最果ての航路   作:ばるむんく

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計画

「それにしても、あんたが抜けて重桜は大丈夫なのかしら?」

「……さぁな。俺がいない程度で滅ぶのならば、それは既に寿命が来ている証拠にしかならないだろ」

「結構ドライなのね。愛国心とかないの?」

「そんな教育は受けていない」

 

 軽い足取りのまま前を歩くプリンツ・オイゲンの言葉に、恭介は適当に返しながらも今後の方針を考えていた。なんとか鉄血の支援を受けられることができたならば、それ以降の行動を決めなければならない。恭介たち新生アズールレーンは、世界平和だとかそんな形の無いものを追いかけている訳ではない。ましてや、腐りきってしまった国を守る為に戦うことは艦船としてもおかしいことであった。

 

「そう言えば、求めている軍艦はまだ未完成なのよね」

「……どうせ兵装がついてないとかだろ」

「正解。セイレーンには効かないからってそのまま付けられずに放置されてるのよね」

 

 船として人が搭乗して動かすことが可能で、軍艦故に防御性も十分に備えている。レーダーなどの索敵兵装もついていないことは多少の不便にはなるが、それでも今の時代に未完成の軍艦が存在していることが珍しい。恭介のように、艦船を指揮する為に現場まで乗り出そうとする軍人も、今では少なくなってしまっている。それだけ、セイレーンが世界にもたらした変革の波は大きい。

 

「さ、ついたわよ」

「…………デカいな」

 

 プリンツ・オイゲンが何かを入力して大きな扉を開け、暗闇の中から現れた軍艦の姿を見て、重桜の面々は全員が驚いた顔をしていた。解体されずに放置されていると聞いて、それなりの労力をかける大きさだろうとは予想していたが、まさか本当に空母サイズの様な軍艦が出てくるなど、微塵も考えていなかった。

 なにかしらの装置を弄って照明を強くしたプリンツ・オイゲンは、そのまま船に近づいていく。

 

「んー……思ったより劣化してなかったわね」

「どれくらい放置されてたんだ」

「セイレーン大戦からずっとよ」

「おいおい……」

 

 セイレーンへの反抗戦として計画されて実行されたセイレーン作戦は、恭介が軍人になる前どころか、未だに何も知らない子供の時のことだった。今、活躍しているような艦船達もまだ建造されていない者が多いほど古い艦艇が、今恭介たちの目の前に佇んでいる。

 

「動かせるのか?」

「さぁ? 放置されてる訳だから知らないわよ。けど、その為に工作艦を連れてきたんでしょう?」

「……まぁな」

 

 プリンツ・オイゲンの視線が明石の方へと向けられるのを見て、恭介は肩を竦めていた。

 目を輝かせて旧時代の艦艇に興奮している明石と夕張を見て瑞鶴は苦笑しながらも、その雄大さに圧倒されていた。

 

「明石、夕張、頼む」

「そ、それは勿論歓迎するにゃ。けど……」

「これだけの規模の船。ご主人だけで動かすことなんてできないぞ」

 

 本来、軍艦というのは日頃から訓練を積んでいる人間が数千人と乗って初めて動かすことができる。メンタルキューブから生まれた艦船の様に、自らの手足を操るが如く船を動かすことは人間には不可能なのだ。ただし、それは普通の人間に限る。

 急に自分の胸に手を当てた恭介を見て訝しむ艦船達だが、恭介の事情を知っている天城と長門だけが彼が何をしようとしているのかを理解して目を見開いた。

 

「……ほら、これで動かせるだろ」

「これ、は……」

 

 胸から手をゆっくりと放していく恭介の手がいきなり輝き始め、全員が咄嗟に目を閉じた。瞼の裏でも感じるほどの強い光が消失したのを確認して、ゆっくりと目を開けたプリンツ・オイゲンは、彼の手の中で淡い光を発する立方体を見て言葉が上手く出なかった。それは重桜の艦船達も同様であり、なぜ彼がその物体を手に持っているのか天城と長門以外は全く理解できていない。それは数年前に世界から失われていたはずの物体、メンタルキューブ。

 

「恭介、お主は……大丈夫なのか?」

「問題ない。二個程度ならな」

 

 恭介の手の中で光を放つ二つの物体は、正真正銘メンタルキューブである。艦船を生み出すコアとなる謎の物質であり、数年前に全ての陣営の保管庫から突如として姿を消した物。どこからやってきて、どこへ消えたのか誰も知らなかったはずの物体。長門と天城は、彼が何かしらの方法で自分の中に融合されている多数のメンタルキューブのうち二つを取り出したことを理解していた。理解していると言っても、二人は恭介が何かしらの要因でメンタルキューブを取り込んでいることを知っているだけで、メンタルキューブを切り離すことができるなど聞いてこともない。

