アルベド二人旅   作:神谷涼

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 帝国の運命が、歌う林檎亭で決まっていく!



31:俺は暴力が嫌いだ そいつは嘘じゃねぇ

 イミーナとヘッケランは、願い事について事後報酬にしたいと言った。

 当のカルネ村がどんな場所か、女神に何ができて何ができないか、知らねば良い願いもできなかったし。

 二人にとって重要な願いになるかもしれない。

 心の整理だって必要なのだ。

 

「ワーカーの仕事は金目当てと聞いたが。案外、現金を要求したりはしないのだな」

「だって、お金持ってないんでしょ?」

「お前たちが望むなら、王国なり帝国の国庫から拝借してもよかったが……」

「いや、そんな明確な盗品はちょっと……」

「そう答えられるなら、お前たちは立派だぞ。心貧しい者なら、奪った金でもかまわず欲しがるだろうからな」

「さすがに……ね」

「ああ」

「ふふ、そんなお前たちだから、私も認めたのだ」

 

 イミーナとヘッケランが頷き合う。

 そんな様子をモモンガはにこやかに眺め。

 アルシェとロバーデイクも、誇らしげな顔となった。

 

「では、一応願いは聞いたのだから、カルネ村に来てもらうぞ。それなりに引き払うつもりで準備しておいてくれ」

 

 四人がそれぞれに頷く。

 こうしたフットワークの軽さは、モモンガとしてもありがたい。

 

「あ、モモンガちゃーん、話終わったなら、そろそろ外で騒いでる子の対処をした方がいいんじゃないかなーって」

 

 周囲を固めるアンデッドたちの報告は、クレマンティーヌに届けられている。

 クロマルに阻まれた野次馬たちの先頭。

 騒ぐ女騎士の存在も、彼女はしっかりと認識していた。

 

「外で? 例の皇帝が来たのか?」

 

 首をかしげるモモンガ。

 皇帝という言葉にざわめくフォーサイト。

 

「いや、なーんか四騎士の一人って名乗ってるよー」

「ふむ。メッセンジャーということか。いいだろう。イミーナ達との話も終わったところだ、入れてやれ」

 

 

 

 

「ええっと……バハルス帝国四騎士が一人“重爆”ことレイナース・ロックブルズと申します」

「私が女神モモンガ――そして我が伴侶たる……」

「アルベドです」

(くふーっ! 伴侶!)

 

 レイナースが通された店内で、女神は普通の客と同様に席で座っていた。

 古びた酒場である。

 貴族は無論、明らかに超常的な美貌を持つこの女神らがいるにふさわしい場所ではない。

 

(それにしても……ここまで違うと、嫉妬すら感じませんわね)

 

 美貌の持ち主には、いつも嫉妬を覚えるのが常のレイナースだが。

 目の前の二柱は次元が違う。

 たとえ呪いを受ける前であろうと、彼女らとは比べ物になるまい。

 

(それにしても……)

 

 素早く店内を探るレイナースだが、状況がわからない。

 奥のテーブルには、ワーカーらしき男女四人組。

 また傍のテーブルには奴隷らしき森妖精(エルフ)らが三人。

 白と黒の女神はぴったりと身を寄せ合うように座り。

 傍にはただものでない女剣士と暗黒神官が控えている。

 

(どういう状況で、私はどういう立場として迎えられたのかしら)

 

 彼女は貴族である。

 女神に対しても相応の礼儀を示さねばと、考えていた。

 

「レイナースよ、ここは酒場だ。料理なり酒なり頼むがよい。もっとも、我らはさして(ふところ)豊かではないのでな。料金は自前で頼むぞ」

「っ……承知いたしました」

 

 可能な限り冷静に。

 レイナースは店に注文し、軽い食事と、それなりに高級な酒をボトルで頼む。

 自然と女神のいるテーブルに向かい、杯を交わすためだ。

 

(料金は私の自前……つまり、あくまで公的な関係はなく、酒場で出会った行きずりと言うことですわね)

 

 緊張を隠し、カウンターで出された料理と酒を手に、女神の元へ。

 料理は洗練こそされていないが、十二分に食欲をそそる香り。

 宮廷や貴族の家なら、こんな作法は軽蔑の的だろうが。

 場所によって“作法”は違う。

 庶民の場で貴族の礼儀作法を取り出すのは三流以下。

 こうした店なら、それに合わせた作法を示さねばならない。

 そのまま席につかず、モモンガとアルベドのグラスを受け取り、持って来る。

 

