最果ての航路 作:ばるむんく
戦場を切り裂く破壊の光が放たれた瞬間、戦場にいた全ての艦船がその脅威に目を向けた。それはセイレーン艦隊を操ってアズールレーンと今まさに戦争を始めていた鉄血艦船達も例外ではなかった。
「随分と物騒な奴がいるみたいね」
「……まさか本物が釣れるとは」
冷や汗を流しながらも敵から目を全く逸らさないウォースパイトの耳は、冷めた瞳で光の残滓を眺めながら呟いたビスマルクの言葉を拾った。その言葉が意味することは、鉄血にとってもセイレーンの上位個体が現れることは想定外ではあるものの、想像の範疇を超えてはいなかったということだった。
「上位個体をこの戦場に呼び込んで何をするつもりなのかしら?」
「それは、貴方達には関係無い」
身の丈近くある大剣を振り回すウォースパイトに対しても、ビスマルクは眉一つ動かさず的確に指揮をしていた。ビスマルクが手を振り上げればセイレーン艦隊は動き、複雑に振れば鉄血の艦船達が事前に決められている通りの動きをする。圧倒的カリスマによる完璧なる統率に、ウォースパイトは内心舌を巻いていた。
「あら、何を遊んでいるのかしらウォースパイト」
「へ、陛下!?」
会議場に残っていたはずのクイーン・エリザベスが登場したことに、ウォースパイトもビスマルクも表情を変えた。自らの主と言ってもいい人物の登場に慌てふためき、一方はまさか戦場に立つとは思っていなかったビスマルクは彼女が何をしようとしているかを理解して目を細めていた。
「聞きなさい! 戦場を駆けるロイヤルの華麗なる淑女たちよ! 我々ロイヤルは正義を体現するものか? 我々ロイヤルは世界の利益の為に動く者か? 否ッ! 我々ロイヤルは、自身の信念の為に戦う者達! 迷いを捨て、ただ己の信念に従って目の前の敵を討て! 我らの騎士道に、正義の二文字は不要だ!」
陰鬱とした鏡面海域に、女王の号令が響き渡った。それと同時に、ロイヤル艦船全員の目の色が変わったのを、ビスマルクは目の前のウォースパイトを見て確認した。
「これは……思ったよりも苦戦しそうね」
正義の為に愚直な行動を取るユニオンとは違い、己の信ずる信念の為ならば悪をも許容する精神。簡単に打ち崩せないことは想像に難くないことだった。
「あらあら、ロイヤルは大盛り上がりね」
「そうですね」
「そんな中でも、アンタは冷静なままなのね」
「メイドは熱くならないものですので」
襲い来る無数の砲撃を悠々と躱しながらも、攻撃と攻撃の節目に必ず牽制してくるベルファストに、プリンツ・オイゲンは長期戦を予感して明らかにテンションが下がっていた。以前から優秀なメイドだとは認識していたが、これ程までとは思っていなかったプリンツ・オイゲンは仕方なく現状維持を選択し続けていた。
「メイドにしてはダンスも上手いのね」
「ほんの嗜み程度のものです。仕える主に恥をかかせる訳にはまいりませんので」
美しい踊りを思わせるように砲弾の雨に掠りもしないベルファストの動きに、プリンツ・オイゲンはただただ感心していた。それでいて的確な部分で必ず砲撃を挟み、時には魚雷を放ってプリンツ・オイゲンの動きを制限する様は、ダンスをリードする貴族令嬢である。
「ふーん。でも、無作法な方が……私は好きよッ!」
「価値観の相違、でございますね」
砲撃を止めて一気に距離を詰め、迷いなく生体艤装で物理攻撃をしかけたプリンツ・オイゲンに対しても、ベルファストは踊りを止めることは無くただ受け流すように攻撃を避けた。
「……埒が明かないわね」
「はい。私が貴女に攻撃しない理由は単純に、かのプリンツ・オイゲンの装甲を貫けるとは到底思えないからですので」
「よく言うわ」
徹甲榴弾を正確に艤装の繋ぎ目へと放っているのを無理な態勢で避けているからこそ、プリンツ・オイゲンは無傷でいられるだけであり、このまま戦いを続けていればいずれ徹甲榴弾が容赦なく艤装を貫き、爆発炎上することは間違いないことだった。
「動かないのでしたら、こちらからいかせていただきます」
膠着状態になって立ち止まったところで、プリンツ・オイゲンにはどうしようもなく、ベルファストはただ弾丸を放っているだけでプリンツ・オイゲンを追い詰めていくことができる。故にベルファストはプリンツ・オイゲンと睨み合う必要性すらない圧倒的優位に立っているのだ。
「はぁ……疲れるからあまりやりたくないんだけど、ね」
