最果ての航路 作:ばるむんく
「それで、どうする?」
前に進むことを決めた恭介だったが、具体的なことはまだ決まっていない状況だった。そもそも世界会議で発生した鉄血の宣戦布告とセイレーンの襲撃が残した亀裂は大きく、陣営間の戦争は既に止められそうにない所まで来ていた。
「……エンタープライズと話を付ける」
「ほう! そう言えば我もいい話を長門から聞いたな」
「良い話?」
自分と同じような理想を抱くエンタープライズならば、自分と同じ道を歩んでくれるかもしれないという淡い希望で発した恭介の言葉に、三笠は大層面白そうに笑みを浮かべながら頷いていた。
「詳細は長門共に聞け……と言いたいが、実はまだあまり詳しく聞いていないくてな」
「なら今から聞きに行きましょう」
「この時間にか?」
「はい。長門ならまだ神木にいるはずです」
陽も落ち始めた時間帯である今では既に屋敷に戻っていると思っていた三笠は、長門がまだ神木の元にいると聞いて一瞬考える仕草をした後に恭介についていくことを決めた。
既に重桜の艦船として戦うことを止め、軍部に干渉することも無くなった三笠が恭介と共に歩いていることに疑問を持ったような顔をしている艦船達とすれ違いながらも、恭介と三笠は神木の社までやってきた。
「これは恭介様。それと三笠殿まで」
「長門はいるか?」
「はい。まだ出て来ておりませんが」
「そうか」
門番についていた男と少し会話してから、長門がまだ中にいることを確認してそのまま恭介と三笠は社の本殿の扉を開けて中に入った。恭介が予想していた通り、中にいた長門は神木に干渉などせずに部屋の隅で蹲っていた。
「長門」
「恭介……どうした?」
「お主こそどうした長門」
「み、三笠様!?」
何故か蹲っていた長門に対して、三笠が恭介の背後からひょっこりと現れてそう問えば長門はいるはずのない彼女の姿に慌てた様に立ち上がった。
「お主がわざわざ式神まで使って文を送ったのだろう?」
「そ、そうですが……まさかその日に来て下さるとは」
「俺にも用があったらしくてな」
恭介に対する用など長門は全く聞き覚えが無かったが、以前までの刺すような剣呑さとあらゆるものを拒否するかのような雰囲気が失せているのを見て、安堵の息を吐いた。それと同時に、今の恭介にならばあの話をしても協力してくれるかもしれないと考えた長門は、決意を固めた様に拳を握った。
「恭介、それと三笠様に頼みたいことがあります」
「俺もか?」
「うむ……アズールレーンを立て直したい、とユニオンの英雄に言われて」
世界会議の場で四大陣営の筆頭とも言える艦船が揃った部屋で行われた会話の内容を、記憶している通りに恭介と三笠に伝えた。端的に言ってしまえば、エンタープライズが恭介の協力を必要として艦船達の希望であるアズールレーンを正しい形に戻したいということ。そしてそのことに関してロイヤルと鉄血が表立っては協力できなくとも容認することはできると言ったこと。
「……成程な。三笠さん」
「遠慮せずに三笠と呼び捨てても構わんぞ?」
「いえ、それは今は関係なくて……新生アズールレーンはいい案ではあると思うが、少しばかり時期が遅かった気がするな」
「それは……鉄血が……」
「それだ」
鉄血が全面戦争をすると公式的に声明を出してしまった以上、ビスマルクもクイーン・エリザベスも容認しきれなくなってしまう可能性がある。それに加えて、いくら既に重桜から身を引いていると言えども三笠一人でユニオンにも鉄血にもロイヤルにも、ましてや重桜にも気づかれずに動くことなど現実的に考えて不可能だった。
「なら、いっそのこと聖域を利用すればいい」
「せ、聖域を? 流石に無茶ではないか?」
「その為に俺がいる」
重桜近海に発生する謎の空白地帯である聖域は、大きな嵐を発生させて外界と内側を切り離す独自の結界の様な役割を持っている。重桜の艦船であっても安易に乗り越えることはできないが、それ故に敵からも見つからない場所ではある。
艦船にそうあって欲しいと望まれて生きている彼にとって、今の世の中を何とかしたいと『想う』艦船が多ければ多い程彼の力は絶大な物となっていく。それと同時に自分が艦船の力を誰よりも発揮し、誰よりも艦船が望んだ姿でいられると理解できた今ならば、恭介にとってこんな都合のいい力は使わない訳にはいかなかった。
