口調とか、苦労性で責任感あるトコとか、ジルとモモンガは普通に仲良くなれると思ってる派です。
皇帝らが今の老人を知らない人扱いしても。
見て見ぬふりをする優しさが、女神たちにもあった。
モモンガも……アルベドも、なんとなくジルクニフの気持ちを察したのだ。
ある意味、この一幕ゆえに皇帝と女神は、同じ人物による被害者として奇妙な親しみを共有したと言えるだろう。
だからといって二人が、あの老人に感謝したりはしないのだが。
二柱の女神は席を立っていた。
あの老人が這い込んだテーブルで座っていたくなかったのだ。
「……あれも一応、帝都市民には違いあるまい。思わず過剰に攻撃してしまったが、かまわなかったろうか?」
「か、かまわないとも。むしろ変質者を退治してくれて、そちらの神官殿にはお礼の言葉もない」
そう言われて、エンリが胸を張る。
村娘なら微笑ましい姿だが、血まみれ暗黒装備では威圧しているようにしか見えない。
「よかったら、供の方に言って、神殿なりに運び込んでくれるか。回復魔法の使い手はここにもそれなりにいるのだが……回復させると何をするかわからんし、私自身その、気持ち悪い」
「そうだな……私も、さっきのような狂態は見たくない」
「そうしてもらえるか」
「そうしよう」
そういうことになった。
四騎士の一人であり、寡黙なナザミが、逸脱者とかいう二つ名を持つ変質者を抱え、退出する。
「苦労しているようだな」
「いや……ああ、ありがとう」
察した上で気を遣ったと明言されて。
ジルクニフは肩の力を抜き、素直に接することにした。
自身の部下の酷すぎる醜態をみたばかりである。
目の前の女神は、あの狂人より遥かに常識的で善人に見えた。
「その……座るのはどうも、落ち着かなくなったので……立ったままでいいか? 疲れているなら、軽めに酒や食事をとってはどうだ? 皇帝の口に合うかは知らんが、私は気に入った」
座るとあの老人に迫られた状況がフラッシュバックするのだろう。
無理もない。
その意味でも、女神の精神性はごくごく健全に思えた。
「そ、そうですか。では我々も立ったままで失礼を」
「酒や料理は俺が頼んどくぜ。立食パーティーと思えば優雅なもんさ」
ニンブルとバジウッドが動く。
ロウネはジルクニフの後ろに控えた。
女神の美しさは想像以上だったが。
別の意味で想像以上(以下)のものを見てしまった直後ゆえだろう。
誰も、鼻の下をのばす気持にはなれなかった。
「彼らが皇帝殿の信頼する部下か。なかなか尖った人材もいるようだが……ふふ、良い関係を築けているようだな。まるで冒険者やワーカーのチームだ」
「はは、自慢の部下だが……そんな風に表現されるのは初めてだよ。よければどうか、皇帝ではなくジルと呼んでほしい」
「そうか。私はモモンガ。こっちはアルベドだ」
そうして互いに部下や仲間を紹介しあう。
砕けた空気ができ、気楽な談笑が始まる。
フォーサイトはさすがに皇帝との会話に交ざるのは……と固辞して解散し。
料理を出すと、店の亭主も奥に引っ込む。皇帝の会話を聞いても、面倒になる予感しかしなかった。というか、さっき主席宮廷魔術師によく似た変質者を見たことも、彼としてはかなり後悔している。
「しかしジルは、随分とすぐ私の前に現れたな」
「名高く美しい女神が来た以上、一人の男として会わぬわけにもいかないよ」
「おや、皇帝とはそのように暇な身なのか?」
これは供の者ら……主にロウネとバジウッドを見て言う。
「いえ、陛下は仕事に溺れ死にかねない状態ですよ」
「まったく寝食を惜しんで仕事仕事ですからねぇ」
モモンガがレイナースをちらりと見ると。
彼女もこくりと頷いて見せる。
ロウネとバジウッドの言葉は、皇帝と対談する時間の価値を高めるためだが。実際にジルクニフが寝食を削って書類仕事や各種政治活動に専念しているのは確かなのだ。
「すまなかったな。私のせいで面倒をかけたか? きちんと休むのだぞ?」
女神がこう素直に謝って来ると、ジルクニフも調子が狂う。
なんというか、捉え方が母親だ。
「いや、来なければ日をかけてカルネ村に向かわねばならないかと思っていたんだ。こうして来てくれてむしろ助かったよ」
帝都に突然現れるとは思っていなかったし。
フールーダがおかしくなるほどの実力者とも思っていなかったが。
「ふむ……だが、入国もその後も。私は随分とジルの定めた法を破っただろう? 捕らえるなり罰するなり、しなくてよいのか?」
悪戯っぽく笑って問う。
成熟し、色香をまとう肢体なのに。
その表情は無防備な少女のそれで。ジルクニフらに警戒も危機感も抱いていないとわかる。おそらくフールーダにも嫌悪感を抱いただけで、危機感などなかろう。
「しかし、貴方のしたことは、いずれも民の支持を得るものだ。エルヤー・ウズルスの件など最たるものだな。あれは実力を鼻にかけた問題人物だった。恐ろしいほどの実力を持つ一方で、人格的に大きな問題があった。あれがなければ、帝国四騎士は五騎士だったかもしれん。恥をかかせ、鼻っ柱を折ってくれたこと、私も痛快に感じたよ」
