最果ての航路 作:ばるむんく
「……え? もう一回言って?」
飛行甲板の端に腰かけたままジュースを飲んでいたホーネットは、深刻そうな顔をしてやってきたヨークタウンを見て首を傾げていた。数ヶ月前の戦闘でホーネットの姉であり、ヨークタウンの妹であるエンタープライズが生死不明、行方知れずになってからずっと暗い表情をしていたヨークタウンだが、今日は一段と暗そうな表情をしていたのでホーネットは心配していたが、ヨークタウンの口から出た言葉は理解の範疇を超えていた。
「エンタープライズが見つかったわ。新生アズールレーン、と名乗ってボルチモアと一緒に行動しているみたい」
ホーネットの反応も当然だろうと言わんばかりに、ヨークタウンはゆっくりともう一度同じ言葉を繰り返した。
「新生アズールレーン? 何その怪しい組織」
「わからないわ。でも……エンタープライズは重桜、ロイヤルの艦船と共に行動しているみたい。恐らくだけど、クリーブランドとヴェスタルもそこにいるはずよ」
「何やってんのさ……姉ちゃん」
神代恭介に出会ってから戦闘一筋でなくなったことは知っていたが、まさかそんな奇行を繰り返しているとはホーネットも全く想像していなかった。ホーネットの言葉に同意するように、こめかみに手を当てて大きなため息を吐いたヨークタウンは、ホーネットの横で呆然としているエセックスへと視線を向けた。
「エンタープライズ先輩は……裏切ったと?」
「裏切ったとは言い切れないけれど……ユニオンに戻ってくるつもりはないみたいね」
新生アズールレーンと名乗っていた集団は、ロイヤルとヴィシア聖座の衝突を止めただけでどちらとも戦闘行為をしていない。現状では敵対しているともしていないとも言えない状況であるが、第三勢力として現れた以上はいつか交戦することもあるのだろうとヨークタウンは考えていた。
「あんまり思い詰めすぎない方がいいよ?」
「でも、私は……ユニオンから離れたことを許せません」
エンタープライズの背中を見てユニオンの戦士として育ってきたエセックスは、尊敬する人がユニオンの正義から離れることを許すことができなかった。今までユニオンの正義が正しいと信じて生きてきたエセックスにとって、今回のエンタープライズの行動は裏切りとも言えるのだろう。
「エンタープライズ先輩にどんな事情があるのかは知りませんが、殴ってでも連れ帰って見せます!」
「おー……頑張れ」
変な方向に拗らせたりしないだろうかと心配していたホーネットとヨークタウンは、変な方向へと気合を燃やし始めたエセックスを安堵の息を吐いた。
「にしても……新生、ね。まるで今のアズールレーンではできないことがある、と言わんばかりのネーミングは……大統領も荒れるだろうなぁ」
「あまり、考えたくないわね」
憂鬱そうに呟くホーネットに、ヨークタウンは否定することができずに苦笑を浮かべていた。
「新生アズールレーン、か……」
新生アズールレーンによって回避された海戦の情報は、遥か東の果てである重桜にまで届いていた。
第三勢力の情報を得た重桜上層部は、新生アズールレーンと名乗る集団の中に、重桜の艦船が所属していたことが発覚したことによって大騒ぎになっていた。
「鉄血は予想していたが、まさかロイヤルも味方に付けているとは思わなかったな」
「予想よりも大規模な艦隊になっているみたいですね」
「まぁ……指揮官だしなぁ……」
加賀のため息混じりの言葉に、蒼龍と飛龍が反応した。どの程度の人員が新生アズールレーンに所属しているのかを予想していた加賀と蒼龍だが、既に予想を超える艦船が新生アズールレーンとして動いていることがわかっていた。飛龍は最初から恭介なら何をしても、指揮官だからやりかねないで納得するつもりだったので、そこまで驚いてはいなかった。
「問題はここからか」
「そうですね。ロイヤルとヴィシア聖座の問題を解決したのなら、すぐに拠点としている場所へと戻ってくるでしょうが……」
「その拠点が見つからないんじゃどうしようもないですよね……」
結局まともに手がかりを見つけることもできずに、無為な時間を過ごしたことで加賀の率いる討伐艦隊の士気が下がり始めている。直情型な高雄と摩耶は特に顕著であり、逆に時雨は見つからないことで反骨心のようなものが燃え上がっていた。