「おや……よいのか?」

「私はモモンガ様に、個人的な願い事があってうかがった身。どうか耳を貸す代価と思ってくださいませ」

「ん? 皇帝から言われて来たのではないのか?」

「モモンガ様のお答え次第では、皇帝に次第を伝えさせていただきます」

 

 モモンガは首を傾げた。

 

「私としては、お前たちの隠密部隊とやらを捕らえ、彼らの言葉を受けて来たのだが。直接、皇城なりに現れるべきであったか?」

「いえ、そのようなことは。元は私も皇帝陛下の護衛として訪れたのですが――」

(隠しても仕方ありませんわ。陛下には悪いですけれど、勝手に手札として使わせていただきましょう)

 

 レイナースは、皇帝が広場に来ようとしていたこと。

 共にいた主席宮廷魔術師フールーダ・パラダインの異変。

 それによる皇帝一行の一時帰還。

 レイナースが自身の個人的事情から、単独行動していることなど。

 少なくとも、広場で女神を見て、ここに至るまでの事情は隠さず明らかにした。

 

「ふむ。高齢だったならいろいろとあるのだろうな」

「年齢を感じさせぬ方でしたが……」

 

 などと言っていると。

 

「いや、違う。パラダイン師は私と同じ目を持っている」

 

 会話内容に耐えかねたアルシェが、テーブルから立ち、口を挟む。

 さすがに女神と四騎士相手にツッコム度胸はないが。

 それなりに尊敬し、感謝している師への渾身のフォローである。

 

「ほう? アルシェと同じ生まれながらの異能(タレント)を? なるほど、彼女と同様の衝撃を与えてしまったか。悪いことをしたな……いや、あの場で皇帝に会っていたら、アルシェやロバーデイクと顔を合わせず、イミーナともあの場限りになっていたやもしれん。これも巡り合わせの妙というものか」

「あ、あの、ではフールーダ様に衝撃を与えるほどの御力を、モモンガ様はお持ちなのですか!?」

 

 一人呟くモモンガに、レイナースは食いつき気味で問う。

 

「その老人よりは上だ。それでお前は、私に何を望む、レイナースよ」

「私の、この身にかけられた呪いをどうか、解いていただきたく……!」

 

 ずっと顔の片方を隠し続けていた髪を上げ。

 醜く膿み爛れた半面を示す。

 エンリやフォーサイトの面々は息を飲んだが。

 モモンガとアルベドはむしろ、興味深そうに“そこ”を覗き込む。

 

「呪い? それはお前の容貌以外に何らかの害を与えているか?」

「容貌を損なって、私はかつての全てを失いましたわ」

「ああ、お前の呪いを軽んじるわけではない。視力阻害や継続ダメージ等はないのだな?」

「え? ええ……そういった類は確かにありませんが」

「どういった状況で、かけられた呪いだ?」

「モンスターを討伐した時に、死に際の呪いとして……」

「そのモンスターはどんなものだ?」

「それは――」

 

 モモンガは矢継ぎ早に質問し。

 レイナースは可能な限り正直に答えた。

 納得した様子で頷き、指示を出した。 

 

「少し調べてみよう。アルベドも頼む。クレマンティーヌ、集眼の屍(アイボール・コープス)を一体店内に入れて調べさせろ」

「はっ」

「りょーかいー」

 

 入って来た何かに、アルシェが小さく息を飲んだが。

 かまわず、二柱の女神と……見えない何かが、多数の呪文を矢継ぎ早に使い、レイナースを精査する。

 かけられるのは、聞いたことのない呪文ばかり。

 占術系なのだろう。肉体異常を感じるものはない。

 この精査だけでも、二柱がフールーダ以上と十分にわかった。

 

「あ、あの、よろしいのですか?」

 

 明らかな期待のこもった声で問う。

 彼女としては相応の取引を――たとえ解呪など不可能でも、持ちかけられると思っていたのだ。

 その取引の内容や態度によって、女神を見極めんとしていた。

 だが、女神は勝手にレイナースを調べ始めている。

 

「どーせ、モモンガちゃんは決めたらやっちゃうし、逃がさないからねー。それにまだ解除するって話じゃないと思うよー」

 

 ただ一人、レイナースの不安を察したクレマンティーヌが、軽い口調で慰めた。

 女神らはレイナースの言葉などろくに聞きもせず、よくわからない言葉の混じった会話をしている。

 とりあえず、黙って待つ他なかった。

 

 

 

 