相手が妙齢の女性であること。
女神を名乗るにふさわしい実力を持つことから。
ジルクニフは、気安くモモンガの名を呼ぶ気にはなれなかった。
「……ありがとう。ジルがそう言ってくれると、私も己の在り方に自信を持てる」
意外な言葉に、ジルクニフは無論、エンリやクレマンティーヌも驚いた。
これほどの力を持つモモンガが、なぜ他人の目など気にするのか。
王国ではあれほど暴威を振るったというのに。
「貴方は女神なのだろう? 力のままに思うように振舞えばよいのではないのか?」
ジルクニフは敢えて踏み込んで、聞いてみる。
「そのつもりなら、私は女神などと名乗るまい。魔王なり魔神なりと名乗っていたぞ」
「それらと女神は、何か違うものなのか?」
超越的な力を持つなら、どちらも同じではないのか、と。
それに王国での所業は実際、魔王に近いのでは……とは顔色にも出さない。
「女神とは崇められ、見られ、語られるものだろう?」
「……恥ずべき行いはできないということかな」
「少し違うな。私を信じる者、愛する者を裏切らないということだ」
アルベド。
それにエンリやニニャ、クレマンティーヌたちに恥じない己でありたいということ。
「なるほど。正しく、貴方は女神なのだな」
世辞半分に、ジルクニフが返す。
モモンガは不思議そうに首をかしげた。
「何を言う。責任と力があれば、誰だってそうだろう。ジルは違うのか?」
「……私が?」
意外な形で己に言及され、ジルクニフは首をかしげた。
親族や貴族をさんざん処刑し、追放した身。
法国以外の他国から罵られ、信用されづらい所以である。
国内でも地域によっては怨まれ続けているだろう。
特に交戦状態の王国は、彼の所業を鬼畜の如く喧伝していた。
「こうしている間も、ジルは皇帝として強く振舞っているのだろう? それは人として歪な生き方だろうな。選ぶには相応の覚悟や決意があったはずだ」
「それは……」
認めてよいものかと。
ジルクニフは珍しく、口ごもる。
「この国が強い敵に攻められたら、ジルは安全な外国に逃げるか? 思わぬ災害で国が貧しくなったら、ジルは国を見捨てるか?」
「逃げも見捨てもせん。私はジルクニフである前に、バハルス帝国皇帝だ。たとえ民が一人になろうとも、私一人になろうとも。帝国が帝国である限り、私は皇帝として国を富ませ、発展させる義務がある」
己の国をよりよくする。
その点だけは、譲らずやってきたのだ。
優等生ぶった返答だろうと、それはジルクニフの根源。
でなければ、そもそも皇帝になど、ならない。
「ふふ。ふふふふ」
女神が笑った。
今までの微笑ではなく。
本当に、嬉しそうに。
魂の底から嬉しそうな笑顔を見せた。
「そうだ! そうだよな! 逃げも捨てもするものか! たとえ誰もいなくなったって、最後の一人になったって…………守る、よな」
そして、嬉しそうな笑顔のまま。
かつての己を思い、ナザリックを想い。
女神は涙を、こぼした。
対面にいたジルクニフにとって。
いや、ロウネ、バジウッド、ニンブル、レイナース。
全員が、彼女が本当に女神なのだと確信させる笑顔だった。
政治的駆け引きをしていたジルクニフの仮面を、砕いてしまう笑顔だった。
アルベドだけが、痛ましげに眉を寄せたが。誰も気づかない。
「王国は酷いものだった。聞けば、かつてはこの国も大差なかったそうだな」
「それは……しかし過去のことで……」
ジルクニフの声は小さく、自信がなかった。
過去の恥を暴かれたようで、恥ずかしかったのだ。
「ああ。今の帝都を見たぞ。人々は活気に溢れ、明日への希望に満ちている。もちろん、細かな問題は人それぞれにあるのだろうが……それでも、国で解決できることは、見事に成し遂げている」
「あ、ありがとう。そう言ってもらえれば、改革を成し遂げた甲斐もあった」
女神は正面からジルを見つめて言う。
本当に、本当に正面から褒められていた。
ありふれた追従や世辞ではない。
己の感情がこんなに容易に変わるのかと、後になれば呆れるほど。
ジルクニフはただ照れくさかった。
「そうだ。お前が全て成し遂げた」
「部下たちがいたからだよ」
まるで子供のように答える。
ジルクニフは、己の母も親族も全て排除した。
彼自身が命じて処分した。
だが、彼はそれゆえ、母を強く求めていた。
愛妾に据えたロクシーも、母性ゆえ重視した。
「お前が彼らを幸せにしたんだ」
「そうすれば国が富むから、だよ」
言い訳じみていた。
よくあるお世辞だし。
素直に礼を言えばいいだけなのに。
ひどく、面映ゆかった。
「それでも、だ。よくやったな、ジル。お前が決め、成し遂げたことは本当に素晴らしいんだ」
「あ――」
ありがとう、と言おうとしたが。
目から溢れる何かが、喉からこみあげる何かが、声を邪魔した。
ジルクニフは、母が欲しかったのだ。
相手に彼の権力を求める気配がわずかでもあれば、違ったろう。
だが、今。
(私の前にいるのは女神ではないか。女神に甘えて……何が悪い?)
