モモンガは蒼の薔薇の面々を見回し、イビルアイに目を止める。
「――話し合う前に、その者に仮面を取ってもらってかまわないか?」
「っ!」
「ど、どうしてでしょうか。失礼に当たるのでしたら、彼女は下がらせますが……」
イビルアイが息を呑み、ラキュースが何とかとりなそうとする。
「いや。まだ幼い身なのだろう? 傷や呪いで容貌を損なっているなら、私が癒せるかもしれん」
「そそそんなわけないだろ!」
「っ、バカ……」
食って掛かるように言うイビルアイに、ラキュースが頭を抱えた。
「モモンガ様の慈悲深きお言葉に何という態度!」
「これ以上失礼なきよう、取り押さえておきましょうか」
エンリとニグンが、怒りを露にする。
アルベドも二人に頷きかけた……が。
「やめよ」
モモンガが三人を抑えるように手を挙げた。
険しい視線を向けたままではあるが、三人が一歩下がる。
「確か、イビルアイ殿だったな。名といい、仮面といい、お前は私に正体を明かせぬ身ということか?」
じっと見据えて言う。
その目は冷たく、今にもあの威圧感を放ちそうに見えた。
冒険者に過去の詮索は……などという言葉で言い逃れできる相手ではない。
「わ、私はっ」
言い淀むイビルアイは、いかにも年相応の少女、いや幼女に見える。
「責めるつもりも、なぶるつもりもないのだがな。アルベドよ、兜を外せ」
「はっ、承知いたしました」
初めて発されたアルベドの声は、モモンガと酷似している。
まずい、とラキュースは焦った。
彼女が顔を露にするなら……礼儀上、イビルアイも見せぬわけにいかなくなる。機嫌を損ねていい相手ではないのだ。
「っ、それには――」
及びません、と言おうとしたが遅かった。
アルベドが兜を脱ぎ……モモンガと同じ顔を露にする。
「モモンガ様と同じ顔……!」
「二柱は双子であらせられたのか!」
「双子でカップル……いける?」
「こっち見んな」
元より、アルベドの素顔を知るのはニニャとニグンのみである。
エンリも含め村人らは、騒然となった。
「……さて、これでこちらは隠した顔を晒したぞ。お前の素顔を見せてもらえないのか?」
モモンガが小さく首をかしげた。
あたふたと慌てるイビルアイだが、ラキュースも首を横に振って見せるしかない。
ここで仮面をつけたままでは、信用など得られまい。元よりアンデッドを使役する神と、その信徒の村だ。イビルアイの正体をとやかくは……たぶん、言うまい。
「わ、わかった……素顔を、見せる……」
イビルアイが震える手で仮面を、はずして見せた。
紅い目と、八重歯めいた犬歯が明らかになる。
美しい、と言っていい容貌だ。
某階層守護者をふと思い出し、モモンガの顔がほころぶ。
(く……あのヤツメウナギ、まだモモンガ様の中に……!)
シャルティアと、その創造主を思い出しているのだと気づき、アルベドの表情は険しくなった。
「なんだ、吸血鬼か。隠すほどの秘密でもあるまいに……いや、人間社会は吸血鬼を差別しているのか?」
モモンガが呟いた。
「まあ、吸血鬼は人類の敵とされておりますからな。隠しておるのでしょう」
ニグンが素早く、吸血鬼について補足を入れた。
思った反応とは違うが、蒼の薔薇の面々は安堵の息をつく。
「そうだったか。では、人の名を捨て、異なる名を名乗るも道理だな。イビルアイよ、すまなかった。この通りだ。少々誤解していたらしい」
モモンガが軽く頭を下げて見せる。
「モモンガ様、そのような者に頭を下げる必要は!」
「モモンガ様に間違いなどありません!」
「その者が紛らわしい姿をしていたせいですよ!」
アルベド、ニグン、エンリが、叫ぶように言う。
モモンガに頭を下げさせたイビルアイには、殺意とも言える視線が刺さった。
カジット、ブレイン、ニニャ、村人、アンデッドらの視線も、剣呑極まりない。
背を向けているモモンガは気づいていないが、イビルアイとしては先刻の威圧に迫らんばかりの恐怖である。
「っききき、気にしてないぞっ! 仮面を着けていた私が悪いのだからなっ!」
「そうです、モモンガ様に問題など!」
慌てて、イビルアイも震え声で言い。
ラキュースも、「様」を付けて敬意を示す。
「そうか。そう言ってもらえるとありがたい。良ければ、イビルアイ殿にはこの村では仮面を外して過ごしてくれたまえ。吸血鬼を差別する者などいない場所だ。私が保障しよう」
