最果ての航路   作:ばるむんく

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たまにしっかりとした物語が書きたくなる病気持ち(殆どが形にならずに消えていく模様)

普段はpixivでアズレン短編適当に投稿しまくってる適当な作者です。

取り敢えずお試し一話投稿します。

それっぽいあらすじ書いたけど、要はアズールレーンの設定そのままだ!


敵襲

 注ぎこんでくる光を目で追い、男は鉄格子で閉じられている窓へと視線を向けた。部屋の壁にかけられている時計の秒針がひたすらにコチ、コチ、と無機質な音を鳴らしている中、男は目の前にあるパソコンの画面へと視線を戻した。

 男が一人パソコンに向かい合ってキーボードを打っていると、座っている椅子から反対の方向に存在する、光を鈍く反射している重い鉄の扉が開かれる音がした。扉を開けて入室してきた人物を見て男は明らかな嫌悪の感情を瞳に宿した。腰下まで伸びている長い銀髪と男を見つめる紫の双眸。白と黒の制服に身を包み、黒のスカートからスラっと伸びるモデルの様な足。黒のマントを纏って如何にも風格のある様に見えながらも、自分が女性だと主張するかのような大きな胸。肌は白く透き通り、歩く姿に迷いは存在しないその美麗さに、男は更に視線の刺々しさを増した。

 

「指揮官、しばらく会いに来れなくてすまなかった。許してくれ」

「…………」

「あぁ、そんなに警戒しないでくれ。何度も言ったように、私が貴方に直接的な危害を加えることなど決してしない。むしろ、私は貴方に健康な姿のままいて欲しいと願っている」

「……」

 

 指揮官と呼ばれた男は、絶世の美女が笑顔で楽しそうに話しかけているにも関わらず応えることはなく、ただその女性から視線を外すことしかしなかった。そんな指揮官の反応にも慣れているのか、女性はふんわりと優し気な笑みを浮かべて片手に持っていたカバンを掲げて見せた。

 

「これ、指揮官が前に無くて困っていた物が入っている。筆記用具の新品を入れておいたし……これで日常生活に困ることは無いはずだ。運動はさせたいが……生憎こんな状況ではな? まだ何か必要だったらいつでも──」

「──いつまで俺を閉じ込めておくつもりだ。グレイゴースト」

「……エンタープライズ、とは呼んでくれないか」

 

 女性──エンタープライズの言葉を無視して指揮官は一方的に言葉をぶつけた。お前とコミュニケーションを取るつもりなど全く無いとでも言わんばかりのその態度も気にしないエンタープライズだが、指揮官に「グレイゴースト」と呼ばれたことに対してだけ、少し悲しそうに目を伏せた。

 

「忌々しい灰色の亡霊、お似合いの名前じゃないか。自国の利益を正義として弱者を踏みにじるお前達らしい」

「……確かに、私は数多くの人達から温もりを奪っているのかもしれない。だが」

「言わなければ分からないか? 俺はお前の話に等興味がない。ここから今すぐ出ていくか、俺を開放しろ」

 

 指揮官の口から出る言葉は全てエンタープライズを攻撃するものだった。彼の放つ言葉には、一つ一つエンタープライズに対する怨嗟と怒りが込められ、彼女は彼と初めて会話した時に自分が国を背負って立つ英雄ではなく、彼からは未来永劫憎み続ける相手としか見られていないのだと自覚した。

 

「私は、貴方にとっては憎むべき相手なのかもしれない。だが、私は貴方のことを!」

「何が言いたい? 早く俺を殺すなり、拷問するなりすればいいだろう?」

「そんなことッ……いや、私が熱くなっていい話ではないな。すまない」

「俺は、お前に喋ることなど無い」

 

 ただ突き放すだけの言葉しか喋らない指揮官に、エンタープライズは悲しそうに苦笑した。

 

「指揮官、私達は分かり合うことができるのではないか?」

「自国の利益の為に一度見捨てた相手に、有利な条件ばかり突き付けて降伏を迫るお前達が? 馬鹿を言うなよ。その結果……ユニオンとロイヤルがそうした結果、鉄血と重桜の国民はどうなったと思っている」

「それ、は……」

 

 エンタープライズの縋りつく様な言葉に、指揮官は今日初めてエンタープライズの瞳をしっかりと見つめ返した。激しい怒りを浮かべるその瞳に圧倒されてしまったエンタープライズは、一歩、二歩と後ずさりながら指揮官の視線から逃げるように目を逸らした。

 

「グレイゴースト、お前が俺に何を感じて生かしているのか知らないが、俺は重桜の指揮官だ。お前に指揮官と呼ばれる筋合いは無い……俺の部下は、今も昔もアイツらだけだ」

「……」

 

 それ以降一切の言葉を喋らず、俯く彼女に視線すら向けなくなってしまった指揮官の背中を見て、エンタープライズは鉄の扉を開いて部屋から出ていった。

 


