最果ての航路 作:ばるむんく
メルセルケビール軍港にて、ハウとダンケルクが新生アズールレーンの仲介によって話し合いをしている同時刻、恭介を乗せたアルゴーはアイリスの重要な軍港であり、メルセルケビールからダンケルク以外の艦船が避難しているトゥーロンへ辿り着いていた。
ゆっくりと減速したアルゴーが完全に停止すると同時に、恭介は錨を降ろして綾波と江風を伴ってアルゴーから降りた。トゥーロンで待機していたヴィシア聖座の艦船達は、突然連絡を寄越して急遽やってきた重桜の最高指揮官に懐疑の目を向けていた。
「お前、何の為に来た」
「……ジャン・バール、か」
歓迎はされていない雰囲気の中でも、全く動じずに歩き続ける恭介の姿に逆に気圧されてしまう艦船もいる中、真っ先に恭介の道を塞ぐように立ちはだかった艦船を見て、江風は静かに刀へと手を伸ばした。江風を手で制した恭介は、目の前に立ち塞がる艦船を見て、胡散臭そうな笑みを浮かべた。現在ヴィシア聖座に残っている護教騎士団を実質的に纏めているリシュリュー級戦艦の二番艦であるジャン・バールは、恭介の笑みを見て不愉快そうに眉を顰めてから腕を組んだ。
「質問に答えろよ。オレたちの国に何の用だ」
「教皇に会いに来た。メルセルケビールのダンケルクからは好きにすればいい、と言われてな」
「ダンケルクが? ちっ!」
国が二つに分裂してしまった影響故に排他的な雰囲気の強いヴィシア聖座だが、同じ護教騎士であるダンケルクの名前を出されてしまえば、ジャン・バールは理由も無しに恭介の足を止められない。感情に流されやすい性格をしているが、不本意に護教騎士をまとめている立場にあるジャン・バールは、道理に沿わない暴力は自分の立場を悪くするだけであると理解していた。
「見た目よりも賢そうでなによりだよ。騎士道精神は持ち合わせていないと思ったが」
「……お前の言う通り、何も守れない口先だけの騎士道なんぞオレは持ち合わせてはいない……が、だからといって外道に落ちたつもりもない」
「そうか。誇り高き護教騎士団としては及第点なのかな?」
「いちいち不愉快な奴だ」
恭介がわざと煽るようなことを言っているのはジャン・バールも理解しているので挑発に乗らないようにはしているが、不快に感じるかどうかと言えば当然不快だった。しかし、名前を知り姿を見ただけでジャン・バールがどういう立場で雁字搦めにされているのかを正確に把握し、その立場を守るために手を出せないことを知っていて挑発する恭介を見て、過小評価していたと理解したジャン・バールは、自分の中で恭介に対する警戒度を一つ上げた。
「ふん……これから戦場になるかもしれない場所にのこのこと……余程の大馬鹿野郎かと思ったが、存外骨のあるやつだな」
「今となっては、世界中どこでも戦場みたいなものさ」
ゆっくりと恭介の目の前から横に移動して道を開けたジャン・バールに恭介は笑みを浮かべたまま、ゆっくり歩いて横を通り過ぎた。
護教騎士団の視線に晒されながら歩いた先で、白の法衣を纏った老人が悠然とした姿で佇んでいた。年老いた姿でありながら、場を圧倒する様な雰囲気を醸し出しているその姿を見て、恭介は笑みを浮かべた。
「貴方の方から出迎えてくれるとは思っていませんでしたよ。教皇様」
「これはこれは……遠路はるばるようこそいらっしゃいましたな。重桜の最高指揮官殿……いや、新生アズールレーンの指揮官殿と言った方が、よろしいですかな?」
「流石に耳が早い」
新生アズールレーンの名前を出してからまだ一日しか経っていないと言うのに、穏やかな笑みを浮べた教皇は平然とその名を口にした。
「と言っても、新生アズールレーンは組織として急遽独立した後に付けた名前でして。正式な名称は決まっていないのですよ」
「そうですか……名は体を表す。慎重になるのも仕方がありませんね」
互いに笑みを浮かべながらも全く緩まない場の雰囲気に、綾波と江風も緊張した面持ちで黙っていた。腹の探り合いとも言えない談笑でしかないが、互いに食えない人物であると判断しての行動だった。
「ではこちらへどうぞ。貴方とは一度、ゆっくりと話したいと思っていたところです」
「ではお言葉に甘えて」
教皇が身を翻すのと同時に、恭介は江風の肩を叩いた。突然肩を叩かれた江風は身体を跳ねさせてから、咳払いをしてから恭介の方へと振り向いた。