「結論から言うが、レイナース。お前の望む意味での解呪は、私には不可能だ」

「不可能……その、私が望む、と言いますと?」

「かつての容貌に戻り、今の実力を維持し、以前の生活に戻る解呪は不可能だ」

「そ、そこまでは望みませんわ。容貌さえ戻れば……」

「それだけならば、手段は二つある」

「あるのですか!」

 

 レイナースは立ち上がり、すがり付かんばかりである。

 

「お前のそれは、既に呪いであって呪いでない。お前は呪いを力として利用している」

「それは……」

 

 レイナースも薄々感じてはいたことだった。

 呪いを受けて以来、異様な力が宿っており。

 それが彼女の血生臭い復讐を達成させたし。

 帝国四騎士の地位獲得もまた、可能にした。

 

 モモンガとアルベドは、はっきりと認識しているが。

 それはレイナースが得た「カースドナイト」のクラスによる。

 呪いはクラス取得条件となり、彼女がそのクラスである限り決して解除のできない……いわば習得済スキルに等しい。

 

「今や呪いは、お前の本質の一つ。ゆえに“正常に戻す”類の術では、決して除去できん。つまり、お前の本質自体を書き換えねばならん」

「ほ、本質を……? つまり、私が私でなくなるのですか?」

「それはお前次第だな……確実だがお前が好まぬであろう方法と、不確実だがうまくいけば理想になりうる方法がある」

「ぜ、前者からお聞きしても……?」

 

 ごくりと、レイナースの喉が鳴った。

 手は震え、グラスを持つこともできない。

 祈るように両手を握り合わせ、女神の言葉を待つ。

 

「お前をアンデッドにする。知性も自我も与えるが、本質は大きく変わるだろう。私への帰属意識も生まれる。今より遥かに高い戦闘力を得ること保証するが、戦い方等も大きく変えねばなるまい」

「アンデッド!? そ、それは呪いを解いても醜悪な外見となるのでは?」

「ほう、まずそこを懸念するか。クレマンティーヌ、彼女は呪いを晒した。どうせフォーサイトにも紹介すべきだったのだ。外して見せろ」

「えー……見世物じゃないんだけどー」

 

 不満そうに言いつつも。

 クレマンティーヌは不意に横を向く。

 いや。

 体はそのままに。

 首だけが真横に……。

 そしてずるりと首が滑り落ちるかと思えば。浮かび。

 

「――っとまあ、私はこのとーりアンデッドなんだよねー。めちゃくちゃ強くなったし、特に不自由もないのは保証するよー」

「ひっ!?」

 

 浮かんだ首は、レイナースの目の前に来る。

 その顔は、活き活きとした表情を見せ。

 頭の下には黒い靄。

 体の……肩の上もまた黒い靄があるのみ。

 さすがのレイナースも息を飲み、悲鳴を漏らす。

 というか、フォーサイトや影の薄い店の亭主も悲鳴をあげていた。

 

「彼女のような、自我と知性と外見を保ったアンデッドとなる。呪いを残さぬよう、戦士型から外れた……魔法詠唱者(マジックキャスター)型か、特殊能力型のアンデッドになってもらわねばならんがな」

 

 騎士系の高位アンデッドは、たいていカースドナイトのクラスを持っている。

 クレマンティーヌは剣士系特化ゆえに持っていないが……レイナースは信仰系も兼ね備えた聖騎士タイプ。騎士系アンデッドでは、カースドナイトを持たないモンスターがモモンガには思い当たらないのだ。

 中位アンデッドならば話は別だが……戦力的にもったいないし、モモンガの基準ではなんだか申し訳ない。帰属してくれるならば、ニグンやクレマンティーヌ程度の戦力にしたいのだ。

 実にユグドラシル脳である。

 

「そ、そうですの……」

 

 いろいろと常識が違う。

 レイナースはとりあえず、そういうものと流すことにした。

 目の前ではモモンガが、宙に浮かぶクレマンティーヌの髪を撫で。首だけで器用に空中で転がりじゃれついている。

 

「ええっと、では不確実な手段と言うのは……」

「これは私にはできん。私の下僕か……人間の方が信頼できるなら、蒼の薔薇のラキュースあたりを頼れ。一度死んで、蘇生魔法を受けるのだ。お前が呪いを真に退けたいと願うなら、呪いを失った体で復活できるだろう」

「死ぬ!?」

「苦痛はないぞ。私はいわば死の神。苦痛なき死については、相当の自信がある」

 

 胸を張って言われても、レイナースはまるで嬉しくない。

 しかも、その膝上にはクレマンティーヌの首が収まり、マフィアのボスに撫でられる猫よろしく、ごろごろと転がっている。異常そのものの光景だ。

 

