最果ての航路 作:ばるむんく
北連艦がいっぱい出てきたから、小説でもどんどん出していきたいですが、この話中には出てこないですねー
恭介はオブザーバーの言葉が理解できていなかった。
「俺が……人間じゃない?」
オブザーバーの言葉を全て鵜呑みにする訳ではない。そもそも人間に牙を剥いて世界を戦禍と疑心の渦へと巻きこんだ敵対生物とも言える存在の言葉を鵜呑みにする程、恭介は馬鹿ではなかった。だが、オブザーバーの言葉を頭ごなしに否定できる程、恭介にその自覚がない訳もなかった。
「人間が神木に選ばれて想いの奔流を受ける。そんなことが本当にできると思うのかしら?」
恭介の思考が追い付いていないことなどオブザーバーは理解しながらも、ただ淡々と事実を突きつけていた。
「まず脳が情報を整理しきれなくて焼き切れるわよ? 数秒で今までに死んだ人間と、今を生きる人間の想いを受け止めることができる器なんて……それこそ想いを形にするメンタルキューブで構成された艦船でもなければできないわ」
「まて……」
彼女のいう言葉が全て真実なのだとしたら、仮に全てが正しいとしてしまえば、確かに辻褄があってしまうのだろう。何故彼が人間に対して極端に興味が無いのか。何故彼が艦船に対して極端に意識を向けるのか。
「人間の想いによって作られた存在である艦船。その作られた存在である艦船が望んだのは自分達を率いる正しく、そして強くある人間。艦船の想いを汲み取ったメンタルキューブによって生み出された
「待て!」
「あら怖い」
普段表情を動かすことなど無い恭介は、怒りの形相でオブザーバーを睨んでいた。肩で息をしながら自分の胸元に手を当てて、自分の心臓がうるさいぐらい動いていることにすら、恭介は思考が割けていなかった。
「何か問題でもあったのかしら? 貴方は艦船が大事。艦船は貴方が大事。何も問題ないわ」
「俺が……人間じゃないから、人間を見下しているって言いたいのか?」
「そうじゃないの? 私達セイレーンも、艦船達も、内心では醜い戦争を続ける人間達を見下しているわ。だって、人間如きなんかよりも、私達や艦船の方が優秀な種族なんだもの」
周囲の人間を見下しているつもりなど恭介には全く無い。勿論、セイレーンにとって得にしかならないような人類同士の削り合いを見て恭介も人間の愚かさというものを肌で感じている。それでも、彼の中では軽蔑や侮蔑の視線を向けることがあっても、決して相対した人間全てを下に見ているつもりなど無かった。
「貴方という存在が、必要だからそうさせているの。貴方は艦船の為に存在する……世界で唯一、正しい意味で艦船を従えることができる存在」
ただ楽しそうに笑いながら言葉を続けるオブザーバーに、恭介は足元から全てが崩れ落ちる感覚を味わっていた。まるで今まで自分が築き上げてきた全てを、大いなる存在の気まぐれによって簡単に崩されてしまう感覚。
「ふふ……それが『絶望』よ」
自然と視線が下に向き、ただただ呆然と何かを考えることもできずにオブザーバーの言葉を受け取ることしかできない状態。これこそが正に絶望だと言うのならば、世界はこんなにも残酷なのだと恭介は笑うことしかできなかった。
「……それでね。とってもいいことを思いついたから、私は貴方にこうして近付いたの」
自分自身の存在そのものの根底を覆されている恭介にとって、オブザーバーの言ういいことなど碌なことではないと理解できていても、自分が人間では無いと言われる以上のものは無いだろう。
「私達と一緒に来ない? 愚かで醜い人間と共にいるよりも……ずっとマシよ」
暗く冷たい絶望の底へと沈む恭介の身体を蝕む毒は、すぐ傍まで近寄っていた。
「あれ、は……オイゲンさん!」
「……ニーミ」
沈んだ顔のまま会議場へと向かっていたZ23と、そんな様子のZ23を心配した綾波が二人で並んで海を走っていると、Z23が何かを見つけたのか唐突に綾波から離れて突貫していった。追いかけるかどうするか悩んだ末に、綾波は恭介から通信もないことを考えて独断で動くことを決め、ニーミの背を追いかける。
