最果ての航路   作:ばるむんく

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幻想

 赤色の狂気が支配する戦場に突如として現れた傍観者達であるセイレーンは、戦闘に介入することなくその行く先を眺めていた。ピュリファイアーは赤城の神秘の力に目を輝かせ、オミッターは興味もなさそうに周囲に視線を向け、テスターはいつの間にかいなくなっているオブザーバーを探して視線を動かしていた。

 

「おい、オブザーバーは何処に行った」

「知らないよそんなの。それより、アレと戦っちゃダメなの?」

「アレはアレで違う実験中だ。手は出すな」

「ちぇー……じゃあ付いてきた意味ないじゃん」

 

 テスターの言葉に心底つまらなさそうな声を出すピュリファイアーは、オミッターが視線を向けている先に重桜の艦隊があるのを見つけた。テスターの実験中という言葉を思い出して、ピュリファイアーはオミッターの頭を横から叩いた。

 

「なにすんだよッ!?」

「明らかに狙ってたじゃん」

 

 好戦的なピュリファイアーからすると、先程のオミッターのように敵を見つめることそのものが既に戦闘行為の一環らしく、ピュリファイアーは躊躇なくオミッターの頭を叩いたので、オミッター自身が怒り心頭と言った様子でピュリファイアーに掴みかかった。

 

「ちっげぇし! 舐めたこと言ってるとぶっ飛ばすぞっ!」

「おー? やる気?」

「やめておきなさい。全く……大人しく観察もできないのかしら」

「……オブザーバー、また新たな実験でも始めたか」

 

 今にも艤装を起動して周囲全てを消し飛ばしながら戦い始めそうな勢いで掴み合っているピュリファイアーとオミッターは、突如現れたオブザーバーに視線を向けた。テスターはオブザーバーがなにやら楽しそうに笑みを浮かべながら、両手に持っていたはずのメンタルキューブの片方を持っていないことに気が付いて、彼女が艦船に接触したことを察知していた。

 

「神代恭介を刺激するのにピッタリな艦船を見つけてね。特異点の力がどれ程なのか探るにはいい実験体よ」

「そうか。だがこちらの赤城は……我々の計算を凌駕する出力だ」

 

 テスターの視線の先にいる赤城は、セイレーンが想定していた彼女の『ミズホの神秘』よりも数段出力が上だった。幾つかの計算パターンを想定していたテスターだったが、まさか自分が計算した過大評価とも言える数字を大きく上回る性能を発揮しているのを見て、興奮を隠せないと言った様子にピュリファイアーがため息を吐いた。

 

「でも、あんなでたらめ出力は身体が……メンタルキューブがもたないでしょ」

「そうねぇ……でも、もしメンタルキューブがもってしまったら? きっと彼女は『覚醒』に一気に近づくことになるわ」

「ふーん……」

 

 ピュリファイアーの目算は正しく、本来艦船が扱うことのできる出力以上の力が出てしまっている今の赤城に待っているのは、どう考えても肉体の崩壊だけである。万が一でもその艦船としての限界を超えてしまったら、それこそセイレーンの計算を大きく超える新たな特異点となり得るだろう。

 赤城の想定外の出力もまた、観察中の特異点である神代恭介が及ぼした影響の一つであるが故に、オブザーバーはとても楽しそうな目で赤城を見つめていた。

 

「定石通り壊れたら?」

「そんなもの、決まっているでしょう」

 

 オミッターの興味半分の質問に、オブザーバーは何故そんな分かり切ったことを聞くのかわからないと言わんばかりの顔をしながら、自らの手の上にある虹色のメンタルキューブを見た。

 

「壊れた玩具に、価値はないわ」

 

 セイレーンの名前の通り海の冷たさと恐怖を彷彿とさせるオブザーバーの言葉を聞いて、テスターとピュリファイアーとオミッターも当たり前のことだと納得してすぐに赤城へと視線を戻した。

 

「さぁ……どこまで高みに近づけるかしら」

 

 三人とは違い、恭介が向かった先である南の海を見ながらオブザーバーは口角を釣り上げた。

 

 


 

 

「か、加賀さん! 赤城さんはどうして」

「待て、今必死に考えている」

「考える? 赤城さんのあの姿は作戦にはないんですか?」

 

 異常を察知して近くまでやってきた山城と扶桑の言葉に、加賀は爪を噛みながら焦った表情を浮かべていた。赤城の『ミズホの神秘』など加賀からしても久しく見ていなかったが、以前に見た赤城の神秘とは全く違うその姿に、何かしらの関与を加賀は疑っていた。

 

