最果ての航路 作:ばるむんく
「で、どうするの?」
エンタープライズ達がこれからどうするのかと意見を出し合っている時と全く同じ瞬間、扇で風を感じていた恭介に瑞鶴が同じことを言った。
「あー……どうすっかな……」
「暑いからって思考適当になってない?」
本土防衛戦とも言える今回の戦いには、恭介以外の将校たちも同時に前線で指示を飛ばす為に何人かがやってきている。ユニオンと同様に、廃棄されていた基地を急ピッチで使えるように再建した重桜は、恭介を中心として既に準備を終えていた。互いに小競り合いを何度か繰り返しながら、今の前線基地に落ち着いた状態は、既に一週間以上続いていたが、ユニオンが本土から輸送船を連れてきたことが知られていよいよ正面衝突が始まろうとしていた。
「まぁ……瑞鶴は……綾波と鳥海を連れて行け。一人で行くよりはマシだろう」
「わかったけど、どうやってグレイゴーストの場所を把握するの?」
「それは赤城と加賀がやってくれる。恐らくあっちも少人数で動いているはずだからな」
扇を放り投げた恭介は、そのまま立ち上がって海を見下ろした。
「良さそうな基地も見つかったし、後は本当に鉄血だけだな」
「任せて、グレイゴーストと接触できれば何とかなるかもしれないし」
「そうだな……ユニオンはロイヤルとも繋がりがあるからな」
今回の戦いではそれなりに世界中が騒ぎになるだろうと恭介は理解していた。何せ重桜のトップである自分自身と重桜の艦船数名に加えて、ユニオンの英雄であるエンタープライズが自らの陣営を裏切ると言うのだから。
「正直、今回の作戦は離反することを誤魔化すことはできない。そもそもユニオン側からすればエンタープライズが帰らないことになり、重桜側も戦闘した瑞鶴が帰らない訳だからな」
「……きっと隠蔽するよ。それが一番いいから」
自らの保身の為に必ず恭介を切り捨てると瑞鶴には確信があった。今までの行ってきた全てを理解している訳でもないし、艦船である瑞鶴には人間にとってのセイレーンや自らの陣営がどれ程大切なのかは理解できない。それでも、瑞鶴の正義に反していることに違いが無かった。
「よし! 私行ってくるね!」
「任せた」
笑顔で部屋から飛び出していった瑞鶴に苦笑しながら、恭介は深く息を吐いて椅子に座り込んだ。
自らが更なる動乱の火種になることを理解しながら、それでも彼は止まる所まで来ていた。それに対して彼自身も、セイレーンに支配される人類の為にやっていることだと正当化するつもりも全く無い。ただ、それが自分にとって正しいことであると信じているから。
「戦争は、どちらも始めた時点で悪か……良し悪しを語る程愚かなことも無いな」
自嘲するような彼の呟きを拾うものは、誰もいなかった。
戦闘の始まりは唐突だった。
「撃て!」
「蹴散らしなさい」
功を焦るように前線へと出た赤城率いる艦隊が偵察中だったユニオン艦隊へと襲い掛かった。突然の襲撃に対しても、ユニオン偵察艦隊旗艦だったアトランタは冷静に戦況を確認していた。赤城達の攻撃には確かな練度感じさせるものはあるが、神代恭介が行うような綿密な攻撃には見えなかった。
「冷静に、敵機を確実に落としていきなさい!」
「は、はい!」
重桜一航戦から放たれている艦載機を全て撃ち落とせるとはアトランタも考えてはいなかった。故に彼女はいかに被害を抑えてこの状況を後ろの味方に伝えるかを重視していた。
「戦争で勝つのは強い方じゃなくて、情報を上手く扱えた方よ!」
「……ラフィー、敵影を確認」
アトランタの指揮下で動いていたラフィーは、ベイリーを狙う艦載機を撃ち落としてから少し遠い位置に敵影を発見した。次の瞬間、ラフィーは隣のベイリー抱えて真横へと飛んだ。
「きゃっ!?」
「……敵、戦艦を確認」
歴戦ともいえるラフィーは発見した敵影の動きから、相手が何をしているのかを瞬時に判断してベイリー守るように動いた。ベイリーは何が起きているのか理解できずに、戦艦の長距離砲撃によって空中に上がった大量の海水を浴びることしかできなかった。
「ラフィー! 戦艦は何隻確認した?」
「艤装を船のまま使って長距離を砲撃を開始。独特な艦橋から見て扶桑型二隻だと考える」
「航空戦艦……まずいわね」