走るZ23の視線の先には海上に倒れ伏している艦船と、その艦船倒したのであろうメイド服の艦船がいた。
「プリンツ・オイゲンと、ベルファスト」
それぞれ鉄血とロイヤルの中で重要な戦力として機能している二人の艦船の情報は、すぐに綾波でも思い出せるほどだった。戦うことになったら、まず綾波では特攻覚悟でなければ勝てないかもしれない程の相手ともなれば、自然と機械刀を持つ手に力も入る。
「オイゲンさんから、離れてください!」
「承服しかねます」
無謀とも言える程の特攻で放たれたZ23の砲弾を、易々と手の甲についている鋼で打ち払うベルファストの動きを見て、綾波は心から情を捨て去って加速した。そこにいるのは友達を救う為に武器を捨てた綾波ではなく、戦場を駆け回って敵を沈める重桜の鬼神。
「っ!? 弾が――」
「覚悟して頂きます」
焦燥しながら標準も合わせずに闇雲に放たれる砲撃をただ無言で捌きながら、ベルファストは反撃の機会を伺っていた。普段の冷静なZ23ならともかく、ジャベリンやラフィー達とのことがあった直後に、慕っていた仲間が今にも止めを刺されそうな状況で錯乱状態ではベルファストの相手は全く務まらなかった。
装填もせずに放ち続けていたZ23の150mmTbtsKC/36連装砲はいつかは必ず弾が切れ、連射していれば当然その時はすぐに来ることになる。いくらプリンツ・オイゲンとの戦闘で疲弊していても、大きすぎるその隙を見逃す程、ベルファストは甘い艦船ではない。
「っ!?」
「……次は腕ごと貰います」
砲塔をZ23の頭に向けたベルファストだったが、突然Z23の背後から飛び出してきた綾波の殺気と得物を見て、咄嗟に腕を引いた。腕についている艤装を容易く斬り裂いた機械刀は、ベルファストの柔肌に一筋の切り傷を作り出す。
「Z23はオイゲンさんを」
「わ、わかりました」
何が起こったのか微妙に理解できていないZ23は、綾波に言われるがまま意識を失いかけているプリンツ・オイゲンを背負ってその場から離れた。
プリンツ・オイゲンをもう少しで沈め、あわよくば鹵獲することもできたかもしれない状況だったが、ベルファストは一切その場から動かずに綾波を見ていた。
「……相当な手練れとお見受けいたします」
「綾波、です。『鬼神』と呼ばれることもありますが、よろしくするつもりは今のところないです」
簡単で且つ明確に敵意を示す綾波の自己紹介を受けて、ベルファストは内心で舌を巻いていた。Z23が動揺してまともに戦えないことを知っていながら敢えて止めなかった無情さと、その隙を付こうとしたベルファストの首を一撃で斬り飛ばそうとしたその躊躇いの無さに。
「『最大の危険は、勝利の瞬間に生じる』とはよく言ったものですね」
「いつだって敵を簡単に倒せるのは油断している時、です」
ソロモンの鬼神と恐れられるだけはあることを、先程の短い攻撃だけで察知したベルファストは、目の前の駆逐艦からどのようにして逃げおおせるかを考えていた。単純に真正面から戦えば、厄介さはプリンツ・オイゲン以上だとベルファストは判断していた。
「ここは素直に退かせてもらいましょう」
「……」
既に煙幕を使い切り、魚雷も残り数が少なく、更には艤装の片腕を失ってしまったとなれば、勝ち目がかなり薄いのは少し頭を使えば誰にでもわかることだった。故に綾波が追撃してくると言うのならば、ベルファストにもそれなりの対策があった。
無表情のまま機械刀を構えている綾波に対して、どこまで心理戦が通用しているかわからなくとも、ベルファストはいつも通りに優雅な笑みを浮かべているだけだった。
「では、また何処かでお会いいたしましょう」
素直に背中を見せて退いて行くベルファストを見て、綾波は張り詰めていた雰囲気を和らげるように息を一つ吐いた。追いかけてベルファストを沈めようとするのは簡単だが、プリンツ・オイゲンを相手にして単独で撃破する様な艦船がただ逃げている訳ではないことは綾波にも理解できている。今はZ23との合流を優先した。