ベルファストが両手に装備している152mm三連装砲を、ただ立っているだけのプリンツ・オイゲンへと放った。放たれた徹甲榴弾が独特の軌道を描いてプリンツ・オイゲンへと近づいた瞬間、半透明の青い盾を展開して徹甲榴弾を弾き飛ばした。
「……シールド、ですか」
「あら? 百戦錬磨の貴方は流石に見たことあるのね。シールド」
「そうですね。手を焼いた記憶しかありませんが」
プリンツ・オイゲンが発生させたシールドは、メンタルキューブの力の一端によって生み出される防御壁だった。一部の艦船のみが扱うことのできるその防御壁は、艦船の放つ砲弾もセイレーンの放つ砲弾も全てを防ぐ万能の壁である。
「展開し続けることはできないけど、要所要所で貴方の攻撃を防ぐ程度には使えるわね」
「それはもう。私の砲弾では傷一つつけることもできませんよ」
互いに薄く笑いながら主砲を向け合ったまま止まっている姿は、プリンツ・オイゲンが膠着状態まで持ち込んだことを意味していた。
「ふふ、楽しくなりそうね」
「同意しかねます」
同時に放った砲弾だったが、ベルファストの放った砲弾は瞬間的に展開されたシールドに全て叩き落され、プリンツ・オイゲンの砲撃だけが一方的にベルファストを襲った。
再び水上を舞い踊るように砲撃を避けるベルファストだったが、明らかに先程までプリンツ・オイゲンが放っていた砲撃とは毛色の違う攻撃に、いまいち上手く避けられないでいた。
「……生体艤装をそこまで上手く扱うことができるとは思いませんでした」
「いつだって技術を進歩させるのは、戦争よ」
自分の判断でベルファストを捉えることができないと理解したプリンツ・オイゲンは、自立型である生体艤装にベルファストを独断で狙わせていた。自分はベルファストが放つ砲弾に反応し、瞬間的にシールドを張ることにだけ集中してそれ以外の全てを認識の外へと捨てていた。プリンツ・オイゲンの目線と性格から先読みしていたベルファストは、生体艤装の何処か出鱈目でありながら正確な射撃に対応しきれていなかった。
「あら? 掠ったわね」
メイド服の先、スカートの部分が少しだけ焼き切れいているのを確認したプリンツ・オイゲンは、少しだけ嬉しそうに口角を上げていた。対してベルファストは、表情を変えずにただ生体艤装を観察し続けていた。
「……では、ここからですね」
蝶の様に舞い踊っていたベルファストが急に立ち止まったことに、プリンツ・オイゲンは警戒を露わにして主砲の主導権を再び生体艤装から自分の元へと手繰り寄せた。メイド服が所々焼き切れていたり、煤が付いているベルファストだったが、その顔にはいつも通りの微笑みが戻っていた。
「ッ」
微笑みを向けられ背筋に悪寒が走った瞬間に、主砲の引き金を引いてベルファストの脳天を貫こうとしたプリンツ・オイゲンが見たのは、それを予測していたかのように砲弾の軌道上に投げられている物だった。
「さぁ、続きと参りましょう」
プリンツ・オイゲンの砲弾によって破壊されたその小さな容器から溢れ出した白い煙は、瞬く間に広がっていき、周辺の全てを覆いつくした。煙の中から聞いた声は、ほんの少しだけ微笑みを含んだような声色だった。
「くッ!?」
やられた。今プリンツ・オイゲンの脳内を埋め尽くしている言葉はそれだけだった。煙幕を張られてしまえば生体艤装は闇雲に砲撃することしかできず、プリンツ・オイゲンも砲弾が放たれた瞬間にだけシールドを展開することもできない。そして、ベルファストの弾を防ぐシールドは永遠に張り続けることはできない。
煙幕の中から響く砲撃音に反応して、プリンツ・オイゲンはシールドを前方に展開し、そのまま前方向へと主砲から砲弾を闇雲に放った。しかし、ベルファストが放ったのであろう砲弾はプリンツ・オイゲンが展開したシールドの遥か横を通り過ぎ、プリンツ・オイゲンの放った砲弾も着弾した様子はなかった。
「おちょくられている気分ね……神経が磨り減るわ」
冗談を口にしながら、プリンツ・オイゲンは最大限周囲に警戒していた。ベルファストが移動している音は確かに聞こえているし、先程から何発も砲弾を放っている。しかしどれもシールドを展開するまでもなく通り過ぎていくばかりで、逆にプリンツ・オイゲンの頭を冷静にさせていた。
「アイツにもこちらが見えていない、可能性もあるわね。かと言って闇雲に砲撃するのは、あの完璧メイドの性格からして有り得ない……」
