最果ての航路 作:ばるむんく
「今、とても忙しいのだけど……邪魔しないでくれるかしら?」
「その人に手を出して、動かないと思っていたのか?」
「思ってたわ。そんな感情とうに擦り切れていると──」
「──消えろ」
突然現れた謎の艦船に理解が及んでいない恭介を置き去りにして、オブザーバーはただ不気味に笑みを浮かべながらコードGと呼ばれた者へと言葉を投げかけていた。楽しそうに、それでいて揶揄うように何かを喋りかけようとした瞬間、オブザーバーは背後から胸部を貫かれていた。
「……は?」
オブザーバーは自分のみに何が起きているのかも全く理解できていなかった。突如背後から自分の胸を貫いた刃に、反応することもできずに機能を失っていく一方だった。
「あ、なたまでいたのね」
「ピュリファイアーは既に片付けた」
「そう……ほんとうに、むだなどりょくがすきなこと……」
「……終わりだ」
背後からオブザーバーを刺し貫いた艦船は、コードGの声に反応してすぐさま刀を抜いて飛び退き、刹那の瞬間にオブザーバーの顔がコードGの放った矢によって消し飛ばされた。頭を失ったことで力なく倒れていくオブザーバーの身体に対して冷たい視線を向けながら、コードGはそのまま爆撃を行って残った身体を爆発四散させた。
一体誰が何をしているのか状況が全く飲み込めていない恭介は、ただコードGと呼ばれた彼女を見た。
「……グレイ、ゴースト?」
「……懐かしい名だ。色々と貴方とは話していたいが、そうもいかない」
「ッ、待て!」
「再び出会う。必ずだ」
恭介に名を呼ばれて、頬を少し緩めたコードGはすぐさま無表情へと戻してから何処かへ去ろうと恭介に背中を向けた。グレイゴーストと呼ばれて懐かしいと言う理由がわからず、コードGと呼ばれている理由もわからず、とても悲しそうな決意をした目をしている理由もわからない。何もわからない状況で、恭介は何とか引き留めようと声をかけた。
「貴方が自分を見失わなければ、必ず勝てる。貴方は、そのような人なんだ」
「っ……」
恭介に何も言わせないまま姿を消した二人の艦船に呆然とする恭介だったが、それ以上にコードGに言われた言葉が恭介の胸に突き刺さっていた。
「自分を見失う……俺は人間では無いと言うのに……人と言うのか……」
「指揮官! セイレーンが現れたと思ったらいきなり離れていろ、何て言われてどれだけ心配したか……それに離れたら離れたでいきなり濃霧で前も見なくなるし……兎に角とっても心配したのよ? 指揮官、聞いてる? え、顔が真っ青よ。指揮官、大丈夫なの?」
慌てて近寄ってきた愛宕の声など、恭介にはまるで聞こえていなかった。自分の足元が今にも崩れ去って、ただ奈落へと落ちていくのではないかと言う漠然とした恐怖を感じ続けている恭介の姿は、愛宕にとっても始めてみる恭介の弱った姿だった。
「指揮官」
「っ、綾波?」
「しっかりするです」
周囲の声が聞こえない程に憔悴しきっていた恭介の意識を、綾波が少し強めに背中を叩いて戻した。深い思考の海に飲み込まれていた恭介は、一瞬で意識を浮上させて周囲に視線を向けた。兎に角心配そうな目でずっと見つめている愛宕と、好き勝手に行動させることにして放置していた綾波が視界に入った。
「……どうしてここに綾波がいる」
「鉄血の子を送り届けてきた、です」
「そうか。愛宕、悪いが状況を教えてくれ」
「わ、わかったわ」
普段よりも覇気の無い声ではあったが、重桜艦船達を指揮する者として恭介は表向きだけでもすぐに立ち直る必要があった。綾波から事情を聞いた後は愛宕から前線の様子を聞き、すぐさまセイレーンに引っ掻き回された戦場を把握していく。
「……ピュリファイアーは倒されたらしいな」
「そうみたい。鏡面海域だから通信はほぼ繋がらないけど、ずっとチカチカ光ってた光学兵器の光が消えたわ」
「そうか……後はビスマルク達だが、流石に鉄血の艦船に手は出せないな」
プリンツ・オイゲンはメイド隊のトップであるベルファストと戦って大破撤退まで追い込まれ、敵の主力はビスマルクとグナイゼナウとシャルンホルストの三まで減っていること。クイーン・エリザベスが出張ったことでロイヤルの士気が向上してすぐにも片が尽きそうだった。
「……この鏡面海域はすぐに消える。重桜は全艦撤退の準備を始めろ」
「消える?」
