最果ての航路 作:ばるむんく
許してください(小心者)
「うーん……難しい」
赤城と加賀の注意を逸らすことを頼まれたカヴァラだったが、空中戦闘にかかりきりになっていると思いきや全方位に対して全く隙の無い動きをしている一航戦を見て、取り敢えず奇襲作戦が通用しないことを理解していた。
「近くに軽巡がいるみたいだね……ソナーも積んでるみたいだし、かなり遠距離からの攻撃になるかも。おまけに戦艦二隻は一航戦から少し距離が空いてる……これも全部向こうの指揮官の指示なのかな」
戦艦を狙うにしても全員から見える位置ではないと攻撃できないように移動しており、一航戦は単純にその隙の無さに攻撃をしても手傷も与えられないこと。至近距離で撃とうにも長良と阿武隈が周囲に気を配っていることによってかなり不利な状況と言わざるを得なかった。
「あともう一手あれば……赤城には届くかもしれないけど」
歴戦と言える赤城と加賀に対して潜水艦による奇襲はかなり難しいことではあるが、カヴァラもまた歴戦の艦船である。故に加賀と違って赤城の注意力が微妙に散漫なことに気が付いていた。前の敵と戦いながら後ろを常に気にしているかのようなその動きは、普段であればすぐさま魚雷を発射する程の隙であるのだが、それに気が付いているのか加賀が上手くカバーしている。
「どうにかして……どうにかして加賀の注意を逸らせれば!」
そもそも一航戦の注意を逸らす為に潜水していると言うのに、加賀の注意を逸らしてくれる何かがあれば当てられるなど本末転倒もいい所である。
「どうすれば……あ」
カヴァラが一人水中で唸っていると、視線の先で赤城、加賀、長良、阿武隈の四隻に向かって一人突っ込んでいく艦船の姿が見えた。
「あたしを沈められるか!」
「……馬鹿が一人突っ込んできたか」
ある程度までアトランタ達を撤退させる為に殿を務めていたフェニックスだったが、いち早くフレッチャーの存在に気が付いて四対一の圧倒的不利な状況の中へと飛び込むべく走り出していた。明らかな自殺行為に対して、加賀は馬鹿だと冷静に切り捨てながらもその圧倒的と言える回避能力に感心していた。
「どれ、まずは貴様を食らい尽くしてやろう!」
「できるものならな!」
獣を幻視するような圧倒的殺意を全身から放ち、身体の節々から青い炎を散らせている加賀を確認して水中のカヴァラはすぐさま動いた。長良と阿武隈の背後に向かって魚雷を一本放ってからそのまま二本赤城へと向けて魚雷を放ち、すぐさま距離を取り始めた。
「まさか『神秘』を使ってくれるとは思わなかった!」
突撃するフェニックスに対して加賀は好戦的な性格を剥き出しにして、その身に『神秘』を降ろした。同時に加賀の視界が狭まることを直感的に理解したカヴァラは魚雷を放って全艦船から距離を取った。
「魚雷っ!?」
「阿武隈ちゃん!」
加賀の爆発的な速度による初撃をフェニックスが避けたのを見て主砲を構えた阿武隈は、同時にソナーに響いた魚雷を探知してすぐに回避行動を取った。加賀の二撃目が繰り出される寸前に発生したその爆発音に、その場にいた全員が意識を奪われた。フェニックスも例外ではなくその爆発に驚いていることが、余計にその場の全員の判断を鈍らせた。水飛沫の中から外へと駆けだした阿武隈のソナーは、赤城へと達しそうな魚雷を的確に捉えているが、それを口にできる程の猶予は既になかった。
「赤城姉さまっ!?」
連続する二つの爆発音の後に、加賀の悲痛な声が戦場に響いた。
「ヴェスタル! 迎えに来たぞ」
「あら? 合図を送って私が行くはずじゃ……」
「指揮官が自分から来てくれたんだ。後はヴェスタルと一緒に行けばいいだけだ」
ホーネット達が戦闘している方向へと心配そうな視線を向けていたヴェスタルへと、突如現れたエンタープライズは元気が有り余っている様子だった。少し前までの歩くことすら迷っているように見えた姿に比べて、天と地ほどの差があるコンディションにヴェスタルは苦笑していた。
「とりあえず見つからないように合流地点まで行こう」
