とはいえ、一気に飛ばすと何がどうなったかよくわからないので。
ダイジェストにて、例の一日をお送ります。
ぶつ切りごとに、視点も変わります。
長くなったので前後編!
その前日。
王都リ・エスティーゼ城壁門の一つに、街道巡回兵が何度も来た。
街道に
最初こそ
何度も来る必死さに、異様な気配を感じた。
ゆえに、王都治安を預かる貴族へと報告に向かう。
だが、王都は長年――いや建国以来、外敵の脅威に晒された前例がない。
不死者や怪物で滅んだ都市などいくらでもあるというのに。
危険な異国の話、己らとは関係のない物語りと聞き流し。
ほんの数百年の前例を――絶対の法則と過信した。
何の根拠もない無意味な自信。
愚かしい安全神話。
今や王都の衛兵や巡回使は腐敗の温床であり、犯罪組織とずぶずぶに癒着しきった集団。彼らは武官でも文官でもないが……己らを以て貴族に準じる官僚なのだと任じている。王都内の随所で賄賂を受け取り、犯罪を助長し、都合よく制定された法を最大限利用する者たちだ。
当然ながら、彼らを取りまとめる貴族もまた……己の私腹を肥やす以外の能力を持たない。
面倒な報告は握りつぶす。
再三来れば、会いもせず追い返す。
王都は絶対に安全なのだから。
ありえない報告で、己を煩わせるような部下は無能である。
当然ながら王城にも報告しない。
無駄な報告で、王や大貴族を煩わせてはならないのだ。
彼に限らず、この日の王都貴族には、もっと大事な仕事があった。
次期国王たる第一王子バルブロに、貴族的な、優雅で、愉しく、支配者にふさわしい“遊び”を教授するのだ。
無能な現国王と違い、バルブロ王子は貴族の誇りをよくわかっている。
その血の権利と義務を、よく知っていただくのだ。
王国貴族にとって、これ以上重要なことなどあるまい。
夜、少なからぬ王都貴族と……王国第一王子が、“特別な遊び場”に向かう。
己の運命を知らぬまま。
王都の外に迫る死者を知らぬまま。
その夜。
王国に深く根を張る犯罪組織、八本指は大忙しだった。
奴隷売買部門の運営する娼館に、第一王子バルブロがお忍びでやって来るのだ。
第三王女の飼い犬でもあるアダマンタイト級冒険者――蒼の薔薇も今は王都に不在。
気に入って常連になってくれれば、傀儡化はなお容易になる。奴隷制度の復活も夢でない。
この流れに他の部門もこぞって乗る。
金融部門は少なからぬ資金を提供し。また、借金から身を売った娘らを、前日から裏娼館へと回した。普段は配置されない、陥れられた貴族や商人の娘らも飾られる。
賭博部門は元より第一王子と十分な縁がある。顔見知りらを裏娼館にさりげなく配置する。他の客や店員に見知った顔がいれば、警戒もすまいという配慮だ。
警備部門は最大戦力である六腕を配置。王子の私兵のように錯覚させ、王城内に根を張るつもりだ。うまくやれば、戦士長ガゼフのように、表の地位を獲得できるだろう。
暗殺部門も、多数の人員を警備用に配置した。直接に手を下さずとも、この区画に近づく者を全て調べ、無用な騒ぎを一切起こさせぬよう、最大級の警戒態勢を敷く。
常ならば水面下で争う八本指が、一枚岩となったと言えたろう。
とはいえ、妙に
密輸部門はなぜか、人員を割けないと言い出した。
さらに、麻薬部門からは一定量の麻薬が融通されていたが……当日になって、来るべき人員を寄こさない。いつもなら、麻薬部門の長ヒルマは自ら顔を見せ。場合によっては王子に抱かれる役すら買って出たろうに。
八本指はその夜、忙しかった。
密輸部門と麻薬部門を糾弾するのは、明日以後でいい。
奴隷禁止によって斜陽となった奴隷売買部門は、焦っていた。
他の部門もそれぞれに焦る理由があった。
目の前の餌が大事で。
いつもの慎重さを……忘れていた。
ひらたく言えば浮かれていたのだ。
だから、王都の外をよく知る二つの部門が現れぬ理由に思い至らなかった。
あるいは彼らも、王都の安全を根拠なく信じ込んでいたのか。
戦闘力自慢の六腕も、平和ボケしていたのか。
密輸部門と麻薬部門は、ただ“耳が早かった”。
彼らは貴族の連続死、王都に迫る死者の脅威を、正しく知り。
また、殺戮の実行者が今夜にも王都に来かねないと予見し。
ろくに対応できぬであろう衛兵。
