最果ての航路 作:ばるむんく
「赤城、姉様……」
赤城の暴走を止める為に無茶した加賀は、小さく呻くような顔で目の前で眠っている人物の名前を呟く。自分も全身包帯姿になっているにもかかわらず、欠かすことなく毎日と見まいにやってきていた。
赤城が謎の暴走を起こした戦闘が終了してから、既に数日が過ぎていた。あの戦いで傷を負った艦船は多く、特に赤城の暴走を止める為にユニオン艦船と共同戦線を張っていた艦船達の傷は大きく、艤装の修復にもかなりの時間を要する事態になっていた。
「あの力は……神秘などではない」
戦場で見た赤城の異常なまでの力。加賀の記憶の中にある赤城の神秘は、確かに途轍もない力で敵を蹂躙するものではあったが、あのような得体の知れない力ではなかった。ましてや、味方であるはずの重桜の艦船にまで力を向けるなど、最早赤城であったかすらも怪しい。
「セイレーン、か……我らの扱う神秘は……誰がもたらした」
加賀としてこの世に生まれた時から、神秘を扱うことは当たり前だった。重桜の艦船が扱う『ミズホの神秘』は、他陣営の艦船を圧倒することができる重桜の奥義とも言っていい力である。重桜艦船は当然の様にその力を制御するように研鑽を積み、実際にセイレーン大戦後に始まったアズールレーンとレッドアクシズとの戦争で、他陣営の艦船との戦闘で猛威を振るっている。
「この力こそがセイレーンの仕組んだものだとしたら……赤城姉様は、神秘の中に存在するセイレーンの力に飲み込まれたのだとしたら……」
膨れ上がった疑念は止まることを知らず、加賀の中に数々の疑問を作り出していく。神秘を使うことを半ば強制する重桜上層部や、逆に作戦中に神秘を乱用することを禁止していた神代恭介の言動。神秘を扱う艦船の姿を見るたびに悲しげな瞳をしていた長門の姿。
「重桜の機密を余さず知っている者など、長門しかいないか。探ってやろうではないか……姉様を狂わせた力の正体を」
倒れ伏したまま目を開けない赤城の傍で一人決意を固めた加賀は、左目を覆っていた包帯を解いて立ち上がった。今まで当然の様に扱ってきた神秘の正体を追うこと、それは重桜艦船の歴史を追うことでもある。重桜の禁忌に近い情報群である故に、見つけることは容易いことではないだろうことは当然のことだった。しかし、加賀は姉と慕う者を傷づけられて黙っていられる程、利口な艦船ではない。
「姉様、必ずや……貴女を呪縛から解いてみせます」
重桜の重鎮であるはずの一航戦が、重桜の歴史を探ること。裏切りに近い行為であるが、最早加賀には止まる理由が存在しなかった。その行いが、義理であろうとも姉妹となった赤城の救いとなることを信じて。
赤城の部屋を出た加賀は、初めに長門の元を訪れようとしていた。やはり重桜の全てと言わなくとも、多くの機密情報を知っているのは陣営のトップと言える艦船である長門か、最高指揮官である神代恭介の二択である。しかし、神代恭介は赤城が暴走した海戦の混乱に乗じて行方を眩ませている。明確な裏切りの瞬間を艦載機越しに見ていた加賀は、既に彼を自分の指揮官とも呼びたくない程嫌悪していた。。
「長門に会うには……やはり神木まで行くのが手っ取り早いか」
「か、加賀さん。怪我はもう大丈夫なんですか?」
「……二航戦か、丁度いい」
廊下を一人で歩いていた加賀は、正面からやってきた蒼龍と飛龍の手にある花を見て、赤城の見舞いに来たのだと察した。今から長門を探しに行く加賀にとっては、赤城の傍に誰かが居てくれることは都合がよかった。あんな暴走を見せた後故に、どんな奴が赤城に愛に来るのかわからない状態なのだ。
「赤城のことを頼む。私は今から長門に会う用事ができた」
「長門様、ですか?」
「…………加賀さん、今重桜の上層部は混乱状態ですけど、何か知っていますか?」
「心当たりなど一つしかないがな」
蒼龍の言葉に、加賀はため息を吐くことしかできなかった。陣営代表の裏切りなど、あの無能上層部では扱いきれる情報ではないだろう、と思いながら加賀は蒼龍の言葉に頷いた。
「指揮官の話ではないようなんですけど……」
「なに?」
神代恭介と艦船数名の裏切り行為以外の問題など、今の時期に上層部が騒ぎ立てることではない。つまり、上層部は神代恭介の裏切りに何かしらの理由を見つけたか、それか神代恭介の裏切りと同程度の問題が発生したと考えるべきだった。
