今度は、歌う林檎亭から動かなくなったモモンガたち!
旅とはいったい……!
なお、女神は形式ばったの嫌いだから、皇城には行きません(ネタバレ)。
「……恐ろしいほどの魔力の持ち主らが、姿を消して店を囲んでおりますぞ」
「俺としちゃ目の前のあの魔獣から、早く逃げたいんですけどね」
フールーダとバジウッドが声をひそめて言う。
無駄とはわかっているが。
それでも、あまりに恐ろしい。
むしろ店の前でたむろしている野次馬どもはどうして平気でいられるのだろう。
ここは未踏のダンジョンの前でも。
敵城の中でもない。
帝都の、ごくありふれた酒場の前なのだ。
それでも、彼らがこれほどの緊張を感じたことはなかったろう。
「どれも女神ほどではなかろう。女神の放置はできぬ。愚かな市民が機嫌を損ねるだけで、何が起きるかわからん」
戦闘力において信頼する二人の言葉に、皇帝ジルクニフは身震いを封じ。
軽く肩をすくめて、どうにか己を無理やりリラックスさせる。
歌う林檎亭。
聞いたことのない酒場だが、レイナースもここに入ったと聞いている。
四騎士のニンブルが、皇帝の先に立った。
中には既に知られているのか、強大な魔獣は横に退いてくれる。
(ありがたい……魔獣に正面から対峙せず済んだだけでも、第一関門突破と言える)
ジルクニフは内心で大きく息をついた。
日頃は冷静なニンブルも、明らかに安堵の息をついている。
今回ばかりは、その無作法を咎める気にもなれない。
損な役目をさせて、申し訳ないほどだ。
(女神とは……本当に何なのだろう)
フールーダとバジウッドが左右を。
ロウネが続き、背後をナザミが固める。
(じいから聞いた通りの実力なら、守りに意味などない気もするが)
皇帝という地位を女神に示す必要は……まあ、あるだろう。
他の部下が殺されにくくなりそうだと、ジルクニフは自嘲した。
(悪い夢なら、よかったのだが)
周囲はいつもと同じ帝都の喧騒。
ただ、誰もが女神の美しさを讃えている。
そして今日一日で女神がしてきたことも、否応なしに耳に入ってくる。
服飾店での一幕。
白い清楚なドレス。
露店を巡っていたこと。
エルヤーを一方的に退けた一件。
女神と共に入ったワーカー。
さんざん揉めて入って行ったレイナース。
今来た皇帝一行への勝手な憶測。
野次馬らは随分な数だ。
己の態度次第では、殺されはせずとも……エルヤーと同様の恥をかかされるだろう。
それは彼のようなカリスマと権威で地位を保つ支配者にとって、事実上の死刑宣告に等しい。
踏み入るには覚悟が、必要だった。
扉を開いた時。
女神はどこか艶っぽく、微笑んでいた。
同じ顔で白と黒の衣装、身を寄せ合い、互いを見ていた視線が。
ジルクニフらに向く。
敵意も侮蔑もない。
緊張していたニンブルから、安堵の気配を感じる。
バジウッドとジルクニフも、女神の微笑みに安心し。
自然な様子で接しようと心づもりする――
が。
「おおおおおおおおおおおおお!」
異様な雄叫びともむせび泣きとも言えない声が響いた。
彼の魔獣が横から襲って来たかと思えたほどだ。
四騎士も、それぞれ武器に手をかける。
店内では、女神やレイナース、その他の者らも目を丸くしていた。
「おおおおおおお! やはり御身こそ神! わわわ私の求める、全てを持つ御方!!」
声の主は、先刻以上の凄まじい顔になったフールーダ・パラダインであった。
彼は絶叫しながら跪き。
「ひっ」
思わず飛びのいたニンブルの足元を、異様な姿勢と、驚異的なスピードで這い抜け。
奇怪なモンスターじみた様相で、女神の方へ進む。
誰もが、呆然とするしかない。
女神たる二柱さえも、予想を超えた異常な存在に固まっていた。
「かかかか神よっ! どうか私に! その深淵なる英知の一端を!!!!!!!」
その姿は既に人間でない……と言えれば、気楽だろうが。
狂人特有のグロテスクな表情と姿勢。
わめきながら這いより、女神のテーブルの下に這い込み、その足を舐めまわさんとする奇怪な生物。
フールーダのそれは肉欲にあらず、狂気、狂信、妄執、固執。
生きた怨霊そのもの。
人間よりも、アンデッドに近い性質のそれが。人間の肉をまとい。奇怪な歪んだ老人の姿で迫ってくるのだ。つい今しがたまで、女神は二人で絡み合ってキスしてたのに。
このアトモスフィアの落差に、アルベドすら硬直した。
「神! かか神よ! おおおおおおお、神の御脚に――」
老人の口から触手クリーチャーめいた長い舌が伸び、蠢く!
実際コワイ!
「神よ! どうか! どうか!」
枯れた手が女神の白い足に伸び、不浄なる舌が肌に迫る!
しかし。
狂人を退けるは、常に狂人!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
背後から狂信者エンリによるアンブッシュ!