扶桑型が二隻向かってきていると聞いて、アトランタは苦虫を嚙み潰したような顔をした。単純に扶桑型二隻が現れたことが、アトランタ達の絶体絶命に直結するからである。なにせ扶桑型二隻はただの戦艦ではなく、水上機を搭載した航空戦艦である。
「これ以上敵艦載機が増えることは好ましくありません。仕方がないですが、一度退くべきです」
「ブルックリン……そうね。ラフィー、ベイリー、ブルックリン、フェニックス、全力で撤退するわ。ベイリーは仲間への連絡をお願い」
突出してきた重桜艦隊の情報を少しでも仲間へと伝えるために、アトランタは撤退を指示した。このまま戦って耐えていても、自分達が沈むことなど目に見えていたからである。
「なら殿はあたしだな」
「……お願いします」
「任せろ! 不死鳥の名に懸けて必ずお前達を無事に撤退させて見せる!」
自分では殿として力不足なことを理解していたアトランタは、後ろ髪を引かれる思いではあったがフェニックスの言葉に頷いた。彼女個人としては全く賛成できないことだが、艦隊の命を預かる旗艦として考えたときに継戦能力が一番高いフェニックスを殿とするのは実に合理的だった。
「……誘いには乗ってきませんね」
「当然でしょう? この程度で潰れてしまってはつまらないわ。でも、すぐに撤退するのはいただけないわね」
一方、わざと堕としやすいように艦載機を動かしていた一航戦はその戦況を好ましく思っていなかった。
「……指揮官様が何を考えているのかが私にはわからないけれど、必ず勝利を捧げて見せますわ」
「はい。必ず……」
恭介が明らかに何かを隠していることを赤城は理解していた。そして、その行動が以前までの恭介には無かったものであることも。赤城は今、艦船として生まれてきてから過ごした中で一番の恐怖を味わいながら戦っていた。彼女の全ての行動において根底に存在するのはどこまでいっても指揮官である神代恭介である。その神代恭介自体が自分の前から消え去ってしまうかもしれない恐怖を、彼女は感じていた。
「……そんなはずない。そうよ、指揮官様がまさか」
まさか重桜を離れてグレイゴーストの元へと行くなど、彼女には到底許せることではなかった。
「加賀、しっかり指揮官様を見ていなさい」
「わかっています」
赤城は、この言いようのない不安を少しでも払拭するために監視の目をいくつか用意していた。一つは神代恭介の監視であり、一つは瑞鶴に対する監視であり、一つはエンタープライズの監視である。
「この戦いで全てを終わらせるわ……指揮官様もきっと私と一緒に……」
「……天城さん」
普段通りの笑みを浮かべているつもりである赤城だが、加賀にはその笑顔が悲痛なものに見えていた。裏切られることに酷く怯え、それでいてどこまでも恭介と天城を信じている。そんな赤城を加賀は見ていられなかった。
「……赤城さん達、どうしちゃったんだろう」
「さぁ? でもあては旗艦ある赤城さんの指示に従うだけだよ」
護衛艦として一航戦の近くで留まっている長良は心配そうに赤城と加賀を見ていた。明らかに普段とは違う雰囲気を醸し出している赤城に、長良は困惑していた。そもそも、彼女は恭介の指示も待たずに戦闘を始めるということが気になっていた。長良と共に護衛をしている阿武隈は相も変わらずだが。
「でも、命令違反に近いよね」
「……確かに、そう考えると赤城さんはおかしいのかも」
長良の言葉に阿武隈も首を傾げた。指揮官である恭介を絶対として最早崇拝の対象として見ているところがある赤城からは考えられない行動であることは間違いない。
「なんか、最近殺伐としてるよね」
「……仕方ないよ」
少しだけ悲しそうな顔で零す長良に、阿武隈も目を逸らして答えることしかできなかった。重桜とユニオンの衝突が本格的に成り始めてから、民の笑顔が減り、艦船達も殺伐とした雰囲気の中ひたすら自らを磨いていた。自らを磨いていたと言えば聞こえは良いが、ただ単に殺意を高めている者が多かった。平和主義とも言える長良としてはとても悲しいことである。
「これから、どうなっちゃうんだろう」
重桜の未来を憂う長良の瞳は、悲痛な面持ちで狂ったような笑みを浮かべる赤城と、それを見て何かの覚悟を決める加賀の顔を映していた。
「赤城が勝手に前に出た?」
「は、はい」
「……そうか。ならば少しだけ作戦を修正しよう」
基地で一人周辺海図を見ていた恭介の元へと息を切らせて現れた吹雪の報告に、驚いた顔をしていた。赤城が今までこんな風に突出したことなど一度もないからである。
