最果ての航路 作:ばるむんく
「……所詮はこの程度か」
眼前で繰り広げられている艦船同士による命の削り合いを見ながら、恭介はユニオンの作戦指揮官に失望していた。神代恭介という存在一つによって簡単に覆されてしまう現状に、同じ指揮官として失望以外の感情を持つことができなかった。そして、恭介は自分自身にも同様に失望していた。
「この程度では……
心底不愉快そうに呟く恭介の言葉に、悲しそうな目を向けていた翔鶴は彼の運命を憐れんでいた。彼が憐れみを望んでいる訳ではないと知りながらも、翔鶴は僅かな希望に縋っている若者にただただ憐れだと思うことしかできなかった。
「指揮官、このまま決着はつきますか?」
「幾ら頭が無能だろうと末端は紛れもないユニオンの戦士だ。そしてその末端は自分達で考え、最適解を導き出して足掻く。ここからが踏ん張りどころだ」
「ぼくも出よう」
予想されていた艦載機群による奇襲にのみ備えていた摩耶は、自分の対空能力の高さによってそのほぼ全てを撃ち落としていた。対空に特化した兵装をしているとはいえ、傷すら負っていない摩耶は戦う余力が十分にあり、眼前で行われている戦闘に介入したくて仕方がなかった。
「駄目だ」
そんな身体の底から湧き出るかの様な闘志を滾らせている摩耶を少しだけ見た今日末は、そのまま摩耶の言葉を拒否した。真っ向から止められると思っていなかった摩耶は驚いた表情のまま恭介を見た。
「お前はただでさえ前回の戦いで神秘を酷使しすぎたにもかかわらず、グレイゴーストに大破までさせられて……許可できるはずないだろ。お前が大丈夫でも艤装が耐えきれない」
「だが」
「文句があるなら加賀程度は神秘を操れるようになれ。お前の神秘は獣の力に振り回されているに過ぎない」
摩耶と同じく前回の戦いで「ミズホの神秘」を使用して戦闘し、大破まで追い込まれた加賀は現在隣の基地で大いにその力を振るっているだろう。加賀が許されて摩耶が許されない理由は、端的言えば艦船としての完成度の違いだった。重桜の艦船が扱う「ミズホの神秘」は、セイレーンの技術を取り込んで昇華された重桜に古くから伝わる降霊術の類である。厳密には全く違うのだが、それに似たものではある。簡単に言えば、獣としての力を自分の身体に授ける力なのだが、艤装はその急激な変化についていける程頑丈にできていないので、そもそも艤装の性能が足りなかったりすると簡単に破壊されてしまう。しかし、それ以上に獣の力を身体で完全に制御できなければ摩耶の様に艦船の身体にまで影響を及ぼしてしまうのだ。
「確かにぼくはまだ自分の力を制御できていない。だがこの状況で「ミズホの神秘」を使う程弱くはない」
「お前の意見は聞いていない。お前の肉体的な部分と艤装の話をしているだけだ。好都合なことにお前は天才と言ってもいい力を持っている。今後の重桜にも響く問題だ」
「……わかった。国の為なら身を引く」
渋々と言った様子だが、基本的に神代恭介の指示は絶対であるので摩耶も本気でそれに反対する訳ではない。ただ自分の姉である高雄が戦場にいると言うのに、戦うこともできずに翔鶴の上でただ待っていることしかできないのが悔しかったのだ。
「安心しろ。高雄は強い」
「それは、分かっている」
小さく笑いながら言う恭介に、摩耶は少しばかり不貞腐れて目を逸らした。
「今日こそ斬る!」
戦場で相対していたエンタープライズと瑞鶴は、互いに獲物を向けてしばらく止まっていたが、先に痺れを切らして動き始めたのは瑞鶴だった。刀の切っ先がぶれて見える程の速度で振るわれた刀を悠々と避けたエンタープライズは、本来の使い方ではないが艤装の弓を瑞鶴のこめかみへと向かって振るった。
「遅い!」
「どうかな」
