自分より大きなものがいないもの
よりかかってあまえたり、しかってくれる人がいないんだもの
いたよ!!
そら皇帝もオギャるわ!(前回のあらすじ)
「……んん?」
古ぼけた見知らぬ天井の下、皇帝ジルクニフは目覚めた。
今までにないすっきりとした――いや、晴れ晴れとした目覚めだった。
「起きやしたか。色気のない顔ですみませんね」
傍の椅子に座っていたバジウッドが声をかける。
「どこだ? ここは?」
首を振り、見回す。
古ぼけた粗末な部屋だ。
寝ていた寝台も、かろうじて清潔ではあるという程度。
皇帝になる前も後も、彼はこんな部屋で寝起きした経験がない。
窓の外は既に日が暮れている。
「覚えちゃいませんか? 歌う林檎亭って酒場の二階ですよ。下で女神様と会ったでしょう」
「女神――そうだ! 女神! 女神はどう……した!?」
どうなされた、と言いかけ。
慌てて皇帝として言葉を改めた。
言いながら記憶が一気に戻り。
羞恥に顔が赤く染まり、身悶えしたくなる。
(酷い醜態を見せてしまった。それに最後には……ああああああ!)
子供でもあるまいし、あんな無様を晒すなど、と。
実際に身悶えしてしまう。
「はは、俺たちゃ気にしてませんぜ。それに、誰だってあんな風に言われりゃ、ああなりまさぁ。いい年こいた大人ほど、冷静じゃいられませんよ」
「バジウッド、他には漏らしていまいな!?」
「ははは、わかってますって! けど、見てた俺たちは全員、陛下が羨ましかったんですよ」
「ぐ……う……それはまあ、な。というか女神殿はどうしたんだ?」
羞恥で顔を赤くしたまま、ごまかすように問う。
「……陛下、あの女神様に抱かれながら寝ちまったでしょう? そしたら、女神様が馬車だとすぐ起きるからって言いやしてね。この部屋を借りて、陛下を寝かせなすったんで」
「ん? 待て、二階だろう。女神殿が私を運んできたのか?」
「ええ、女神様ってのは筋力もたいしたもんなんでしょうや。陛下をお姫様扱いで抱きかかえて、この部屋まで運んできたんですよ。本当に母親みたく、陛下を寝かしつけてやしたぜ」
「お、お前たちは、それを黙って見ていたのか」
ジルクニフが恨みがましそうに言う。
恥ずかしい。
想像すると死にたい。
「止めて、俺たちに抱きかかえられたかったんですかい?」
「いや起こすだろう、普通」
泣き寝入って、寝かしつけられたなど、恥ではすまない。
子供ではないか。
「いや、それが女神様のご命令というか……要求がありまして」
「何? 私が寝ている間に、女神殿が帝国に要求をしたのか」
「要求っていうか何ていうか……」
「ロウネが勝手にそれを受諾したのか?」
「いや、そこは俺たち全員でまあ……」
「なんだと? 何を要求されたのだ」
バジウッドらしからぬ、はっきりしないもの言いにジルクニフの眉間にしわが寄る。
己の無様のせいで、帝国によからぬ要求を押し通されたのではなかろうか、と。
まさかそのために女神は己を弱らせ、眠らせたのかと、嫌な考えが沸き上がる。
「いや、陛下が考えてるようなのじゃありやせんぜ」
「いいから言え」
苛ついた口調になってしまう。
女神を名乗る存在に、いいように手玉に取られたではないかと。
そんな存在に気を許して、無防備を晒した己自身が恥ずかしい。
「その……可能な範囲で今日の仕事を止めて、陛下をしっかり休ませろと。あと、今後も食事と休憩と睡眠をしっかりとらせるように、との要求でさ」
「は?」
何を言われたかよくわからない。
国への要求はどうした。
「他には?」
「いや、それだけでさ。その後も、しばらくはこの部屋で陛下に付き添ってやしたぜ」
「そ、そうか。で、今はどうなされている?」
かぁっとまた顔が赤くなった。
女神に会ってから、感情の歯止めが効いていない。
そして、ついさっきまでの己が恥ずかしかった。
女神を、世間の愚かな王族や貴族のように考えてしまった己が、疑ってしまった己が、恥ずかしい。
「目を覚ました時に顔を合わせると恥ずかしいだろうから、って。そのまま、例のワーカーと
「そう、か」
落胆とも安堵とも言えない口調だった。
女神がいないのは寂しく、悲しい。
だが、もしいれば……女神が俗な要求をしてくるのではと、疑ってしまうだろう。
「俺が思うに、ありゃマジモンの女神ですよ。女とか、王とか、
「そうだ……な」
あれだけ美しく、また己に優しくしてくれたのに。
まるで劣情も慕情もわかない。
ただ圧倒的な感謝、あるいは愛情だけがある。
崇拝……ではないと、思うのだが。