「指揮官が……いや、奴はどれだけいっても人間。神秘を歪ませることなどそれこそカミにし……か……まさ、か」

「加賀さん?」

 

 爪を噛みながらなにかを呟いていた加賀の顔が一気に青褪めていくのに、長良はいち早く気が付いた。普段は焦がす様な闘争本能の中にも冷静さを感じさせる加賀の顔が、焦りすら抜けて何かに気が付いてしまったような表情をしていることが異常だった。

 

「セイレーン……だ」

「セイレーン?」

「姉様にセイレーンが何かしらの接触を図ったに違いないっ! あのままでは姉様の身体がもたん!」

「危険です加賀さん!」

 

 顔を真っ青にしたまま暴走する赤城の方へと走り出した加賀に、扶桑が必死に声をかけるが既に聞こえていないのか全速力で赤城へと近づく見ていることしかできない。既に陣形もなくなっているこの状況で、恭介からの指示も何もないことに扶桑は唇を噛みしめながら加賀を追いかけようとして阿武隈に止められた。

 

「放してください! 加賀さんが!」

「扶桑さんも同じになるよ。ここは他の艦隊を呼ぼう」

 

 あくまでも平常心で言う阿武隈の言葉に、自分の中に焦りの感情が浮かんでいたことを理解した扶桑は、山城のとても心配そうな顔を見て一度深呼吸をしてから頷いた。長良は安心した様に笑顔を浮かべながら通信機を手にして恭介に連絡を取ろうとしていた。

 

「……あれ? 指揮官に繋がらない」

「殿様になにかあったんですか!? あわわわ……どうしましょう……姉さま」

「慌てないで扶桑。何があったのかわからないけど、指揮官様ならきっと大丈夫よ」

 

 長良が首を傾げながら何度か作戦基地にいるであろう指揮官へと通信を試すが、何度やっても指揮官がその通信機を取ることは無い。阿武隈はそんな姉の姿を見ながら、通信機で比較的第一艦隊の近くで待機しているであろう第六艦隊の妙高へと通信を繋ぐ。

 

『こちら第六艦隊旗艦妙高』

「妙高さん。第一艦隊の阿武隈です」

『阿武隈? なにかあったのか?』

 

 まさか一航戦の護衛艦である阿武隈から通信が来るとは思っていなかった妙高は、驚きながらも状況の簡潔な説明を求めた。阿武隈は時間が無いことを最初に言葉にし、赤城がセイレーンの力によって暴走し、加賀がそれを止める為に一人で突出。指揮官との通信が繋がらないので一番近くにいた妙高へと救援を求めたとだけ伝えた。阿武隈は元々口数が多い方ではないが、普段よりも大雑把な説明をしていることに妙高も本当に時間がないことを理解して了承した。

 

「第六艦隊がすぐこっちに来てくれる。それまでユニオンを近寄らせない方が大事だと思う」

「そ、そうね……」

 

 本来爆撃の為に飛ばしていた瑞雲を回収しながら、扶桑はホーネットとワスプの救援に向かって来ていたユニオンの艦隊を思い出し、あれを止めるのかと思いながらも阿武隈の言葉は正論だったので頷くことしかできなかった。

 

「扶桑さん、赤城さんの所に向かって来てる艦隊はどのくらいの規模だったんですか?」

「……主力艦隊と空母機動部隊ね」

 

 あまり乗り気ではなさそうな扶桑の頷き方に長良が純粋な疑問を持って聞くと、扶桑は遠い目をしながら三本の指を立てていた。ユニオンの主力艦隊と空母機動部隊をこの四人で食い止めようなど、無理な話に阿武隈もついついため息を吐いてしまった。

 

 


 

 

 メンタルキューブによって生み出された艦船達は自らの船を操って艦隊戦を行うこと以外にも、船を艤装として纏って対人戦のような戦い方をすることもできる。彼女達はその身一つで大きな船を一人で動かし、通常艦隊を移動させることにかかる手間を省き、尚且つ艦隊決戦では自らの身に艤装を纏うことで単純に的を小さくしながら船の馬力を生み出すことができる。その、人間が戦うよりも遥かに効率的な戦い方を人間が指示して行っているということは、ある種の代理戦争とも言える。

 船のまま移動することは単純に艦隊として動きやすく、陣形を維持することがしやすい一方で、今回のユニオン側の救援部隊の様に緊急を要する事態に対処するのが遅れることがある。故に、今ユニオンの救援部隊として動く主力艦隊と空母機動部隊はそれぞれ自らの艤装を纏って海を駆けていた。

 

「……凄まじい、の一言につきる」

「ホーネットさんとワスプさん……大丈夫なんでしょうか?」

 