加賀にとって上層部が混乱している今の状態は、艦船として自由に動きやすい時間が増えるだけなので利点にしかならないが、混乱状態が長く続けばユニオンが黙ってはいない。国を守護する艦船の代表として、加賀は今の状況に黙っている訳にはいかなかった。
「すまないが急がせてもらう。今の話には色々と探りを入れておく」
「わかりました」
「か、加賀さんも気を付けて」
蒼龍と飛龍に言い残して、加賀は早足で赤城が療養している屋敷から出た。神木の根元にある重桜海軍本部へと足を向けた加賀は、すれ違う幾人かの艦船と言葉を交わしながらも、急ぎ足で本部の建物へと足を踏み入れようとして、門番に止められた。
「……何のつもりだ」
「今は艦船が中に入ることを禁じられている」
「裏切りを警戒しているのか? だとしたら安心しろ。裏切るならばとうの昔に……天城さんの艤装を改造した時点でこの建物を灰にしている」
加賀の暴力的なまでの圧力に息を呑んだ門番は、背中に流れる冷や汗を感じながら、震える手で胸についている通信機の電源を付ける。
「一航戦加賀が、中に入れろと……はい……わかりました。許可が出た」
「ふん……弱者共が」
門番へと吐き捨てるように言い残してから、加賀は本部の扉を開けて室内に入る。本部の建物内で隣を通り過ぎる軍人は、今の加賀の表情と発している圧力に小さな悲鳴を上げながら避けていく。誰も声をかけることすらできず、会議中の扉の前を見張っていた士官の男二人でさえも、視線を合わせることすらできず、そのまま加賀が飛びらを開け放つところを見ていることしかできなかった。
「な、なんだ……加賀か」
「おい。長門は何処だ」
「な、長門様は……その……」
「何処だ」
強者の気配を隠そうともしない加賀の存在感に、会議室で何かを言い争っていた軍人達も黙り込むことしかできなかった。長門の所在を聞いている加賀だが、軍人達の煮え切らない言葉に怒りを感じ、手元に置かれていた資料を奪い取り、そこに書かれている文字を読み進めて動きを止めた。
「長門が……消えた、だと?」
「あ、あぁ……そ、それには事情が──」
「──黙れ。お前達の意見など聞いていない」
先程よりも強くなった殺気に腰を抜かした男を見て、周囲の男達も恐怖のあまり流れる汗を拭うことすらできずにその場で座り込んでいた。加賀が一人で資料を捲る音だけが会議室に響き、しばらくした後に加賀はその資料を持ったまま会議室から出ていった。
手に持った資料を捲りながら、神木の元へと向かって歩いていた加賀は、目の前に感じた気配に資料から視線をあげた。
「陸奥か」
「……長門姉、何処行ったの?」
「…………すまん。私にもわからない」
「そっか。やっぱり、指揮官には艦船を従える力があるから、なのかな……」
重桜の中でも限られた人物しか知らない、神代恭介の正体。陸奥はその正体を知りながら重桜に残っている、唯一の艦船である。彼が自分の正体に気が付いたのならば、長門が付いて行くような力を持つ指揮官となったのであろうことを、陸奥は理解していた。
涙を蓄えた瞳のまま俯いてしまった陸奥を見て、加賀は資料に皺ができる程強く握りこんでいた。姉である赤城を傷つけ、長門を連れて行って陸奥すらも傷つけた。余りにも身勝手な神代恭介の行いに、怒りを通り越して憎しみすら湧いてきた加賀は、一番手前の紙が破れたことで見えた、新たな資料に書かれている行方不明の艦船リストを見た。
「瑞鶴、大鳳、鳥海、愛宕、鈴谷、夕張、不知火、綾波、江風、明石、長門か。やってくれたな」
どの艦船も一癖ある性格の集団で、実際にまとめ上げられるのは指揮官として圧倒的な能力を持っている神代恭介のみだろう。加賀は納得しながらも、次のページに書かれていた離反者の名前に目を見開いて、顔を青褪めた。
「あ、まぎ、さん?」
資料には赤城が敬愛してやまなかった、加賀が尊敬してやまなかった者の名前が書かれていた。数年前、セイレーンとの戦いで艦船として戦うことすらできなくなった軍師。艤装を改造され、もう戦場に立つことを許されなくなった艦船。その改造された艤装を纏っているのが、加賀自身だった。
「指揮官、そろそろ鉄血だぞ」
「ん……」