 

「た、多分動かせると思うにゃ」

 

 声と手を震わせながら恭介からメンタルキューブを預かった明石は、夕張と視線を合わせ、絶対に失敗できないし妥協も許されないと互いに通じ合ってから艦に上がった。

 

「さて、俺たちはこのままティルピッツのところか」

「…………そうね」

 

 何事もなかったかのように振る舞う恭介の姿に、プリンツ・オイゲンは微笑みを浮かべてから頷いた。

 特別な人間であるとは認識していたが、ここまで特異性が強い人間だとは思っていなかったプリンツ・オイゲンは、ビスマルクの言っていた艦船にとっての希望という言葉の一端を理解した。

 

「それで、ティルピッツはどこにいる」

「北方の方よ。ビスマルクへの人質みたいなものね」

「そうか」

 

 ビスマルクからは既にティルピッツが動けなくなった理由など聞いていた恭介だが、意のままに操る為の人質にまでされているとは考えていなかった。不用意に助け出せばビスマルクが何をされるかわからない故に、恭介も慎重に動く必要性が出てくる。

 

「いっそのこと新生アズールレーンって名乗っちゃうとか?」

「いや、今やっても逆効果でしかない。世界を敵に回すにしても準備も必要だし、なによりティルピッツを救出するには大々的に動くことができない」

 

 瑞鶴の言葉に顎に手を当てながら答えた恭介だが、良い作戦が頭に思い浮かんでいる訳ではない。なにより彼は鉄血の内情と地理に詳しくない。それは天城も同じことだった。

 

「本当にどうするか……」

「情報なら、私があげるわよ」

 

 周辺海域の地図を頭に思い浮かべていた恭介は、突然耳元で聞こえたプリンツ・オイゲンの言葉に驚きながら後退った。悪戯が成功して笑みを浮かべているプリンツ・オイゲンは、身体の後ろから出した紙を恭介の前にひらひらと見せびらかしていた。

 

「それは?」

「ティルピッツがいる母港の機密情報、周辺海域の海流、護衛についている人員の総数と詳細な情報……後は何が書かれていたかしら?」

 

 いくつかの情報を出しながら、プリンツ・オイゲンは何の要求もなしに恭介へと機密情報が含まれている紙を平然と投げ渡した。軍人としてやってはいけないことを平然としているプリンツ・オイゲンに、恭介は訝し気な視線を向けた。

 

「本当よ? ただお願いを聞いてほしいだけ」

「……言ってみろ」

「私を連れて行ってくれないかしら?」

「は?」

 

 怪しい笑みを浮かべながら言い放ったプリンツ・オイゲンに、恭介は驚愕することしかできなかった。

 

 


 

 

「……それで?」

「ここまでされて断ることもできないだろ」

 

 明石と夕張を置いてエンタープライズ、クリーブランドと合流した恭介は、プリンツ・オイゲンを連れていた。当然鉄血の艦船を味方につけなければできないことだと理解していても、エンタープライズとしては常に余裕そうな笑みを浮かべて、何を考えているのかわかりにくいプリンツ・オイゲンのことを、いまいち信用しきれていなかった。

 

「あら? ユニオンの英雄は私のこと嫌いかしら?」

「まぁ、好きになれそうな性格ではないな」

「素直ね」

「仲間割れは辞めておけ」

「……指揮官が言うなら信用するが、気を付けてくれ」

 

 どこまでいっても指揮官の言うことなら信じるエンタープライズのスタンスに、クリーブランドは呆れた笑みを浮かべながらもプリンツ・オイゲンのことをそこまで警戒していなかった。やけに恭介と距離が近い以外は特に怪しい動きもなく、プリンツ・オイゲンの生体艤装も何故か恭介の足許で甘える犬のように頭を擦りつけている。

 

「取り敢えず明石と夕張が船の方はなんとかしているから、交換条件であるティルピッツの救出を急ぐぞ」

「ティルピッツの救出?」

「ビスマルクからの条件だ。取り敢えずティルピッツを連れ出せば後はあっちで誤魔化してくれるだろ」

「それならいいが」

 

 ユニオンの指揮下で戦っているだけだったエンタープライズは、鉄血の内情やビスマルクの過去など知っていることは少ない故に、彼が言っているティルピッツ救出の意味が多く理解できている訳ではない。

 