王都の市場を捨てられぬ他部門。
情報共有したがゆえの混乱。
自身の脱出が遅れる危険性。
冷静に。
冷酷に。
彼らは分析し、判断した。
両部門で協力し、仲間の八本指にも気づかれぬまま。
この夜、素早く王都を脱出したのだ。
しっかりと、死者の迫り来る方角には背を向けて。
バルブロ王子は機嫌がよかった。
王宮のメイドは貴族の子女である。
乱暴にすると面倒なのだ。
義父からもうるさく言われている。
王国の頂点たる己に、好きにできる玩具がないなど、おかしいではないか。
だが、今日は好きにできる場所に行く。
とても機嫌がいい。
「そういえば、貴殿からもらい受けたこの我が愛馬は、私に直接仕える特別な存在。言わば神の使徒に等しい!」
馬上で横に並ぶ貴族らにも、機嫌よく話しかける。
彼が人から受け取った品を覚えているなど、稀有なことだ。
「だから、今夜はこいつにも女の味を教えてやろうではないか。もっとも、下等な平民女などに、我が愛馬の相手はもったいないだろうがな!」
とんでもないことを大声で言いながら笑う。
これがバルブロという人物。
常識も現実も知らぬまま、己を神の如く勘違いして育ってきた男である。
取り巻きの貴族らも、追従の笑顔がひきつっていた。
八本指の暗殺部門が周辺警戒を密にしていて、別の意味で助かったというべきか。
やがて彼は、本来は裏娼館手前で止めるべき馬を、直接乗り付け。
しかも、娼婦に馬の相手をさせろと言い出す。
厩舎ではなく館内で。
彼なりの、気の利いた見世物のつもりで。
夜の路地を、三つの影が歩む。
よく見れば、左右の屋根を素早く駆ける二人の女盗賊もいる。
彼女らは周囲に散る暗殺部門の兵隊を始末し、また沈黙させていた。
「ねー、ニニャちゃん。これから私たち、裏娼館に乗り込むんだけどさー」
「はい……」
強張った顔で頷くニニャを、クレマンティーヌは一瞥する。
「お姉ちゃんに、ひっどいことした連中がうじゃうじゃいると思うんだー。実際、してる最中に出会っちゃうかも。いや、お姉ちゃんがもう生きてなかったら……ぜーんぶ、仇かもしれないねー?」
「…………」
言葉はないが。
殺意と憎悪が膨れ上がるのは手に取るようにわかる。
「おい、クレマンティーヌ」
「黙っててねー、カジッちゃん。共感してるみたいだーけーどー、この子とカジッちゃんは大きく違う点があるんだよー?
カジットが口を挟むが、クレマンティーヌは耳を貸さない。
「あのさー、ニニャちゃん。わりとマジなアドバイスなんだけどさー。熱くなって勢いで行動しちゃダメだよー」
「……復讐しちゃ、ダメって言うんですか?」
ニニャの殺意が、クレマンティーヌに向く。
己の復讐を妨げる存在と、見ているのだ。
心地よい、子犬の威嚇のようなものだ。
ひらひらと手を振り、軽く払うそぶりを見せた。
「ちがうちがーう。勢いでやっちゃうとさー。あっさり殺して、死体を延々と刺したり切ったりしちゃうんだー。とっくに死んだ奴を延々とねー」
「…………」
ニニャ自身、容易に想像がつく。
「でさー。あとになって、すっごい後悔するんだよー。なんでアイツをあんな、あっさり殺しちゃったんだろーって」
「っ、やめろクレマンティーヌ」
嗜虐趣味のないカジットには聞くに堪えない言葉だ。
だが、クレマンティーヌは止めない。
「そーするとねー? おねーさんみたいに、復讐した後で壊れちゃうかもよー? どうでもいい相手でも、後悔しないよーに痛めつけて殺さないと気がすまない、こんな殺人狂になっちゃうかもー」
「…………そう、ですね」
素直に頷いた。
「そうだよー。だからね。落ち着いて冷静に……憎ったらしい奴は念入りに。ニニャちゃんが満足するまで、痛めつけて痛めつけて痛めつけて、しっかり後悔させて……殺そうねぇ?」
「はい! クレマンティーヌさん、ありがとうございます!」
ニニャは元気よく頷き。
光の消えた、濁った目で礼を言った。
「これまで、あんなに念入りにやってきたんだよー? サクッと殺しておしまいじゃ……ここで酷い目に遭ってるカワイソーな人たちに申し訳ないし~……死んじゃった人たちも浮かばれないからね~」
「はい、しっかり思い知らせましょう!」
ニニャは既に暗黒面へ堕ちていた。
(アカン)