「……逆にこちらを探させる方はいいかもしれない」
「どういうことですか?」
「いや……天城さんに、前に言われたことがあってな」
加賀は以前天城と将棋をしていた時に言われたことを、一人で思い出していた。
「どんな状況でも攻勢に転じようとすることは、決していいことではない、とな……いっそのこと向こうにこちらを追わせるほうが現実的かもしれん」
「追わせると言っても……どうやって?」
逆転の発想を持つことは悪いことではないが、加賀の言っている追わせる方法が蒼龍には思いつかなかった。そもそも、逆転の発想一つで神代恭介と天城をだし抜けるとも思えない蒼龍は、加賀の短絡的とも言える思考に若干の呆れを感じていた。
「手札ならある。新生アズールレーンの指揮官が誰かを、私達は正確に知っているということだ」
「え? 普通に指揮官じゃないですか」
「その情報、鉄血から流れてきた情報にあったか?」
「……成程」
加賀の言っていることを理解した蒼龍は、極自然に見落としていた部分に再び目を付けた。加賀達が新生アズールレーンに関する情報を得たのは、同盟国である鉄血から流れてきた情報だが、新生アズールレーンを従えている指揮官に関しては誰とは記されていなかった。仮に神代恭介が指揮官であることが周囲に知られていたのならば、鉄血皇帝からすぐさま疑いの目が飛んでくるはずなのだ。
「今、世界中で神代恭介失踪の話を知っているのは、新生アズールレーンと重桜の上層部、そして我々重桜艦船だけだ」
「情報を餌にして誘き出す、と?」
「可能性は低いが……討伐艦隊が本気で動き始めれば、どこかにいる間者も動くだろう」
重桜内に新生アズールレーンのことを知りながら、恭介に付いていかなかった艦船がいることを前提に話している加賀だが、数ヶ月もの間重桜の目から逃れ続けていることを考えて、間者がいる方が自然だと判断していた。
「どうやら新生アズールレーンは平和主義を謳う連中らしい。ならこっちから戦争を吹っかけてやれば食いつくだろう」
「…………正直、賛成しにくい強引な作戦ですが、他に方法もありませんね」
「ぼくは単純でいいと思うけどなぁ」
「はぁ……」
何だかんだと言っているが、無茶な攻勢に出ようとするところが全く変わっていない加賀と、相変わらず頭を使うことが苦手な飛龍の言葉に、蒼龍は心底疲れた様なため息を吐いた。
「……
「そうだ。現状唯一の基地、だな」
メルセルケビールから遥か東に位置する基地へと戻ってきた恭介は、長い航海で固まった身体を解すように伸びをしていた。恭介の背後にずっと待機していたガスコーニュは、アルゴーから見える新生アズールレーンの基地を見ていた。
「
「桜だ。重桜にしか咲いてない不思議な花だよ……神秘の力で年中咲いてる」
「年中……それは花なのでしょうか」
「一応な」
旧時代に重桜海軍が使っていた基地は、新生アズールレーンの活動拠点として使う為に改装した結果いつの間にか桜が咲いていた。誰かが植えた訳でもないのに、重桜本土に咲いている物と同じように年中咲き誇るその桜を見て、重桜出身の艦船と恭介は首を傾げ、それ以外の艦船はその美しさに圧倒されていた。
「データベースに記録。桜は年中咲く花と記憶」
「全部がそうじゃないけどな」
足りない物を補うようにあらゆる事象に説明を求めるガスコーニュは、知識欲に満ち溢れた子供のようだと恭介は感じていた。未成艦の様に完成されたなかっただけではなく、そもそも存在することすらなかった特別計画艦は、情報の足りていない不完全な子供の様な物である。ガスコーニュはその中でも特に不完全な形で生まれており、感情全てが欠落していた。
「指揮官、この後はどうするんだ?」
「特に何も決めてないが……そろそろ重桜も動く頃だと思う」
身体を解す為の体操を終えた恭介は、後ろからやってきたエンタープライズの言葉に反応して振り向いた。何を考えているのか、全く表情から分からないガスコーニュを警戒しながら恭介に近づいてきたエンタープライズは、恭介の言葉に首を傾げた。
「重桜が? 何の為に?」
「俺を拘束するためだろ。ついでに長門」
ハウの報告には神代恭介の名前は一切出て来ていなくとも、エンタープライズが新生アズールレーンにいることは知られている。エンタープライズと共に活動していることがバレている重桜は、誰がその組織を運営しているかなど少し考えれば理解できる。
