切、話さなかったくせに。顔も向かなかったくせに。
ずるい…………ずるいずるいずるい!!
こんなの…………こんなの!!
ーーーズキンズキンズキン
すると、激しく胸が締め付けられるように痛みを感じる。それはどうしてか。
理由は…………もう分かった。いや、分かるようで分からなかったこの気持ちがたった今、ハッキリと確信しただけだ。
ーーーどうして、こいつといると胸が昂るのか。
ーーーどうして、こいつが私じゃない違う女と一緒にいるのを見ると苛立つのか。
ーーーどうして、こいつと話せないと悲しくて、そして寂しく感じてしまうのか。
ーーーどうして、今、こうしてこいつと一緒にいることに『幸せ』だと思ってしまうのか。
それは、私がこいつのことを……………天草 伊吹のことが……………
いや、この気持ちを……想いをここで明らかにするのはまだやめておこう。伝えた所で、無駄に胸が苦しくなるだけだと思うから。
だけど、いつか…………。いつかは。
この想いを…………伊吹に伝えたい………な。
♠️♠️♠️♠️♠️
「「鹿角さん!!!」」
無事に広場まで戻っくると、上野さんと紀平さんが涙を浮かばせながら私達の方へと駆け寄る。伊吹の言う通り、本当に心配してくれたみたい。
「もー!!いつまで経っても帰ってこないから心配したんだよ??馬鹿馬鹿馬鹿ァ!!」ポカポカ
「ご、ごめん。」
紀平さんが大声を上げながら、私の尻を叩いてくる。しかし、力を加減してくれているからか、そこまで痛くはない。てか、ポカポカっていう効果音って鳴るのね。
「でも、無事で良かったです。」
上野さんはニコニコとさせながら言葉を出す。そして、未だに私の尻を叩く紀平さんに注意の言葉を掛ける。
ちとせ「鹿角。」
すると、今度はちとせんが近づいて私たちに言葉をかける。
ちとせ「事情は…………八代から聞いてる。色々と話したいことはあるとは思うが、今はオリエンテーション合宿。だから、後日に互いの両親を交えて話したいと考えてる。それでいいか?」
理亞「あ、はい。大丈夫です」
ちとせんの言葉に、私は頷く。少し離れたところで、ぐったりとやつれた八代さんがいた。ちとせんに色々と問い詰められたからであろう。
ちとせ「あと、天草。鹿角を連れてきてくれたことに関しては褒めてやりたいところではあるが、無断で行動に出たことは見逃すことはできない。あとで私の部屋に来るように」
伊吹「……………」コクリ
理亞「ッッ!?先生、伊吹は!!」
ちとせ「お前の言いたいことは分かるよ。けどな、それでもこればかりはしっかりと注意しないといけない。なにせ、今回は上手くいったかもしれないが、もしかしたら2人まで危険な目に遭って居たかもしれなかったからな。………………せめて、一言だけでも私達、教師陣に声をかけて欲しかった。」
理亞「先生…………」
最後の一言だけ、活気がなく、むしろ悲しそうにちとせんは呟いた。
だけど、先生の気持ちも分かる。確かに、今回は伊吹が奇跡的に私のことを見つけてくれてたおかげで大きな事件になることは無かった。
しかし、もしも、伊吹が私のことを見つけることが出来なかったら??もしも、伊吹さえも私と同様にこの広い森の中で迷子になってしまったら、さらに迷惑をかけることになってしまう。
それに、本来ならば教師という立場はこういう行事で何か事件が起こらないように私たち生徒を管理しなければならない。何かあってしまったのならば、対応するのは教師側である。
それなのに、今回は何も役に立つことが出来なかった。気づいた頃には伊吹はもう動いていて、気付いたら解決していた。
責任感がだれよりも強く、誰よりも生徒想いなちとせんからしたら、それはとても辛いものだったと思う。
ちとせ「とりあえず、今お前たちに伝えることはそれだけだ。あ、天草は鹿角を我邪丸先生がいる部屋に連れてってあげてくれ。それじゃあ、解散!!」
解散、と言われたあと、伊吹はそのまま私を背中に乗せて歩き出す。
理亞「ごめん…………私のせいで」
歩いている途中で、私は伊吹に謝る。これは当然だ。私のせいで彼はあとで怒られてしまうのだから。
だけど、伊吹は私を背中に乗せているせいで、両手が使えない。つまり、無口なこいつが言葉を出さない限りは返答する術がなかった。
伊吹「…………………」
分かっていたけど、こいつは何も話さない。ただ、私を抱えてひたすらゆっくりと歩いているだけだった。
そして、養護教諭の我邪丸先生がいる部屋まで辿り着き、私の口で先生を呼んだあと、何人かの先生の手を借りながら私は伊吹の背中から離れる。この時、少しだけ残念な気持ちとなる。もう少しだけ…………いたかったな。
伊吹『じゃあ、理亞ちゃん。僕は今からちとせ先生の所に行ってくるね。』
