最果ての航路   作:ばるむんく

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重桜

 長い髪をそのままにしながら窓際のベッドで太陽の光を浴びて、エンタープライズは読書をしていた。普段通りの服装ではなく、ラフな格好でベッドにいた彼女は扉がノックされてそちらへと視線を向けると、妹であるホーネットが果物を持って現れた。

 

「エンプラ姉、大丈夫?」

「私としては問題ないが……ヴェスタルに動くなと言われてしまってな」

 

 主治医とも言えるヴェスタルにきつく言いつけられてしまっては、英雄と言えどもただの病人。艤装の修復にも時間がかかると姉のヨークタウンに言われているので、彼女ははやる気持ちを抑えつけて療養していた。

 

「まぁあんな無茶するからだよ」

「言い訳もできないな。結局指揮官も奪い返されてしまったし……加賀には損傷を与えたが、私もこれではな」

 

 甲板を盾にした時に、衝撃が貫通して左手にエンタープライズは異常を感じていた。リュウコツに響くほどのダメージではないにしても、エンタープライズはしばらく両手で戦闘することができない。つまり、弓を用いた戦闘ができないことになってしまう。今も読書をする程度の動かし方ならば何の支障も起きていないが、激しい運動をしようと思うと左腕に激痛が走る程には損傷が深かった。

 

「取り敢えず休んでてよ。こっちとしては黙ってはいられないけど、守るものが一つ減ったのは事実なんだからさ」

 

 辺境とも言える本国から離れた土地にあった基地は空爆によって破壊されてしまったが、元々最前線でもなく特に大きな規模でもなかった基地を一つ破壊されたところでユニオンには何の影響もない。どちらかと言うと、基地の被害よりも戦闘によってエンタープライズが軽微な損傷を受けたことと、セントルイスが未だに意識を取り戻していないことの方が問題だった。

 

「セントルイスはまだ起きてないけど、命にかかわることはないからそのうち復帰できるってヨークタウン姉が言ってたし。まぁ、艤装の方は新しく作り直した方が早いほど破壊されたみたいだけど」

「そうか……基地にいた人達は?」

 

 セントルイスの無事を聞けたエンタープライズは少し安心した様に頬を緩めたが、すぐに表情を真面目なものに戻して基地にいた人達の状況を聞いた。基地にいた人間のことを聞かれて、ホーネットはばつが悪そうに目を逸らして俯いた。いつも明るく、ムードメーカーなホーネットがそんな反応を見せる。それだけでどれだけ酷い状況なのかはエンタープライズもすぐに理解できた。

 

「……」

「……作戦司令室の近くにいた人達は絶望的だ、って……言ってた」

 

 エンタープライズが信じている彼が指揮していないとはいえ、これだけの被害を重桜が出してしまえば、ユニオン国内での重桜に対する風当たりは一段と強くなるだろう。そうなれば、エンタープライズが思い描く神代恭介を中心とした『アズールレーン』の再結成など夢のまた夢だろう。

 

「ままならないものだ……戦争は、いつまで続くのだろうか」

 

 病院の窓から外を眺めたエンタープライズは、空を飛ぶ鳥たちを見つめて悲しそうな顔をしていた。

 


 

 重桜ではユニオン基地を奇襲してを奪還し、ユニオンの英雄であるエンタープライズにも損害を与えたとして、帰還してきた艦隊を海軍はまるで英雄のように称えていた。

 ユニオン基地から重桜本国まで戻るのにそこまで長くないにしろ、それなりの時間をかけて帰ってきた指揮官達は異常なまでの歓迎ムードに困惑しながらも上層部への報告へと赴いた。

 

「お帰りなさいませ、神代様」

「……あぁ」

 

 神木『重桜』の神官である人物が神代恭介へと頭を下げて迎え入れた。軍の大将や元帥すらも頭を下げて神代恭介が一番奥まで向かうことを待っていた。

 

「よくぞ無事で戻った」

「心配かけたな。長門」

 

 一番奥に座っていた長門がゆっくりと目を開いて神代恭介を見つめ、少しだけ微笑んでから隣へと視線を向けた。言外に早く座れと言われた恭介は、小さなため息を吐きながら長門の隣に座った。

 

「長門様と神代様が揃われた。本日の本題に入ろう」

 

 長門と恭介が座る場所から少し前に立つ海軍元帥が神官へと視線を向けながら厳かに議題を話し始めた。今回の奪還作戦成功によってユニオンが今まで以上に重桜に対する警戒を強めること、神代恭介の捕虜としての価値がそれほど大きなものを意味するのかが割れてしまったこと、この二つに対しての今後の対策が主な議題となっていた。

 

「よろしいでしょうか」

「どうぞ。戦場で戦った戦士の意見は貴重だ」

 

