最果ての航路 作:ばるむんく
「神代恭介……重桜の最高指揮官が、こんなことをしていていいのかしら?」
ユニオンの英雄たるエンタープライズと、重桜の最高指揮官である神代恭介の両名を見ながら、ダンケルクは辛うじて声を絞り出した。冷静であろうとする内心、困惑は驚愕に変わって頭が真っ白になっているダンケルクは、ただ恭介とエンタープライズの言葉に、その場で返すことしかできない。
「……いいのかって言ったらだめだろうな」
「私はいいと思うぞ。自分の信念を曲げることは嫌いだからな」
「そう。それで……新生アズールレーン? それが何の用かしら」
エンタープライズと恭介それぞれの言葉を聞いて、意思の疎通がイマイチ上手くいっていないのだろうかと考えたダンケルクは、冷静さを幾ばくか取り戻した。彼らが重桜やユニオンと言った陣営の枠にとらわれない組織として動いていることは理解できたが、その新生アズールレーンが自分に何の用があるのかが理解できなかった。
「あー……簡単に言うと、ロイヤルとの衝突を止めに来た」
「それは私達ではなく、ロイヤルに言うことね」
あくまで自分達はロイヤルと敵対する意思は無いとするダンケルクに、恭介は笑みを浮かべた。
「だから、俺達が仲介する形でロイヤルと話し合いの席に着かないか?」
「……それだけの信頼を貴方達に向けろ、と?」
今まで名前を聞いたことが無いような組織に仲介を頼む程、ダンケルクは警戒心が薄い訳ではない。ユニオンがロイヤルに介入してエンタープライズを派遣していて、仲介と言いながらこちらに不利な条件を突き付けられる可能性は無い訳ではない。
ダンケルクの言葉に、一瞬何を言っているのかわからないと言わんばかりの表情を浮かべた恭介は、苦笑を浮かべた。
「信頼なんてしてもらわなくていい。俺もお前達を信頼する訳ではないからな」
「へぇ……」
「だが、信用はして欲しいな」
自分達で使える存在なのかどうかを判断しろと言う恭介に、ダンケルクは探るように目を細めた。頼ることはしなくても自分達の存在を扱うことはできるはずだと言う恭介に、互いの利害の一致が見え隠れていたからだった。
「なら、ロイヤルの方へも貴方達が通してくれると思っていいのね」
「艦隊ならもう送った。戦闘になるかもしれないが……無力化しろとだけ言ってあるから問題ないだろ」
「……そういう人間ってことね」
ここにきて、ダンケルクはようやく彼の目的が見えてきていた。彼らはロイヤルとヴィシアの正面衝突を避けたいだけであり、そこで発生する戦闘全てを取り除きたい訳ではない。今回ヴィシアに接触をしてきた理由は、平和を謳う組織としての名前を各陣営に知らしめる為なのだ。
「俺達だって不要な戦闘は避けたいし、正直に言うと今すぐ世界がまとまれるならそれに越したことではないと思うぞ」
「無理ね。それは分かっているわ」
「なら納得してもらわないと困るな」
言い換えてしまえば、必要ならば戦闘を行う準備があると言う恭介に、ダンケルクはヴィシアの今の立場と戦力を考えると断ることができない提案をしているのだと気が付き、ため息を吐いた。先程までようなどこか軽い表情を浮かべながらも、重厚感のある雰囲気を纏っている恭介を見て、逃れることができないと判断したダンケルクはエンタープライズへと視線を向けた。
「なら教えて。貴方達が要求するのは本当にロイヤルとの話し合いだけなの?」
「別に目的がそれだけって訳じゃない。教皇に会いたい」
「いいわよ」
陣営のトップに会わせてくれと言われて、ダンケルクはあっさりと許可を出した。仮にも陣営の頭となっているはずの教皇に対してあまりにも警戒心のない言葉に、今度は恭介の方が訝し気にダンケルクを見た。
「私も……教皇が何を考えているのか分からない。貴方が探ってくれると言うなら、是非歓迎するわ」
「おいおい……」
恭介は会わせてくれと頼んだ身ではあるが、陣営内の艦船であるダンケルクにそこまで言われてしまう相手に会うには少し勇気が必要だった。
ヴィシア聖座は現在親鉄血派の政党が国を治めている状態ではあるが、実際は国民の多くが反鉄血感情を持っている。宗教国家ではある故に、政治家達はは教皇には逆らうことができず、護教騎士団の艦船達の命令権も全てが教皇の手に委ねられている。しかし、今回のロイヤルとの関係悪化に際しても教皇から護教騎士団への指示は特になく、メルセルケビール軍港にいたダンケルク達が自分で考えて動かなければならない状態にあった。