重桜から無事に離反した恭介は、仮称『新生アズールレーン』の基地から数人の艦船を連れて鉄血へと向かっている最中だった。重桜の代表者でもある長門、指揮官が作戦面で一番信頼している天城、工作艦である明石、兵装実験艦である夕張。それに加えて、恭介の護衛役であるエンタープライズ、瑞鶴、クリーブランドの三人。エンタープライズを中心に瑞鶴とクリーブランドが船のまま走り、エンタープライズの上に恭介だけがいた。
かなりの速度で移動しているにもかかわらず、飛行甲板の上で平然と寝ている恭介の姿に若干の呆れを含ませたエンタープライズは、優しく起こすように指揮官を揺らした。
「あぁ……もう着いたのか」
「数日経ってるが、な」
何回か港町を経由しながら、誰にも見つからないように移動していた新生アズールレーンの面々は、ようやく見えた航海の終わりに、疲労感を滲ませながらも笑顔を見せていた。
「それで、鉄血にはどうやって入り込むんだ?」
「入り込む? 真正面に決まってるだろ。エンタープライズとクリーブランドは艤装背負ったままどっか隠れてくれ」
「そんな無茶な……」
恭介の言葉にため息を吐きつつも、エンタープライズはその言葉に従うことしかできない。まだアズールレーン所属になっているエンタープライズが、神代恭介達と共に動いているなど鉄血に知られたら、面倒くさいことにしかならないことは理解できていたからだった。
それでもエンタープライズは、今の恭介に従うことは心の底から望んでいたことだった。以前基地に囚われていた恭介とは違う、どこか人間らしさの生まれた彼の言葉を聞く度に、エンタープライズは分かり合えるのだと再認識しているのだ。その姿を見たクリーブランドには、毎回にやけていると言われているが。
エンタープライズとクリーブランドには後で迎えに行くとだけ告げてから、恭介は瑞鶴の上へと移動してから身体を伸ばしていた。
「さて……エンタープライズには真正面からとか言ったが、アポもなにも無しで来てるから、ビスマルクにだけ会いに行くぞ」
「えー……」
さっきと言っていることが違うことに、呆れた様な声を上げた瑞鶴を無視して、恭介はそのまま鉄血領海へと我が物顔で入り込んだ。
「止まりなさい……何故重桜艦船がここにいるのですか?」
「よう。ビスマルクに会いたいんだが、あいつ……傷の具合はどうだ?」
「なッ!?」
すぐさま重桜の艦船に気が付いた哨戒中のZ23は、平然と顔を見せた神代恭介の姿に唖然としていた。現在世界中を巻き込んでいる戦禍の中心にいる人物であり、重桜のもっとも権力がある人間が突然鉄血にやってきた彼に、Z23は驚愕のまましばらく動けなかったが、すぐに復活して敵を見るような視線を向けた。
「何をしに来たんですか?」
「そうだな……世界平和の為に、か?」
「何ですかその適当な理由は。そんなものでビスマルクさんに会えると、本気で思って──」
「──いいわよ。会わせてあげる」
「お、オイゲンさん!?」
真意など全く話す気がない恭介の言葉に、迷わず主砲を構えるZ23の背後から現れたプリンツ・オイゲンは、笑顔を浮かべたまま気楽に手を振っていた。鉄血の領海内を哨戒するのは潜水艦と駆逐艦の役目だと言うのに、何故か領海ギリギリの範囲にいるプリンツ・オイゲンの姿に、Z23はただ困惑することしかできなかった。
「へぇ……まぁなんでもいい。会わせてくれるならな」
「ふふ……ついてきなさい」
「ちょ、ちょっと待って下さい! いいんですか!?」
「いいのよ。ニーミは哨戒頑張ってちょうだい」
適当にひらひらと手を動かしながら、さっさと基地へと向かって移動するプリンツ・オイゲンの姿に、Z23は最早声も出せなかった。自由人に振り回される苦労人など何処にでもいるものだと思いながら、恭介は瑞鶴に乗ったまま後を追わせる。プリンツ・オイゲンが何故恭介を無警戒で通すのか、それが理解できない天城はいつでも恭介を守れるように、長門へと視線を向けた。天城の視線の意味を理解できている長門は、静かに頷いた。
プリンツ・オイゲンが連れてきた神代恭介と長門の姿に、ビスマルクは少しの間放心していた。常に冷静なビスマルクの珍しい表情に、プリンツ・オイゲンは楽しそうに笑っていた。
「……まさか本当に動き始めたとはね」
「あら、疑っていたの? 色々と話してあげたじゃない」
「疑っていた訳ではないわ。ただ、本当に彼がこんなに早く動くとは思わなかった」
「そうだな。俺もそう思うぞ」