「じゃあ、どうするんだ?」
「それはわからない。俺を拘束する為に艦隊を動かせる程の余裕が、今の重桜にあるかどうか」
「そうか……基地に帰ったら隼鷹と飛鷹の報告待ちになるな」
今後の予定を聞いて納得したエンタープライズは、肩に乗っていたはずのいーぐるちゃんがいなくなっていることに気が付き、ガスコーニュの方へと視線を向けた。
「……鷲」
ガスコーニュの腕に止まっているいーぐるちゃんは、人としての気配が薄いガスコーニュに興味を示していた。腕を止まり木にされているガスコーニュも、初めて見るまともな生物を興味深そうに観察していた。
「取り敢えず、ガスコーニュには艤装が無いから戦闘には参加できないし、お留守番かな」
「情報が必要なら連れて行った方がいいんじゃないか?」
「どうだろうな」
恭介は特別計画艦の名前や計画の内容を知っていても、どうやれば完成するのかなど知らない。そもそも、対セイレーンに特化しているはずの特別計画艦の完成方法を知っていれば、世の中にはもっと強力な艦船が溢れていることであろう。
「どちらにせよ重桜とはすぐに戦闘になるかもしれない。その時は頼むぞ」
「任せてくれ」
重桜との問題は新生アズールレーンによってもたらされるものではなく、恭介自身が過去に置いてきた問題たちなのだが、エンタープライズ達も協力を惜しむ気はなかった。少しの情けなさを自分に感じながらも、恭介はエンタープライズの返事に安堵の笑みを浮かべた。
「所属艦隊『新生アズールレーン』の構成員、識別名『エンタープライズ』に『笑顔』と共に体温異常を感知。
「こ、これは違う!」
「問題ないってさ」
「……了解」
恭介の笑みを見て、エンタープライズも頬を少しだけ赤らめながら微笑んだ。その姿を観察していたガスコーニュは、すぐさまエンタープライズの体温が上昇していることに気が付いていた。ガスコーニュの指摘に対して更に温度を上昇させた姿を見ても、
「エンタープライズのそれは複雑な感情だからな。まだガスコーニュには早かったかな」
「それが『カンジョウ』ですか?」
「一から少しずつ学んでいけばいいさ」
ガスコーニュの腕に止まっていたいーぐるちゃんを呼び寄せ、器用に肩に乗せたままガスコーニュの頭を優しく撫でた。
「……
「その熱を覚えておいてくれ」
「了解。ガスコーニュの記憶データベースへと検知されたシチュエーションごと保存しておきます」
いーぐるちゃんに頬を小突かれながらも、恭介はガスコーニュを撫でる手を止めなかった。自身に起きている体温異常の原因が分からないまま、ガスコーニュはただ恭介に撫でられることを享受していた。
「……いつの間に、いーぐるちゃんに懐かれていたんだ」
「基地にいた時もたまに相手してやってたしな」
ガスコーニュが撫でられている姿は、まだ幼い娘が父親に撫でられているようだと思いながらも、恭介の肩で定位置だと言わんばかりの寛ぎ方をしているいーぐるちゃんを見て、エンタープライズはため息を吐いた。
基地へと戻ってきてから数日、恭介と共に遠征へと向かった艦船達を休ませている間に重桜に残っていた飛鷹と隼鷹がやってきた。飛鷹と隼鷹が基地へとやってくるのは今回が初ではないが、普段よりも少しだけ硬い表情で飛鷹が恭介へと書類を渡した。
「重桜内で加賀を中心に離反者討伐艦隊が動き始めた。前から結成されてはいたが殆ど偵察しかしてなかったはずが、ここ数日で大きく動き始めた」
飛鷹から渡された書類を天城と共に眺めた恭介は、眉を顰めた。
討伐艦隊の中には、重桜を離反した者達と関係の深い者達をわざとらしく組み込まれていた。加賀を筆頭として、瑞鶴の姉である翔鶴、鳥海と愛宕と同じ高雄型である高雄と摩耶、綾波と仲が良かった時雨と雪風。更に、新生アズールレーンの戦力をかなり把握しているのか、最も数が多い空母に対抗する為に秋月型防空駆逐艦の中でも実力が飛び抜けている涼月、第二水雷戦隊と第三水雷戦隊の旗艦である神通と川内、超弩級戦艦である伊勢型の伊勢と日向。離反者を追いかける為だけにしては余剰とも言える戦力に、恭介はため息を吐きたくなっていた。
「討伐艦隊、か……徒党を組むほどの余力があったのか」
「加賀が中心になって上手く上層部を言いくるめられてるみたいだな」