「さんざんいろんな女に手出した俺でも、あの女神様にゃ手をだそうって気になれねぇ。怖いとかおっかないとか、そんなんじゃねぇんですよ。なんつうか、俺みたいなもんが触れちゃいけねぇって、思っちまうんです」
「ああ……胸に抱きしめられたのに……そんな気持ちはまるで湧かなかった」
「魔術師殿が、あそこでぶちのめされてなきゃ、ああやって受け入れてもらえなかったかもしれやせんね」
「ん? そういえば、じいは無事なのか?」
初めて酷い状態になっていた、育ての親とも言える魔術師を思い出す。
「無事っつうか、あのじいさん回復したら空飛んですぐ戻って来やしてね」
「何?」
「あの窓から、寝てる陛下に付き添ってる女神様に突進しようとして」
「ああ……」
「なんか空中にすげーアンデッドが出て来て阻まれやしたが、女神様は怖がるっていうか……気持ち悪がって、さっさと帰っちまったんですよ」
「それで帰ったのか」
「ええ。陛下が目を覚ますまでいるか、女神様も迷ってたみたいだったんですがねぇ」
「おのれ、じい……」
「ははっ! 調子が戻ってきやしたね」
バジウッドが、酒を勧める。
改めて気づけば、下は随分と騒がしい様子だ。
あまり階下の音が響かないだけ、これでも上等な部屋と言うことか。
「下はえらい騒ぎですよ。なんせ女神様がずっといらしたんだ。前にいた野次馬連中や、噂を聞いた連中がわんさか押し寄せて、同じ酒やら料理を頼んでるってわけで」
「……他の連中はどうした」
皇帝が来てるからじゃないのかよ、と思わなくもないが。
確かに女神の方が重要だろうなと、納得していた。
実際、この日を境に、歌う林檎亭はワーカー御用達の知る人ぞ知る酒場から、女神ゆかりの観光地として一般客で賑わう名店となるのだった。
「書記官殿とニンブルは、皇城で陛下の今夜の予定を全部キャンセルするそうで。じいさんも連れて帰りましたよ。扉の外にはナザミが。レイナースは下で一応、野次馬らの相手をしてまさ」
「レイナースは、女神について行かなかったのか?」
「ついて行こうとしたそうですがね。来ると陛下の負担が増えるからダメだって、女神様が断ったんですよ。帝都からいなくなったのは、ワーカー4人と
「…………」
女神はどこまでも、己のために動いてくれたのだ。
「ま、盲信しちゃいけないんでしょうけどね。女神様が陛下を気に入って、贔屓してくれてるのは確かだと思いますぜ。王国はあのザマですからね」
「そうだな。帝都でも同じようなことが起きるのではと、警戒していたが……」
「やっぱ日頃の行いってのはバカにできやせんね」
「神は見ているというわけか」
己は間違っていなかった。
そう晴れ晴れと笑い。
酒を飲む。
杯も中身も。
いつもよりずっと安くて粗雑なものだったが。
(うまい……今まで飲んだ、どんな酒よりも)
また少し、目頭が熱くなる。
「……もう少し、寝るか」
早朝、床に転がる酔漢らを避けながら、皇帝は朝帰りした。
時は少し戻る。
「よくぞ捕縛に留めた。礼を言うぞ」
窓の外、六騎の
再び不可視化する。
「あんなのでも、ジルには必要な人材なのだろう。レイナース、お前も含めてな」
「……やはり、私を連れて行ってはいただけませんか」
「ああ。お前が突如姿を消しては、ジルの負担も増えるばかりだろう」
寝台でまだ眠るジルクニフを、モモンガは慈しむように見る。
アルベドが軽く自己主張するように、モモンガに身をすり寄せた。
ニンブルとロウネは、捕縛されたフールーダを連れ、皇城に向かった。
バジウッドとナザミは階下の野次馬らに対応中だ。
エンリとクレマンティーヌも階下にいる(返り血は〈
「ですが」
「そうむくれるな。ただ、お前に一つ頼みがある」
「私に?」
「お前の呪いを解けぬ神の言葉など聞くに値せんと思うなら、無視してもよい」
「……何をすればよろしいのでしょう」
レイナースは、モモンガが女神だと確信し。それゆえに女神に従って帝国を離れ、アンデッドと化す覚悟を固めていた。女神の言葉はやわらかいが、聞かなければ助力せぬという脅しにもとれる。
この口ぶりで、帝国や皇帝への裏切りを唆すわけはあるまい。
「お前にとって、たいしたことでない。フルトという貴族の屋敷が、帝都にあるはずだ」
元貴族として、知らぬ名ではない。
「……既に貴族ではありませんわ。確か陛下に貴族位を剥奪され、今は平民かと」
「なるほど。ならばなおさら、度し難いな」
「? どういうことですの?」
軽く、アルシェに聞いた話を、レイナースに伝える。