「そうだな……妙高と足柄、それと暁型の四人を動かす。赤城が動いたことで空いた場所に向かわせる。吹雪は元の配置に戻ってくれ」
「了解です!」
海図にすぐさま兵棋並べて戦場の現在を作り出した。赤城が配置していた場所を空白として、前に展開させて完全に今の状況を再現する。
「妙高、艦隊を連れて第一艦隊が配置していた場所へと移動しろ」
『……了解』
「後で説明する」
通信機から妙高へと指示を出すと、理由を問うような空白の後に承諾の言葉が続いた。突然そんなことを言われれば誰でもそんな反応をするだろうが、逆に問いただすような言葉が出てこないのは流石妙高と言うべきだろう。
「蒼龍、艦隊ごと基地近海へと戻れ」
『了解いたしました』
通信相手を妙高から蒼龍へと素早く変えた指揮官は、簡潔に指示を下すが蒼龍は全く疑うこともなく了承した。
「艦隊旗艦、全員応答しろ」
『第二艦隊旗艦金剛、通信問題ありませんわ』
『第三艦隊旗艦神通、問題ありません』
『第五艦隊旗艦瑞鶴、何かあった?』
『第四艦隊旗艦蒼龍、現在移動中です』
『第六艦隊旗艦妙高、指示通りに動いている』
海図の上に置いてある妙高と蒼龍の兵棋動かしてから通信機に手を伸ばして、指揮官は各艦隊の旗艦達へと通信を同時に送る。当初の作戦通りに配置についている第二、第三、第五艦隊の旗艦が真っ先に反応し、伝えた情報によって動いている第四艦隊と第六艦隊が遅れて反応した。
「第一艦隊が旗艦赤城の独断によって突出した。現在配置の隙間を埋めるために第六艦隊が動いている」
『赤城先輩が? なんで?』
「さぁな。それは俺の知るところじゃない」
瑞鶴が反応したが、恭介は冷たく言い放つ。そもそも軍人において命令違反は重大な反逆行為である故に、恭介の反応は至極当然と言える。
「第四艦隊を基地へと戻し、配置を全体的に少し中央へと狭める。だが第五艦隊はそのままグレイゴーストの情報を待て」
『了解』
「相手が赤城の動きに応じてしっかりと対応してくるのなら当初の作戦通りでいい。だが誰かが突出した以上は臨機応変な手が必要になってくる……逐一俺が指示を出していくがな」
恭介の言葉に全員が了承の言葉を口にして通信を切った。
「さて、どう動くか」
盤上の兵棋だけで全てを理解するとは言わないが、そこらの人間を遥かに超える精度で展開を予測することができると自負している恭介としても面倒くさいことこの上ない状況であることは間違いなかった。
「盤上の作戦は味方が思い通りに動いてくれるからできることなんだけどな」
苦笑しながら、敵の陣地へと突出していく青の兵棋を見て恭介は呟いた。
先ほどの通信では瑞鶴に対してあんなことを言った恭介だが、赤城が何故か今になって彼の命令を無視して突出したのかなどとっくに理解していた。なにせ彼女は以前から少しだけ恭介に対して懐疑の目を向けていた。常に指揮官である恭介を崇拝するように絶対とする彼女が、だ。
「……それでも俺は止まることができない。もう立ち止まるつもりもない」
自分が人間ではなくなっていることを知って、それでも進み続けると一度決めたのならば貫き通さねばそれは自分を信じてついてきてくれた仲間への裏切りとなる。重桜を裏切ろうと言うのに何を今更とは恭介も思わないでもないが、それはそれとしてできないことなのだ。
赤城が突出するのが自分の裏切りに薄々気が付いているからなのだろうと知りながらも、恭介はその行動を止めることはない。ユニオンの艦隊がまだ動いていない今、彼は愛宕達が発見してきた島の情報を大鳳の艦載機によって撮影された写真から情報をまとめていた。
「……滑走路がないな。大規模ではあっても、恐らく油田開発に使われていたと見るべきか?」
基地航空隊を動かす為の中規模の基地写真を見て、恭介は唸っていた。とは言え、隠れ家のように使うとなるのならば土地を大きく使う基地航空隊用の滑走路がないことは逆に都合がいいともとれる。
「正直、新生アズールレーンの母港として使うには余りにも地味すぎる見た目と規模ではあるが、そこは追々何とかするしかないな」
そんな時に、赤城の艦載機から戦況のデータが送られ始めた。どうやらユニオン側も何かしらの動きを見せたらしく、次々と紙を消費してデータを自動的に打ち込んでいく。まるでトイレットペーパーのように長く記され続ける戦闘情報に苦笑しながら、恭介はその紙を手に取った。