煙幕の中に響く砲撃音に反応して、プリンツ・オイゲンも砲撃をしているが、海に着弾した音ばかりでベルファストの姿など全く見えない状態だった。
「シールドを削りにきている? 手を焼いた記憶がある、とも言っていた……シールドの特性に気が付いている可能性もあるわね」
シールドは砲弾を無条件で弾くことができる万能の盾ではあるが、それにも限界がある。弾ける砲撃の数が決まっているのだ。プリンツ・オイゲンの場合はシールドを同時に三枚まで展開することができ、盾一つにつき十までの攻撃を弾くことができる。仮に十の弾を弾いてしまえば、その盾は無残にも砕け散り、再展開するのに相応の時間がかかる。そんな特性に気が付いているのだとしたら、ベルファストが出鱈目な砲撃をすることにも頷ける。
思考を加速させている最中、プリンツ・オイゲンは砲撃が止んでいることに気が付いた。煙幕も少しづつ薄れている中、砲撃を止める理由がプリンツ・オイゲンには一つしか思い浮かばなかった。
「……私の勝ち、ですね」
「ッ!?」
すぐさま後ろに振り返ったプリンツ・オイゲンは、すぐそこまで近寄っていたベルファストに向かって主砲を放った。わざと音を立てながら煙幕の中で砲撃をしていた理由は、単純にわざとベルファストの居場所を補足させるためだった。故に砲撃が止まった瞬間、プリンツ・オイゲンはあれ程気にしていたベルファストの気配を見失った。
「視覚を失う、と言うのは存外に恐ろしいものだとわかっていただけました?」
「全くね」
振り向きざまにプリンツ・オイゲンが放った砲弾を易々と避けたベルファストは、同時に徹甲榴弾を展開されたシールドに向かって放っていた。硝子が割れるような音と共に砕け散った一枚のシールドを見て、プリンツ・オイゲンは舌打ちしてから主砲をベルファストに向けた。
「煙幕も切れる……でも破壊できたシールドは一枚だけ、ね。また状況は戻ったわよ?」
「いえ、もう終わりでございます」
主砲を降ろしたベルファストに怒りを覚えたプリンツ・オイゲンは、容赦なく引き金を引こうとして視界が真っ白になり、次の瞬間にはベルファストを見上げていた。世界が傾いたかのような感覚の中で、聴覚がイカれていることに気が付いてから、プリンツ・オイゲンは立ち上がろうとして力の入らない身体に、水飛沫が雨の様に当たっていた。
「な、にが」
状況を確認するように視線を自分の背後に向けたプリンツ・オイゲンだったが、微妙に残る煙幕の中で海にくっきりと残っている『ソレ』を確認した。
「煙幕の中、左手前で最後の砲撃を放ってから前方に移動し、貴方の砲撃音に紛れさせて魚雷を放ちました。速度は出ませんが威力の高い物です。背後に回り込んでから貴方のシールドを破壊して、煙幕を巻いた理由をシールドへと向けさせました」
「は、はは……アホじゃないの?」
「これ程のことをしなければ、不沈艦と名高い貴方を沈めることはできません」
煙幕によって自分の視線すら遮られている中で、魚雷を放って動き回るなど正気の沙汰ではない。しかし実際にベルファストはそれをやり遂げてプリンツ・オイゲンを下していた。
「完敗、かしら」
「ですから、終わりだと申しました」
あれだけ無茶なことをしておいて、涼し気な表情でそれを語るベルファストに対して、プリンツ・オイゲンは目を閉じてから頬を緩ませていた。
「やっぱり嫌いだわ……メイド」
「残念です」
「もう出てきたか」
島の中央へと向けて放たれた超威力の光学兵器を見て、恭介は予想よりも早く出張ってきたピュリファイアーの存在を認識して、頭の中に描かれている今後の筋書きに逐次修正を加えていた。
「愛宕、状況はどうだ?」
「予測通り、中央に現れたみたいよ。指揮官の言った通り、派手好きなのね」
「巨大な光学兵器を艤装として操っている時点でわかりきっていることだろ」
恭介は港に待たせていた愛宕からピュリファイアーがどの場所に出現したかだけを端的に聞いた。
敵からも味方からも見やすく的になりやすい装備を好んで使う奴など、自らの力に絶対の自信を持っている。そうでなければ、ただの馬鹿としか言えない程の目立ちやすさがその武器にはある。いくらセイレーンの上位個体とはいえ、そんな目立つ行動をして周囲全てを艦船に囲まれて集中砲火を浴びれば即沈むのが道理だ。
「自律式の小型艤装を使っているのも単に、飛んで火にいるのを沈める為だろうしな」