「俺の護衛よりも、周辺に聞き耳を立てている奴がいないかを気にしてくれ」
「……大丈夫なのか?」
「問題ない。それに……教皇も余り外に話を通したくないらしい」
護衛として艦船を一人でも側に置いておくこともせず、護教騎士団を外に展開するだけで建物の中には一歩も入れない徹底ぶりには恭介もため息を吐かざるを得ない。恭介が先程までの会話で、自分よりも相手の方が外交能力が高いことを理解していたのだった。
「真摯に訴えてみるしかないか」
「……腹黒いのは、指揮官には似合わないと思うのです」
「そんなにか?」
最初は色々と理由を付けてヴィシア聖座が一歩も本国から出られないようにしてやろうかと思っていた恭介だが、想像の倍以上は老獪な教皇に対抗する手段は、外交経験が少なく、重桜の最高指揮官という立場も失ってしまった恭介には存在しなかった。
「やっぱり外交は苦手だな……」
歴史的に他国との関りが薄かった重桜の人間の例に漏れず、為政者としての外交が苦手な恭介は苦笑することしかできなかった。
「ふむ……つまり、我らヴィシアには大人しくしていて欲しい、と?」
「そういうことに、なりますね」
「確かに、貴方の言う通りヴィシアは現在板挟みの状況ではありますね」
手札が少ない状態で外交しなければならない状況に舌打ちの一つでもしたい心持ちで教皇と話していた恭介は、ヴィシアが今どんな状況に置かれているのかを元にお願いをする形になっていた。
自由アイリス教国からヴィシア聖座へと名を変えたこの国は、現在ロイヤルと鉄血によって板挟みの状態にあった。ロイヤルからは全ての武装を解除しろと迫られ続け、鉄血からは決してロイヤルに服従することを許さないとする圧力が増している。二つに分かれてしまった片方であるヴィシア聖座には、ロイヤルも鉄血も跳ね返す様な力は残っていない。
「だが、我らが大人しくしていても……鉄血の動きを考えれば不可能では?」
「……俺も、当然鉄血の侵略行為を許すつもりはありません」
恭介が未だに重桜の最高指揮官としての立場であれば、当然同盟相手である鉄血の行為に何かを言うこともないのだが、今の恭介は陣営から離れて一つの組織を束ねる者である。完全なる世界平和を目指している訳ではないが、新生アズールレーンとしてはあくまで敵はセイレーンであるとして動いている。だからといって、鉄血が行っている無理やりな侵略行為を見逃しておけるほど恭介に情が無い訳ではない。
「…………私個人としては、君を信頼してもいいと思っている」
護教騎士団の艦船を従えている教皇は、恭介の横に控えている綾波と江風の目を見て彼の人と成りを大体把握していた。自国内で多くの艦船を見てきた教皇は、綾波と江風は明らかに実力以上の力を発揮することができるだろうことを、その艦船の目を見ただけで理解できた。そして、艦船が真に信頼を向けている人物が決して一人の人間として悪い者ではないことも教皇は理解していた。
「だが、一つの陣営としてはイマイチ信頼性に欠ける」
「わかっています」
艦船が幾ら信頼を向けていても、恭介はあくまでも人間でしかない。間違うこともあれば、道を踏み外しそうになってしまうこともあるだろうと教皇は考えていた。個人としては、こんな世界に対しても前向きで精力的な青年を信頼したいと思っていても、教皇として陣営一つをまとめる者の視線から見れば、手札が足りないと判断し、まともに腹芸ができないことを理解して真摯な言葉を口にしたことに関しては、プラスポイントであるが、恭介は少しばかり力不足であると感じていた。
「そうだな……いい方法があった」
信頼したくとも信頼しきれない状況にある恭介に考え込んでいた教皇は、ある艦船の存在を思い出した。恭介をあるべき道へと導くことになるであろうその存在を考えて、教皇は笑みを浮かべた。
「君に託したい者がいる」
「託したい……もの?」
突然託したいと言われても、恭介としては困惑することしかできない。ダンケルクの言う通り何を考えているのか全く分からない教皇の言葉に警戒心を強めていた恭介だが、笑顔を浮かべたまま頷く教皇を見て頭を抱えそうになった。
「君の言葉を信じる条件、とさせてもらうおうか」
「……アイリスとヴィシアが再び分かり合えるようにする架け橋となり、鉄血の侵略行為を止めること、ですか?」
「そうだ」