「正確にはビスマルクが消す。奴らの目的は恐らくだが、あわよくば大統領を殺してユニオンを潰すこと。そして一番の目的は、意図的に作り出した鏡面海域に上位個体のセイレーンが現れるかどうかの実験だ」
「鉄血の目的は……上位個体との接触?」
「あくまで可能性の話だ」
自分が人間では無いと言われて全ての常識が覆された今の恭介は、重桜の艦船達が知る常勝無敗の指揮官ではなかった。愛宕も綾波も、恭介が何を言われたのかも知らない以上、指揮官に対して何も言えることは無かった。
「……」
「そこまで損傷を受けて顔色一つ変えないとは……」
「そうかしら。苦い顔をしているつもりなのだけれど」
互いに中破程度の損害を出しながらも対峙し続けるビスマルクとウォースパイトだったが、依然として大剣を突き付けて戦う気力が充分なウォースパイトに比べて、ビスマルクはただ淡々とウォースパイトの攻撃をいなすだけだった。
「はぁ……ウォースパイト、それ以上の損害は命に関わるわよ」
「陛下、お言葉ですがここで追撃しない手はないかと思いますが……」
「ベルファストがプリンツ・オイゲンを倒した。けど既に動けない状態よ。ニューカッスルもネルソンもイラストリアスも無視できない損傷を負っているわ」
「……分かりました」
次々と戦場の彼方から届く戦況を逐一把握しながらウォースパイトの戦闘を後ろで眺めていたクイーン・エリザベスは、これ以上の戦闘は損にしかならないことを遠回しに伝えた。
ビスマルクもまた、戦場から次々と送られてくる戦況の中に混じっていたピュリファイアーの撃沈を聞いて、既にこの鏡面海域を維持する理由が無くなっていた。Z1からの要領を得ない報告だったが、何処の陣営に所属しているかも分からない艦船がいきなりピュリファイアーを細切れにした、と聞かされては警戒するには充分すぎる情報だった。
「グナイゼナウ、シャルンホルスト、状況を報告しなさい」
『……かなりの損害を受けました。戦闘継続は可能ですが、それなりに覚悟を決めないといけないかと』
『ネルソンを撤退まで追い込んだが、敵が近くにいない』
「そう……上位個体ピュリファイアーが撃退されたわ。これ以上の戦闘に価値はない。Z23とオイゲンを拾って撤退するわ」
グナイゼナウとシャルンホルストの言葉を報告を聞いて、ビスマルクはすぐに撤退を判断した。シャルンホルストから少しばかりの不満が聞こえてきたが、全く聞こえないふりで済ませたビスマルクはそのままクイーン・エリザベスとウォースパイトに背中を向けた。
「不用心ね」
「そうかしら? 今からでも貴方達二人を同時にしても背中を向けられると思ったから向けたのだけど」
何かしらの手札をまだ隠していることは理解しているが、それを含めても中破状態でウォースパイトとクイーン・エリザベスを同時に相手取って勝てると言い張るビスマルクの発言に、女王はため息を吐いた。
「セイレーンの技術は余程の力を貴方達に与えたようね?」
「当然よ。人類を圧倒した力なのだから」
わざとクイーン・エリザベスの言いたいことからずらして解釈するビスマルクに、ウォースパイトは眉間に皺を寄せていた。
「陛下……何故鉄血は鏡面海域で通信を行えているのですか?」
「研究の成果じゃない? 少なくとも、アズールレーンも重桜だってノイズ混じりの聞こえにくい近場の無線ぐらいは使えるじゃない」
「……」
鏡面海域内のジャミングすらすり抜ける技術力を持つことが分かった鉄血を、クイーン・エリザベスはただセイレーンの研究を行っただけではないことも当然理解できている。それでも、先程ビスマルクが言っていた二対一で相手にできる程の力もセイレーンの力の一端なのだとしたら、それは人類に扱いきれる物ではないと確信していた。
結局背中を見せたまま撤退し始めたビスマルクは、頭の片隅でピュリファイアーを一瞬で屠ったという謎の艦船に関して考え始めた。Z1の見た幻覚で切り捨てるには余りにも不可解過ぎた。
「これは、情報を集める必要性があるわね……取り敢えずオイゲンの無事は分かっているから全員で撤退できそうではあるわね」
鉄血の皇帝は既にこの海域から離れた場所で戦況だけを把握している。ビスマルクが撤退の意思を示せば瞬時に本土へと引き返していくだろうことは簡単に理解できていた。戦争を起こしてユニオン大統領を殺したくて仕方が無かった皇帝に対して、ビスマルクは人間の争いごとなど全く興味が無かった。