私を解放したことで、両手が使えるようになった為、手話で私に言葉を伝える。その後、ペコリと先生達に頭を下げたあと部屋から出ようとした。
理亞「ま、待って!」
部屋から出ようとした伊吹に向かって言葉を出して呼び止める。伊吹は首を傾げて顔だけこっちに向ける。
理亞「………………ありがとう。」
私は顔を赤くさせながらも、伊吹に感謝の言葉を伝える。今思えば、見つけてくれた時のお礼を言っていなかった。
私の言葉を聞いて、伊吹は何も言わなかったけど、嬉しそうに微笑んだ。その後、そのまま部屋から出て行った。
伊吹が目の前からいなくなって、少し寂しく感じてしまう。だけど、そこまでじゃない。
だって、また…………すぐにあいつに会えるのだから。
また…………あいつと一緒に帰れるのだから。
そう思うと、気持ちがすごく楽になった。
因みに、先生に応急処置を受けている間に他の先生たちに伊吹との関係性をしつこく問い詰められました。
そして、次の日。
2日目は朝ごはんであるサンドイッチを上野さんと紀平さん、そして伊吹と一緒に作ったあと、近くの川でひたすら遊んでから、オリエンテーション合宿のスケジュールが終了した。
帰りのバスは上野さんの予定だったが、八代さんの願いによって行きと同じく伊吹が隣になった。その時の八代さんは伊吹に対して、怖がっている様子が見られたけど………何かしたのだろうか。まぁ、いいけど。
伊吹が隣にいるバス移動は行きの時とは比べ物にならない程の心地よい時間だった。ずっとこれが続けばいいのにと内心思ってしまう。
そして、数時間後。私達は以前のように一緒に我が家である『茶房菊泉』へと帰るのだった。
♠️♠️♠️♠️♠️
これはまだ、理亞と伊吹がオリエンテーション合宿1日目の夜のこと。
「理亞と伊吹がいないと寂しく感じてしまうね」
聖良「そうですね。本当にその通りです」
テーブルで理亞の姉様こと聖良と彼女達の父親が2人で顔を合わせながら夕食を食べていた。母親は少し出掛けていて、家にはいない。
「そういえば、部活はどうだい?大会、もうすぐだろう?」
聖良「順調ですよ。ウェンディと私の絆は最強です。絶対に優勝してみせます。」
「それは、楽しみだね。期待してるよ」
ごくありきたりな会話を交えながら、2人の夕食は続いていく。
そして、カチャ………と手にしていた茶碗と箸を綺麗に置いた聖良は
聖良「…………父様。」
「ん?なんだい?」
聖良「そろそろ……………教えてきただけませんか?『天草 伊吹』について。」
この一言で、この場の雰囲気が一気に凍ったかのように変わったのを聖良は感じた。
「…………伊吹について?ハハ、何を言ってーーー」
ーーーバサッ
「………………ッッ」
聖良は父親が話している途中にテーブルに1つのファイルを置く。それ見た瞬間、父親の言葉は止まり、更にいつもは聖良のように穏やかな表情をしている顔つきが少しずつ険しくなっていく。
聖良「………以前、父様の部屋を掃除していた時に、これが出てきました。」
「………………」
聖良「気になったので中身を拝見してしまいましたが……………これは、どういうことですか??」
「………………」
聖良「父様、まさか伊吹は…………!!」
「……………全く、君って子は。普段はポンコツなのに、いざという時は鋭いんだから。そういう所、お母さんにそっくりだよ」
負けたと言わんばかりに父親は額に手を当て、顔を左右に動かしながら言葉を出す。
「
聖良「…………分かりました。」
「いいかい?伊吹はーーーー」
聖良「ーーーッッ!!??」
父親から発しられたのがどんな内容だったかはこの場にいる聖良しか知らない。
そして、その日から月日は流れーーー
鹿角姉妹と無口な居候は高校生へとなった。
終盤あたりやり投げ感があると思いますが、元々こういう感じで進める予定だったのでお気になさらず。
次回から高校生辺です。中学校編で省略した分は番外編にて投稿していこうと考えてます。(聖良の馬術部の大会や体育祭の話など。)
ようやく、ここから物語が進むと言っても過言ではありません。みんな大好き、あのスクールアイドルが生誕します!!あと、姉様のポンコツも更に加速していきます!!お楽しみに。o(`・ω´・+o) ドヤァ…!
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姉様のポンコツ具合
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現状維持
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控えめ
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いいぞ。もっとやれ