「珍しい話ではありませんが……世代差なのでしょうね。娘はまともに育っている点が、残酷な状況を生み出しています」
「初期に粛清された家は、子供らも親の思想に染まっていたか。そしてアルシェらは……はぁ。ままならんな。この点は今度、ジルにも話をすべきか」
深々と溜息をつく女神の様子は、すぐ横で寝ている皇帝の日頃の姿と妙に似ていた。
互いに共感するものがあればこそ、ああも打ち解けたのかもしれない。
「そのフルト家がどうかなさりましたの?」
「屋敷に注意して欲しい。警戒と言ってもいいな。親がどうなろうとかまわんのだが……幼い娘が二人いるはずだ。これらが売られたり拉致されそうになったら、保護して欲しい」
「合法的にでしょうか。それとも多少違法でも?」
「帝国に都合のいい形で処理してくれ。私としては親には思い知らせてやって欲しいが、な。ああ……例の老人が正気に戻ったら手も借りてかまわん。私の名をだせば喜んで手を貸すだろう。少し気持ち悪いが」
「あれでも帝国の英雄なのですが……まあ、女として気持ちはわかりますわ」
「すまんな。よろしく頼む」
女神はそう言って、レイナースの髪を撫でた。
フォーサイトの面々は裏口に集まっていた。
その近辺にアルシェの妹らしき少女はいない。
留守の間の利子なりを、いくらか先払いしたのかもしれないが。
モモンガとて、元社会人である。
借金を繰り返し、破滅する様子など……あのリアルでも珍しくなかったのだ。奴隷制度があるなら、容易に奴隷へ堕とされるだろう。そして当人らが堕ちるより先に……娘らが親の所有品として堕とされるに違いない。
ジルクニフとの出会いは、モモンガにとっても幸運だった。
いろいろ大事なことを思い出せたし。
過去に戻って自分自身を救った気分にもなれた。
だから、この帝都を去る時に。
わずかでも、嫌な後味は残したくないのだ。
階段から足音がする。
バジウッドという騎士が戻って来たのだろう。
あれだけ泣いたのだ、ジルクニフとて目覚めて顔を合わすのは気まずいだろうし。
打てる手は打った……はずだ。
「帰るとするか、アルベド」
「はい」
今のモモンガにとって最も大切な人は。
腕の中にいる。
そろそろ、二人の時間に戻りたかった。
夜、〈
二柱の女神は、全てニグンとエンリに丸投げして、夕食すら食べずに黒い城塞にこもった。
「アルベド。お前の好みから外れるかもしれんが、私にも……私がジルにしていたようなのを頼めるか?」
「もちろんです!」
このあとめちゃくちゃ褒められたり泣かされたりして。
幼児退行ックスに溺れるモモンガであった。
三人の
フォーサイトの面々は、漆黒の剣、ブレイン、カジットらと顔合わせをし、村について教えられた。村人の訓練、森での薬草採取における警護など、仕事は多い。今夜は休んだのち、明日からは村人らで協力して家を建て与えられる予定だ。
本来は村の警戒要員だった
女神警護を村以上に重視したため、情報収集の要たるこれらはカルネ村外部の警備網から外れていたのだ。
だからだろう。
ニグンは、相当距離まで接近していたそれに。女神が帰還し、
仮面の幼女と、ふてぶてしい老女を連れた、白金の甲冑戦士。
「エンリ殿。クレマンティーヌ。帰って早々ですが……招かれざる客のようですな」
「えっ……もう! 今日は帝都でも戦って来たのに!」
「あはは、今回はエンリちゃん大活躍だったもんねー」
「一人は蒼の薔薇のイビルアイ。他二人は最低でも蒼の薔薇程度の実力者でしょう」
「モモンガ様も今日はお疲れでしょう。私たちで解決しないと!」
「おっけーおっけー。相手は三人、こっちも三人……でもないかな?」
女神警護のため造られた六騎の
またクロマルも、正式にエンリに乗騎として貸し与えられた。
ゆえにエンリは
帝都での闘争の昂ぶりをンフィーで鎮めるつもりだった彼女は、理不尽な怒りに燃えていた。
というわけで、放置してるのもおかしくない?という方が来ました。
イビルアイが慌てて転移使いまくって報連相した結果ですね。
いったん王都(滅日後)で情報収集してから来たので、やや遅めです。
ただし対応するのは、村の大幹部三人であって女神ではない。
アルベドは帰ったらこゆのしてしてって、モモンガさんからテレパシー的に訴えられてたので、帝都では黙って見守ってました。
たぶん、ジルをあやしてる間もチラチラおねだり視線向けられてます。
歌う林檎亭は、普通に観光名所級の店になります。
女神が座った席は、特別料金です。
レイナースは女神の心象をよくするため、フールーダに話は持っていきません。
自分一人の手柄にする気満々です。