刀に比べて重量のある弓は、エンタープライズの筋力を持ってしても近接武器として振るうには余りに愚鈍で巨大だった。当然身軽な刀を振るう瑞鶴は、すぐさまその弓から身を守るために自分と弓の間に刀を差し込んで防御した。次の瞬間にはエンタープライズが空いていた左手を使って、瑞鶴の脳天に向かって零距離で弓を引いていた。ほぼ直感的に上体を逸らしてその矢を避けて瑞鶴だったが、眼前すれすれを飛んでいく矢が視界に入った時にはその脇腹にエンタープライズの足が食い込んでいた。
「かはッ!?」
エンタープライズによって横方向へと蹴り飛ばされた瑞鶴は、コンクリートの屋上を何度かバンドしてから美しく咲き誇っていた桜の木に背中を叩きつけた。外部から突然加えられた強烈な圧力によって肺の中にあった空気を全て吐き出した瑞鶴は、咳き込みながらも矢継ぎ早に飛来してくるエンタープライズの矢をしっかりと捉えていた。
「今のタイミングで全て避けられるか……」
「危なかった……次はその癖の悪い足を叩き斬る!」
数回頭を左右に振ってから矢を全て避けた瑞鶴は、奇襲を読まれて追い込まれていたはずなのにも関わらず、冷静に瑞鶴の命を狙う攻撃を放ったエンタープライズを見ていた。奇襲が失敗した動揺に付け入る隙ができるとまでは思っていなかったが、まさかここまで冷静に対処されるとは思ってもいなかった瑞鶴は結果的に反撃を貰ってしまった。
「そうよね。相手はあの一航戦でも二人がかりで仕留めきれない相手……油断はもうない」
「……雰囲気が変わった?」
戦場としては重桜依然として有利な状況なままであることには間違いない。なにせユニオンはエンタープライズの奇襲も航空戦隊による奇襲全て防がれてしまい、残ったのは敵の基地内という不利な条件のみ。それでも、一対一で向かい合ってしまえばそんなものは関係ない。エンタープライズはそういう艦船だと瑞鶴は思い返し、その思考から楽観的な考えを排除した。
「まずは……片腕」
弓を防げないのならば物理的に弓が引けないようにしてしまえばいい。そう考えた瑞鶴は艦載機を発艦させるべく、動きやすいように背中側へと移動させていた飛行甲板を起動して身体の右手側へと移動させた。瑞鶴が艦載機を発艦させようとしている姿を見て、エンタープライズも弦を引いて光り輝く矢を作り出した。
「全機発艦!」
「撃ち落とせ!」
瑞鶴が艦載機を全機発艦させると同時に、エンタープライズも矢を放った。エンタープライズが放つ光の矢は加速していきそのまま何機かのヘルキャットへと姿を変えて、瑞鶴が放った彗星を撃ち落としていた。
「はぁッ!」
彗星を放った直後にエンタープライズへと向かって踏み込んでいた瑞鶴は、弓を引く右腕に向けて刀を振り下ろした。素直に踏み込んできたことに少し驚きながらも、エンタープライズは冷静にその攻撃を紙一重で避けてから右手に弓を持ち換えて弦を左手で引いた。圧倒的と言える程の速度で行われた弓の持ち換えに対しても、瑞鶴は紙一重で反応して放たれた矢を避けた。水平線へと向かって放たれた矢がかなり遠くでエンタープライズ専用であるマクラスキー隊のドーントレスへと変化したことを瑞鶴は見ていた。
「武勲艦は後詰が得意なのかなっ」
「どうだろうな」
身体を逸らして避けた瑞鶴に向かって再び横蹴りをお見舞いしたエンタープライズだが、二度目は流石に腕で防がれて瑞鶴が一歩下がって刀を構えなおした。刃先で背中の甲板を叩き、火花を散らしてその火花をエンタープライズへと向かって振った。
「行け!」
刀の切っ先から振るわれた火花は瞬く間に流星へと変化して、エンタープライズへと襲い掛かった。
「……ヘルキャット!」
自身の左側へと常に配置してある飛行甲板からヘルキャットを発艦させたエンタープライズは、少しだけ後ろに下がりながら瑞鶴との距離を測っていた。弓から必殺の一撃を放てるエンタープライズは、瑞鶴の武器が刀である以上距離を取って戦うことが圧倒的な優位に立てる条件だった。それでも簡単に距離を取らせてくれる程瑞鶴が弱いとも考えていないので、エンタープライズはどうするべきかと攻めあぐねていた。それは、攻撃をことごとく避けられている瑞鶴も同じことだ。