「すまないな。赤城……お前の為なんて偽善の言葉は言わないよ。俺は、俺と艦船達の未来の為に戦うと決めた」
絶えず送られてくる赤城の艦載機からのデータをさばきながら、恭介は覚悟を新たにするのだった。
「動いてくるのが予想より早かったな」
「でも相手は一航戦率いる一艦隊だけだそうだ」
「……妙な動きだな」
「だろ?」
ユニオン側にはすぐにアトランタからの連絡が入った。赤城が動いて襲撃を始めたことから、神代恭介が考えた作戦にしては余りにも雑であることも書かれていた。ユニオンの軍人達は所詮軍神が如き指揮能力を持っていたとしてもたかが一人と考えていた故に、アトランタ達を襲った一航戦は恭介の命令で動いているのだと考えた。勿論、今まで何度も煮え湯を飲まされてきた指揮官達はそう考えていなかったようだが。
「どう思う?」
「赤城の独断だと考えるべきだろうな」
まだ基地から動いてすらいないエンタープライズとクリーブランドは、そのまま艤装も装備せずに海を眺めていた。
今回、エンタープライズは戦場で自由に行動することを認められていた。これは、エンタープライズが自ら掛け合ったことで、クリーブランドとボルチモアを監視につけることでその行動を許されていた。
「……そろそろ動くぞ」
「お? 監視任務実行しないとな」
「よし、行くとするか」
エンタープライズの言葉に続いたクリーブランドとボルチモアは、当然エンタープライズの独断行動を咎めることなど全くする気はない。なにせ、彼女達はエンタープライズが夢見る新生アズールレーンの思想に賛同しているのだから。
「もしかしたら私の姿を確認してから動き出すかもしれない。もしそうなら私が動かないといけないだろう?」
「おー……じゃあ瑞鶴が見えたら?」
「完全に作戦成功だな」
見通しが甘いだろうと思いながらも敢えて何も言わないクリーブランドとボルチモアだったが、エンタープライズは全くそんなことを思っていないらしく、自信満々に言い切っていた。
「よし。ヴェスタル、合図したら頼むぞ」
「任されました」
「クリーブランド、ボルチモア、行くぞ!」
「おう!」
基地から一気に駆けだしたエンタープライズとボルチモアとクリーブランドの姿に、ユニオンの軍人達が何か反応しているが、エンタープライズの耳には全く聞こえていなかった。
ようやく指揮官と共に戦える日々が来る。そのことしか頭にないエンタープライズの足取りは軽く、普段よりもかなりの速度が出ていることに本人は気が付いてなかった。
「っ!? エンタープライズ! 敵艦載機だ!」
「一航戦か!」
エンタープライズの位置を補足すると同時に一機だけが旋回して一航戦の元へと戻り、その他の艦載機はすぐさま三人の艦船へと襲い掛かった。青と赤の式神よる攻撃を、クリーブランドはお得意の対空砲火で防ぎ、ボルチモアはその装甲で無理やり爆撃機だけを堕とし、エンタープライズは自らの操る戦闘機で一気に殲滅し始めた。
「一気に抜けるぞ!」
「っ、それがよさそう!」
しばらく迎撃していた三人だったが、ボルチモアの目は遠くから更にやってきた艦載機の群れを見てすぐさま主砲を海面を発射して巨大な水柱を上げた。艦載機を操ることは虫の複眼を操るようなものであり、艦船と言えども艦載機を一度にこれほど多く扱えば周囲を正確に見ることが難しい。故にボルチモアは水柱によって目くらましを行い、その絨毯爆撃を避けるようにトップスピードで抜け出した。
「こっちだ!」
「エンタープライズ!?」
このまま一航戦に近づくものだと思っていたボルチモアとクリーブランドは、急に横へと移動を始めたことに驚きながらもなんとかその背中を追いかけ始めた。
謎のエンタープライズの動きに疑問を持ちながら背中を追いかけていたクリーブランドは、不意に後ろから迫ってきていた一航戦の艦載機がいないことに気が付いた。まるで誘い込まれたかのような状況に不安を感じたクリーブランドの予想は、当たっていた。
「はぁ!」
「瑞鶴!」
「グレイゴースト!」
程なくして、エンタープライズに勝るとも劣らない速度で正面からぶつかってきた瑞鶴を見て、クリーブランドはエンタープライズのガサツな作戦が成功してしまうかもしれないことをほんの少しだけ嘆いた。