本当なら断りたくて仕方がない恭介だが、それを読んでいたように断れない状況を作り出した教皇は一つの資料を恭介の前に差し出した。
「これは……『計画艦』ですか?」
「うむ。リシュリュー級戦艦四番艦……改リシュリュー級として生み出される予定だった艦船だ」
「リシュリュー級、ですか」
計画艦と言われても恭介は対して驚く様子を見せない。最高指揮官として何回か重桜で名前を聞いたことがあったからである。計画艦の延長線上に存在する、艤装が存在しない艦船として加賀型戦艦二番艦である土佐などがいるが、実際に全く『カンレキ』が存在しない艦船は生み出されていない。
「名を『ガスコーニュ』と言う。君に彼女を完成させて欲しい」
「完成、させる?」
怪しさを含む笑みのまま刺すような圧力を発する教皇の言葉に、恭介は辛うじて言葉を繰り返す程度のことしかできなかった。
メルセルケビール軍港内で本を読んでいたエンタープライズは、何かを感じ取ったかのように顔を上げて窓の外を見た。
「……指揮官が帰ってきたみたいだな」
「え、本当か?」
「感覚だが、な」
全く船の影も見えない外の水平線を眺めながら呟くエンタープライズの言葉に、ボルチモアは呆れた様な視線を向けていたが、エンタープライズはそんなことには全く気が付かずに手に持っていた本を置いて上着を羽織った。
「指揮官がもう少しでメルセルケビールに着くって連絡来ましたよ!」
「ほらな?」
「……おかしいだろ」
元気いっぱいの笑顔で部屋に入ってきたジャベリンの言葉を聞いて、ボルチモアは深く項垂れた。「指揮官のことになると意味が分からないことを言い始める」とはクリーブランドの言葉だが、ボルチモアは心の底から同意してしまった。
「どうかしましたか?」
「いや、気にしないでくれ」
首を傾げるジャベリンに爽やかな笑みを浮かべたエンタープライズは、部屋の隅で肉を啄んでいたいーぐるちゃんを肩に乗せて部屋から出ていった。
数十分後、連絡通りメルセルケビールへとゆっくりと近づいてきたアルゴーを、フッド、エンタープライズ、ダンケルク、ニューカッスル、ハウが港で待っていた。
「意外な顔が残っているな」
「私? 本国に帰っても、あまり良い顔されないからいいのよ」
アルゴーから降りた恭介は、ハウの顔を見て少しだけ驚いたような反応を示したが、ハウは疲れた様な顔で肩を竦めた。ただでさえかつての仲間を攻撃しに行くことで憂鬱になっていたのに、結局戦闘にならなかったにもかかわらず外交官の真似事をさせられてハウの気分は最悪だった。
「ダンケルク、教皇にはしっかり会えたよ……連絡してくれたのか?」
「していないわよ」
「……そう、か」
ダンケルクが連絡していないのに何故か訪問することも、新生アズールレーンの指揮官であることも見通されていたことが分かって、恭介はため息を吐きたい気分になっていた。
「特に問題なし、です」
「護衛自体には、な」
「疲れたにゃ……」
「全く、ご主人は人使いが荒いぞ」
「何故護衛任務であの二人が疲れているんだ?」
恭介の後に続いて降りてきた綾波と江風は、フッドとエンタープライズに護衛が完了した報告を簡易に済ませていた。更に後ろから疲れ果てた顔で這うように歩いている明石と夕張の姿を見て、エンタープライズは首を傾げたが、直後にアルゴーから降りてきた少女を見て固まった。
人形のように動かない表情に特徴的な青色の髪、そして異常な程に白い肌の少女はしばらくメルセルケビールを観察してから、恭介の隣に並んだ。
「…………
「メルセルケビールだよ。アイリスの軍港だ」
「め、めーとる?」
「……アイリスの言葉ですね。ニュアンス的には我々ロイヤルメイドが使う『ご主人様』に近いものですね」
「ご主人様、だと?」
恭介の横で無感情なまま待機している不思議少女の言葉に疑問を持ったエンタープライズだが、すぐにニューカッスルが補足をすれば今度は驚愕するように目を見開いた。
「そちらは?」
「あー……ヴィシアの教皇に言うこと聞いてもらう代わりの条件、みたいな?」
「押し付けられた、かしら?」
「別に嫌々って訳じゃないけど」
動揺して言葉の出てこないエンタープライズを放置して、フッドは見たことも無い少女を見ていた。ロイヤルネイビーの栄光として数多の人間や艦船を見てきたフッドからしても、異様な雰囲気を纏う彼女は未知の生命体でしかなかった。