瑞鶴の放った流星をヘルキャットで落としながら、エンタープライズはどうすれば瑞鶴を無力化できるかを考え、対して瑞鶴はどうすればエンタープライズを殺すことができるのかを考えていた。
「取り敢えず、少し大人しくなせる他ないか」
「上等!」
同時に踏み込んだ瑞鶴とエンタープライズは互いの武器を衝突させて火花を散らした。
「脆い」
「ぐっ!?」
「無様ね」
無力にもただ海面を転がされることしかできないヨークタウンは、加賀と赤城の猛攻を受けて這いつくばっていた。どれだけ手を伸ばして攻撃しようとも、赤城に艦載機を撃ち落とされ、加賀に重い物理攻撃を受けて吹き飛ばされる。ヨークタウンと共に戦っていたノースカロライナは既にその艤装を破壊されて、ヨークタウンと共に海面に倒れ伏していた。
「量産艦は全滅。お前らの奇襲作戦も無意味。話にならんな」
「あぁ……こんなことなら指揮官様と共に待っていたかったわ……翔鶴なんかに立場を奪われるなんて」
「ノース、カロライナ……無事?」
「なんとか……でも、勝算は無い、かと」
金髪を煤で所々黒くしながらもノースカロライナはなんとか立ち上がった。損傷具合から見てもノースカロライナよりもヨークタウンの方が被害が大きく、既に立ち上がれない程傷ついてしまっていた。クリーブランドも神通相手に防戦一方、エルドリッジ、ラフィー、ボルチモアも駆逐艦相手に苦戦している。
「くそっ! 本当に駆逐艦なのか!?」
「失礼ですね。綾波はれっきとした吹雪型駆逐艦改良型、です」
平然と重巡砲の砲弾を身の丈程もある大刀を使って真っ二つにする駆逐艦など、少なくともボルチモアが知っている限りユニオンには存在しなかった。ユニオン内で力を持っている駆逐艦であるはずのラフィーですらソロモンの悪夢とまで言われた夕立には、苦戦している状況だった。
「重桜の駆逐艦は、何でこう強いのかっ!?」
「余裕ですね。綾波の魚雷は、戦艦も沈めますよ?」
「全く、対した雷撃能力だ!」
全砲門から一斉に砲弾を放つも、自分に当たる物だけを的確に選択して切り裂く綾波の前ではあまり意味なく、ボルチモアの攻撃は全て無駄となっていると言ってもいい状況で、魚雷が直撃すれば戦艦もすらも沈めてしまうともなるとボルチモアに勝ち目はほぼないも同然だった。
「がぅ!」
「犬……」
苦戦、と言っても夕立から放たれる魚雷と砲撃をひたすらラフィーが避けているだけの状況であるので、実際はラフィー自身に苦戦しているという意識はない。何故ならば、もしこのまま作戦が失敗した時に傷ついた仲間と共に安全に脱出するには誰かしらが殿を努めなければならないのだから。最初からこの作戦の成功率が低いことを知っていたラフィーは、戦闘中になるべく攻撃を受けないことで殿を務めようとしていた。少し賢い艦船ならばそれが分かるのだが、ラフィーの相手をしているのはただ戦闘することしかできないと自分で公言する夕立なので、気取られてはいなかった。
「っつー!?」
「……砲弾は素手で受けることはおすすめしません」
「やってみてわかったよ!」
神通にひたすら追い込まれているクリーブランドは、どうしても避けられない砲撃を仕方なく手で弾いて悶絶していた。流石に呆れたのか、一瞬攻撃の手を止めてクリーブランドへと忠告するように言った神通に、クリーブランドは少し膨れながらも構えを取った。
「そうですか。では次は沈んでいただきます」
「相変わらず怖いなぁ! 前はモントピリアと二人がかりだったから何とかなったけど、今回は流石に無理だ!」
「弱気ですね。やろうと思えば何でもできるものですよ」
「滅茶苦茶根性論だ!」
再び始まった神通による弾幕の様な砲撃の嵐を、クリーブランドは踊るように避けていた。
