はっきり言ってしまえば「クレイジー・キッチン」と「やせいのいしおの!」および「私立!三十三間堂学院」のステマ作品。
まずい。
時は、放課後。生徒会四天王の一人、西村
まずいといっても、料理の話ではない。
現在千秋たちが行っている生徒会活動が、あまりうまく行っていないのだ。
「うーん……全然集まらないね~」
「だっる……。つーか足痛った。ちょっと休んでいかない?」
千秋の内心を代弁するように声を発したのは、黒髪おかっぱの少女、同じ生徒会四天王の一人、天持
普段はぽややんのんびりとした彼女の声も、今日ばかりは残念そうな色に染まっている。
対照的に、やる気のなさそうに愚痴を漏らすのは、増永
彼女たちが普段は寄り付きもしないビジネス街に足を運んでいる理由はただ一つ。
文化祭の資金が足りないのだ。
三十三間堂学院といえばお嬢様学校の中でも名門として非常に有名。その文化祭といえば、わずか一日ながら毎年一万人以上が来場する凄まじい規模のものである。当日はバスや電車の増便を行い、警察の交通整理も協力してもらうほどといえば、その超高校級の盛り上がりもわかるだろう。地域への経済効果も、並のイベントの比ではない。
当然生徒会や文化祭実行委員には、なんとしてもこの文化祭を成功させなければならない責任がある。
本来ならば特に問題はないはずだったのだが、とある事情で、文化祭の予算の大半が入ってこなくなってしまったのだ。残りの予算は事前に出演依頼していた外部タレントのギャラなどで消えてしまうため、生徒の出し物等に使える文化祭予算はゼロ。
繰り返すが、三十三間堂学院の文化祭は、毎年地域経済に影響を与える非常に重要なイベントなのである。一度でも失敗の前例を作れば、その悪影響は今年のみならず来年以降にもかなりの問題を生むだろう。
このままでは破綻は必至。
千秋が顔面蒼白で困窮していたところに、生徒から「地元のお店にスポンサーになってもらい、広告費を集めよう」という策が出されたのである。
そういった理由で千秋は、同じく生徒会役員四天王の東、南とともに、学校から少し離れたビジネス街にまで足を伸ばしたのだが……。
その途中経過を受けての、冒頭の「まずい」である。
まったくもって、スポンサーの集まりは芳しくなかった。
「休んでる暇なんてありませんよ。南さんもサボってないでさっさと仕事してくださいよ」
千秋は愚痴をこぼす南にイラッと来て、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。
だが南はそんな千秋の言葉を受けても平然とした様子で愚痴を続ける。
「つーか、私らだけこんなところまで来るのっておかしくない?」
「何がおかしいっていうんですか。今でも有志の生徒たちがスポンサー集めに、商店街を駆け回ってくれてるんですよ? ならこういう遠いところは、生徒会の私達がやらなくてどうするんですか」
「別になんでもかんでもやりゃいいってもんじゃないでしょーが。そりゃ商店街は地元だし、文化祭が中止になって困るのは同じだから、多少は協力してくれるわよ。でも、こんだけ距離ある場所のビジネス街って、別に文化祭が中止になっても全然困らないじゃん」
うぐ、と千秋は言葉に詰まる。
だがそれも数秒。顔をやや紅潮させながら、勢いのままに南に言い返す。
「だからって何もしないわけにはいかないじゃないですか! それに、商店街の方は相当な数の生徒が向かってくれてますから、私達が回っても人数過多で邪魔になるだけですよ!」
「まあまあ、千秋ちゃん。ちょっとだけ休むくらい、いいんじゃないかな? 千秋ちゃんだって疲れてるでしょ?」
温厚な東が二人の間に割り込み、仲裁に入った。
それで千秋も止まるかと思いきや、むむむと数秒唸った後、ぷいっと後ろを向いた。
「もういいです。南さんも東さんもそこで休んでてください。私は一人で向こうのお店に頼んでくるので」
「えっ!? ちょっと、千秋ちゃーん!」
背後に聞こえる東の制止を無視し、千秋はズンズン足を進める。
その向かう先には、ひとつの洋食屋が君臨していた。
足を進めながら、千秋は自分の中の行き場のない苛立ちに苦しんでいた。
そりゃあ、千秋だって南の言うことがわからないわけではない。
わざわざ距離のあるところに足を運んで、効率の悪いビジネス街で広告を集めることに疑問を持つこともあるだろう。
だが、千秋にだって理由はあるのだ。
広告作戦は思いついた時はかなりの上策に思えたし、協力してくれる商店街の店舗は確かに多い。