 元帥の言葉に一番最初に反応して手を挙げたのは、上座に座る赤城だった。一航戦は海軍内では大将並みの権力と発言力を持った存在となっている。故に加賀と共に会議にも、神事にも参加することができ、こうして意見を言うことも誰も否定しない。

 

「ユニオンの英雄、グレイゴーストに傷を負わせたとは言いますが、はっきり言ってすぐに復帰してくると思われます。何故ならば、彼女には優秀な専属の工作艦が付いているからです。そうなれば、今回の様に中破程度の傷しか負わせられないのならば、すぐにでも戦場に復帰してくる……次の大規模作戦には間違いなく参加してくるかと」

「成程……」

「確か工作艦ヴェスタルだったか。中々厄介だな」

 

 赤城の冷静な言葉に、先程まで加賀が損傷を与えたと言って浮足立っていた中将以下の将校たちも厳しい顔をして資料を見ていた。直近の戦闘データでは、ユニオンと重桜は五分五分の戦いを続けており、双方明確に敵を討ち取ることができていない状態である。それに加えて、恭介を捕虜として奪われるという情報規制かけていなかったら、国民からどのような感情を向けられていたかなど明白だろう。

 

「……神木の力が薄れている。今は待つべき時だ」

「はっ。その様に」

 

 先程まで会議にも加わっていなかった恭介は、神官に対して重桜の現状を簡潔に示した。神木の力が薄れてしまえば、これまで重桜の艦船達が他国の艦船を圧倒する為に使用していた「ミズホの神秘」が使用できなくなってしまう。そうなってしまえば、ユニオンなどには到底勝てないことなど海軍全員も理解していた。

 

「余も感じていた。民の信仰が薄れているのではなく、重桜が弱っているのだ。原因は分らぬが……安易に動くべき時ではない」

「動くべき時ではないとは言え、何もしない訳にはいかないのは事実。そこはお前達の判断に任せる」

「了解いたしました」

 

 会議に参加していた全員が長門と神代恭介に向かって頭を下げて、会議は終了した。正確には、長門と恭介がその場から退出し、重桜の元へと向かったのでそれ以降の会議内容は知らないだけだが。

 

「……何が起きているのか、わかるか?」

「それがわからぬから、こうしてお主を待っておった」

 

 前を歩く長門に勾玉を見せながら理由を聞くが、長門も神子として神木と繋がっている状態でなければ意思を汲み取ることも何が起きているのかも理解できないので、首を振って理由はわからないと答えた。そして、神代恭介という存在が帰ってくるのを待っていたとも発言した。

 

「世界の……重桜の意思はどちらへ向かうのだろうか……アズールレーンか、レッドアクシズか、セイレーンか。願わくば、我らの離反が意味を持てるといいのだがな」

「……お主は、やはり重桜がアズールレーンから離反することは反対のままなのか?」

「そうだよ」

 

 歩みを止め、恭介の瞳を真っ直ぐ見上げるその視線に、彼は苦笑することしかできなかった。

 ユニオンとロイヤルが、自らの正義を掲げて自分達を正当化し、鉄血や重桜に負担を与えたことは、恭介とて簡単に許すつもりはない。それでも、セイレーンの力を用いて戦うことを選ぶからと言って、アズールレーンから脱退して敵対する必要性があるのかという部分に、恭介はずっと疑問を抱いていた。結果的に、恭介は「神代恭介」としてアズールレーン離脱に賛成を示したが、それは結局恭介としての意見ではないのだ。

 

「エンタープライズがな……きっと分かり合える、俺を中心として連合を再編すれば必ずセイレーンを打ち滅ぼすことができると言っていた」

「……お主と似た考えの持ち主、なのだな」

 

 あくまで自分達の平和、自由と正義の為に戦うユニオンの中で、エンタープライズは異色の艦船と言える。彼女の言葉はいつも世界に向いていて、彼女の考える平和は、生まれた時から戦場だった海を誰もが自由に安全に渡れるようにしたいと願っている。それが「船」の正しい在り方だと信じて疑っていないのだ。だからこそ、恭介はその差し伸べられた手を拒んでしまう。彼にとって、エンタープライズという存在は眩しすぎるが故に。

 

「すまぬ……お主には、自由でいて欲しいのだが」

「気にするな。神木に一度選ばれた以上、その運命のしがらみから逃れることなど、できはしない。神木に選ばれた人間が、重桜から離れる訳にはいかないだろう?」

 

 悲しそうに神木を見上げる恭介を見て、長門は俯いて下を見ることしかできなかった。平和を望み、エンタープライズの言葉を信じたい恭介は、それでも立場と神木を想ってその言葉を拒絶した。一度拒絶してしまえば、もう戻ることはできない。彼は、そういう立場にいた。

 

「さてと……今はこれに集中するか」

 