「まぁいい……じゃあ俺はヴィシア本国の方に行くとするか」
「護衛はどうする?」
「綾波と江風で充分だろ。戦争しに行く訳でもない。他はメルセルケビールでロイヤルとの話し合いの仲介でもしてくれ」
「了解だ」
神代恭介が要人であるとは言え、新生アズールレーンはそこまで艦船の数が多い訳ではない。護衛として多数の艦船を従えて動いてしまえばどうしても手薄な部分ができてしまう。基本的には指揮官の身の安全を優先する艦船だが、指揮官である恭介本人がいいと言うのだからエンタープライズ達は引き下がるしかない。
「じゃあ俺達はさっさと行ってさっさと帰ってくるよ」
「気を付けてな」
アルゴーに明石、夕張、綾波、江風、恭介を残して他の艦船が全員海に降り立った。ダンケルクは静かにその姿を見ていたが、余計に彼らがどのような組織なのかがはっきりと見えてこないことに頭を抱えそうになっていた。
エンタープライズ、ボルチモア、大鳳、鳥海は去っていくアルゴーを見送りながら、ダンケルクの方へと視線を向けた。
「すまないが、しばらく世話になる」
「……好きにして」
笑顔で挨拶してくるエンタープライズに対して、もう何も言うことはないとダンケルクは深くため息を吐いた。エンタープライズの無邪気とも言えるその行動に、何度も呆れた過去がある鳥海とボルチモアは揃って苦笑を浮かべていた。
恭介がダンケルク達と接触した同時刻、遠くに薄っすらとメルセルケビールが見える程近づいていたハウを中心としたロイヤル艦隊は、前方に現れた人影を前にして足を止めた。
「……何故、貴女がここにいるのか聞いてもいいかしら? フッド」
「それについてお話できることは少ないですが、矛を交えずに語り合いたいと思っていますわ」
行方不明になっているはずのフッドが、何故かロイヤル艦隊の行く先を遮る様な形で立っている姿に、ハウはため息が出そうになっていた。本来はフッドが担うはずだった旗艦の役割を負わされているハウとしては、今すぐ自分と立ち位置を交代して欲しいとすら思っていた。
「ふ、フッドさん……大丈夫なんですか?」
「ふふ……」
不安そうにフッドを見上げるジャベリンと、意味深な笑みを浮かべているフッドを見て、アーク・ロイヤルは目の前に立っている艦船達が何の為にここにやってきたのかを考えていた。フッド、ジャベリン、フォーミダブル、ニューカッスル、ハーマイオニー、全員が行方を眩ませる前にクイーン・エリザベスの近くにいた艦船であり、彼女達が女王から何かしらの命令を受けた結果目の前にいることも理解していた。
「話を聞く程度ならいいわ」
「ハウ」
「大丈夫。まだ上からの催促も来てないわ」
催促が来てからでは遅くないか、と口に出さずに思ったアーク・ロイヤルだが、フッドの行動によってメルセルケビールでヴィシア聖座と戦う必要性がなくなる可能性を考えてからそれ以上なにかを言うのをやめた。ハウが旗艦をやっているこの艦隊も、本来ならばフッドが率いるはずだった艦隊であることは、相対しているフッドが一番よく理解しているはずだと考えて、悲劇を回避する方法をフッドに期待してアーク・ロイヤルは引き下がった。
「現在、私達と行動を共にしている仲間がヴィシア聖座の説得に赴いています。どうかここは穏便に済ませることはできないでしょうか」
「……これはロイヤルとヴィシア聖座だけの問題ではなく、鉄血が深く関わっていることは理解しているの?」
「それに関しても対処の方法はあります。しかし、まずはロイヤルとヴィシアが同じ目線で話し合う必要性いるのではなくて?」
フッドの言っている平和的解決が叶うのならば、ハウとしても諸手を挙げて歓迎したいものである。しかし、ハウはあくまでも海軍上層部の命令によって動いている軍人である以上、フッドの甘言だけで艦隊全てを勝手に動かすことはできない。
「この件は上に話させて貰うわ」
「構いません」
「アリシューザ」
ロイヤルから行方を眩ませる形で新生アズールレーンに付いた時から、こうして同郷の艦船と向き合う機会は必ず訪れることはフッドも理解していた。今更逃げるようなことなどするはずもなく、フッドはロイヤルネイビーの栄光ある巡洋戦艦ではなく、新生アズールレーンを指揮する神代恭介の代わりとして堂々と立っていた。