子供にするように、イビルアイの髪を撫でる。
サキュバスのスキル〈淫魔の愛撫〉を乗せたそれは、まさしくナデポ。
イビルアイの強張った心も蕩かす……はずだったが。
アルベドらのドロドロとした視線が、それを許さない。
頭部に送られる快楽と慈愛。
五感に送られる憎悪と憤怒。
心弱き者ならば、その場でショック死してもおかしくない、相反する過剰感覚。
「ああああ、ありびゃとうごらいまひゅっ!」
イビルアイは、吸血鬼になって初めて、失禁しそうになりながら屈し。
ひれ伏して礼を言った。
「ふふ……しかし、読みも外れてしまったな。てっきり、正体は件の王女殿かと予想していたのだが」
「えっ」
今度は、ラキュースが呆気にとられる。
一国の王女がこの辺境に来ると思っていたのだろうか、と。
「有能な人物なのだろう? 直接現れて驚かせようとしているのかと思ったが。ふむ……名前は何と言ったか?」
「リ・エスティーゼ王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフですな」
チラと横を見て問えば、即座にニグンが答える。
「ああ。そのラナー殿は、私に友好的な関係を求めていると聞いたのでな」
「は、はい。もちろんです。しかし、王国にはまだ情報が少なく……戦士長の報告も、法螺話扱いされております。私たちはモモンガ様について見定めるよう、言われて参りました」
モモンガは首をかしげた。
「戦士長は王の信頼厚いと聞いた覚えがあるが……彼の言葉は思いのほか、軽いのだな」
「……申し訳ございません」
王ではなく貴族の問題である。
彼は平民出身というだけで、貴族から冷遇されている。
たとえ、重視されようとも、女神の常識外れに過ぎる実力を信じたりはできまい。中途半端に信じて、愚かな貴族が暴走しなかったのは奇貨と言っていい。
ニグンが言葉を継いだ。
「仕方ありますまい。モモンガ様は人類の想像を遥かに絶した力を持つ御方。何より、彼女ら蒼の薔薇は、クレマンティーヌとは入れ違いになったのでございましょう」
「ん? ああ……そういえば、そうなるか。確かに、アレを知っていれば、少しは反応も違うはずだからな」
不穏な会話に、蒼の薔薇……それにカジットやブレインも顔を見合わせる。
村人も含め、クレマンティーヌが姿を消した理由など知らないのだ。
「ニニャの嘆願に、エンリ、ニグン、クレマンティーヌの意見を合わせた結果、王国貴族があまりに下劣かつ邪悪であると判断した。よって、該当する貴族の粛清を始めている」
「はっ!? そ、それはどういう!?」
貴族のラキュースは思わず問いただした。
その場にいた大半も、驚愕し、唖然としている。
「民を不当に搾取する貴族、虐待する貴族、奴隷にする貴族が対象だ。他国との癒着、麻薬栽培などは……まあ、民の生活や、各貴族の立場もあるだろう。判断材料とはしておらん。要は人間として、あまりに道を外れた者を処罰させている。ああ、盗賊団の類も見かけたら、適当に潰すよう言っているぞ」
「す、すみません、それは王国がすべきことであって、モモンガ様がなさることでは……」
明らかに内政干渉だ。
ラキュースは最大限、穏やかな言葉で咎めるに留めようとするが。
「王国が彼らを咎めるとでも言うのですか!」
魔法詠唱者の少年――ニニャが怒りをにじませ、口を挟んだ。
「私も相当の年月にわたり、王国貴族の所業を見てきたつもりだ。民への行いから処罰された貴族は皆無。少なくとも、一月ばかり前に見た法国の調書では、そうだったはずだが? 何か貴族を処罰する新法でも、発令されつつあったのかね?」
ニグンも嘲りを隠さず、援護する。
エンリを始めとする村人らも頷いた。
「失礼ながらモモンガ様、この者たちは御身を神ではなく、王国領土への侵略者と考えているのではないでしょうか」
冷たく見据えるアルベドが、さらに言葉を重ねる。
村人らの怒りが、さらに高まった。
怒号すら響く。
蒼の薔薇は、ここが完全な敵地だと思い知らされる。
名声に憧れる者も、親切心から味方になってくれる者も、いない。
「いや、仕方あるまい。何の庇護も与えずとも、この村は王国の所有物と考えられていたようだからな」
鷹揚に、モモンガが村人を諫めれば。
彼らは瞬時に静まった。
どれほど怒りがあろうとも。
