アルベド二人旅   作:神谷涼

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 ちょっと語らず放置しとくのもアレだなと思ったので閑話。 

 本編、王都掃討作戦執行後。
 蒼の薔薇がカルネ村から、エ・ランテルに帰る時の話です。
 25話と26話の間あたりになりますね。

 あと、最初に。
 エンリ=サンが今回は別に暴れてないので、中途半端なスラングになっていて、ヘッズ諸氏には申し訳ない。
 それとどっかで描写矛盾発生してたら教えてください(汗)。



閑話1:ないわー

 

 その日、エ・ランテルの検問所はざわめきに満ちていた!

 アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”が来たから……ではない!

 生死不明だった(シルバー)級冒険者チーム“漆黒の剣”が帰還したから……でもない!

 著名な生まれながらの異能(タレント)持ち、ンフィーレア・バレアレ……違う!

 

「ねぇ、エンリ。本当に使役モンスター扱いで入るつもり?」

 

 ンフィーレアが恐る恐る、問いかけた。

 

「はい。ニグンさんからも護衛はきちんと付けておくよう言われていますし」

「MUGEN!」

「オァアアア」

 

 そこにいたのは、ズーラーノーンでもこれほどではないと確信できる暗黒神官!

 エンリ・エモットその人である!

 煽情的なスリットの入った漆黒の法衣!

 不浄のエネルギーを立ち昇らせるメイス!

 しかも強大無比の神獣(一般には魔獣)クロマルの背に騎乗!

 従者としておぞましい死の騎士(デス・ナイト)が付き従う!

 横にいるアダマンタイト級チーム“蒼の薔薇”もろとも、エ・ランテルを更地にしてお釣りのくる戦力!

 そんな彼女が!

 検問所の!

 行列に!

 並んでいるのだ!

 

 周りの一般人も、冒険者も、生きた心地がしない。

 彼女の戦力がわからずとも、人々は動物的本能により己の危機的状況を察していた!

 

「それにしても今日はけっこう並んでるね、リイジーさんに早く挨拶に行きたいのにな」

「MUUUGEN」

「オオオオァアアアア!」

 

 彼女が少し不満の言葉を漏らしただけで、その前にいた者たちは委縮し。

 我先に順番を譲ろうとする。

 こんなものが背後にいる恐怖に比べれば、わずかの遅れなど何ほどのことか!

 いや正直、今日は帰って明日出直したい。

 エ・ランテルはもう滅ぶかもしれないのだ!

 

「そんな、悪いですよ。皆さんが先に並んでたんですから」

「MUGEEEEN」

「オオオオオォォ」

 

 ハイライトのない目で微笑みかけられて、直前に並んでいた男は失禁した。

 早起きした己を呪った。

 日暮れまで生きていたら、潰れるまで酒を呑みたい。

 明日からは、もう少しものぐさに生きるべきじゃまいか。

 そんな気持ちしかない。

 

「それにしても、エ・ランテルに来るのも久しぶり。ふふ、クロマルも楽しみ? ベリュースは暴れたらダメよ?」

 

 神獣()に語りかけ、死の騎士(デス・ナイト)を諫めるエンリ。

 本人としては、心温まるハートフル交流!

 だが周囲には、これから都市で殺戮しますとしか聞こえない!

 

(あの目は、幾万の人間を嗤いながら殺せる狂人の目だ。都市に入ると同時に暴れ出し、目についた人間を皆殺しにするだろう! そして、無礼にも前に並ぶ己たちこそ、最初に殺されるに違いない! だが、逃げ出せば目をつけられる。その時は、死んだ方がマシな目に合わされるに違いない……ナムアミダブツ!)

 

 もはや、彼らは死んだマグロめいた目で、屠殺場へと向かう行列に並び続けるしかない!

 エ・ランテル門前はオツヤめいた空気に包まれていた。

 

 

 

「なあ、やっぱアレ止めた方がよかったんじゃねぇか?」

「止めて、あれらと敵対する方がまずいぞ……我々も攻撃はされていないし、都市内で暴れたりはしないだろう……たぶん」

「我々では止められない」

 

 蒼の薔薇も諦めムードである。

 

「私も魔獣に乗って凱旋してみたい……」

 

 ラキュースだけ羨ましそうな顔をしていたが。

 とりあえず、どうしようもない事態だった。

 揉め事にならないよう、自分たちの名前を出してエンリを通すべきかもしれない。

 

「それにしても道中はすごかったな」

「エンリさんとあのアンデッドを見ただけで、ゴブリンもオーガも逃げ出していたのである!」

「夜間の見張りもアンデッドがいれば不要だったしな。あれに求婚するンフィーレアさんを尊敬するぜ」

「わたしも早く、エンリさんみたいに強くならないと……」

 