フッドが退くことがないと理解したハウは、ため息を吐きながらアリシューザに上層部と通信を行うように指示した。
「一応聞いておくけれど、貴女は今誰に従っているのかしら?」
女王からの命令とは言え、わざわざロイヤルから離反する様な形で何かしらの組織に所属しているフッドに、ハウはその組織のトップが誰かを問いかけた。勿論答えが返ってくるとは全く思っておらず、どうせここでは極秘任務やらの言い訳をして多くを語らず、怪しい組織内で獅子身中の虫としての役割を果たしている程度だろうと思っていた。
「神代恭介、重桜の元最高指揮官ですわ」
「……正気かしら?」
返ってくると思っていなかった返事の内容を聞いて、ハウはすぐさま艤装を起動した。北連が関係している程度だと思っていたハウは、レッドアクシズ内でも最近不穏な動きの多い重桜の名前を出されて即座に敵に近い存在であることを判断した。
「落ち着いてください。指揮官様……神代恭介は既に重桜から離反しています」
「……聞き間違いかしら。離反、ですって?」
「はい。彼は既に重桜所属ではなく、少数の艦船を伴ってアズールレーンともレッドアクシズとも違う、第三勢力となりつつあります」
キング・ジョージ5世級の戦艦として、軍の中枢に近い場所に立場のあるハウだが、重桜の最高指揮官が離反した話などは一度も耳に入っていない。それでも、前まで頻繁にユニオンと大規模な海戦を繰り広げていた重桜の動きが急に失速した話は既に知っていた。失速の理由が最高指揮官であり、現場で艦船全ての指揮を一手に担っていた神代恭介の離反であるのならば、ハウとしても納得できる理由ではあった。
「アズールレーンは本来セイレーンに対抗する為に生まれた組織。それが今となっては人類間の戦争を助長するだけの存在となっています。故に彼と……ユニオンの英雄エンタープライズがもう一度全ての陣営が手を取り合えるようにと作った組織こそが、今私の所属している組織です。名前はまだ決まっていませんが、仮称は新生アズールレーンとなっていますわ」
「……笑えない話ね」
重桜の最高指揮官とユニオンの英雄、それに加えてロイヤルネイビーの栄光が所属している組織が、自分の判断一つで敵に回るかもしれないと、ハウはこれからのことを考えて大きなため息を吐いた。
翌日、新生アズールレーンと名乗る艦隊を仲介としてロイヤルネイビーと護教騎士団の話し合いがメルセルケビールで行われることになった。護教騎士団は教皇から自身の判断で動いていいと以前から言われている為、ダンケルクは戦いを避ける為に話し合いに参加。ロイヤル側も無駄にアイリス国内における反ロイヤル感情を生み出さない為に話し合いを了承し、ハウをそのまま交渉相手とした。
メンバーを変えずにメルセルケビールへとやってきたハウは、既に椅子に座っているダンケルクと紅茶を淹れているニューカッスルを見て目を細めた。
「ありがとう」
「いえ、メイドですので」
「そう……」
微笑んだまま下がったニューカッスルから視線を外して、ダンケルクは紅茶を飲んだ。ハウ以外のロイヤル艦船は港で待機し、話し合いの相手としてやってきたハウはダンケルクの向かい側に座り、ニューカッスルの淹れた紅茶を口にした。
「情報では貴女以外にも他に艦船がいたはずだけれど」
「整備員と共にトゥーロンに逃がしたわ。てっきり私一人で貴女達全員を相手にすると思っていたから」
「そう……ヴィシア聖座にとっても、新生アズールレーンとやらは想定外なのね」
「そうなるわ」
紅茶を飲みながら会話を交わすハウとダンケルクは、横で同じく紅茶を飲んでいるフッドとエンタープライズへと視線を向けた。向けられる視線に気が付いたエンタープライズは首を傾げ、フッドは意味深に微笑んだまま目を閉じていた。
「それで、ロイヤルはヴィシアに何を求めてやってきたのかしら? 一応、聞いておくわ」
「一応、ね……じゃあ伝えるわ。一、再びアズールレーンに加わりレッドアクシズと戦う。二、艦船を全員がロイヤル勢力下の港へ移動する……もし移動中に戦闘になって被害を受けた場合はロイヤルが補償する。三、鉄血の支配下になることに抵抗があるのならば、ロイヤル立ち合いの元ユニオンの指揮下で武装を解除する。四、今すぐ自沈する……これはないわね」
「そうね」
「最後に五、戦闘を行う……要求全てを受け入れられないなら戦うしかない」