「早く追いかけないと……また無理してしまう、です」
友人と言えるか分からない程奇妙な関係の相手に刃を向けた後に、仲間が死にかけている姿を見たZ23を放っておくことなどできない綾波は、ただZ23を追いかける為だけに会議場へと向かった。
「お? おぉ? あいて」
左右から自由自在に空中を飛び回る艦載機をひらひらと避けていたピュリファイアーは、頭上から落ちてきた艦爆にも大した反応もせずにただ小型艤装に全てを任せて、死神の鎌を必死にくぐり抜けようとするエンタープライズと赤城と加賀を見ていた。
「当たっても有効打には程遠いかっ!」
「当然っ、ね!」
一対の小型艤装にはそれぞれ二つの砲塔が取り付けられているが、その砲塔から放たれるのは艦船では有り得ないサイエンスフィクションの様な熱線。レーザービームとも言えるその光の線に触れた艦載機は、容易く蒸発する水の様に消えてしまう程の威力を秘めていた。
「なーんか飽きてきたんだけど……オブザーバー、まだ?」
『今忙しいから後になさい』
「はいはい。ほらほら、そろそろプチっと潰そうか?」
「断る!」
「あっそ」
大型艤装に腰かけながら欠伸をしていたピュリファイアーは、未だに光線を避け続ける三人の空母に目を向けた。既に艤装も服も所々光線が掠って焼け焦げている中、エンタープライズが青白い光の線を上空に飛んで避けながら弓を構えた瞬間、オブザーバーは興味もなさそうに大型艤装に取り付けられている副砲四基から光線を放った。
「っ!?」
「ちょっと!」
空中で身動きも取れないエンタープライズは、弓を放った次の瞬間に死を覚悟していた。突如として横からエンタープライズの脇腹へと突っ込んできた零戦によって、水面へと叩き落されたエンタープライズは寸でのところで四本の光線から身を躱すことができた。
「私の零戦一機無駄にしただけの働きはしなさいよ」
「わ、わかっている」
まさか赤城に助けられるとも思っていなかったエンタープライズは呆けた顔で赤城を見上げていたが、放たれた矢を片手で弾いたピュリファイアーは、再び小型艤装と大型艤装に取り付けられている計八基の砲塔から光線が放たれたのを避けてから、再びピュリファイアーへと向き直った。
「あーあ、二倍に増えちゃったね」
「余計な気遣いはいらんぞ」
「加賀の言う通りね。そろそろ貴方の動きにも慣れてきた所だし」
「そう? じゃあ死んでいいよ」
思い切り暴れることができないピュリファイアーは、呆れる程投げ槍に八基の砲塔を動かした。光線に警戒して動き始めた三人に向かって、ピュリファイアーは実弾を連続で発射させた。
「くっ!?」
「加賀っ!?」
全く素振りも見せずに光線から実弾に変更したピュリファイアーの動きは、エンタープライズも赤城もすぐに見切れる程単純な動きではなく、ピュリファイアーから最も近い場所にいた加賀は必然的に避けきれずに被弾した。飛行甲板が軋み、陽炎の如く消え去っていく姿を見て、加賀は既に戦闘不可能なことを悟ったエンタープライズが、赤城と加賀から意識を逸らさせるために単身無謀な特攻を仕掛けた。
「死にたいんだ。ばいばーい」
並の戦艦の主砲以上の火力を、八基から連射しているピュリファイアーの圧倒的なまでの戦闘能力に対して、エンタープライズは紙一重で避けながらも喉元に食らいつこうとして、大型艤装の尻尾と思われる部分で横から攻撃を受けて、水面をボールのように数度跳ねた。
「ぐっ……」
口から大量の血を吐きだしながら、エンタープライズはふらふらと覚束ない足で海面に立ち上がった。肉と骨が軋む音も無視しながら立ち上がったエンタープライズの執念に、ピュリファイアーは青筋を立てながら視線を向ける。
「弱い奴がいつまでも粘るとさー。うざいんだよねぇ……さっさと逝けッ!」
激情を露わにしながら大型艤装の光学兵器を起動したピュリファイアーは、エンタープライズを消し飛ばそうとしてその動きを止められた。