 いろいろと感覚の麻痺した漆黒の剣は、別の意味で感心していた。

 物語の中の……英雄とは違うが、まあ英雄の敵役っぽくはあるエンリに、ある種の感銘を受けたのだ。

 そして。

 

「ぼ、僕がエンリと結婚したいって、おばぁちゃんに言うんだよね? なんだかエンリが挨拶して、僕が婿入りするみたいな雰囲気なんだけど……」

 

 最大の当事者の一人は、己の決定的なすれ違いに、ようやく気付きつつあった。

 

 

 

 カルネ村は今や、エ・ランテルにおいて恐怖の地。

 多数の貴族子女や使用人、村娘や未亡人らしき人々が向かっては。

 誰も帰って来ない。

 向かった冒険者チームも、ミスリル級のクラルグラ以外帰還者はいない(他は漆黒の剣しか行ってない)。

 また王国各地で、女神モモンガの名を掲げた恐ろしい事件が起きている(王都の事件はまだ届いていない)。

 そんな中、漆黒の剣や、バレアレの子が帰ってきたのだ。

 また、カルネ村から使者がきたともいう。

 愚物を装う敏腕都市長、パナソレイはカルネ村が反乱者という可能性を大いに感じつつも。その戦力を決して侮るべきでないとし、敢えて一国として扱うことにした。豪勢な対応で相手のペースを乱し、少しでも情報を引き出そうと考えたのだ。

 ゆえに。

 開拓村から訪れた人物を、都市で最も豪華な建物――貴賓館へと招いた。

 

 パナソレイは、カルネ村から使者が来たと聞いた。

 使者がただものではないとも聞いた。

 街の名士でもある薬師リイジー・バレアレの知己であり、会談を望んているとも聞いた。

 彼女の存在で、円滑な対話ができればと、彼女も招くよう手配した。

 

 だが。

 

(あんなアンデッドを連れているとは聞いとらんぞ!)

 

 パナソレイは、心の中で叫んだ。

 同席させた冒険者組合長アインザック、魔術師組合長ラケシルも硬直している。

 カルネ村の使者エンリの背後には、明らかにヤバイ級のアンデッド。

 戦闘力の無いパナソレイだってわかる。

 あれはエ・ランテルを単体で潰せるモンスターだ。

 なぜ、こんなのが都市の中にいる。悪夢としか思えない。

 

「ほ、本当にエンリちゃんかい? し、しばらく見ない内に立派になったねぇ」

 

(そうじゃないだろ、ばあさん!)

 

 リイジーの言葉に、思わずツッコミをしてしまうパナソレイ。

 

「はい! リイジーさんもお久しぶりです」

「それで、なんだってわしが呼び出されたんじゃ? ンフィーレアもじゃが……」

 

 リイジーは生死すら不明だった孫の帰還を喜び迎え、叱っていたのだ。

 

「リイジーさんにとって、たった一人の身内と知っています。ですがどうか、ンフィー――お孫さんを私にください! 女神モモンガ様にお仕えする神官として、決して不幸な結婚にはしません!」

「えっ、僕がもらわれるの!?」

「入り婿にするって言うのかい?」

 

(すげぇな、ばあさん。今、気にするのがそれか)

 

 パナソレイは既に現実逃避気味である。

 キャラも崩壊していた。

 あの恐ろしいアンデッドを無視して、暗黒神官娘とそんな会話ができるなら、十分英雄級だ。感心するしかない。実際、パナソレイは政治的会話をすることを、もう諦めていた。下手なことを言えば、物理的に首が飛ぶ。

 アインザックとラケシルも、役に立ちそうにない。

 

「ぷ、ぷひー。若い子は元気があっていいね」

 

 相手の話に合わせ、一応は存在を示す。

 

「ふふっ、ンフィーとっても元気なんです!」

 

 エンリが漆黒の法衣に包まれた己の腹を撫でながら言う。

 その目は蕩けつつも光がなく、恐ろしいものを感じさせた。

 愛らしい仕草なのだが、まるで愛らしくない。

 男なら誰もが、ヤバいと感じるだろう。

 背後のアンデッドとはまた別の意味で。

 

 だが、母……いや、祖母には通じるものがあったのだろうか。

 

「……ンフィーレアや。手を出したのかい」

「…………」

 

 リイジーの声は冷たい。

 ンフィーレアは怯えすくんでいる。

 成人男子三人は、同情するように彼を見ていた。

 

「出したのかい」

 

 きゅっ、と下半身が引き締まる口調である。

 