「ティルピッツは北方の母港に隔離されるような形で待機しているらしい。艤装は既に新しいのが完成しているが、それを持ち出せないようにされている。目標としては単純明快、ティルピッツを施設から連れ出して艤装を回収する」

「了解した」

 

 未だエンタープライズの中には多くの疑問が残されているが、恭介の表情から時間が限られていることを理解して何も問わずに頷いた。

 

「瑞鶴とエンタープライズだけ連れて行く。多人数の行動は危険になる可能性が高い……天城、頼む」

「わかりました」

「案内頼むぞ、オイゲン」

「任せてちょうだい」

 

 恭介の言葉にすぐ頷いたプリンツ・オイゲンは、一度自らの生体艤装を撫でてからメンタルキューブの力で重巡洋艦プリンツ・オイゲンへと変化させる。鉄血近海を移動するなら、鉄血艦であるプリンツ・オイゲンに乗って動く方が面倒ごとに巻き込まれにくいと考えての行動だった。

 

「行くぞ」

 

 瑞鶴とエンタープライズと共にプリンツ・オイゲンに乗り込んだ恭介は、すぐにプリンツ・オイゲンへと指示を飛ばしてそれなりの速度で北へと移動させる。向かう先は鉄血主母港から北の凍てつく大地、ティルピッツが囚われている実験施設。

 

 


 

 

「天城さんは、何故指揮官と共に行った……」

 

 重桜本島中心部である神木の根元で、加賀は海軍から奪った資料を何度も捲っていた。一番最初から全てを見て、もう一度最初から全てを確認する。無限に繰り返されるかと思われた行為は、陸奥の手によって終わりを告げた。

 

「何の用だ」

「そんな思い込んでもダメ!」

「……悪いがそういう訳にもいかない」

 

 基本的に精神が幼い艦船に対しては甘い加賀だが、今だけは陸奥の言葉を聞きいれることができなかった。無理やり陸奥の手から資料を取り返そうとした加賀は、横から伸びてきた手によってその動きを阻害された。

 

「……邪魔をするな、土佐」

 

 伸ばされている手だけで本来存在することのない妹を認識した加賀は、普段よりも控えめな圧を発しながらその顔を見つめた。普段のように威圧感と余裕を纏わせている訳ではない姉の姿を見て、土佐はショックを受けながらも手を引っ込めることもせずに陸奥の前に立った。

 

「姉上、流石に妹君へと手を出すことは見過ごせない」

「江風の真似事か? 止めておけ……お前にはできん」

「そんなことは知っているっ!」

 

 メンタルキューブの創り出した本来存在しないはずの艦船である土佐は、艦船として存在していても戦うための艤装が存在しない。紀伊型戦艦の艦船も存在しているが、彼女達も土佐同様艦船として自らの艤装が存在しない故に、戦うこともできずに燻っている。故に、加賀の言葉を一番知っているのは土佐自身だった。

 

「…………お前は関係ない。下がっていろ」

「そうはいかない。たとえ戦えなくとも、たとえ無力だろうとも、私は重桜の加賀型戦艦なんだ」

「加賀型戦艦など存在しない。私は航空母艦だ……天城さんの艤装を奪ったのは……力を奪ったのは……」

「姉上っ!」

「黙れッ!」

 

 土佐の言葉に対して暴虐の如き感情を露わにした加賀は、すぐにでも攻撃しかねない勢いがあった。今すぐに土佐に対して攻撃しようとでもするかの如く、青い炎を煌かせている加賀は、ゆっくりと土佐の背後から前に出てきた陸奥に目を見開いた。

 

「加賀さん、長門姉はきっとどこかで戦ってる。指揮官だって……」

「だが奴は重桜を裏切った!」

「ならなんで、天城さんは指揮官についていったの? なんでみんな指揮官のことを信頼しているの? なんで……赤城さんは、指揮官のことを愛しているの?」

 

 陸奥の口から出た言葉に、加賀は答えることもできずに唇を噛みしめてから膝から崩れ落ちた。

 

「姉上、怒りと憎しみに囚われては駄目だ。真実が見えなくなる……天城さんには何か考えがあるはずだ」

「天城さんの……考え……」

 

 加賀には天城の考えていることなど一度も理解できたことがない。彼女は余裕そうな笑みを浮かべている裏で、いつだって身体を弱めていた。いつだって重桜の未来と赤城のことを想っていた。そんな天城が重桜を裏切る理由など、加賀には完璧に理解できる訳がなかった。だからこそ、加賀は再起することができる。

 

「天城さんに直接問いただす」

「ちょ、直接?」

「裏があるならそれでいい。本当に裏切っただけなら殴ってでも連れ帰って見せる……そう、赤城に誓おう」

 