カジットは一人、頭を抱える。
自分がいかに常識人で、善人だったか。
女神のおかげでもあるが……改めて思い知ったのだ。
早朝。
王都リ・エスティーゼ正門を守る門衛たちは、いまだまどろみから覚めきらぬ中。
突然の轟音に飛び上がった。
王都の門は日暮れと共に閉ざされる。
当然ながら、今はまだ門の開かれる時間ではない。
外を見張るべく配置された兵もいるが、ろくに見張りなどしていない。王都が攻め込まれることなど“ありえない”のだから。
暴れ馬車でもぶつかったのかと、門衛たちは不平をこぼしつつ衛兵用の小門に向かう。
王都を守る大門も長年の平和に形骸化し、今や強度より装飾重視。
門に大きな傷がつけば、その者は多額の賠償を請求されるだろう。
裕福な相手なら門衛がおこぼれにありつくのも容易だ。
この時間帯なら脅して、奪ってもいい。
外壁上に出てきた兵士が何か叫んでいる。
思った以上に大ごとなのかと。
それでも緊張感なく外に出た門衛たちは。
それを見た。
そこにいたのは貴族たちだ。
側近や執事や子女も混じっている。
数は数十といったところ。
過去に門を通った者、門衛に袖の下を渡した者もいる。
だが、今日現れた彼らは……死んでいた。
濁った目、こぼれた眼球、あるいは抉られた眼窩。
口からはだらしなく舌が伸びて垂れさがり。
舌を口に戻せぬよう針で貫かれ。
また顔の皮膚を剥がされたり。
手足の肉を細かく切り刻まれたり。
内臓をこぼし引きずっていたり。
筆舌尽くしがたい拷問を受けた姿で。
なおも、誇らしげに己の紋章を下げ、掲げて。
『この者、外道なり。女神モモンガの名のもとに天罰を下す』
血文字でそう書かれたマントを身に着けて。
門に押し寄せ。
みしみしと、門を軋ませていた。
それは――墓場などに時折現れるものとはまるで違う。
あまりにも悪意にまみれた姿の、
門衛たちが剣を抜き、槍で突き、矢を射かけても。
王都の門は、枠こそ鉄だが、大半が木材。
火攻めにすれば門自体が燃え上がる。
彼ら王都付きの門衛は、官僚に近しい立ち位置。
平民や暴漢を痛めつけた経験こそあれ、従軍経験などないのだ。
街道では既に騒ぎが起き始めていた。
王都に来る民が、その姿を目にしている。
騒ぎは悲鳴や怒号となり、混乱を起こす。
だが、平民の騒ぎなど門衛の知ったことではない。
装飾重視とはいえ、門は門。
ひとまず門衛らは王都内に退き、伝令を出す。
まずは門を閉じたまま、待てばいい。
怪物相手に戦うのは、己らの仕事ではないのだ。
巡回兵らが怠慢なせいで――と、彼らがぼやく中。
40レベル近い……難度100を超える
門はひたすらに押され、鉄の閂がひん曲がる。
重厚な蝶番が弾け、外れる。
門が押し破られたのだ。
ぼやいていた門衛が数人、門の下敷きとなり圧死した上を。
わずかな時間とはいえ、門で足止められた彼らは合流し始めていた。
街道から100体近い列を為して。
生前を蔑む姿の彼らは、王都の大通りを練り歩き始めたのだ。
次回、ガゼフ――別に死なないけど、死んだ方がいいような状態になる!
王都の社会組織がクソすぎると思われるやもしれませんが。
貴族があそこまで腐敗して、賄賂横行してるとなると、こういう社会になっちゃうのもやむなしかなって……。
貴族だけクソで末端は清廉……ってわけないですしね。
兵士襲撃からの女神降臨で吹っ飛びましたが、実際はカルネ村内でも細かい争いや面倒ごとはあったはずです。
ツアレは……まあ原作でも言われてた、人間以外と交わる夜が今夜ってことで。
ある意味、同じ目にあったクレマン先輩と仲良くなれるかもしれませんね。
ニニャが暗黒面に完堕ちするのはやむなし。
バルブロ王子が原作ニニャより酷い状態になるのもやむなし。
このへんの詳細は、ホントにきっつい話なので詳細はたぶん書きません。
(自分で決めたクセに)
ティア&ティナは、保護した娼婦らと深夜に帰りました。
モモンガさんは発情モードだったので、〈
保護された娼婦らはヤバイ状況ですが、主に心労かけたくないのでアルベドさんが見せないよう配慮します。
カジットさんが胃を痛めつつ、ストッパーとして残ります。
双子に代わりビーコン役としてニグンさんが来ますが、その辺りの詳細はたぶん次回に。
〈