 炎を纏った艦載機がひたすらに空を制している姿を見て、機動部隊の旗艦を務めているイントレピッドは自分ではあんながことできないと理解して、敵の強大さを改めて感じ取っていた。その下で今も戦っているのだろうホーネットとワスプを思って心配そうな声を出しているリノは、自分の艤装をしきりに気にしていた。

 

「……二人の反応はまだある」

「本当? なら間に合うかも」

 

 スモーリーの言葉に反応したマラニーは、安堵の息を吐いてから気合を入れて加速した。空母の護衛艦として対空砲を起動させながら海を駆けるフレッチャー級の二人に、イントレピッドは笑みを浮かべてから艤装を展開した。

 

「行け! ヘルキャット!」

 

 充分な射程範囲だと判断して展開されたイントレピッドの飛行甲板から、対空戦闘機であるF6Fヘルキャットを連続して発艦させる。主力艦隊と共に動いている以上、敵に制空権を取られたままではまともに戦闘行為を行うことすら難しくなることを理解していたイントレピッドは、すぐに戦闘機を全機発艦させて赤城の艦載機に肉薄させる。エセックス級の艦船として生み出されたイントレピッドの搭載機数はかなり多く、発艦された艦載機は大編隊を組みながら赤城の艦載機が支配する空域へと踏み込んでいく。

 イントレピッドが発艦させたヘルキャットを見上げて、主力艦隊の面々は自然に艤装を握る手に力が入る。

 

「イントレピッドがヘルキャットを発艦させたのか……」

 

 主力艦隊の一人として航行を続けているインディペンデンスは、真っ直ぐに海域へと飛んでいくヘルキャットの編隊を見て、自らの持っている艤装を構えてヘルキャットを発艦させる。

 

「イントレピッドの支援をしてやれ」

「制空権、取れそう?」

「いや、ホーネットとワスプが加わってようやく優勢程度だと思う」

 

 発艦させたヘルキャットに大まかな指示を出しているインディペンデンスの横にやってきた旗艦アラバマは、インディペンデンスの言葉を聞いて一人で頷いてからポートランドとインディアナポリスへと視線を向けた。

 

「インディちゃん……危なくなったらお姉ちゃんを盾にしてね?」

「……それはしない」

「相変わらずだな」

 

 いつも通りのやり取りをしているインディアナポリスとポートランドを横目に、モントピリアは敵の中に以前戦った高雄がいないことを少しだけ残念に思い、別行動している尊敬する姉が無事であるかどうかを心配していた。本質的にはポートランドと考えていることが同じなのだが、そんなことはモントピリアの中では些事に過ぎない。

 

「おい、アラバマ」

「なに」

「お前突っ込むつもりか?」

「悪い?」

 

 前回の戦いから神代恭介の異常性をその身で味わっているワシントンは、旗艦のアラバマに彼女の方針を聞くが、帰ってくる言葉は少なくそれでいて何回聞いても変わりがないものだった。恭介の指揮能力を恐れているとも言えるワシントンだが、アラバマはそんなこと関係ないと言わんばかりに大鎌を手の力だけで回転させる。

 

「どうなるか、わからない。けどやれって言われたらやるのが軍人」

「そうかい……まぁ、死ぬなよ」

 

 そろそろ赤城の艦載機がこちらにも向いてくるだろうことを理解しながら、ワシントンはアラバマに忠告の様で心配する様な言葉を呟いてから艤装を操る。待っているのは緋色の地獄であることは変わりなくとも、ユニオンの艦船として成すべきことを成す。ワシントンにとってもそれだけのことだった。

 主力艦隊と空母機動部隊が赤城に近づいてくる間も、ホーネットとワスプはその空襲の中で必死に互いのフォローをしあいながら生き残っていた。

 

「冗談キッツ……どうすんのよこれ」

「口よりっ手を動かして欲しいなッ!」

 

 背中合わせになりながら艦載機を操る二人は直上にやってきた彗星からの爆撃を避け、続く流星の雷撃を避けてからヘルキャットでその艦載機を撃ち落としにかかり、何処からともなく現れた零戦にヘルキャットを落とされる。先程から繰り返される攻防一体の艦載機に、ホーネットとワスプの精神も限界を迎える寸前まで来ていた。空中を旋回する艦載機の一部分だけでもこれ程手間取っていることに苦笑しながら、ホーネットは自分の艦載機が今の赤城には通用しないことも理解していた。そんな時、赤城とは真反対の方向からやってきたヘルキャットの群れが、赤城の零戦に食って掛かる。

 

「あれは……イントレピッドのヘルキャット?」

「インディペンデンスもいる。救援が間に合ったか」

 