エンタープライズとしてはヴェスタルさえ回収してしまえば後は恭介の指示に従うことが最善だと考えている。故にヴェスタルと共にどうやって周囲の艦船に見つからずに動くかが重要なのだが、幸いなことに赤城の攻撃とアトランタ達の報告によって重桜、ユニオン共に指揮系統が乱れている状態だった。長く英雄として戦場にいたエンタープライズは、そんな動きを読み間違えることもなくすぐに誰にも見つからずに動けそうなルートを発見する。
「よし。行こう、ヴェスタル」
「そうね……こんな戦争、早く終わらせましょう」
ヴェスタルの言葉に頷いたエンタープライズは自らの艤装を解除して空母を出現させ、その上にヴェスタルを乗せる。当然艤装として纏って人間二人程度の大きさで動いた方が見つかりにくいものだが、今の戦場はかなりの混乱状態の中乱発して多方面から爆発音が聞こえる程の状態である。それに加え、元々遊撃を任されていたエンタープライズが艤装を解除したまま空母を走らせていたところで誰も気にしない程度には、戦局が動きかけていた。
エンタープライズが手を引くようにヴェスタルを乗せ、速度を出して動き始めた瞬間に、赤城と加賀が戦っていた方向から巨大な爆発音が響いた。
「……急ごう」
現在一航戦と戦っているであろう妹のホーネットを思い浮かべながらも、今は恭介との合流を最優先としなければいけないと判断して、エンタープライズは速力を一気に上げた。
「エンタープライズちゃん、大丈夫よ」
「わかっている……私の妹だからな」
少し無理やりにでも笑顔を作ろうとしたエンタープライズだったが、上手く笑顔を作ることもできずにヴェスタルと視線を合わせた。そんな顔を見て、不謹慎ながらもヴェスタルは安堵の息を吐いていた。以前まで機械的としてか言いようのない顔をしていたエンタープライズが、今では妹の無事を願ってこんな顔ができるようになったのだから。
今すぐ自分に何かできる訳でもないのに、とても悔しい思いを心の中に持ちながらもエンタープライズはただ神代恭介の待つ海域へと向けて走り続けていた。断続して聞こえる爆発音や発砲音から逃れるように速度を上げるエンタープライズを横で心配そうにしながら周囲を見ていたヴェスタルは、前方に重桜の空母を確認した。
「エンタープライズちゃん、あれ」
「……ん? あぁ……瑞鶴だな」
エンタープライズが元の場所から随分と南の方向へと移動した先にいたのは、鈴谷から瑞鶴に乗り換えた神代恭介だった。他の艦船達は既に姿が無いことに疑問を持ちながら、瑞鶴のそばにやってきたエンタープライズは恭介に向かって手を振った。
「……返さないとダメか?」
「別にいいんじゃない?」
「指揮官、ヴェスタルはこの通り無事だ」
「初めまして、ですね。工作艦、ヴェスタルと言います」
ユニオン艦船として、要注意人物として名をあげられていた神代恭介の顔を覚えていたヴェスタルは、瑞鶴の隣に座りこんで何かしらの機械を弄っている男に頭を下げた。
「あぁ……エンタープライズの専属艦、だったよな?」
「はい。でも、一応他のみんなの傷も見ていますよ?」
「白衣の天使ってところか……エンタープライズ、他の連中はもう既に南西方向へと先に行ってもらった。合流する為にまた動いてもらうが……そんな飛ばして燃料大丈夫なのか?」
ドライバー片手に弄っていた時計を腕に巻き付けてから、恭介はエンタープライズが先程こちらにやってきた時の速度を思い出して目を細めるが、自信満々と言わんばかりに胸を張るエンタープライズを見て横のヴェスタルへと視線を移した。
「大丈夫ですよ。そこら中で戦闘が起きていたので、最短距離でこれましたし」
「ならいいか。瑞鶴、偵察機飛ばしながらさっき言った方向へよろしく」
「ん、任せて。でもグレイゴーストとヴェスタルさんもこっちのった方が効率よくない?」
「はっ」
大型の空母二隻が同時に移動していている姿を見られること、それ自体が既に簡単に裏切りがバレてしまうのではないかと瑞鶴は不安そうに言うが、恭介はそんなことを鼻で笑い飛ばした。
「もうとっくに裏切りなんてバレてるよ」
「はい?」
何気なさそうに放った言葉に同じ反応をした三人は、どうでもよさそうに言う恭介の顔を見てから数秒後に絶叫するのだった。
「赤城姉さまっ!?」
カヴァラの放った二本の魚雷が赤城に命中して大きな水飛沫をあげる中、加賀は悲痛な声をあげて赤城のいた場所へと移動しようとした瞬間、背後から襲い掛かってきたフェニックスに対して九本の尾を同時に振るった。