だが、彼らとて商売。費用対効果や採算を考慮した結果一つ一つの額は小さく、予想よりも集まりが悪いというのが現状だ。
結局資金が集まりきらなかったということになれば、スポンサー探しの手は広げざるを得ない。その時頼るのは商店街以外の店舗や企業だろう。
ならば、今のうちに少しでも探しておくに越したことはないはずだ。
千秋は生徒会の一員であり、同時に文化祭実行委員長も兼任している。文化祭成功のための責任は二人よりずっと重い。
自分が少しでも金を集めて、なんとかしなければいけないのだった。
メンチカツだ。
なんだか急にメンチカツを作りたい気分だった。
客が引けて暇になった時間帯、顔を洗った俺はそんな衝動にかられていた。
目の前の鏡には『日本一の洋食屋』
そう。
ここ、ひだるまキッチンは洋食屋だ。洋食屋なのだから、もちろんメンチカツくらいメニューに存在する。
だが今日は夕方になる今まで、メンチカツ定食を注文する客はいなかった。
注文されたのはウチの一番人気のトンカツ定食であり、コロッケ定食であり、エビフライ定食だったのだ。
もちろんトンカツ定食がダメってわけじゃない。
自慢だが、うちの揚げたてのトンカツは最高だ。きつね色に染まった衣はサクサクしていて、その中の肉はフワッと柔らかく、一口食べただけでじゅわっと香りが口の中に広がる。どんなやつの舌でも満足させてやれる、それだけの自信がある一品だ。
だが今の俺は、無性にメンチカツを作りたい。
そしてそいつを誰かに食わせてやりたいのだった。
こういう時は、カナさん(本名金本香苗、ウェイトレス。最近巨乳だと勘違いしている客もたまにいるが、残念ながらパッドだ)にでも食わせてやるのだが、珍しいことに今日は欠勤するという連絡があった。
日が傾きつつある窓の外を眺める。
ひょっとしたらディナータイムでも誰もメンチカツ定食を頼まず、俺はこのムラムラした衝動を抱えたまま一日を終えるのだろうか。
冗談ではない。
腹が減れば飯を食う。眠気があれば惰眠を貪る。ヤりたくなったらファックする。人間とはそういうものだ。
ならば俺もこの衝動を解消する権利があるはずだ
よし、こうなったらその辺に歩いている通行人でも引っ張り込むか。
そこまで考えたところで、からんからん、とベルが鳴る。
顔を上げると、ひだるまキッチンのドアから顔を覗かせていたのは、一人の女子高生だった。
「すみません。少々お話をよろしいでしょうか?」
「いらっしゃい。お一人かい? どうぞ入ってよ」
なるべく紳士的に聞こえるように声をかける。
眼鏡をかけた、見たところ知的そうな印象のある娘だった。制服も常連のボインやペタンとは違うものを着ており、何やら書類っぽいものを抱えている。
「あの、突然お伺いして申し訳ありません。えっとですね、私は三十三間堂学院の生徒会四天王西校舎担当、西村千秋と申します」
生徒会四天王ってなんだよ。
そうツッコみたい気持ちはないでもなかったが、俺も調理師専門学校時代には『厨房の
「実は今日は食事に来たのではなく、お話があってですね……」
「洋食屋に来て料理じゃなきゃなんだ。何を出せと?」
「端的に言えばお金です」
「なんだ、強盗か」
俺は片手を上げて、そのまま軽快に指を鳴らした。
「出口のない迷宮……モード・プリズン、起動!」
俺の叫び声と同時に、西村さんとやらの背後でガラガラと大きな音が鳴り、店のシャッターが下りる。
「────は?」
口から間抜けな声を漏らした西村さんを嘲笑うかのように、ドア、窓の類が次々と施錠されていく。
慌ててどこか開くような窓やドアがないかと探していたが、当然そんなものはどこにもない。
「ちょっと! 何考えてるんですか! 言っときますけどこれ犯罪ですよ!? 監禁罪って結構重いんですからね!?」
「ははは、いきなり金を出せと迫る強盗に法律を語る資格はないだろう」
笑いながら俺がそっとカウンターの内側に手を伸ばすと、彼女は慌てたように書類ごと手を振り、
「ち、違います! 私、強盗じゃありませんから! 通報とかやめてください、こんなので警察沙汰なんて皆に何言われるか……」
「ははは、わかっているさ、冗談だよ」
そう言って紳士的に微笑む。年齢も胸のあたりも対象外な相手だが、それでも女性にはベッドの上以外では紳士的でありたいものだ。
ちなみにカウンターの内側にあるのは通報ボタンではなく、防犯用の釘バットなのだが、それは説明しなくてもいいだろう。