女神の言葉を妨げる理由にはならない。
「そうだな。当人の報告を聞いてみるとしようか」
モモンガの慈悲だけが、頼りとなっていた。
「〈
「あの魔法、ホント便利だねー。王国中走り回った身としては、移動手段も欲しいなーって思ったりー」
「クロマルを貸そうか?」
「やめて」
「あの程度の連中相手なら、
「それもそうか」
「ありがとー、アルベドちゃん!」
「誰がアルベドちゃんよ……」
探索魔法で居場所を探り、〈
彼女が神々と緊張感のない話をしている中。
他の面々は、中空に映るそれを見て、ぽかんと口を開けていた。
やがて、じわじわと。
それぞれが、それぞれなりに。
理解し始める。
ニニャはドス黒い愉悦の笑みを浮かべ。
カジットは、主の力に喜悦を露にして。
村人らは多かれ少なかれ、留飲を下げた顔。
蒼の薔薇……貴族の生まれのラキュースには絶望しかない。
「なんだよ……あれ」
「どれも……貴族ばかり。全員丁寧に、紋章や旗までつけて……」
「ただの
モモンガの造り出した〈
遠く、王都を臨む街道を、ぞろぞろと進む貴族たちの
周囲を取り囲む松明で、それらは夜なお明るく照らされている。
松明の持ち主……巡視兵らが矢を射かけ、槍で突いているが。
まるで効いた様子もない。
燃え上がらせようと火を近づけても、それらは松明を払いのけ、器用に火を避けていく。
ただの
特殊能力こそないが、
無抵抗でも、一般兵に傷をつけられる存在ではない。
いや、傷だけなら見るも痛々しい拷問の痕跡が残っている。
彼らは己の身分を喧伝するように紋章を掲げ。
マントのように羽織った布には、血文字で大きく。
『この者、外道なり。女神モモンガの名のもとに天罰を下す』
伝説級の強さを持つアンデッドが、紋章とマントだけを守りつつ、ひたすら前に進む。
明日の朝には、王都の門からも見えるだろう。
既に相当の騒ぎとなっているだろうに、王都側に兵が配置された様子もない。
根拠のない自信に満ちた、王都の兵を思えば……たかが
どれほどその頑強さを報告しても、巡視兵たちは無能だと罵られているに違いない。
きっと、あれらは王都の門に至るだろう。
もし、蒼の薔薇があのまま王都にいたら……あれの対処に駆り出されたかもしれない。
「こっちに来て……いろいろ教えてもらってよかったな」
こと“冒険者”としての経験は最も高いガガーランが、しみじみと呟いた。
見た目に反して、一体でも相当の難敵だ。
それが百体近くいる。
王都に入り込もうとするそれを、城壁の外で押しとどめろと言われれば……正直、蒼の薔薇でも無理だろう。
兵と冒険者をかき集め、一丸となればあるいは……という程度。
倒しても
倒せなければ全責任をかぶせられかねない。
貧乏くじどころではない……厄ネタそのものだ。
「叔父様……朱の雫も、今は王都にいないはず。すると対処は……」
「戦士長に同情」
「貴族から無能って言われるのに金貨一枚」
戦士団でも食い止められまい。
身元の証明までしっかりつけた、あの
貴族間は血縁でしっかりと結びついている。
王都にも彼らの血縁者や、その配偶者がいるはずだ。
ラキュース自身が、鼻持ちならぬ求婚者を多数袖にしたのだし。
見覚えのある求婚者も……
そんな風に、ようやく冷静に、分析をすれば。
「――とまあ、こんな次第だ。王国における私の認識も変わるだろう」
気取りすらなく、当たり前のことのように。
女神が言った。
王都ゾンビ災害前夜。
なお、ゾンビは押しのけて前に進むだけなので、人的被害はほとんど出しません。
モモンガ様は慈悲深い女神ですからね!
予定では、蒼の薔薇とのやりとりは今回で終わるはずだったのですが。
イビルアイのマスク狩りで、文章量やたら増えてしまいました。
一対一ならナデポ発動間違いなしでしたが、狂信者プレッシャーによって打ち消されてます。
ティア&ティナは内心ビビってますが、顔には出さず平常運転です。
これもリーダーたちの平常心を保つための心遣いなんだ……。
こういうやり取りさせてると思いますが、ニグンさんめっちゃ便利で有能ですね。
社会情勢とか常識とか、だいたいなんでも知ってるので、素早くフォローしてくれます。
人間視点でのアレコレもできるので、たぶん転移後世界の補佐役としてはデミウルゴスより優秀。
変な深読みもしないしね……。