「そこまでだ」
「ッ――」
否、右腕を背後から一瞬で斬り飛ばされたピュリファイアーは、一瞬何が起きているのか理解できずに、ただ飛んでいる自分の腕を見開いた目で捉えていた。
「お、まえぇ!?」
「失せろ」
エンタープライズも赤城も加賀も、視認することができない程の速度で切り刻まれたピュリファイアーに、驚愕することしかできなかった。憤怒の形相のまま首が胴体から切り離されて艤装ごと海へと沈んでいったピュリファイアーに目もくれず、刀を納めるその姿を見て、赤城は更に衝撃を受けていた。
「たか、お?」
「……余燼より出し拙者には、名前など無い」
高雄によく似た姿をしているその存在に、赤城も加賀もただ困惑することしかできていなかった。
限界ギリギリで立っていたエンタープライズは、名前も名乗らない存在に向かって手を伸ばそうとし、そのまま水面に倒れた。
「ちょっと、グレイゴースト!」
「……消え、た」
エンタープライズが倒れた音に一瞬二人の意識が向いた次の時には、既に姿が消えていた。敵であると散々文句を言っていたエンタープライズ相手にも、心配そうに駆け寄る赤城を無視して、加賀はただその存在について考察し続けていた。
「セイレーンと、共に?」
「えぇ。あ、でも特別何かする訳じゃないのよ? ただ、力を貸して欲しいだけ」
「…………断る」
悪魔の甘言に対して、恭介は動揺したまま何とか頭を落ち着かせて返答を口から吐いた。
「対等な取引だったら、それで終わりなんだけど……」
少しだけ残念そうな顔をしながら微笑んでいるオブザーバーは、そのまま恭介の耳元に口を寄せて囁いた。
「――ピュリファイアーが全員殺しちゃうかも?」
「ッ」
最初からそのつもりでピュリファイアーを動かしていたオブザーバーに対して、オブザーバーが現れた時点で自分の見た運命からかけ離れている現状では、そもそも対等な立場ではないことなど分かり切っていることだった。
「貴方が頷いてくれないことぐらい理解しているわ。貴方……まだ陣営の垣根を超えて艦船達が平和に暮らせると思っているものね」
「……可能だ」
「無理よ。だって、人間はどこまでも醜くて、どこまでも私欲に塗れていて、どこまで艦船を兵器としか見れないもの。それに、貴方も半分諦めているのでしょう? だから、前の基地迎撃で全員沈めようとした」
とても楽しそうに声を弾ませているオブザーバーは、恭介の耳元から離れて歪んだ笑みを見せたまま瞳を見つめて、心を折ろうとしていた。
「何かを犠牲にしなければ、戦争は終わらないわよ?」
「黙れッ!」
『指揮――加――受け――』
「あら? ピュリファイアーが逸ったようね」
叫びながらオブザーバーを睨みつけようとした瞬間、手に持っていた無線機からノイズにまみれてまともに聞こえない赤城の声が聞こえてきた。断片的な情報からして、加賀が何かしらの攻撃を受けたことを知らせるその無線に、恭介は目の前が真っ白になっていた。
「私に構うばかりで、自分の秘密を聞かされて……目の前が見えなくなっていたわね。神算ができようとも若いことには変わりないのよ。貴方は、神ではないのだから」
普段ならば絶対にやらない、戦場から意識を外すという行為そのものに足場が崩れる感覚を味わっている恭介に、更に追い打ちをかけるオブザーバー。
「貴方は人間側にいるべきではないわ。ほら、私達と共に……神の領域に足を踏み入れなさい。その資格が、貴方にはある」
「――驕りが過ぎるな」
伸ばされたオブザーバーの手が恭介に触れる前に、両者の間に一筋の光が横切った。明らかにオブザーバーの手を狙ったその攻撃に、すぐさま艤装を動かして不機嫌そうな顔を向けたオブザーバーの視線に映ったのは、灰色の髪をした艦船だった。
「あら……何故貴女がここに? コードGさん」
「お前がその名で私を呼ぶな」
オブザーバーに絶大なる殺意と威圧を向けるコードGは、ただ原始的な憎悪だけを向けて佇んでいた。