西村さんはなにかいいたそうな顔で俺と閉じたシャッターを見比べていたが、それも数秒。
気を取り直したように要件を話し始める。
「こほん。実はですね、近々我が学院では文化祭がありまして……」
彼女の話を要約すると、こういうことだ。
名門お嬢様校で例年通り大規模な文化祭をしたいが、大人とのいろいろな事情で金が無い。
広告で宣伝してやるから支援金を出せ。
ウチの文化祭には大勢お金持ちが来るから、金持ちに絞って広告打てるのはいいチャンスだぞ。と。
「悪いがそういう話なら、協力はできんな。俺が出せるのは料理だけだ」
一通り聞き終わった俺は、きっぱりと断らせてもらった。
西村さんはしばらく「そこをなんとか」と食い下がっていたが、店内を見回すと、
「すみません……お時間取らせしました」
と、諦めたように肩を落とした。
まあそれも当然だろう。
およそ十席ほどの小さな店だ。
これは『ただ一人で気兼ねなく料理をしていたい』という俺の都合を完全に優先したものである。さらに料理の値段も、味に比べてできるだけ安く抑えてあることはわかるはずだ。
一切の妥協がないとは言わないものの、俺のポリシーに従って作った店は、およそ業績拡大だの利益優先だのといった方針からは限りなく遠い。
はっきりいうと、見るからに大して儲かっちゃいないのだ。
金持ち校の助けになるほどの金など持っちゃいないし、わざわざ金持ち限定の広告も必要ないことくらいわかるだろう。
「では失礼します。…………はぁ。結局南さんの言うとおりか……」
西村さんはブツブツと何かつぶやきながら、うつむき加減でシャッターの方へと向かっていった。
しかし、金か。
世の中を金持ちと貧乏人に分けるなら、俺は間違いなく貧乏人に入る。
だが、金持ちの家に生まれたお嬢様もこうして苦労しているのを見ると、なかなかに考えさせられるものがある。
結局金持ちも、貧乏人とは違う形で金に振り回されているのかもしれない。
俺は料理を他人に食わせて、喜んでもらいたい。
金持ちだろうと貧乏人だろうと、別け隔てなくだ。
「…………あっ」
暗い顔で歩いていた西村さんだったが、出口のギリギリまで来たところで、自分が閉じ込められていることに気づいたようだった。
「あの、すみません。このシャッター開けてもらえますかね?」
「断る」
「えっと……監禁は重罪だって話、しましたよね?」
「そうだな。だが犯罪という点に目をつぶれば何も問題はない」
西村さんはいかにも「なんだこの店主。話が通じない」とでも言いたそうな顔をしていたが、それはさておいて俺は話を続ける。
「ところでキミはメンチカツは好きか?」
「い、いえ……あんまり。揚げ物ならトンカツの方が……」
「そうか。今日はメンチカツが大好物になる日だな、おめでとう」
そう言って俺はテキパキと準備を始めた。
客が来たら最初からこうするつもりだったのである。
そうでなければ、わざわざ監禁などしていない。
「いえ、だから私は客じゃなくてですね……大体持ち合わせも……」
「安心しろ、俺の
「いや、そうじゃなくてですね!?」
「おかしいな。俺の知る女子高生とは、自分から尻を焼いてほしいと頼むような生き物なんだが」
「ここの客層どうなってるんですか!?」
知るか。客のアレさまでは俺の責任じゃない。
早速メンチカツ定食の調理に取り掛かった。
予め基本的な下ごしらえは全て済ませている。
この俺が手ずからミンチにした肉に、自分なりに完璧を求めて調合した、卵やパン粉を主とした衣。
さらに目と耳で油の温度を確認して、その中に成形して衣をつけたタネを投入。
良い音を立てて揚がっていくメンチカツを見て、自然と笑みが浮かんだ。
「ゲーッハッハ! ゲーッハッハ! 美味しくなあれ!」
「ま、魔王…………」
揚げたてのメンチカツをキャベツの千切りとともに皿に載せてやる。そこにツヤツヤと輝く白飯に、香り高い味噌汁をつけて完成だ。
「お待ちどうさん! ひだるまキッチン特製、メンチカツ定食だ! 熱々のうちに食ってくんな!」
西村さんは、最初は食べていいのか、という顔をしていたようだったが、それも数秒。
食べなければ出られない状況だ。
半ば諦めたように箸を掴んで、メンチカツを口に入れた。
瞬間。
「ウッソ、めちゃくちゃ美味しいですよ! これ本当にメンチカツですか!?」
西村さんは大きく驚いたように言う。
おそらく彼女のメンチカツ観を変えるだけの味わいだったのだろう。