「俺が艦船の為に生きているのだと言うならば、俺は艦船の望みを叶える存在として生き続けよう」
「恭介……分かった。お主に託す」
「うむ。我も力を貸そう」
自分と同じ艦船である彼女達を死なせたくない。誰かがそう願うだけで、恭介をそれを可能にしてしまう力を持っている。
「俺しか導けないのなら、そうするまでだ」
ようやく戦う理由を見つけた恭介は、真に指揮官として艦船達を救う為に立ち上がることを決意した。全てを裏から操るセイレーンに対抗する、特異点として彼が動き始めた瞬間だった。
「まずは仲間集めからだな」
「重桜内で真っ先に味方になりそうな艦船は?」
「瑞鶴。とそれに付随して翔鶴」
新生アズールレーンを動かす方法も、どうやって活動していくかも決まっていない状況ではあっても、そもそも人員が足らなければ意味が無い。故に恭介、長門、三笠の三人は重桜内の味方を増やすことに決めていた。
「瑞鶴には俺から話す。正直俺には付いてきてくれそうな奴が瑞鶴と翔鶴ぐらいしか思いつかん」
「そうか? 江風も来てくれるだろうが……」
「それは長門経由だろ」
恭介は以前まで重桜の民に望まれたから重桜のトップをやっていただけにすぎず、艦船とのコミュニケーションも殆どしていなかったと言ってもいい。しっかりと絆を深めていた相手など長門、天城、瑞鶴ぐらいなものである。
「俺に人望は無いからな。しっかりと見極めていかないと……それと天城はこっちに何としてでも来てもらうしかないが」
「天城? 何故?」
「鉄血の秘密を知っているからだ」
そういう意味でも、共に鉄血の深部までたどり着いた瑞鶴は必ず味方に引き入れなければいけない相手であることを、恭介は理解していた。
「兎に角、動き始めないとあまり時間は無い……嗅ぎつけられる前に夜逃げをしないといけないからな」
「夜逃げ、か……何だかワクワクしてきたな!」
「三笠様……」
全く持って緊張感がない三笠の発言に、長門は呆れたような顔をしてため息を吐き、拾われてから随分長い間共に過ごしたことのある恭介は、既に三笠の性格など理解しているので意図的に無視していた。
「やるべきことは決まった。俺は天城と瑞鶴を説得して見せるから、長門は江風を頼む」
「うむ。任された」
「では、我が聖域の大体の位置を絞っておこう」
仲間を集め、聖域の場所を特定して利用する算段をつけること。今の恭介達に必要な人員と隠れることができる場所を確保するという必須条件を理解した三人は、すぐに動き出した。
新生アズールレーンを立ち上げるということは世界中を敵に回すことと同義であり、果てしなく困難な出来事が待ち受けることは恭介にも簡単に想像できた。
「……俺が俺の意思で歩き始める真の『自由』か……これはいい。ユニオンが自由に拘る理由がよくわかる」
一人で皮肉を零しながらも歩き始めた恭介は既に重桜の総指揮官ではなく、新生アズールレーンの指揮官であった。
「自由の翼……か」
「エンタープライズ先輩?」
鉄血による宣戦布告を受けてから数日が経過したユニオンでは、大統領の怒りに民が応えるように戦争を始めろと声高々と叫んでいた。鉄血の宣戦布告に対して重桜もサディアも特に鉄血を裏切る気などない、と言わんばかりの声明を出した故に、まずは目障りな重桜から潰すべきだと海軍内でも声が上がっていた。
「なぁエセックス……これから起きる戦争に、正義はあるのだろうか」
「な、何を言っているんですかエンタープライズ先輩。鉄血が先に大統領を殺そうとして、重桜もアズールレーンと敵対する意思を示したままなんですよ? セイレーンの力を取り込んで、その力に溺れたレッドアクシズは敵です」
「……そうか」
ビルの屋上から道路を行進して戦争を始めろと叫ぶ市民達を見て、エンタープライズは恐怖を感じていた。民の怒りすらも先導して敵を滅ぼそうとする今のアズールレーンの姿勢は、人類が分かり合える時など絶対に来ないのではないかとエンタープライズに思わせるには充分すぎた。
「すまない。くだらないことを聞いたな……早く母港に戻ろう」
「はい!」
缶コーヒーのアルミ缶をゴミ箱に投げ入れたエンタープライズは、脳裏にちらつく恭介に初めて拒絶された時の顔に怯えながらエセックスの前を歩いていた。