以前の海戦で戦っている神通とクリーブランドだが、クリーブランドはモントピリアと二人がかりで神通を相手取り、そんな圧倒的有利の状況だったにも関わらず、追い込まれた神通の捨て身の一撃で三人全員大破まで追い込まれてしまったのだ。つまり、クリーブランドにとって神通は一対一で戦って勝てる相手ではないと最初から決まっているのだ。
神速とも言えるほどの速度で迫ってきた神通に驚きながら、主砲副砲一斉射撃で弾幕を張ったクリーブランドに対して、神通は無言のまま片手で目の前に迫っていた砲弾を彼方へと弾き飛ばして接近した。
「嘘っ!?」
「終わりです」
魚雷を放つのではなく手に持っている神通を見て、クリーブランドは咄嗟に後ろへと下がった。次の瞬間に神通はその手に持っていた魚雷を石でも投げるかのようにクリーブランドに向かって平然と投擲した。紙一重で首を動かして魚雷を避けたクリーブランドは距離を取って背後の爆発音へと視線を向けた。
「……さっき砲弾素手で受けるのおすすめしないって言ってなかった?」
「おすすめしないだけです。鍛え方が足りませんね」
「理不尽だっ!?」
クリーブランドと神通の傍から見ればコントでもしているのではないかというやり取りを尻目に、エルドリッジは雪風の攻撃を全て避けながらどのタイミングでヨークタウン達の救援に入るかを見ていた。
「ふん! 防戦一方なのだな、はっはっはっは!」
「ん、うるさい」
「なっ、うるさくない!」
エルドリッジの言葉に反応した雪風が主砲を向けた瞬間、エルドリッジが不自然に放電し始めた。普段から空色に近い色の雷を纏っているエルドリッジの雷が、いきなり明滅しながらその色を紫色へと変色させていた。
「うて」
「うひゃぁぁぁ!?」
紫色の雷を纏ったまま雪風に主砲を向けたエルドリッジは、その砲塔から謎の紫色の弾幕を戦場一体にばら撒いた。突然の謎弾幕にその戦場にいた重桜艦船全員がそれぞれ戦っている敵から距離を取って、人魂のような弾幕を避けた。
「エルドリッジ?」
「……撤退」
「……わかったわ」
ボロボロではあったものの、まだギリギリ渡航できるヨークタウンは今が引き時なのだと理解した。どれだけ取り繕っても結果として敗北の二文字をこれから覆すことができないのならば、せめて生き残らなければならないと判断した。
「旗艦として仲間を無事に帰すというその判断は正しいものだ。だが、我ら一航戦から逃げきれるつもりか?」
撤退の為に弾幕を張り続けるエルドリッジだが、このまま放っていればすぐにも燃料が尽きてしまうことは重桜側もユニオン側も理解していた。ラフィーが殿として立ち塞がろうとしても、相手は無敵とまで言われた一航戦である以上大した時間稼ぎにもならないだろう。
「……指揮官、敵が撤退の意志を見せています。防衛を優先するか、敵を沈めることを優先するかご判断ください」
エルドリッジの弾幕を奇麗だと内心思いながら、神通は恭介へと無線を入れた。その戦場にいた全員が神通のその言葉を聞いていた。赤城と加賀は恭介に聞けば殺さずに撤退させろと言うと判断して、わざと恭介には言わずにユニオンの艦船を沈めようとしていたので神通の行動は余計なものとして映り、ユニオン側からすれば神代恭介ならば見逃すかもしれないと考えて神が指令を受けるのを待っていた。
「……よろしいのですね? そうですか……了解しました」
「指揮官様はなんと?」
恭介の下にいるからこそ秩序を保てていることを理解している赤城は、指揮官の言葉を聞き届けた神通に旗艦として問いかけた。
「全員沈めろとのことです」
「……ふっ、了解だ」
ユニオン側も重桜側も予想していなかった神代恭介の言葉に、加賀は全身から殺気を放ってユニオンを見た。今までの方針とは真反対の指令を下した神代恭介にユニオンの艦船達は圧倒的な絶望を感じ始めていた。
一人戦場で楽しそうに狂気の笑みを浮かべている加賀は、弾幕を掻い潜りながらエルドリッジへと襲い掛かった。
「さぁ……狩りの時間だ!」
あと二話ぐらいこの話書いてたい。