「うぉっと」
「貴様等ァ!」
加賀の攻撃も無理やりな体勢から簡単に避けたフェニックスは、先程よりも更に濃密な殺気を放ちながら青い炎を迸らせる加賀から油断なく距離を取った。旗艦であった赤城が攻撃を受けたことで、扶桑型の二人と長良型の二人が動揺して動けなくなっている間にフェニックスの傍までやってきたフレッチャー、そしてすぐそこまで近づいてきているホーネットとワスプの存在に、加賀は全身から怒りや憎悪と言った負の感情を放ちながら一歩一歩フェニックスに近寄っていた。
「全員潰してやるッ!」
「はっ! やってみな!」
獣の様に牙を剥く加賀から感じる強い殺気に汗を滲ませながら、フェニックスは油断なく砲塔を向けていた。フェニックスを援護するようにフレッチャーも砲塔を向け、ホーネットとワスプは爆撃機をいつでも発艦できるように弓を引いていた。
「ふふ……」
加賀が動き始めようとした瞬間、水煙の中から鮮烈な赤を纏った女性がとても軽やかな動きで加賀の隣までやってきた。
「馬鹿な」
「そんな、カヴァラさんの雷撃を受けて無傷なんて、ありえないです!」
「ね、姉様?」
平然と移動してきた赤色に、フェニックスは驚愕の表情を浮かべ、フレッチャーは砲塔を降ろして動揺のまま叫んだ。遠目に赤城が無傷のまま立っていることを確認したホーネットとワスプはすぐに艦載機を発艦させ、赤城と加賀を攻撃しようとした。
「えっ……」
「フレッチ──」
「──遅い」
「あ、あぁ……」
その場にいた全員が瞬きする間にフレッチャーは紙のように吹き飛ばされ、それに気が付いたフェニックスが背後に振り向いた瞬間、目の前が真っ赤に染まってホーネット達のいる方向まで吹き飛ばされた。
何故か加賀が怯えるように赤城を見ていることをワスプは見ていた。
「……不味いね」
「まず勝てないな……グリッドレイ、二人を頼む」
「え……ほ、ホーネットさんとワスプさんは」
ある程度の距離を開けてその攻撃を見ていたホーネットとワスプは、すぐに吹き飛ばされて意識を失っているフレッチャーとフェニックスを回収して、グリッドレイに預けた。負傷した二人をグリッドレイに預けるのは当然だとしても、グリッドレイから見たホーネットとワスプは、まるで死を覚悟したような顔をしていた。
「生きて帰れそうにはないから。すまいないが、皆に一航戦の戦闘能力を伝えてくれ」
「そんなっ!?」
「早く行きなよ。あちらさんは待ってくれなさそうだからさ」
ホーネットとワスプの方へとゆっくり首を動かした赤城は、先程までの様な理知的でもなければ、何かに振り回されて荒れている様子でもなかった。あるのはただ単純な殺気と敵意のみ。あんな化け物を相手に勝てるはずが無いと思うのはグリッドレイも同じであり、だからこそ非常な決断をして二人を見捨てる形になることを、涙を流しながら頷いて了承した。
「あれが、赤城の『ミズホの神秘』なのか?」
「だろうね……情報にはなかったけど、片割れの加賀に比べて凶悪過ぎない?」
「でも」
遠くから見ていても、実際に赤城が何をしたのかなど見えない程の速度なのだからどう考えても勝ち目がないことに苦笑しながらも、改めて重桜の艦船が扱う『ミズホの神秘』の危険性を再確認したホーネットは、加賀が先程まで見せていた『ミズホの神秘』と比べて苦笑してた。しかし、ワスプはその異常性に気が付いていた。
「さっきの加賀の反応からして、あれは加賀も初めて見たんじゃないか? そうでなきゃあんな顔はしないだろう?」
「わかってないことが多いから憶測でしかないけど……あれは『ミズホの神秘』が暴走した結果なのかもね」
既に理性的な光を灯していない赤城を警戒しながら、ワスプとホーネットは油断なく空を飛んでいる艦載機を操る。赤城が暴力と言えるまでの力を発揮する代わりに、加賀も随伴していた長良型の姉妹も扶桑型の姉妹も動けずにいた。
「対空意識が甘めに見えるけど……どうかなっ!」
ワスプの艦載機が赤城の真正面に向かって機銃を放ち、それに対応しようとした瞬間にホーネットが上から爆撃を仕掛ける。敵が一人で、尚且つ対空意識が薄くないと使えないという欠陥だらけの作戦だが、腕を力なく下げている今の赤城には有効的だった。