「加賀が、ですか?」
冷静さからかけ離れた場所にいると思っていた加賀が指揮していると聞いて、天城は驚きの声を上げた。
「……赤城はどうした?」
「あー……赤城は……まだ意識が戻ってない」
「は?」
自分を海の果てまで追いかけてくるなら赤城だろうと思っていた恭介は、飛鷹の言葉に目を見開いた。赤城が以前の戦いで大きな損傷を受けたことは知っていたが、あの戦闘から数ヶ月前の時間が経っていると言うのにまだ意識が戻っていないと聞いて、恭介は少なくない衝撃を受けた。
「それで、ですか……」
逆に、天城は赤城が目覚めていないと聞いて納得していた。赤城が目覚めて動いていれば、加賀が中心となって動くことも、自分を律して指揮官の真似事もせず、すぐに飛び出しているであろうとことは明白だった。
「…………そう、か。わかった」
「どうするんだ?」
飛鷹と隼鷹は潜水艦「大鯨」から改装された龍鳳を指導する傍らで情報を収集していたが、隼鷹が飛鷹よりも先に、重桜内に新生アズールレーンへの間者がいることを前提に加賀が動いていることに気がついた。故に、今回の情報提供を終えたら飛鷹と隼鷹は重桜に戻ることなく新生アズールレーンに留まるつもりだった。
「動くなら、今しかないだろう。目を逸らし続けていられる問題でもない」
「……了解した。楽しみにしておくからな」
「じゃあ指揮官「また」ね」
報告を終えた飛鷹と隼鷹が執務室から出ていくのを見てから、恭介は一度息を吐いた。
「すぐに艦隊を編成して迎え撃つ用意をしなくてはいけませんね」
「そうだな」
天城は討伐艦隊が向こうから未だに仕掛けてこないことから、加賀達はまだこの基地を発見することができていないと確信していた。それも、恭介と長門の持つ神子としての力で疑似的な神木を生み出し、重桜本土を覆っている隠遁結界と同じ効果を生み出すという特別なことをしているからだった。
「数の有利としてはこちらの方がありますが……加賀が何を考えているのかがイマイチ見えてきませんわ」
「そうだな」
加賀の編成したと言う討伐艦隊は、新生アズールレーンの戦力をある程度把握しているからのものであると天城も理解してるが、離反者の関係者をわざわざ編成する理由が理解できなかった。高雄や摩耶は身内相手であろうとも手加減する性格ではないことは知っているが、妹への情が深い翔鶴や、友を助ける為なら健気な行動をするであろうことがわかりきっている時雨と雪風などは、討伐しようとしてもできないだろうこと考えていた。
「もしかすると、加賀は私達に何かをして欲しいのでしょうか……指揮官様? どうかしましたか?」
「……いや。ちょっと気分転換に外の空気吸ってくる」
頭脳をフル回転させていた天城は、横で座ったまま全く思考が動いていないことが見ているだけでわかる恭介の姿に、天城は首を傾げたが、下手の嘘を誤魔化すように小さく笑みを浮かべてから恭介は執務室から外へと出ていった。
恭介は自身の内側をぐるぐると渦巻く感情の正体が掴めなかった。押し潰されるような感情を覚えたのは、飛鷹に赤城が倒れたまま目を覚まさないと聞いてからだった。
「俺の……せいか」
赤城が大きな損傷を受けた戦闘は、重桜とユニオンを派手に衝突させている隙にエンタープライズと合流し、新生アズールレーンとして動きだすためのものだった。
エンタープライズ達と出会い、長門達と共に新生アズールレーンを立ち上げ、ティルピッツ達と共に基地を作り上げ、フッド達と共に平和の為に動き始めた裏で、赤城は一人で苦しんでいた。そう理解した瞬間に、恭介は振り上げた拳で鉄柵を思い切り殴った。鈍い音と共に拳から血が滴り落ちることも無視して、恭介は鉄柵に背を預けて空を見上げる態勢のまま、ずるずると力なく座り込んだ。
「…………情けない、な」
艦船と人を救いたいと思って行動を始めたその時から、既に一人の艦船を傷つけていたことに気が付いた恭介は、頭を抱え込むような態勢のまま動けなかった。
ようやく重桜の話に戻ってこれました。
この話で重桜は殆ど終わるはずです……信濃とか、未成艦の土佐とか紀伊型とか、まだ未実装の大和型の二人とかありますけどね。
というか、長門がいなくなったら大和が代わりやってると思いますけど……そこら辺は考えないでください。