最果ての航路 作:ばるむんく
思ったんだが、書いてて私が楽しいから別に需要とかどうでもよくなった
需要も供給も自分で満たす創作者の屑
戦える状態ではないのは、セントルイスを簡単に打ち破った摩耶も同じであった。連続して「ミズホの神秘」を使用してしまった摩耶は、既に海を走っているだけで艤装も身体も悲鳴を上げていた。艤装からは聞こえてはいけない様な不快音が鳴り響き、火花も散っている。身体の方も、腕を上げるだけで激痛が走って刀も満足に振るえる状態ではなかった。
「ぐっ、はぁ……っ」
全身に走り続ける激痛に顔を歪めながら摩耶は持てる全速力で一航戦の元へと向かっていた。既に摩耶の視界には三つの影が艦載機と共に海上で踊っている姿が目に映っていた。
「あらあら、まだまだこんなものではないのでしょう?」
「つまらんな」
「あまり、私に期待され過ぎても、困るんだがな!」
迫りくる艦載機を巧みに捌きながら反撃の機会には即座に艦載機を飛ばし、攻撃をしかけるその姿は正しくユニオンの英雄を名乗るに相応しいものだろう。対する一航戦は、余裕の表情のまま零戦を飛ばしながら彗星による爆撃と流星による雷撃を行い、エンタープライズの反撃にも的確に対処しながら戦局を常に優位に動かしていた。そんな勝負に水を差すように現れた摩耶は、最後の力を振り絞って背後からエンタープライズへと一閃した。
「見えている」
当然の様に死角から放たれたはずの摩耶の一閃を避けたエンタープライズは、そのままの勢いで赤城と加賀の方向へと摩耶を蹴り飛ばして弓を構えた。飛んできた摩耶を優しく抱き留めた赤城は、摩耶が「ミズホの神秘」によってボロボロになっていることに気が付いて加賀へと視線を向けた。
「ふふふ、余興にしては随分と楽しませてもらった礼だ。受け取れ」
摩耶を抱えたまま離脱し始めた赤城にエンタープライズは照準を合わせようとして、目つきが人間のものから狩猟を行う獣のそれになった加賀を見てエンタープライズは倒すべき敵だと判断した。
「私はあの様に暴走したり、自滅したりはしないからな……ゆっくりと味わえ。これが、完成された「ミズホの神秘」だ」
「それは興味深いな。連れ帰って隅々まで調べたいぐらいだ」
エンタープライズが「ミズホの神秘」を使用した艦船と戦うのは初めてのことではないが、彼女としては加賀の言う完成された「ミズホの神秘」がどれ程のものなのかを見極める必要があった。一航戦は元の実力からしてエンタープライズと真っ向から戦闘ができる程の実力を持っている為苦戦は免れず、最悪死ぬこともあり得るだろう。それでもエンタープライズは加賀の全力を見極める必要性があった。全てはユニオンの自由と正義の名に懸けて。
「来い!」
前傾姿勢になって戦闘準備が完了している加賀を注意深く見ていたエンタープライズは、その姿が一瞬ブレた瞬間、自身の左側面に矢を放った。虚空へと放った矢はその場所に一瞬で現れた加賀の頬を掠め、後方の海へと消えていった。矢が頬を掠めた瞬間、獰猛な笑みを深めた加賀は獣の様に伸びた爪をエンタープライズの心臓部へと突き立てる直前にマントを切り裂いた。
「ふっ!」
切り裂かれたマントで加賀の視界を奪ったエンタープライズはそのまま右手に携えていた弓を近接武器の様に左から右へと振りぬいて加賀へと当てる。当然の様に反応して防いだ加賀に対して、そのまま弓を引いて矢を至近距離で放とうとして、後方から飛んでくる彗星から逃れるために距離を取った。
「ここまでとはな」
明らかな身体能力の上昇と反応速度の上昇、獣としての直感と反射神経、痛覚の鈍化。全てがエンタープライズの予想を上回るもので、並の艦船が扱えば先程の摩耶の様に動けなくなることは間違いなかった。それを維持したままこちらの様子を伺っている加賀は、ユニオンの英雄とは言え完璧に勝てる手立てが見つからなかった。
「どうにかして、切り抜けなければ」
「余裕だな」
加賀の一挙一動を注視していたエンタープライズだが、背後から連続して現れる彗星と流星に対応する為に艦載機を甲板から放った次の瞬間には、エンタープライズの視界は青と白で埋め尽くされていた。最初に見せた動きよりも数段速く近づいた加賀に、彗星と流星へ意識を割いていたエンタープライズは反応できなかった。
「沈め!」