「っ!? ホーネット!」
ただし、それは相手が艦船として動くのならばという前提が付き纏う。
赤城の行動にいち早く反応したワスプは、横で艦載機を操りながら新たな爆撃機を発進させようとしていたホーネットの身体を、咄嗟に押し倒した。いきなりの行動にホーネットは驚愕するが、それと同時にワスプの髪先を掠る赤城の爪が見えて行動の意味を理解する。
「くっ!」
何とか初撃を避けることに成功したワスプは、即座に赤城の頭へと蹴りを入れようとして易々と掴み取られてそのまま海の上に投げ飛ばされた。それと同時に、ホーネットが放った爆撃機が編隊を組んで赤城の直上へと容赦なく爆弾を切り離して投下するが、赤城が左手を払った瞬間に身体から湧き上がった炎が、みるみるうちに形を変えて零戦となって爆弾を機銃で破壊していく。
「勘弁してよッ!」
同時に流星がホーネットへと向かって雷撃を放ち、ホーネットは結局至近距離にいたにもかかわらず赤城から距離を取る羽目になった。後方へと消えていく雷撃を見ながら、ワスプと視線を合わせてから上空を見上げて、ホーネットは苦笑した。
「本当に……こんなのどうやって勝てって言うのさ……」
天を覆い尽くすのではないかという程の群れの赤い炎を纏った艦載機は既に戦場を支配し、赤い狂気に包まれた戦場は、既に重桜ユニオン問わず破壊の暴虐に飲まれつつあった。
「……」
赤い狂気に飲まれていく戦場を遠くから見つめている翔鶴は、少し前に神代恭介を乗せた瑞鶴が敵であるエンタープライズと共に南の方角へと消えていくのを見た。神代恭介が以前に言っていた重桜から離反すると言う計画は、既に実行に移されているのだろうと考えながらも、翔鶴は自分から瑞鶴を奪っていった神代恭介のことばかりを考えていた。
「一人……私、ずっと一人……」
虚ろな瞳で赤城の生み出したのであろう赤い艦載機を見つめながら、翔鶴はただ海に一人立っていた。
本来この作戦に参加していないはずの翔鶴だが、自分でも気が付かないうちに彼女はこの海域に一人で立っていた。まるで何かに導かれるように戦場へと向かっていた翔鶴は、孤独の中を歩いていた。
「あら? 面白い子がいるじゃない」
翔鶴の背後から突然現れた少女、オブザーバーは自らの艤装を動かして翔鶴の腕に絡みついた。
「……だれ?」
「誰でもいいわ。でも、貴女の心を埋めてあげられるかもしれない存在、とだけ言っておくわ」
普段の翔鶴ならば、見ただけで相手がセイレーンだと判断できる程度の知能を持っている。しかし、今の翔鶴には目の前の存在が彼女の言う通り本当に自分の心に開いた穴を埋めてくれるのかだけが気になっていた。
「ねぇ? もしかして貴方……誰か憎い人がいるんじゃない?」
「にく、い? にくい……かみしろ、きょうすけ……」
「あはは! やっぱり、貴女最高だわ……これあげるわ」
空虚だった翔鶴の瞳の中に生まれた神代恭介に対する何処までもどす黒い感情を見て、オブザーバーは上機嫌に笑みを浮かべてから翔鶴の腕の中に黒いメンタルキューブを渡した。
「それを使えば、貴女の思う通りに世界を支配することができる……上手くやればね。思うがままにやりなさい」
「……これをつかえば、ほんとうにせかいを?」
「そうよ。貴女の望む通りに、ね」
悪魔の囁きは、初めて黒い感情を宿した未熟な艦船の魂へと刻み込まれていく。透明な水に墨汁を流し込んだように、翔鶴の心は瞬く間に黒く変色していく。
一人で海に立っていた翔鶴が意識をはっきりさせると、既に黒いメンタルキューブもオブザーバーの姿も目の前の海からは消え、空を覆い尽くそうとする赤城の艦載機ばかりが目についた。
「……うふふ……世界を、思い通りに」
虚ろだった瞳には鈍く鋭い光が灯り、自然と上がって行く口角は彼女の心の内と今の精神状態を如実に表していた。
「あはは……アハハハハハハ!」
今、翔鶴と名付けられて生まれた艦船は完全にその在り方を歪ませてしまった。暗い瞳の中に確かな憎悪と怒りを灯す彼女は、既に翔鶴と呼ぶにはあまりにも妹である瑞鶴とかけ離れてしまっている。
セイレーンの闇は、人類のすぐ傍まで這いよってきていた。
や み お ち
本当に許して(ビビり)