 神木の根本、神木そのものを御神体として祀り作り上げられた重桜最大の神社。通常の神社と違い、本殿の扉は開け放たれているこの神社は、そもそも本殿が巨大な神木の根本を覆う回廊のようにできている。神官や神子以外の立ち入りは当然禁止されているが、そもそも許可あるものでは無ければ拒まれてしまう不可思議な結界が張られている。御神体を惜しみなく見せているのは、神木そのものが御神体であるが故に、国民にも広く知られているからだ。それでも、本殿の中央に何があるのかは、誰も見ることができない。

 

「……久しぶりだな」

 

 本殿へ易々と踏み入った神代恭介は、勾玉を取り出して首にかけ、本殿の中央……彼の持つ勾玉と同じ素材でできているのであろうその巨大な水晶に触れた。神子、神官長、そして神代恭介以外見ることが許されない神木「重桜」の水晶。淡い光を放っていた水晶は、神代恭介が触れることでその光を増した。

 

「……」

 

 数分間、傍で見ていた長門も何も言わずにその姿を心配そうに見ていた。恭介と長門は言うなれば神木に人生を狂わされた者。そんな長門としては、神木に対してマイナスイメージこそ持っても、決して国民の様に信仰する気にはとてもなれなかった。

 

「……瑞鶴、金剛、比叡を呼んでくれ」

「何故?」

「鉄血へ行く」

 

 艦船三人の名を告げながら水晶から手を放した恭介は、少し辛そうな顔をしながら長門へと向いて勾玉を手渡した。水晶に……神木に触れることは、精神を神木へと向けて意識を読み取ること。必然的に体力と精神力を使い、恭介は辛そうな顔をしていた。そんな恭介から勾玉を渡され、艦船の名を告げられ、鉄血へ行くと言われた長門は困惑することしかできなかった。

 

「それと……」

「それと?」

 

 心底心配そうに見上げる長門に気が付いた彼は苦笑しながら長門の頭に手を置いて、本殿の外へと向かって歩き始めた。

 

「天城を、呼んでくれ」

 

 重桜が世界に再び混乱を呼び寄せようとしていた。

 


 

 夜中であるにも関わらず、電気が点灯している部屋の中では一人の女性が眠気眼で資料を眺めていた。港であるこの場所には、日中多くの艦船や軍人が行き交っているが、今の時間帯では誰も起きていない。静かな夜の帳が降りている中、扉をノックされて半分寝ていた女性は驚いたように飛びあがり、扉を見た。

 

「おはよう。寝るなら部屋に戻った方がいいわよ」

「……何の用かしら? オイゲン」

 

 色が抜けた様な髪色を揺らしながら部屋を訪れ、勝手に扉を開けて入ってきたプリンツ・オイゲンに、部屋の主は不服そうな顔をしていた。

 

「まだ電気が消えてないから起きてるのかと思ったら、寝かけてたから起こしてあげたのよ」

「何の用か聞いてるのだけれど」

「手紙」

 

 茶化すようにして目的を告げないオイゲンに視線を厳しくする彼女に対して、睨まれている張本人は全く気にしないかのようにするりと近くに寄って手紙を差し出した。こんな時間にやってきて、人をおちょくるようなことをしておいて手紙だけが用事なのだと聞いて、女性は更に視線を鋭くするが、オイゲンが見せた手紙を裏返して「それ」を見せると、眠気と怒りが霧散した。

 

「これは、重桜の印。差出人は──」

「──神代恭介、よ」

 

 オイゲンの言葉に女性は目を見開いて、机の引き出しからすぐにペーパーナイフを取り出して封を切った。折りたたんで入れられていた手紙を壊れ物を扱うかの様に丁寧に開けた女性は、書かれている文字を目で追っていった。

 

「なんて書いてあった?」

「近日中に鉄血へ来ると書いてあるわ」

「あらそうなの。よかったじゃない、ビスマルク」

 

 微笑みながら言うオイゲンに、ビスマルクは目を細めて威嚇する。先程までの眠気からくる苛立ちではなく、明確な敵意を乗せたその視線を受けて、オイゲンは詰まらなさそうに肩を竦めて部屋から出ていった。

 オイゲンが退出したのを見てから、再び手紙の文章を読み始め、慈しむように微笑みながらビスマルクは手紙を大切そうに胸に抱えて目を閉じた。どこまでも憐れで、どこまでも光り輝いている彼を思い浮かべて、ビスマルクは笑みを深めた。

 

「私の……私達の運命が、来るのね」

 

 ビスマルクはかつて彼に運命を見た。彼の存在こそが艦船という存在を救う存在であると、彼女は確信していた。奇しくも、それはエンタープライズが神代恭介と初めて出会った時に抱いた感想と同じものだった。

 

「世界が、動き出す」

 

 部屋の中で自らの「運命」に想いを馳せるビスマルクの言葉を、扉の外で聞いていたプリンツ・オイゲンは、世界が動き出す瞬間が来ていることを悟っていた。

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