 

「エンタープライズ」

「……ヨークタウン姉さん」

 

 部屋から出てきたエンタープライズを待っていたのは、心配そうに視線を向けるヨークタウンだった。指揮官が監禁されている部屋に入って出てくるたびに俯いて悲しそうな顔をしているエンタープライズを放っておけるほど、ヨークタウンは姉として腐っていなかった。

 

「まだ、あの人に会いに行ってるのね」

「……私達にとっても、人類にとっても、救世主となれる人だと私は思っている。まぁ、話も聞いてもらえていないのが現状だが」

 

 重桜の指揮官である彼を捕えてから、エンタープライズはどんなに短い時間であろうと暇があれば必ず彼の元を訪れていた。

 

「……神代恭介」

 

 ヨークタウンは手元の書類にある、閉じ込められている指揮官の名前を読んだ。アズールレーンと敵対しているレッドアクシズの片割れである重桜の指揮官。軍人としては明らかに若いはずなのにも関わらず、重桜の中枢に近い場所で指揮をしていた彼は、何かしらの重大な情報を持っているかもしれないと言うことで監禁されている。しかし、重桜が誇る一航戦すらも指揮することができる謎の若者を、簡単に拷問したり処刑してしまえば重桜とユニオンの間に修復不可能な溝ができることをユニオン上層部が恐れたため、未だに手を出せずにいる状況である。

 

「あの戦い以来、重桜に動きが無いのも気掛かりね。尤もあの戦いの後じゃ互いに動けないのでしょうけど」

 

 前線で指揮を執っていた神代恭介を狙った作戦のことを思い出しながら、ヨークタウンは報告書に目を落とす。一ヶ月前に行われたその戦闘では、沈んだ艦船はいないが重桜側にもユニオン側にも大きな損害をもたらした。ユニオンは戦力差と相手の指揮能力を考えて、真っ先に頭だけを取ることに重点を置き、重桜はそれを迎え撃つ形となった。結果的に奇襲の形でユニオンの攻撃は成功し、あの戦場に置いて重桜最高指揮官であった神代恭介を捕虜とすることに成功した。しかし、海上騎士のクリーブランドとモントピリアが神通と相打ちの形に持ち込まれ大破し、綾波の近接魚雷を受けてワシントンが共に大破。重桜側も瑞鶴がエセックスと真正面から衝突して互いに中破撤退。翔鶴はエンタープライズの目を引き付けるために足止めを行って大破まで追い込まれた。作戦の中枢にいたヨークタウンも中破していた飛龍の不意の一撃を受けて中破。両軍撤退を選択するまでさほど時間はかからなかった。互いに護衛艦の被害が少なく、主力艦同士の衝突による被害が大きかったことが結果的に撤退の選択を早めた。

 

「捕虜として目標を手に入れたはいいけど、調べれば調べる程謎が増えて迂闊に手が出せなくなって神代恭介は放置。あの作戦は本当に意味があったのかしら……」

「……姉さん、私はあの人と話して、何とか協力したいと思っている」

「……」

 

 ヨークタウンが一番驚いているのは、エンタープライズが思った以上にあの指揮官に惚れ込んでいることだった。戦場で的確な判断を行い、数々の不利な状況を覆してきたあの男はユニオンからしてみれば最大の障害とも言える。エンタープライズに直接弓を向けられたのに眉一つ動かすことなく捕まったと聞いた時にはヨークタウンも耳を疑った。そんな人物に、エンタープライズがずっと言葉を投げかけ続ける理由がヨークタウンには未だに理解できていない。

 

「あの人は……私達艦船にはない考え方を持っている。人を、私達を従える器を持っている。何より……戦争を誰よりも嫌っている」

 

 姉へと語りかけるエンタープライズの目は折れない意思を感じさせる強さを持っていた。

 

「少なくとも、彼がどんな経緯で作戦の総指揮に選ばれるぐらいの立場にいることができるのかを聞かない限りは、協力もできないわね」

「それは……確かにそうだな」

 

 ヨークタウンの言う通り、彼ほどの若さの人間が軍という年功序列の社会で総指揮を行っている理由が必ず存在する。それが分からなければ協力することなど、恐ろしくてできはしないだろう。

 

「エンタープライズは、あの人にべた惚れ?」

「聞き方が意地悪だな。確かに、あの人へ特別な感情を向けていないとは言わないが、それはあくまでも指揮官としてだ。今更私の様な艦船に……船に色恋沙汰ができるだなんて思ってはいない」

「そう? なら……何でもないわ」

「あぁ」

 

 指揮官に会う用事も済んだエンタープライズはさっさと身体を休めようと寮舎へと向けて歩き始めた瞬間に、基地を揺るがす程の轟音が鳴り響いた。即座に爆発音だと判断したエンタープライズとヨークタウンは、弾かれたようにその場から走り出した。