フーフー冷ます時間ももったいないとばかりに、ハフハフ言いながらメンチカツと白飯を口に運んでいく。
それを見て俺は満足して微笑む。
こういう反応こそ、俺という料理人にとっては最高の賛辞だ。
ジューシーだのなんだの、わざとらしい表現などいらない。
「こ、この芳醇でジューシーかつ厚みのある味わいは────」
「黙って食え」
「…………はい」
やがて完食した西村さんは、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。正直、メンチカツ舐めてました」
そう言ってもらい、こちらも嬉しくなる。
彼女だって本当は全部食べるつもりすらなかったろう。
腹が減っていたわけでもないのに、いきなり監禁されて出された好きでもないメシだ。
適当に手を付けて、いやいや上の口で咀嚼しながら、半分程度食べたところで「もう食べられないから外に出せ」とでも言うつもりだったのだろう。
俺自身、世間と比べればめちゃくちゃなことをやっている自覚はある。
だからこそ、空になった皿が誇らしい。
これこそ彼女を満足させられた証拠だからだ。
「私は料理についてそんなに詳しくないので、あまりはっきりとしたことは言えません。ただ、この料理にはひとつひとつ、ものすごく細かな心配りがされていることはわかりました」
「ははは、まあ洋食屋だから当然だな」
「店主さんが言いたかったのは、こういうことだったんですね」
「うん?」
「私は広告を出すときも、ただメリットを提示してお願いするだけで、相手のことを細やかに考えるような、心の機微がわかっていませんでした。やっぱり、人の心を動かすには、心細やかな考えが必要だったんですね」
「……………………うん、まあな」
そこまで考えてなかった。
まあ、彼女が彼女なりに悩みに答えを見つけたなら、それはそれでいいだろう。
わざわざ水を差す必要もない。
とりあえず俺のメンチカツ欲は一旦落ち着いた。あとはせいぜい彼女を紳士的に解放してやることにしよう。
「じゃあそろそろ鍵を開けようか。悪かったね、強引にごちそうしちゃって」
鍵を開け、軋んだ音を立てるシャッターをぐっと押し上げる。
西村さんは持ち物をまとめると、こちらに一礼。
「ありがとうございました。えっと……」
すこしだけ言葉を切ってから、
「文化祭を成功させたら、生徒会の皆で来ます」
それでも、はっきりとそう言った。
「ああ、楽しみにしてるよ」
ドアを開けて西村さんが外に出ると、二人の少女が彼女に駆けつけた。
「良かったー! 千秋ちゃん無事だったんだねー! 怪我はない? 何もなかった?」
「わっ、東さん。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「アンタ口にソースつけて……まさか人が心配してる時にご飯食べてたわけ?」
三人でワチャワチャしているのを見て、目を細める。
おそらく、同じように広告集めを頑張っている生徒会の仲間なのだろう。
俺は貧乏人だ。金のことで助けてなどやれない。
今回俺がしたことだって、身勝手に料理を押し付けただけだ。
だが、そのことが少しでも彼女の助けになったなら、それはきっと幸いなのだと思う。
さて、店に戻ろう。
そう思った俺の肩に手が置かれた。
いつかどこかで見た、毛深い腕の男だ。
確か以前留置場で出会った警察官だったか。いや、自分を警察官だと思い込んでいる山賊だった気もする。
男は片手で警棒を弄びながら、俺を冷たい目で見ていた。
ふむ。客観的に状況を見てみよう。
女の子三人のうち、一人が店に入った。
するといきなり店のシャッターが降りて、監禁状態。
中の状況は不明。全く出てくる様子もない。
西村さんがスマホを使った様子はなかったから、おそらく電池切れか何かで、連絡もついていなかったのだろう。
さて、この状況下で彼女の友人二人が取る行動はなんだろう。
「通報があったから来てみたが、やっぱりお前か、日野洋二。とりあえず逮捕な」
「ふむ。一つ聞くが、迷える少女にタダでメシを食わせ、そっと背中を押してやった俺の何が悪いというんだ?」
「監禁の現行犯だ!」
そりゃそうか。
まあ、よくあることだ。
手錠の重みと、メンチカツの残り香に包まれた俺は、程よい満足感に浸っていた……。
日野洋二は「クレイジー・キッチン」。
西村千秋、天持東、増永南は「やせいのいしおの!」および「私立!三十三間堂学院」に登場しています。
ちょっとでも気に入ったら原作買ってね。原作は100倍面白いから。