フールーダのあれこれで、彼は既にかなり疲れてもいた。
「容易ではなかったろう。私は一度はあきらめてしまった。だが、ジルは、私には計り知れないほど、がんばって……みんなを幸せにしたのだ。すごいことだぞ」
女神の手が伸びる。
護衛の騎士らも、誰も反応しない。
その手は、皇帝の金の髪を撫でた。
皇帝の目から溢れるそれは、止まらない。
顎まで伝い、雫が床に落ちていたが。
止まらなかった。
「よくやった、ジル。お前という男が生まれ、皇帝になってよかった」
目の前にある女神の顔が、なぜか見えなかった。
上から目線にすぎる言葉ではないかとは。
欠片も、思わなかった。
「ばた、ひば――」
私は、と言おうとしたのに。
声が濁る。
声が途切れる。
体がふらふらと揺れる。
しっかりと、立っていなければいけないのに。
褒められた礼くらい、言わなければいけないのに。
「声を出しづらいか? ふらつくか? 気にするな。生きていれば、そんな日もあるものだ」
女神の声はどこまでも、やさしい。
ぱた、と翼の羽ばたく音がした。
ぼやけて見えていた女神の顔が消え。
白いものが間近に迫り。
次の瞬間――皇帝の顔が、柔らかいものに包まれる。
「ずっと、がんばってきたんだ。ジルは少しくらい休め」
皇帝の側近は、何も言わず。
止めもしなかった。
ただ皇帝の嗚咽だけが響き。
(〈
それもやがて、寝息に変わった。
女神の胸の中、黒い翼に包まれて。
皇帝は幼い子供の様に眠りに落ちた。
それは、まさに一幅の宗教画の如き荘厳な光景であった。
少しどころじゃなく泣いちゃいましたね。
モモンガさんは、ジルクニフの言葉からかつての己と重ね、彼にサービスしてます。
エロいことは許しませんが、モモンガさんなりに、かつて自分がしてほしかったようなことを、してあげたつもり。
まあ実際、ブラック業務の人がこんなことされたら即オチ……。
やはり骸骨と美女のビジュアル差は大きい。
最後に眠らせたのは、あくまでちゃんと寝てねって意図です。
それと泣き止んだときに気まずくならないようにって気遣い。
あと、アルベドとジルは美形なんで鼻水出なかったことにしてくださいw
今回の話の展開上、前回の後書きに反し、フールーダは即座に神殿送りになりました。
そして、今回のジルのアレコレは、全てはフールーダのおかげです。
彼の功績は以下の通り。
・エンリ=サンの経験値になった
・エンリ=サンの組織内評価を爆上げさせた
・アルシェ嘔吐事件をみんな忘れた(どうでもよくなった)
・ジルとモモンガが仲良くなる空気を作った(詳細後述)
・ジルに深読み思考ループに入れない精神疲労を与えた
・モモンガを座らせず、立たせた(最後のは立ってたおかげ)
ジルがチョロすぎる!という意見もあるかもしれませんが、これこそFRS(フールーダ・リアリティ・ショック)のせいです。原作の謁見時はFRSがほぼなかったので、ジルはずっと冷静でしたし、後でフールーダの裏切りにも気づきました。今回はガチで深刻なFRSだったので、ジルのメンタルはボロボロです。
また、FRSのおかげで、モモンガさんは皇帝一行を冒険者PTに見立て、フールーダがぺロロンチーノさん的ポジなんやなと勝手に解釈しました。バジウッドが砕けた口調で、レイナースも勝手な行動してたから、なおさらですね。そのへんもあって、ジルに素直な敬意とシンパシーを感じてます。
泣いちゃったので、これはラナーと違っていい子だな!ってモモンガさんも確信。
(来る前にちょっと、皇帝の様子を覗いたりもしたんでしょが)
次回、たぶん帝国編が完!