エンタープライズ達が拠点としている母港は、ユニオン最大規模の母港となるまで発展し、艦船の艤装となるメンタルキューブから生まれた船が何十隻と停泊していた。
「あら、お帰りなさい」
「既に民は戦争を始める気しかない」
「そうでしょうね……戦時国債によって順調に資金も集まっているし、所得税の税率も一時的に上げて戦争費に充てるつもりらしいわ」
ヨークタウンの口から出た戦争費という言葉に表情を曇らせたエンタープライズは、自分の艤装を見上げた。
「……もう少しだけ、お前のことを使い続けなければいけないようだ」
終わりの見えない戦争によって、自分の半身とも言える艤装に負荷をかけ過ぎてしまうことにエンタープライズは愁いを帯びた目をしていた。セイレーンが再び本格的に動き出した今でさえも、アズールレーンが見ている敵は結局レッドアクシズのままだった。アズールレーンもレッドアクシズも、どちらも最終的な目的はセイレーンの撃滅であるはずにもかかわらず、いつまで経っても戦争が終わることがなければ、和解する道も存在しない。
「それで、いつ戦いが始まると思う?」
「そうね……まだ重桜は大きな動きを見せないし、どうなるかはわからないけど」
「すぐに動き出しますよ。その為に今頃準備していると思います」
世界会議後の重桜は声明を出してから動きを全く見せないでいた。神木による力を使っているからか、近寄ることもできない程の結界に守られている重桜本土の情報は、ほぼ手に入らない。故に誰がどう動いているのか把握するのにはどうしても後手に回ってしまうのが今のユニオンの現状だった。
「エセックスはこれからロイヤルの方に行くのよね?」
「はい。アズールレーンの仲間としてサディアと鉄血の両方を相手にしなければいけないロイヤルの支援に」
「私は重桜の方に注力か……あまり時間は無さそうだな」
重桜がどう動くか分からない以上、準備が終わるのは早ければ早いほどいい。すぐに戦争の準備をしなければいけないと考えたエンタープライズは、踵を返してドックへと向かって行った。
「……エンタープライズ先輩は、何を悩んでいるんですか?」
「分からないわ。でも、きっと悪いことではないと思う」
「そうですか……」
ヨークタウンにとって、神代恭介と関わってからの人間味が出てきたエンタープライズの姿は姉として好ましいものだったが、敵を蹴散らす英雄としての憧憬を抱くエセックスとしては不安だけが募っていた。
「まるで、エンタープライズ先輩が更に遠くなってしまったような気がして」
「……貴女にもいつか分かる日が来るといいわね」
エセックスから見てエンタープライズが遠くなってしまった理由は、ヨークタウンには少しだけ理解できていた。何せエセックスにとっては、ユニオンが正義であり、アズールレーンは艦船達が戦う為に必要な正義だと思っているからだ。簡単に言ってしまえば、エセックスは良くも悪くも素直すぎる。
エンタープライズが正義への愚直さを捨てた今、エセックスにとっては自分の指標となる人が目の前からいきなり消えたことと同義なのだ。
「なぁエンタープライズ。どうするつもりだ?」
「どうする、とは?」
「だから、重桜の指揮官の話だよ」
ドックに向かったエンタープライズを出迎えたのは、大きな倉庫の上に寝転がっていたクリーブランドだった。周囲に自分とエンタープライズ以外いないことを確認したクリーブランドは、そのまま胡坐で倉庫の上に座ったまま下で積む予定の艦載機を確認しているエンタープライズへと疑問をぶつけた。
「どう、と言われてもな……彼がどう動くかによるだろう」
「へー……じゃあ、本当にユニオンの味方になってくれると思うか?」
「いや、全く思わないな」
エンタープライズが恭介に惚れ込んでいることを理解してのクリーブランドの発言に、エンタープライズは絶対にあり得ないと言わんばかりに力強く否定した。これに驚いたクリーブランドは、倉庫から降りてエンタープライズへと近寄った。
「じゃあ何でどう動くか、なんて言ったんだ?」
「あの人はユニオンの味方にはならない。だが、私達の味方にはなってくれる……と信じたい」
「……ユニオンを離れる気か?」