 加賀の脳裏に今あったのは、土佐の言葉でも陸奥の言葉でもなく、資料に書かれていた離反者討伐艦隊の情報だけだった。天城と将来的に確実に会うことができるのはその艦隊だけなのだと、加賀は理解していた。

 

「旗艦として私が動けば多少の融通はきく。すぐにでも艦隊を編成してやる」

「あ、姉上……」

 

 いきなり立ち上がった加賀の変わりようについていけない土佐だが、陸奥が嬉しそうに頷いているから問題ないのだろうと結論付けて、張り詰めてしばらく忘れていた息をゆっくりと吐いた。

 

「天城さんが選択を間違えたところを見たことがない。なら今回もきっとそうだ」

「天城さんだって間違えることぐらいあると思うけど……」

「ない」

 

 天城に対する異常なまでの信頼に、陸奥と土佐は目を合わせた。土佐も天城のことは信頼しているが、姉のようにそこまで盲目に信奉している訳ではない。変なところが赤城に似ていると思いながらも、加賀の次の言葉を待っていた。

 

「土佐、お前は二航戦に討伐艦隊のことを伝えろ」

「伝える?」

「二航戦は重桜に残ってもらう必要がある。仮にも最高指揮官である指揮官が抜け、長門が抜け、五航戦の片割れもいない。重桜の守護を満足にできるのは二航戦ぐらいだろう……信濃が起きてくれれば別なのだがな」

 

 加賀が討伐艦隊を率いれば重桜の戦力が危うくなるのは必然であり、その穴を埋めることができるのは二航戦ぐらいしかいない。ユニオンがこの状況を知れば、すぐにでも大規模な攻勢に出てくるのは目に見えている。もっとも、加賀はユニオン内でもエンタープライズがいなくなっていることを知らないが。

 

「赤城が起きるにはもう少し時間がかかる。その間は艦隊を何とか編成してやり過ごすしか無かろう……早急に天城さんと話を付ける。陸奥にも苦労をかける」

「いいの……長門姉は、きっとあれでよかったから」

 

 少しだけ寂しさを見える笑みを浮かべる陸奥に、加賀は微笑むことしかできなかった。

 

「全く……何処に行ったかの情報もない奴らを探すことになるとはな」

「指揮官なら、多分鉄血かロイヤルに向かったと思うよ」

「何故?」

「物資と仲間の数から考えて」

 

 陸奥の言葉には確信が含まれていた。天城が共に行っただけで、重桜の艦船と共に動いているだけだと考えていた加賀だが、恭介の秘密を知っている陸奥は彼がロイヤルと鉄血に助力を求めれば艦船がそれに応えることを知っていた。

 陸奥の言葉を聞いた加賀は、少し考える素振りを見せてから陸奥の手に握られていた資料を取って離反者のリストを確認した。

 

「鉄血かロイヤルに向かったとしても、この数だ。全員で動いていることはないだろう」

「何処かに拠点があると?」

「そういうことだな。祥鳳あたりに哨戒させるか」

 

 恭介の指揮官としての能力を知っている加賀は、行き当たりばったりの計画で離反しないことを知っている。天城すらも要している艦隊を出し抜くことは、天城を越えなければならないことも同義だ。

 

「面白い。久しぶりに天城さんと知恵比べといこうか」

 

 好戦的な笑みを浮かべた加賀に、土佐は少しだけ呆れたような顔をしてため息を吐いた。

 

 


 

 

「赤城先輩、加賀先輩が重桜離反者討伐艦隊を率いるそうですよ?」

 

 土佐の伝言を受けて赤城の看病から離れ、後を任された翔鶴はにっこりと擬音が聞こえてきそうなほどの笑顔を顔に貼り付けながら、意識の戻らない赤城に喋りかけていた。

 

「神代恭介……指揮官も討伐の対象ですよ? 赤城さんを裏切ったんです」

 

 笑顔のまま語り続ける翔鶴は、手の平を上に向けて笑みを深めた。

 

「許せませんよね。憎いですよね……私も、彼を殺したくて仕方ありません」

 

 手から黒い球体を浮かび上がらせた翔鶴は、その球体を赤城の身体へと投げる。溶け込むように赤城の身体へと消えていった黒い球体を見届け、翔鶴は確かな狂気を感じさせる笑顔を浮かべていた。

 

「復讐しましょう? 全部壊してしまいましょう? そうすれば……全部終わりますから」

 

 怪しく笑う翔鶴の視界の端で、意識を失っている赤城の手が動いた。

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