 ホーネットとワスプへの攻撃に気を取られていた艦載機の群れは、突然の横槍にヘルキャットの通り道から逃げるように道が開ける。その機会を逃すはずもなく、ホーネットとワスプは艦載機の包囲が薄くなった方向へと移動しながら自分達の持っている残りの艦載機全てを一気に発艦させる。

 

「結構落とされたけど、イントレピッドとインディペンデンスがいるなら……」

「いや、拮抗する程度だなッ」

 

 大量のヘルキャットが赤城の航空隊を蹴散らそうとするが、先程まで微動だにせずに艦載機を操っていた赤城が空へと視線を向けた瞬間に、空を舞っていた彗星、流星、零戦が急激に加速し始めた。急加速した艦載機の動きについていけず、編隊を少しずつ削る戦い方は今のホーネット達には効果的な攻撃だった。制空権は拮抗状態まで持って行けたが、それでも以前赤城が操る艦載機の脅威は消えることが無い。その上、艦載機を操っている赤城はまだ無傷でその場に立っている。

 

「……ねぇ」

「聞くな」

 

 空から赤城へと視線を移したホーネットは、赤城の周囲にいつの間にか現れているモノに顔を引き攣らせていた。元々ユニオンの艦船からすれば、一航戦の扱う式神の艦載機や実体なのかどうかも微妙な飛行甲板など分からないことだらけだったが、それでも彼女達は頭の何処かで超常的な物ではないと決めつけていた。

 

「あれでも、セイレーンって倒せないのかな」

「倒せないからこうなっているんじゃないか?」

「そっか……」

 

 ワスプの言葉にため息を吐いたホーネットは、赤城の周囲を飛び回っている緋色の龍を見てもう一度笑みを浮かべた。

 

「あれ、こっち来るよね」

「……来るぞ」

「来たねッ!?」

 

 赤城を守るように飛んでいた龍は、爆撃しようとするドーントレスを噛み砕いてからホーネット達に視線を向けて加速した。セイレーン大戦後に生み出された艦船として、戦場に立つようになってそれなりの時間が経っているホーネットだが、目の前を通り過ぎていった龍などという超常的な物を見るのは初めてだった。当然と言えば当然だが。

 

「ヤバいとかってレベルじゃなくなったよ」

「それこそ、冗談キツイぞ」

 

 苦笑しながら言うワスプに、ホーネットは同意するように頷いてから走り出した。ホーネットの動きに合わせてコンパウンドボウを油断なく構えたワスプは、赤城に近づこうとするホーネットを狙う龍へと矢を放つ。空を泳ぐように移動する緋色の龍は、横から飛んできた矢を平然と避けてからホーネットを頭から齧りつこうと動く。

 

「ちっ! 当たらないぞ!」

「ちゃんと当ててよ!」

 

 第二、第三の矢も平然と避ける龍とホーネットの距離は段々と近くなり、限界を感じたホーネットは急停止して赤城とは反対方向へとかけた。噛み切ることなく虚空を通り過ぎた牙は、なおもホーネットを追って海面すれすれの高度で巨体をうねらせながら飛ぶ。

 

「今度は当ててねッ!」

「わかってる!」

 

 自分の方へと向かって走ってくるホーネットに、ワスプは標準を合わせてコンパウンドボウを構える。目を閉じてから一度大きく呼吸をして、弦を引いた彼女に見えているのは焦っているようなホーネットの姿。しかし、弓を構えているワスプには一切の焦りも緊張もなく、ただ冷静なまま矢を放つ。

 

「っ!?」

 

 ホーネットへと放たれた矢は、ワスプの狙い通り的確にホーネットの頭の中心へと向かって真っすぐに飛んでいた。若干の回転が掛かっているワスプの矢を紙一重で横に避けたホーネットは、頬を掠めていく矢が自分のすぐ背後で大きく口を開けていた龍の口内へと吸い込まれていくのを見て海面に倒れた。

 

「やった!」

「ホーネットっ!」

 

 ワスプの放った矢は、艦船でもまともに当たれば動けなくなるだろうと確信できる程の速度が出ていた為、ホーネットは龍を貫くように消えていった姿に安堵してワスプの方へと視線を向けると、先程とは打って変わって焦った様な表情をしていた。

 

「…………マジ?」

 

 必殺の矢を放ったはずの本人がそんな表情をしている理由など一つしかないと知っていたホーネットが、ゆっくりと背後を振り向けば、物理的な攻撃など効かないと言わんばかりに穴が塞がって行く緋色の龍と、光の無い瞳で這いつくばるホーネットを見下ろす赤い九尾が立っていた。




アニメの赤城が出してたあの龍って……なんだったんだろうって思いました。
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