「馬鹿そうに見えて頭がいい、ってことなのね」
「そうでなければ膨大な演算能力で無理やり未来を観測することなんてしないだろうさ」
何故恭介はセイレーンが演算能力を用いて未来を観測している、などということを知っているのかは敢えて口にせず、愛宕はただ恭介が指揮官として下す命令を待っていた。
「取り敢えず……ピュリファイアーを何とかなしなければ話にならない」
「何とか……」
「本当はこんな賭けに近いことはやりたくないんだが……」
彼の頭にいつも通り思い浮かべられているのであろう必勝の作戦を、愛宕は少しばかり想像しながら恭介へと視線を向けると、動くなと手で合図をされて周囲に目を向けた。
「はーい。ご機嫌いかが?」
「……最悪だよ。オブザーバー」
愛宕が周囲に目を向けた瞬間に、それは視界に入り込んでいた。妖艶とも言える生々しさを身体から放ちながらも、それに近寄れば危険だと艦船の本能が叫んでいた。美しい花に吸い寄せられる虫のような感覚に陥りながらも、肌と本能で感じる恐怖に愛宕は指一本動かすこともできずに立ち尽くしていた。
そんな艦船になど興味もないのか、オブザーバーはゆっくりと自分の足で恭介の元へと向かって地上を歩いて近寄り、その手を取った。
「ねぇ……貴方は何処まで知っているの?」
「……それを俺に言え、と?」
「そうね。答えて欲しいけど、あんまり簡単に答えられるのもつまらないかしら」
「……愛宕、声が聞こえないところまで離れていてくれ」
傍若無人とも取れる物言いに、恭介は肩を竦めて息を吐いた。オブザーバーを前に全く気負っていないかのようなその動きに、愛宕は自らの身体を縛り上げていた『恐怖』という感情が薄れていった。ただ恭介の言葉に頷いて海に出ることしかできない愛宕は、自分の無力さを呪っていた。
「じゃあまず一つ目の質問ね。何処でオブザーバーという個体名を知ったの?」
「テスターとピュリファイアーの会話記録だな」
以前ビスマルクにも聞かれたことを、恭介は何の動揺もなくすらすらと答えた。
「……そんなものが残っていると思っているの?」
「人の口に戸が立てられると思っているのか?」
テスターとピュリファイアーの会話記録をそのまま人類に渡す程甘くもないオブザーバーは、自らの演算能力に対する侮辱と受け取って鋭い視線を濃密な殺気を放つが、恭介はその殺気に気圧されることも無く淡々と返していた。
「全く、質問に質問で返すなんて礼儀が無いわね……じゃあ次ね。未来を見たかのような戦術はどうやっているの?」
「あんなものはただのブラフだ。過去のデータを全て集計すれば自ずと答えは導き出される。統計学と大差ない」
「人間にとって統計学はあくまで参考にしかならないのよ? まぁいいけれど……なら何故艦船を指揮できるの?」
「艦船を、指揮できる?」
「あら? 理解していないのならいいわ」
次々とオブザーバーが問いかける質問に、恭介はただただ答えることしかできていなかった。オブザーバーの名前は知っていても、その戦闘能力は未知数である以上恭介はは下手に動くこともできなかった。ピュリファイアーの方でも問題は起きていないのだと海面を見て判断し、精々時間を稼ぐ程度としか恭介は考えていなかった。
「じゃあ最後の質問ね……貴方は何者? 何処からやってきたの?」
「質問の意図が理解できないな。俺はこの世界で生まれている」
「それは理解しているわ。貴方の来歴は全て漁らせてもらった……だけど、それでは辻褄が合わないのよ」
本気でオブザーバーが何を言っているのか理解できていない恭介は、ただ困惑の色の滲ませながらオブザーバーを見つめていた。
「そうね……知らないなら教えてあげるわ。あくまで現在出揃っている情報から推測されたものでしかないけれど……聞きたいわよね? 自分が何者なのか? 私も興味があるわ」
明らかに自分以上に自分のことを知っているだろうオブザーバーの言葉に、恭介は何故かその先の言葉を聞いてはいけない気がしてならなかった。頭の中で何かが警報を鳴らしているような感覚に、心臓の鼓動はどんどんと早くなっていく。
「簡単に言ってしまえば、神代恭介……
オブザーバーの言葉に一際大きく、恭介の心臓が跳ねた。
とりあえずここまでの設定は考えてあった
けどここから先は手探り状態です()
ちょっとづつ話の骨を組み上げて肉付けしていくしかないですね