なんとか言葉を出したビスマルクの言葉に、恭介は苦笑しながら長門と共にソファに座った。神代恭介が何故鉄血にやってきたかなど、ビスマルクが知っている訳ではない。このタイミングでやってきたことに、何も考えが及ばない程ビスマルクは無能ではない。実際、神代恭介が率いる重桜艦隊がユニオン艦隊と戦ったと言う話は、鉄血にも届いていた。
「それで、貴方は何を求めて鉄血にやってきたのかしら」
「軍艦が欲しい」
「は?」
世界の戦争がKAN‐SENを主体としたものに変わっていく中、今更人が搭乗する軍艦が欲しいなどと言う人間はいない。そもそも、戦争自体も全て任せて、生き残っている人間はセイレーンからの侵略に怯えながら内陸の方へと逃げるぐらいしかしない。セイレーンに、現代兵器など無意味なのだ。
「……なにを企んでいるのか知らないけれど、貴方の望む軍艦はあるわよ」
「あるのか」
「え、あると知っていたから来たのではないのか?」
「いや、知らん」
ビスマルクは目を細めて恭介を見定めるように見つめるが、恭介は全く気にした様子もなく、鉄血に軍艦が残っていることに驚いていた。知っていて来ていた訳ではないことに、長門とプリンツ・オイゲンが呆れた様な顔をしていた。
「セイレーンに軍艦なんて無意味よ」
「知ってるさ。俺らが欲してるのは母艦だけだ」
「母艦……つまり、あんたは艦船の移動拠点を作ろうってことね」
厳密に言えば、セイレーンに現代兵器が全く効果が無い訳ではない。艦船達が自らの艤装を船のまま扱ってセイレーンを攻撃するように、全く有効ではない訳ではない。大量の人手を使って一つの軍艦を動かしても、セイレーンは無限のような数の量産型艦で押し潰し、上位個体は人型サイズで動くため、機銃でもなければまともに攻撃を当てることすらできない。それでいて人型の上位個体は、一発で戦況をひっくり返すような凶悪な艤装を持っている。現代兵器は効果が無いのではなく、戦うことがそもそも無意味なのだ。
「それで、貴方は私に何をしてくれるのかしら? まさか見返り無しで渡せなんて言わないでしょう?」
「なんでもいいぞ。そうだな……お前の妹とか?」
揶揄うような恭介の言葉に、部屋の気温が下がるような圧をビスマルクは全身から放っていた。余りにも唐突な圧力に、長門もプリンツ・オイゲンも息を呑む中、恭介だけは微笑みを浮かべたままビスマルクの前に座っていた。
「俺は、本気だ」
「……そうみたいね」
以前出会った時よりも、真っ直ぐで決意の様ななにかを秘めている瞳を見て、ビスマルクは大きく息を吐いた。
「わかったわ……貴方に艦艇とティルピッツの情報をあげる。その代わり、必ず妹を助けて」
「約束しよう。お前の妹は必ず俺
随分と強い目をするようになったと思いながら、ビスマルクは一人で苦笑した。恭介の目を見て、ビスマルクはこの世界から失われてしまったはずの希望を確かに感じ取った。
荒事にならずに済んだことに安堵の息を吐いた長門は、肩を竦めるプリンツ・オイゲンと目を合わせて笑顔を浮かべた。プリンツ・オイゲンとしては、もし神代恭介が艦船の為に動き始めたら、ビスマルクを裏切ってでもそちらに付いて行くつもりだったのだが。
「オイゲン、彼らを案内してあげて」
「あら? ビスマルクはどうするの?」
「上を誤魔化すには、結構書類が必要なのよ」
大きくため息を吐いたビスマルクの言葉に、今度は恭介が苦笑を浮かべた。建造されてから一度も使われていないとは言え、資材が不足しがちな世で、人が大量に乗れるような船が一隻無くなっただけでも大騒ぎである。加えて、恭介達はZ23とも顔を合わせているので、その全てを含めて上を上手く誤魔化さなければティルピッツ救出はできない。ティルピッツは、ビスマルクの人質のような扱いをされているのだから。
「じゃあ付いてきて頂戴。重桜の艦船全員を連れてね」
「わかってる。ビスマルク、ありがとう」
「礼を言うぞ」
「…………気を付けて行きなさい」
恭介と長門の感謝の言葉に、ビスマルクは笑みを浮かべていた。
「これで……きっと世界は救われる」
随分と遠回りをしてしまったが、ようやく世界が停滞から抜け出そうとしている波を感じて、ビスマルクは笑顔のまま目を閉じた。艦船が望み、人間が救われる世の中が近づいてきているのを感じながら、ビスマルクは一人でその感覚を楽しんでいた。
最近SBR読んでるせいで、ちょっと文章に影響されてるかも……