獰猛な笑みを浮かべる妖狐の手には呪符が握られており、既に炎を纏ってすぐにでも艦載機に変化してエンタープライズを襲うだろう。至近距離で流星を放った加賀に、エンタープライズは止む無く飛行甲板を盾にしてその衝撃を緩和しようとして、そのまま後方へと吹き飛ばされた。飛行甲板を容易く粉砕され、弾かれるように海面を転がるエンタープライズは身体の傷はそれ程までなくとも既に空母としての役割を失いつつあった。甲板を盾にしても衝撃は身体に伝わり、肺を圧迫されたエンタープライズは咳を繰り返して急速に吐いた息を取り戻そうと肩で息をしていた。
「さぁ……英雄の最後だ」
ゆったりとした動きでエンタープライズへと迫る姿は、正しく獲物を追い詰めた肉食動物の動きであり、加賀が理想とする強者の動きだった。水面に手をついて加賀を見上げるエンタープライズの目は、何処か遠くを見つめていた。
「派手に散れ!」
「あぁ……これで、終わりだ」
止めを刺すために呪符を振り上げた加賀は、「ミズホの神秘」によって鋭くなっている聴覚が上空から急降下してくるプロペラ音に反応して顔を上げた。
「直上に気を付けることだな」
「馬鹿なっ!?」
戦闘中に加賀はエンタープライズが艦載機を放った姿を見ていなければ、そんな余裕が無かったことは戦闘して追い詰めていた加賀が一番よく理解できていた。それが、止めを刺す直前に加賀の直上にエンタープライズの艦載機がいるのか。何故気が付かれずに爆撃機を放てるのか。目の前で起きていることに理解が追い付いていない加賀の足元で、倒れていたユニオンの英雄は立ち上がった。
「私は、幸運には恵まれていてね」
立ち上がったエンタープライズは加賀から距離を取って頭上の艦載機を操った。記憶の中にある、自分達が体験しているのに体験していない別世界での戦争の記憶。その記憶の中にある戦争で、加賀は直上からやってくるあの艦載機を見たことがある。
「私のドーントレスは特別製でな。少し機体に無茶をさせてしまったが、これで私の勝ちだ」
別世界の戦争で、マクラスキー隊とよばれたドーントレスが、無慈悲に加賀へと爆撃を行う。反応することができていない加賀は、そのまま爆発へと巻き込まれて海面へと倒れた。
加賀に付けられた傷を庇うように右手で左腕を抑えながらふらふらと倒れている敵へと近寄るエンタープライズは、英雄にしては少し泥臭い勝利になってしまったと苦笑していた。
「さて、色々と聞きたいことがある」
「……敗者の私に、何を聞く」
長時間の「ミズホの神秘」使用による身体への負担と、ドーントレスの爆撃が直撃したことで指一本動かすことすらできなくなった加賀は、エンタープライズを見上げていた。
「お前達は……重桜は何故アズールレーンから離反した」
「なんだ、そんなことか……」
「そんなこと、ではない。私達にとっての敵はセイレーンのはずだろう」
思ったよりもつまらない質問をされて加賀は少し不機嫌そうに顔を背けた。しかし、アズールレーンの艦船であるエンタープライズからしてみればとても重要なことであり、それを無視して話を進めることなどできなかった。
「思想の違いだ。それだけで戦争はできる」
「できてはいけないんだ」
「馬鹿を言うな。人間は二人いれば戦争ができる生物だぞ?」
エンタープライズへと人間の愚かさを教えるように、加賀は笑っていた。
加賀の言うことは正しいことだった。人間は常に争いと共に進化し、反映してきた。戦争をしても人が死に、金が無くなるだけだと言う人間もいるが、そんなものは小さな小さな国民一人から見た戦争の価値である。戦争に勝利すれば莫大な富と敵国の領地を手に入れ、戦勝国というレッテルは強豪国として世界に轟き続ける。国という単位で見るのならば、戦争とはハイリスクハイリターンのギャンブルの様な物であり、得が無いなどと言うことは決してない。もし本当に戦争に得が無いのならば、今頃人間は手を取り合って生きているだろう。
「……「ミズホの神秘」とはなんだ」
「カミとの調和。それをセイレーンの技術を用いて進化させたものだ。実際にそれが何なのかなど、私に聞くなよ? 私は戦闘はするが科学はダメでな」
エンタープライズの望む答えが手に入りそうもないことは、加賀の態度を見れば明らかだった。重桜の艦船が扱う「ミズホの神秘」と呼ばれるものの正体が知りたかったエンタープライズは、深刻そうに考え込んでいた。
「あぁ、そうだな……指揮官なら知っているかもしれん。重桜と深く関わりのある男だ……関わりの詳細は知らんがな」
「指揮官が、だと?」
「あの男のこと、調べきれなかったらしいな」
ユニオンの総力を持ってしても指揮官の出自、過去に関しての情報は特に大したものは手に入らなかった。家族構成も至って普通のものであり、逆にそれが怪しさを倍増させていた。
「もう質問はいいのか?」