「刀を使う謎の艦船……重桜の秘密兵器かしらね」
刀を扱っていたという情報から考えていたビスマルクの脳裏には、神代恭介の顔が思い浮かんでいた。彼ならば艦船をそこまで強大に扱うことができるだろう。不思議とそう確信できる何かが感じ取れる人間、それが神代恭介だった。
ピュリファイアーに大破させられてしまった加賀に肩を貸しながら、赤城は恭介に関して思考を巡らせていた。普段通りの彼ならば加賀が大破するまで放置することなど無く、何かしらの手を打ってピュリファイアーを足止めしていたはずだった。実際、事前情報としてピュリファイアーが鏡面海域の中央付近に現れるだろうことは知らされていた。にも関わらず対応が後手に回ったことが彼らしくない、と赤城に感じさせていた。
「……重桜は撤退するつもりか?」
「えぇ。鉄血もどうやら退いて行くつもりだから、それに貴女とも長い間一緒に居たくないわ」
「嫌われたものだ」
赤城の余りにも個人的すぎる理由に、加賀もエンタープライズも同時に苦笑いをしていた。
『赤城、そこにグレイゴーストはいるか?』
「指揮官様?」
鏡面海域が端からじわじわと消えていく様子を眺めながら、なんとか加賀の回復を待っていた赤城の無線に声が届いた。既に鏡面海域の影響が薄くなっていることを把握したエンタープライズは、無線の向こうから聞こえてくるクリアなヨークタウンの声に適当に返事をしていた。
「加賀が大破で動けない状態なのでその場から動いていませんわ。だから、目の前に沈めるべきグレイゴーストは見えています」
『そうか。変わって貰っていいか?』
「……」
「な、なんだ?」
無線相手をいきなり変わって欲しいと言われてしまえば、赤城でも恭介の言葉に対して迷いが生まれてしまう。しかも変わる相手がよりによって赤城にとっては憎き、と言ってもいいグレイゴーストなのだから余計に不満が生まれるのだろう。
『頼む』
「……分かりましたわ」
赤城は渋々と言った様子で無線から耳を放して、エンタープライズに向かって無線機を投げ渡した。唐突に何も言わずに睨まれた後に無線を投げ渡されたエンタープライズは、首を傾げながらも無線機へと耳を傾けた。
「変わったが、誰で何の用なんだ?」
赤城が何を喋っていたのかはヨークタウンの声で聞こえていなかったエンタープライズは、無線の相手が誰かも分からずに無線を受け取っていた。重桜で話のある人物など、瑞鶴以外に思い浮かばなかったエンタープライズは、取り敢えずで誰が相手なのかを警戒タップリの声で問う。
『お前に聞きたいことがあってな』
「し、指揮官?」
無線の向こうから聞こえてきた声は、エンタープライズの予測の外側にいた存在だった。まさか恭介の方から声をかけてくるとは全く思っていなかったエンタープライズは、少し上擦った声で返事をしてから無線機に意識の全てを集中させ始めた。
『……お前、自分に似た姿の艦船を見たことがあるか?』
「え……質問の意味が分からない、のだが」
『そのままの意味だ。お前にはもう一人の自分がいるのかを聞いている』
もう一人の自分。メンタルキューブの性能を考えるのならば不可能ではないのだろう。そもそも艦船達は人間が人工的に生み出したものではなく、メンタルキューブという不思議な物体が人間の意思を勝手に汲み取って生み出した謎の存在なのだから、二人目のエンタープライズがいてもなんらおかしい話ではない。しかし、それは理論上の話であった。
「私にもう一人がいる訳が無い。何故なら──」
『──
「そうだ」
多くの艦船を生み出したメンタルキューブは、既にその姿をこの世から消している。それも全ての陣営の手からである。ある日に同時に世界中のメンタルキューブはその姿を消している。倉庫に大事に保管されていた物も、研究者が研究していた物も、輸送途中だったメンタルキューブも、全てが同時に消えているのだ。
『おかしなことを聞いたな……悪い』
「い、いや」
質問の意味も、意義も全く理解できていないエンタープライズだったが、ただ恭介から声をかけられたという事実だけがエンタープライズの中では重要視されていた。
『……俺がもし、人間じゃないと言ったら、お前はどうする?』
「は? え……あ、余りにも突拍子がない例え話だな」
『大事なことだ。頼む』
「……」