そのメイスに敬老精神は皆無!
凶悪な形状のメイスが、オバケめいた老人の背に食い込みテーブル下から引きずりだす!
「グググ――死ね! コムスメ、死ね! 〈
老人が振り返り、おぞましい生命力で目を剥きながら、魔力を集中!
第5位階=ジツを放たんとする!
正気でない! エンリの背後には皇帝たちもいるのだ! 放たれれば、帝国首脳部はすみやかに消滅!
同じく狂人の域に足を踏み入れたはずのクレマンティーヌも反応が遅れた!
女神も硬直中!
ナムサン!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
エンリの目にセンコめいた光が宿った!
ジツを放つより早く、老人の顔面にメイス!
ほとんど致命傷!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
狂人の闘争にアイサツはない!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
後頭部! 常人なら死亡不可避!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
床に倒れ伏した老人を容赦なく踏みつけながら、地獄めいたメイスが幾度も振り下ろされる!
トドメの確認もない!
ただひたすら無慈悲!
「イイイイイイイヤーッ!」
「グググググググワーッ!」
老人はネギトロとなり沈黙昏倒!
だが、これほどの激闘の中ですら、エンリの女神リスペクトは完全!
飛び散った不浄の変質者的返り血は、全てエンリが受け止めていた!
ワザマエ!
「――はっ。エンリ、よくやりました」
「そ、そーだよ。エンリちゃんマジすごーい。さすがモモンガ様が唯一自ら認めただけあるねー!」
知性に優れたアルベドと、荒事と狂気を親しむクレマンティーヌが最初に正気を取り戻した。
キリングフィールドのアトモスフィアも霧散する!
「変質者を近づけずに済んでよかったです! 広場では、あの愚かな輩のためにモモンガ様の手をわずらわせてしまいましたから」
血まみれでにこやかに照れるエンリの表情は、いつも通りだが。
その即応性と無慈悲さは常人の域を大きく超えている。
ただ一人彼女だけが、冷静に躊躇なく変質者を迎え撃ったのだ。
エンリが動かねば、モモンガの美脚が、おぞましい唾液で汚されていただろう。
さらに上まで進まれ、アルベドが日常的に舐めている箇所まで至られていたかもしれない。
そうなれば、貞操を奪われたも同然。
あの老人とアルベドは間接キスである。
いや足先だってしょっちゅう舐めているのだ。
舐められて許せるものでない。
「思い知らされたわ……エンリ。貴方は本当に素晴らしい護衛よ。モモンガ様になくてはならない存在だわ」
「あ、ありがとうございます、アルベド様!」
アルベドも心から彼女に一目置く一件だった。
いや、人間を高く評価した瞬間とすら言えよう。
そしてさらに幾呼吸が過ぎ。
同じタイミングで。
どこか似た二人が正気を取り戻した。
「「な、なんだ? 何が起きた?」」
二つの声が重なる。
声の主は鏡を見るように、互いを見た。
女神モモンガと、皇帝ジルクニフ。
後世にはいろいろと美化されもするが、二人の出会いはおよそこのようなものであった。
なお、アルシェは度重なる心労とショッキング過ぎる光景に耐えきれず、意識を手放していた。
この後の皇帝との出会いも今回でするつもりでしたが、切った方がよさげだなと思ったので。
短めですが、ここで切ってひとまず投下。
アトモスフィアを通常に切り替えましょう。
性的な目で見られることには慣れていた二柱ですが、マジモンの変質者と出会うのは初めてでした。
アルベドだって、設定上は知性が高くたって実際の人生経験は子供みたいなものですからね。
クレマンさんは、皇帝側が手を出して来るとは思ってなかったし、ちょっと油断してた感じですね。
皇帝が来ると聞いても、女神を不快にしたら即殺すわって思ってたのはエンリさんだけです。
外の社会をよく知らないだけに、モモンガの仲間の中では、エンリさんが実は一番の狂犬かもしれない件。
アルベド以外でクロマル(100レベル魔獣)に乗れる唯一の人物ですし。
今回でアルベドも、エンリを高評価し始めました。
皇帝が帰ったら、モモンガさんからも褒めてもらえるでしょう。
今回、フールーダをネギトロにしたので、エンリさんはレベルアップしてます。
でも信仰系魔法職としてのレベルアップはしないでしょうね、これじゃ……。
村でも、村人らとの訓練で指揮役をしてるので、ウォーロードとかのクラスでレベル上げてます。
なので信仰系が第2位階だからと、エンリのレベルが低いわけではありません。
原作の漆黒の剣よりは強いくらいになってます。
今後もエンリさんの活躍があれば、その狂人の戦いぶりを示すため特殊なスラングで語られる可能性があります。
なお、フールーダは戦闘不能になっただけで、別に死んでません。
でも回復させると問題起こしそうなので、たぶん皇帝が帰るまで放置されます。
暴走オブ暴走し、皇帝のいる方に攻撃呪文を撃とうとしたフールーダは、ジルクニフから普通に危険人物扱いされ始めてます。
撃とうとした呪文はドラゴンライトニング。「龍雨」になってるのは「雷」まで言えなかったという表現意図なので誤字ではありません。