「後でゆっくりと質問するさ」
「ふっ……後で質問する時間など無いから言っているんだがな」
加賀の言葉を聞いて、振り返ったエンタープライズは目の前に迫っていた拳を咄嗟に防いだ。加賀との戦闘に既に満身創痍になっていたエンタープライズは、それでも威力を殺しきれずに倒れている加賀を超えて海面を転がされた。
「全く、慢心は命取りになるぞ」
「肝に銘じておこう……おい、もっと丁寧に運べ」
「ごちゃごちゃ言うな」
エンタープライズを拳一つで吹き飛ばした川内は、倒れ伏して全く身動きの取れない加賀を米俵なように持ちやすい形で抱えた。当然加賀からは不満の声が上がるが、川内としては動けなくなる方が悪いと思っているので呆れながらそのまま雪風の元へと向かって海上を移動し始めた。
「ぐっ、ま、待て!」
ふらふらと既に戦うことができない身体であるにも関わらず立ち上がるエンタープライズに、川内は感心していた。川内としては加賀を持ち帰ってれれば何でも良かったのだが、立ち上がったエンタープライズに興味が湧いていた。
「ユニオンの英雄は伊達じゃないってことか」
「おい、早くしろ。あれを倒すのは私だからな」
『川内、早く帰ってこい』
「はいはい」
立ち向かってくるのならばこの場で沈めてしまおうと考えた川内だったが、抱えていた加賀の文句と通信機から聞こえてきた指揮官の催促で、川内はそのままその場を離れた。
離れていく川内の背中に手を伸ばしながらエンタープライズは前に進もうとして、そのまま海面に倒れこんでしまった。もう一度立ち上がろうとしても、艤装の機関部からは不快音が響き、火花を散らして爆発寸前の状態だった。エンタープライズ自身も、立ち上がれるほどの力が入らずにそのまま離れていく背中を見ることしかできない。
「エンプラ姉!」
薄れゆく意識の中で、エンタープライズは背後から近づく妹の声を聞いていた。
「加賀! あぁ……貴方に何かあったら私は何を恨めばいいの?」
「赤城、暑苦しい」
「あら酷い。私は純粋に心配しているのに」
川内が雑に連れてきた加賀は、雪風の上に転がされて赤城によって傷の手当てがすぐに開始された。傷に染みる薬を平然と傷口へ塗りたくる赤城と、それによって生じる痛みに悲鳴を上げながらのたうち回る加賀を横目に、指揮官は座り込みながら水平線を見ていた。
「なにを考えているんですか?」
指揮官が見ている方向は重桜ではなく、先程まで指揮官が囚われていた場所であるユニオンの基地だった。爆撃による火災の煙がまだ見える程度の距離を渡航している雪風だが、既に追手は振り切っていた。
水平線を眺めている指揮官の横に座ったのは鳥海だった。摩耶は傷という傷が特になかったため、身体を休めること優先させて既に眠っているので、話し相手がいないので指揮官の元へとやってきた。
「加賀は「ミズホの神秘」を使って極限まで能力を高めていた。その加賀を単独で殺せる艦船……グレイゴースはメンタルキューブの「覚醒」に近いのかもしれないと思ってな」
「あのグレイゴーストが?」
その呟きを拾ったのは、指揮官の隣に座っていた鳥海ではなく加賀の手当てをしていた赤城だった。セイレーンの技術を用いて「ミズホの神秘」を生み出した重桜だが、それだけが重桜の目的ではない。そもそもセイレーンが重桜に接触して進化を促した理由は、メンタルキューブの「覚醒」を求めているからである。その「覚醒」の力を得るためにアズールレーンから脱退してレッドアクシズへと参加した重桜の重鎮にいる一航戦の赤城としては、ユニオンの英雄がその目的に近いことが許せないのだろう。
「あくまで「かもしれない」だ。確証はない」
「そうだとしても、ユニオンの艦船が「ミズホの神秘」に対応してきたのは事実ですし……それに、私も少し体験しました」
鳥海が体験したと言っているのは、コロンビアが見せた明らかにオーバースペックな動きを見せた最後の行動だった。幾ら鳥海が「ミズホの神秘」を最大限まで使用していなかったとはいえ、重桜の艦船は普段から常に「ミズホの神秘」をその身に宿している影響で普通の艦船とは出力からして明らかな違いが現れる物なのだが、そんな鳥海が認識できない程の超反射神経を見せたコロンビアも、メンタルキューブの力が働いたのだろう。
「どちらにせよ、俺らは指揮官を取り戻して勝利した。それでいいだろ」
「取り敢えずはな」
ごちゃごちゃと難しいことを考えるのが苦手な川内が適当なところで話をぶった切った所でメンタルキューブの話は終了して、再び加賀の悲鳴が雪風の上で響いた。