エンタープライズは短い間だけでも恭介と共に過ごした期間があるお陰で、無線の向こうの彼が精神的にあまりいい状態ではないことを直感的に見抜いていた。
「前に言ったかもしれないが、貴方は私達の救世主だ。貴方が何者であったとしても、私は貴方を信じ続けるさ」
『…………そうか。言われたことはないな』
「そ、そうだったか?」
神代恭介という男に触れて、自分は漸く自分の目で初めて世界を見れるようになった、とエンタープライズは自身をそう考えていた。そんな彼女にとって、神代恭介がどのような存在であるかなどは全く関係ない話だった。例え彼が人間では無かったとしても、彼女にとってはほんの些細なことでしかないのだ。
『……ありがとう、
「……え?」
『赤城に返してやってくれ。そろそろ不満が爆発するころだからな』
「あ…………」
『ん? どうした?』
「な、なんでもない!」
恭介に初めて名前を呼ばれたエンタープライズは、顔を乙女の様に赤くしてしばらく固まってしまっていた。何を言われたのかは全く聞こえなくとも、赤城はそのエンタープライズの反応を見て青筋を立てていた。今にも襲い掛かりそうな赤城に向かって、エンタープライズは頬を紅潮させながらおずおずと無線機を渡した。
「指揮官様? 後でお話がございますわ」
『……勘弁してくれ』
ほんの少しいつもよりも低い声で威嚇する様な言葉を言われれば、恭介も苦笑しながら肩を竦めることしかできなかった。
『赤城、江風と合流して撤退の準備だ。綾波と愛宕と長門はここにいるから、後で合流しよう』
「分かりました」
一つ咳ばらいをしてから赤城へと要件を伝えた恭介はそのまま無線を切った。
未だに無線機を力の無い視線で見つめるエンタープライズを、赤城は心底面倒くさそうな顔で見てから加賀に肩を貸したまま立ち上がった。
「ふん……次に会ったら沈めてやるわ」
「……指揮官によろしく言っておいてくれ」
「絶対に嫌」
赤城の本気の拒絶に苦笑しながら、エンタープライズも近くまで来ているヨークタウンへと合流する為に反対方向へと動き始めた。
「あはははははははは!」
「うるさい!」
「はぁ……」
ボディを破壊されて意識を戻してからずっとご機嫌のオブザーバーと、いい所で邪魔をされたピュリファイアーは正反対の精神状態だった。鏡面海域をずっと外から眺めていたテスターは、対した成果も得られずに帰って来たにも関わらず全く反対の機嫌をしている仲間が鬱陶しくてしょうがなかった。
「あぁ……どうしても彼が欲しいわ」
「ほう。何か分かったのか?」
「少しだけ、ね……でも彼に関わるには少し準備が必要そうね」
オブザーバーの邪魔して、明らかに敵意を向けてきたコードGともう一人。セイレーンと同じく幾つもの世界線を渡り歩く存在であり、セイレーンのプロトタイプとも言える存在。
「神代恭介は全ての鍵。彼さえいればこの世界線の問題は全て解決するわ」
「……そうか」
「だから、コードGを何とかしなければ、ね」
「正気か?」
テスターはオブザーバーが何を知って神代恭介にそこまで拘っているのかは理解できていないが、コードGを相手では、現状のセイレーンの手札では一時の時間稼ぎを行うこともできないことを理解していた。テスターのそんな言葉にも、オブザーバーはいつもよりも怪しさを増した笑みを浮かべながら世界線の枝へと触れていた。
「コンパイラーとオミッターでも使うか?」
「いいえ。今は彼女達の役割は無いわ」
「なら──」
「──何でもいいから、全てを破壊させてよ!」
テスターの言葉を遮るように横から入ってきた不機嫌すぎるピュリファイアーに、オブザーバーはため息を吐いて首を横に振った。
「普通に考えて、あの世界線で貴女が破壊に専念することは少ないわよ」
「はぁ!? こっちはいきなり後ろから切り刻まれてイライラしてるんだよ!」
「良い戦闘経験だっただろう」
今にも周囲の全てを破壊し始めそうな程の狂気を振りまくピュリファイアーを前にしても、オブザーバーとテスターは心底どうでもよさそうに返事をするだけだった。それが余計にピュリファイアーの逆鱗に触れていた。
「頭にきた! もう別の世界線でも破壊し尽くしてやる!」
「……」
普段のオブザーバーならいざ知らず、今のオブザーバーは神代恭介を手に入れる為のコードG対策にしか興味の無いオブザーバーにはどうでもいい話だった。破壊される世界線など今の彼女には何の関係も無い物だった。