 港まで走った二人の目に飛び込んできた光景は、爆心地となったのであろう船が炎に包まれているものだった。黒煙を天高く上げている船を見てヨークタウンは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、エンタープライズは黒煙の向こう側から基地の中心へと向かっていく飛翔体に目を凝らした。大きなプロペラ音を鳴らしながら二人の上空を猛スピードで過ぎ去った機体を見て、エンタープライズは苦笑した。

 

「そろそろ仕掛けてくるとは思っていたが、まさかこんな大胆な作戦に出るとはな」

「今のは、彗星ね」

 

 重桜が誇る蔵王重工が開発した爆撃機である『彗星』が黒煙から飛び出したのを見て、攻めてきた相手が誰なのかは一瞬で理解できていた。一ヶ月前の海戦で中破もせずに撤退し、これ程の損害を一瞬でユニオンへと与えることができる重桜空母などエンタープライズは一人……一組しか知らなかった。

 

「重桜『一航戦』のお出ましだ」

「彼女達も、自分の指揮官を奪還する為に必死と言う訳ね」

 

 現在ヨークタウンは修復を終えてはいるものの、まだテストもできていない状態なので出撃することもできないが、エンタープライズは前回の海戦では小破未満の傷しか受けていないので即座に埠頭へと向かって走った。ヨークタウンはそんなエンタープライズの背中を見送ってから、中心地にある作戦司令室へと向けて走り出した。

 


 

「……姉様、釣れました」

「あら? やっぱりここにいたのね灰色の亡霊(グレイゴースト)さん。ならここに指揮官様がいるはずよ」

「やはり『一航戦』……少し分が悪いか」

 

 メンタルキューブによって船をその身に艤装として纏い、海上へと出たエンタープライズの眼前には、一対の空母が並んでいた。それぞれの甲板には黒と赤の女性と、白と青の女性が海上のエンタープライズを見下ろしていた。

 一航戦である二人を相手取っても遅れを取る気など更々ないエンタープライズだが、彼女達の目的が指揮官の奪還だけであるのならば明らかに不利なのはエンタープライズだった。一航戦の二人はただ指揮官を探し出して連れ出せば後は撤退するだけだが、エンタープライズは指揮官を奪われないように守りながら二人を撤退、もしくは轟沈まで追い込まなくてはならない。

 

「人生偶には諦めも感じですわ」

「なら貴女達に私は諦めて欲しいな……赤城、加賀」

「そうはいかないことぐらい、言わなくともわかるだろう」

 

 赤城と加賀は同時に甲板から飛び降りて船を艤装としてその身に纏う。一航戦の見た目は対して変化しないが、代わりに二人が手を挙げると揺らめく炎でできた飛行甲板が傍に現れる。あれこそ、重桜が誇る第一航空戦隊の力。

 

「我らの力、思い知るがいい」

「たっぷりと……ね?」

 

 同時に狂気の笑みを浮かべた赤城と加賀は、それぞれの艦載機を一気に発艦させた。一航戦が誇る艦載機の回転速度はユニオンの空母、世界中の空母全てを含めても最高速度。熟練の動きから繰り出される二人分の圧倒的なまでの数と速度、それこそが一航戦が最強の航空戦隊を名乗る理由である。

 

「くッ!?」

「簡単に逃げ切れると思うなよ?」

 

 圧倒的な物量による航空攻撃にも関わらず、それを上回る程の熟練度を誇る艦載機の動きにエンタープライズは自分の身を守ることで精一杯になっていた。弓を引き絞ろうにもその一瞬の隙も与えるつもりが無いと言わんばかりの波状攻撃を受けて、ひたすら雷撃と爆撃を避けていた。

 

「こうなってしまっては、受け身に回るしかッ」

「その程度かグレイゴースト」

 

 全く緩める気の無い攻撃の手に、エンタープライズは一航戦との戦闘に釘付けになることしかできなかった。その状況下でも、歴戦の戦士であるエンタープライズの目は一航戦以外にも向いていた。彼女達が放つ以外の艦載機が基地に向かっていく姿を見て、ユニオンの英雄は目を開いた。

 

「まさか、お前達は私を釣る為の囮か!」

「あら、流石ね。でも今更基地を守るために動けないことぐらい、自分が一番分かっているでしょう?」

 

 赤城の不敵な笑みを見て、エンタープライズは顔を苦しそうに歪めた。

 

「さ、分かったら大人しくここでずーっと避けてなさい」

 

 無慈悲な宣告を告げる赤城と、見えているのに何もできない歯がゆさを感じているエンタープライズの頭上を、彗星は悠々と過ぎ去っていく。赤城と加賀がエンタープライズと交戦を始めてから更に増した基地から聞こえる爆発音に、エンタープライズは振り向くことすらできない。

 

「精々楽しませろよ」

 

 加賀の戦闘に悦楽を見出す笑みを、エンタープライズは自分の無力さを味わいながら見ることしかできなかった。


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