「あの、どちらにしても私は死ななければならないのですか……?」

「そうだな」

「死なずに呪いを解く方法は……ないのでしょうか?」

「ない。幻術で容姿をごまかす程度だろうな」

「…………」

 

 会話を続けること自体が、レイナースにとっては己の正気を保つ手段だったが。

 どう答えればいいかわからない。

 ぱくぱくと、空気を求める魚のように、無様に口を動かすばかり。

 

「急かす理由もない。そのままでいることを選んでもいいだろう。相談料をとるつもりもない。お前自身の意志で決めるがいい。たとえ今決めずとも、私はカルネ村にいる」

「問答無用でアンデッドに変えたりはなさらないのですか?」

「それに何の意味があるのだ?」

「えっ……いえ、人材とか……私、それなりに戦えるつもりですが……」

「アルベドより強い戦士はいないし、遊撃はクレマンティーヌで十分だろう。森の警戒はクロマルが行っている。他にも戦力にこと欠いてはいない。お前が希望せねば、私はお前に何もせん」

 

 嘘である。

 戦力が本当に足りていたら、そもそもフォーサイトを勧誘したりしない。

 あくまで、レイナースを強く誘うと帝国との関係が面倒くさそう……という何となくの判断に従った結果であった。

 

「そう、ですか」

「私は気に入らん存在には残酷だが。どうでもいい存在を追うほど暇でもない」

「…………」

 

 どこか呆気にとられたように。

 脱力して、レイナースはただ、頷いた。

 この女神にとって己はどうでもいいのだと。

 ただ願って来るから、気まぐれに付き合ったと。

 そう言われたのだ。

 

(私は……私は内心で望んでいましたのね。この女神に問答無用で殺され、アンデッドと化し……仕方ないと己に言い訳させてくだることを)

 

 そんなレイナースの様子に。

 神を言い訳に使うとは、こういうことか――と、ロバーデイクは己を戒めた。

 

 そんな時。

 

「ん? んんー?」

「どうした、クレマンティーヌよ」

 

 モモンガの膝上で、猫のように撫でられていたクレマンティーヌの首が唸り、転がり、目を細めた。

 店外で警護するアンデッドらの報告が入ったのだ。

 

「皇帝さんが、来たっぽいかなー?」

「ほう。ようやくか」

 

 モモンガが酒杯で唇を湿らす。

 アルベドが、主の膝上で転がる首を小突いた。

 

「クレマンティーヌ、戻っておきなさい」

「はいはい、アルベドちゃん。わーかってるってー」

 

 アルベドがぴしゃりと言えば、クレマンティーヌの首は名残惜し気に頬ずりをしてから……ふわりと浮いて、己の肩の上に戻る。

 すぐにモモンガたちの耳にも、豪奢な馬車の車輪音が聞こえ始めた。

 

「レイナース、聞いたか? 皇帝が来るらしいが……席を譲ってやるか? それとも、そこにいるか?」

「わ、私は……ッ!」

 

 逡巡は一瞬。

 レイナースは席を立った。

 彼女は……どこまでも己がかわいくて。

 ここで焦って、己の命を差し出す勇気もなく。

 先に己を差し出すであろう者……皇帝に席を譲ることにした。

 そんな姿に、アルベド、エンリ、クレマンティーヌは眉をひそめたが。

 

「よい。存分に迷え、レイナース。人の運命を決めるのは神ではない。常に己自身だ。私とて知らぬ解呪方法があるやもしれんからな」

 

 モモンガは上機嫌で笑う。

 店の前で馬車が止まり。

 誰かが降りる足音。

 騎士たちも馬から下りているようだ。

 アルベドは店内から指示し、クロマルを入り口脇に控えさせた。

 

 そんな音を聞きながら。

 モモンガは、皇帝が入る前にアルベドを抱擁し。

 これが己の決めた運命だと示すように。

 最愛の伴侶の唇を味わった。

 




 なんか話の内容もゆっくりしてきて、ちょっとテコ入れすべきなのかなと迷ったりも。
 次回、やっとジルとご対面です。
 フールーダも来ます。

 解呪方法提示されると、レイナースとしてもあっさりとは決められません。
 保身優先で、皇帝の下についてた身ですしね……。

 唐突にキスしてるのは、分割思考できないモモンガさんがアルベド分求めてです。
 分割思考で常時賢者モード維持してるアルベドと違い、モモンガさんはちょっとしたことですぐムラムラします。
 そういうものと割り切ってるエンリさんはともかく、クレマンさんは常にNTR気分ですね。
 あとクロマルが生殺し。
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