「ガスコーニュ、自己紹介してくれるか?」
「了解。リシュリュー級四番艦、改リシュリュー級戦艦ガスコーニュ。主の手により完成されることを目的としてこの艦隊に所属することになった」
「完成されることを目的とする?」
「リシュリュー級、ですって?」
不思議少女──ガスコーニュの自己紹介に、港で待っていた全員が驚きの表情を浮かべた。リシュリュー級と言えばアイリスの指導者であるリシュリューがネームシップとなっているアイリスが保有する最大の戦艦である。そんな存在の四番艦を平然と恭介の手に渡す理由が理解できないと同時に、完成されることを目的とする、と言うガスコーニュの言葉に疑問が残った。
「説明すると長くなるんだが……ガスコーニュは対セイレーンに特化して生み出される予定だった特別計画艦なんだ」
「特別計画艦……聞いたことがありますわ。ロイヤルでは計画が凍結されていたはずですが……」
かつてロイヤルの中枢に近い位置に立場のあったフッドは、まだ鉄血がアズールレーンから離脱する前に始まっていた特別計画艦の名前だけを聞いたことがあった。フッドからすれば凍結されたはずの計画が目の前にいることになる。
「艦船としての身体を生み出すことはできたんだが……艤装が特殊過ぎて生み出せないらしくてな。その完成を少しでも進めることを条件に、ヴィシア聖座には振り上げた拳を下げて貰った」
「……成程な」
新生アズールレーンが間に入ることで、ヴィシア聖座としても鉄血とロイヤルの板挟みからある程度解放され、更には対セイレーンに特化した強力な戦艦が一隻増えることになる。
「しばらく俺達の組織でガスコーニュの面倒を見ることになる」
「協力を要請する」
「それは構わないが……ヴィシアとロイヤルの問題は解決したのか?」
今回の話で一番大事な部分は、ヴィシア聖座とロイヤルの衝突を避けられたかどうかにある。
「それに関しては問題ない。ヴィシアからの条件はガスコーニュを完成に近づけること。そして……鉄血の侵略行為を止めることだ」
「私達護教騎士団は、手を出されなければどこにも攻撃しない。けれど……鉄血はそれを許さないでしょうね」
恭介の言葉にダンケルクは一人で頷いた。教皇に提示した条件は、ヴィシア聖座にとって得になることではなく、一つのヴィシア聖座が陣営として形を保つために必須な条件なのだ。どれだけ戦力を整えようとも、四大陣営と呼ばれる鉄血に対抗する力はヴィシア聖座にはなかった。
「一件落着とまではいかないが、一先ずは俺達の勝ちだ」
「戦闘にならなかっただけマシ、か」
「そうですわね」
最初から戦闘などする気もなかった恭介とエンタープライズだが、フッドは最悪自分が汚れ役をしてでもロイヤル艦隊を止めようと考えていた。最高とはお世辞にも言えない結果ではあるが、新生アズールレーンの理念を曲げることなく両者の矛を納めることができたのは大きなことだった。
「活動最初から戦闘に発展しなくて本当によかったよ」
「全くだ」
楽観的とも言えるエンタープライズの言葉に、珍しく同意した恭介を見て、ニューカッスルも笑みを浮かべていた。
「さっさと撤収するか」
「帰るまでにそれなりに時間もかかるからな」
「あら、そこら辺諸々上に報告して良いのかしら?」
恭介とエンタープライズの会話から、少なくとも大西洋周辺に拠点を持っていないことを知ったハウは、笑みを浮かべながら揶揄うような声を出した。新生アズールレーンは突然出てきた得体の知れない組織である以上、少しの情報でも欲しがられることは目に見えていた。とは言え、ハウもクイーン・エリザベスに付き従う艦船の一であるので、基本的には新生アズールレーンに対して協力的に動こうと考えていた。
「いいよ……と言うか色々報告してくれないと困る。将来的には抑止力として動きたいしな」
「そう。なら遠慮なく報告させてもらうわ……神代恭介、貴方の存在以外はね」
「……助かる。できた女だよ」
「あら、口説いているのかしら?」
神代恭介が重桜から離れていることを知られてしまえば、ユニオンが対重桜との戦力に力を注ぐと判断したハウは、指揮官が誰なのかだけを伏せて報告することにした。続くハウの言葉に苦笑しながら肩を竦めた恭介を見て、エンタープライズとフッドも笑みを浮かべた。
いーぐるちゃんは平仮名だったことを唐突に思い出したので、修正しておきました。