ロイヤルから突き付けられた条件を聞いて、ダンケルクは静かにティーカップを置いて首を横に振った。横で聞いていたエンタープライズは当然だろうと思いながらも、ロイヤルにもそうしなければならない立場があるのだとは理解していた。
「応えていくけれど……条件の一、二に関しては鉄血との休戦条件がある以上受け入れることはできないわ。変に受け入れてしまえば、問答無用でヴィシア本国に残っている艦船全員接収されかねない」
「……当然と言えば、当然ね」
ハウも自分で条件を言いながら、ヴィシア聖座が取れる行動など三以外に存在するのだろうかと考えていた。アイリスも好きで鉄血と休戦をしている訳ではなく、戦争で負けたが故に鉄血の監視下で中立の立場を取っているのだ。その中立の立場を危うくしかねない行動など、鉄血が黙っているはずもない。
「四、五に関しては論外ね。自沈をするつもりもなければ、敵ではないと思っているロイヤルと戦う必要は感じない」
「なら三でいいかしら?」
「そうもいかないわ」
ロイヤルの指揮下に入ることには鉄血も過剰に反応するだろうが、ユニオンに下って武装を解除することに関してはそこまで鉄血が躍起になることは無いだろうとダンケルクは判断していた。ユニオンとも正面から戦争をし始めようとしている鉄血だが、実際にユニオンと戦争をしようとした時に必要な味方はアイリスの残党であるヴィシア聖座ではなく、大陸を挟んで反対側にいる重桜なのだ。
「これは私達の問題なのだけれど……今、上層部と連絡ができない状況にあるの。護教騎士団が旗艦の判断によって動いていいとされていても、他陣営の指揮下に入るには上の許可が必要になるわ」
「……それで、貴女がこんな場所に座っているのね」
ようやくヴィシア聖座がロイヤルに対してなんの返答もしなかった理由を知ったハウは、余計にこの問題の根深さを理解してしまった。現在メルセルケビールの総指揮権を持っていると言っても過言ではないダンケルクだが、何故か上層部と連絡することができない状況ではできることは限られてくる。戦闘を避ける為とは言え、不用意にアズールレーン側の指揮下に入れば離反と判断されることは違いない。
「正直に言ってしまうと、私もどうしていいのかわからないのよ」
「……一先ず、私達ロイヤルの要求に応えることのできない状況にあることは理解したわ。私も上に判断を仰ぐから、少し待っていて頂戴」
本国に引きこもっているお偉いさん達には一人で交渉するように命じられたハウだが、流石にこんな話を聞かされてかつての戦友に答えを迫るようなことはできなかった。
「上層部と連絡ができない、か……やはりセイレーンの仕業か?」
「そう考えるのが妥当でしょうね。指揮官がアイリス本国の方へと向かっているそうですが……大丈夫でしょうか」
話し合いを横で聞いていたフッドとエンタープライズは、ダンケルクから上層部と連絡ができない状況と聞き、アイリス本国へと向かった恭介の心配をしていた。護衛として綾波と江風が付いて行っているとは言え、セイレーンが現れたら、と考えていた。
フッドとエンタープライズの会話を聞きながら、ダンケルクは初めて出会った恭介を思い出していた。連絡ができないことを黙ったまま教皇との謁見を許可したダンケルクだが、もしかしたら神代恭介の様な要人ならば教皇とも直に会えるのではないかと考えていたのだ。枢機卿だったリシュリューがアイリスから亡命する様な形でロイヤルに渡り、それから教皇が姿を現したのは世界会議の一度だけである。
「……待たせたわね。敵対する意思が無いのならば、上層部と連絡ができるまで返答を待つことができるらしいわ。当然、その間に鉄血と関係を接近させたり、ロイヤルとの敵対行動をするのならばすぐに戦闘になると思って」
「そう……大いなる父に誓って、ロイヤルと敵対する意思はないわ」
「……一件落着で済ませていいのか?」
「ヴィシア聖座上層部の今後次第ですわね」
「まぁ……指揮官がヴィシアの教皇に何か言ってくれれば早いんだけどな」
ただ問題を先延ばししただけの様にも見えたエンタープライズは、フッドに疑問の声を向けるが、彼女もこれがいい方向に進むのかどうかはわからなかった。どちらにせよ、アイリスへと向かった恭介の行動によって、平和に向かって歩んでいくだろうことをエンタープライズは願っていた。