神代恭介と言う人間がユニオンに味方することはなくとも、エンタープライズの味方はするかもしれない。それはつまり、エンタープライズがユニオン以外の立場になることを意味する言葉だった。クリーブランドはユニオンに対して特に愛国心だとかそんな立派なものは持っていないが、それでも妹が生きているユニオンを守るために戦うことは覚悟していた。そんなユニオンを支えているとも言える英雄エンタープライズが、こうも裏切ると簡単に言ってしまえばクリーブランドも剣呑な雰囲気にならざるを得なかった。
「別に重桜につく訳ではない」
「でもユニオンの味方ではないんだろう?」
「……そうなるかも、知れないな」
「どうするつもりだよ。エンタープライズと神代恭介の二人で世界中に喧嘩売るのか?」
エンタープライズらしくもない、国を裏切ると言う明らかな正義に反する言葉に内心狼狽しているクリーブランドは、ただ彼女が自分の考えている嫌な想像を否定して欲しいと願っていた。信頼できる指揮官の元にいることができることは、確かに船の擬人化である自分達にとっては至上の喜びではあっても、それは必ず優先されるべきことではなかった。
「無謀すぎる! 考え直した方がいいって!」
「ふふ……お前は優しいな。クリーブランド」
「いや、そうじゃなくて!」
以前の様に機械的なエンタープライズならば、合理的ではない等と言っていれば大抵誤魔化せていたが、今のエンタープライズは恭介を信頼しきってしまっていた。クリーブランドとしてはその盲目さが裏目に出て大変なことになる前に考え直すべきだと思っているが、彼女はクリーブランドの言葉に一定の理解を示すだけだった。
「私も容赦なく敵になるぞ?」
「海上騎士が敵か。それは困るな……クリーブランド、一緒に行かないか?」
「人の話を全く違う方向に聞かなくなったな!」
人間性が出る前は、それこそ敵を倒すための兵器の様だったが故に、合理的な判断しかせずに人の話を無視することも多かったが、神代恭介と話すようになってからの彼女は、一度決めたことを曲げることがない反対方向で人の話を聞かないことが多くなった。
「本当に考え直す気はないのか?」
「あぁ……アズールレーンにはこれ以上私と言う兵器を預けられないと判断した」
「……勝算はあるのか?」
「あるに決まっているだろう? 何せ私がいるんだ」
重桜で恭介が長門にそうしたように、エンタープライズもまたクリーブランドに自分がいるからという曖昧な根拠の元笑みを浮かべた。
「……あーもう! わかったよ! なんか放っておけないし」
「ありがとう。クリーブランド」
柔らかい笑みを浮かべるエンタープライズを見て、機械のようだった彼女に感情を与えた指揮官という存在が気になったクリーブランドは、頭を掻いてからついていくことを決めた。
「それで、どう動くんだ?」
「全く決めていないな」
「おい!」
勝算があると言うからついていくことを決めたクリーブランドに対して、何も考えていないと平然と言うエンタープライズはやはり根っこの部分が変わっていなかった。それでも人間味溢れる等身大の女性である今のエンタープライズの方が、クリーブランドとしては接しやすいことには変わりはないが。
「まぁ待て。実は長門がその件に関して何とか手を回してくれると言っていた」
「長門? 長門ってあの重桜の?」
「そうだ。ちょっと世界会議の場で会ってな」
「あ……私は行ってなかったからな」
会議場でエンタープライズ、長門、ビスマルク、クイーン・エリザベスの交わした言葉は、エンタープライズに大きな希望を与えていた。
「ともかく、長門からの連絡を待って重桜に足を踏み入れる」
「重桜に? 確かに結界がある重桜なら周囲に見つかることは無いだろうけど……大丈夫なのか?」
「そこを何とかするのが重桜の神秘だ。私達は既に仲間だからな」
重桜の艦船が仲間と言えなくなってから何年もの時が過ぎていたが、それでもエンタープライズは彼女達を信じていた。
「さぁ、しばらくはユニオンの元で命令に従う日々だ。艤装のメンテナンスはしておいた方がいい」
「しばらくは、か。分かったよ」
既にユニオンを見限ったと言える程の思い切りの良さに、クリーブランドはため息を吐いた。この裏切りがバレてしまった時に、果たして自分は妹達にどう言い訳すればいいのだろうかと考えながら、エンタープライズがそうしているように、クリーブランドもまた自分の艤装である船へと乗り込んで点検を始めるのだった。