「……出し、たよ。でも後悔はしてない! 僕はエンリのことを愛してるんだ!」

「ンフィー!」

「エンリ!」

 

 リイジーが深々と溜息をついた。

 処置なしと言う顔だ。

 たいした女傑である。

 あんな(いろんな意味で)恐ろしい女が、孫を連れ去ろうとしているのに。

 

(それにしても……ンフィーレア君はあれに手を出したのか。なんというか……すごいな。私が一番愚かだった時期でも、あれに手を出すのは……ないわー)

 

 こわいもん、と子供のように口の中で呟くパナソレイ。

 アインザックとラケシルも、大差ない感想を抱いたのだろう。

 男三人、目と目で通じあった。

 

 結局、政治的な話は一切なく、リイジーによるンフィーレアへの叱責が中心で。

 エンリは、カルネ村で女神の庇護下、暮らす素晴らしさを説くばかりであった。

 

 その夜、エンリは一泊すらせず。

 後に村人が金属製品など買い付けに訪れるとだけ宣言し。

 まさしく“さらう”ように。

 ンフィーレアを魔獣の背に乗せ、アンデッドを従えてエ・ランテルを嵐のように去った。

 

「ふふ、まるでわしの若い頃のようじゃないかい。あの娘は大物になるよ」

 

 そう呟くリイジーに対し。

 

((いや、もうあれ以上になったら魔王だろ))

 

 三人の男らは、己が女性不信に陥らないか心配だった。

 もし、エンリが一泊していれば、市民にもパニックが起きていただろう。

 エンリの素早い帰還に、エ・ランテル市民すべてが実際助かったのだ。

 

 そして、数時間後。

 弾丸のようにカルネ村に帰還したエンリが、ただの婚前交渉でなくなった喜びに猛り。

 いつも以上にハッスルするのも、ごくごく自然ななりゆきであろう。

 

 魔獣の背に乗せられ、悲鳴をあげながら連れ去られたンフィーレア。

 その後は嫁(未婚)に、意識を失っても乗られ続けたンフィーレア。

 彼の生き様は、エ・ランテルでも語り草になったという。

 

 

 

 一方、翌日。

 久しぶりに都市での一夜を過ごした漆黒の剣は、冒険者組合組合長プルトン・アインザックに呼び出されていた。

 組合長は徹夜でもしたのか、目の下には隈があり。疲れ切った表情である。

 

「……現状、お前たち“漆黒の剣”こそ、カルネ村とエ・ランテルを結ぶ重大な鍵だ。その意味を込めて、これを受け取ってほしい」

「こ、これは……!」

 

 白金(プラチナ)級――冒険者として相当の地位を示すプレートである。少なくとも第3位階の魔法が使え、相当の実績を重ねた冒険者が得られるものだ。(シルバー)級だった漆黒の剣には、(ゴールド)級を飛び越えた、異例の昇格と言えるだろう。

 確かに、ニニャとダインはカルネ村での修練で第3位階魔法を習得しているし。ぺテルとルクルットも、相当に腕を上げた自覚がある。だが、冒険者組合には報告していない。

 カルネ村はアンデッド(と一応、森の賢王)の存在ゆえ、モンスターに襲われる事態もほぼなく。森での警護も形だけ。モンスターの部位を納めてもいない。

 

「組合長、どうして我々にこれを……?」

 

 リーダーでもあるぺテルが、少し警戒した様子で問う。

 

「昨日、検問を越えた後にも、いろいろ事情徴収させてもらっただろう。お前たちに自覚はないかもしれんが、カルネ村は現状、エ・ランテル……いや、王国全体にとって、最大級の警戒地域となっている」

「め――カルネ村が!?」

 

 女神と言いかけ、慌てて言い直すニニャ。

 

「お前たちは断片的にしか知るまいが、多数の貴族が惨殺された上、アンデッドに変えられたという。動死体(ゾンビ)らしいから、じきに掃討はできるだろうが……貴族が惨殺され、そこに女神モモンガの名が残されるそうだ」

「そ、そうだったのであるか!」

 

 ダインが、ぐいと前に出てニニャの顔を隠した。

 今のニニャの表情を、組合長に見せるのはまずい。

 

(まだだ……まだ笑うな……!)

 

 ニニャは狂喜と愉悦で歪んでいた。

 漆黒の剣の面々は知っているが、その貴族惨殺を女神に頼んだのは、他でもないニニャなのだ。どうやらエ・ランテルに情報は来ていないようだが、第一王子バルブロをいたぶり尽くし殺したことも、仲間たちは知っている。

 幸い、疲れ切った組合長に気づいた様子はない。

 

「ああ。どうやら子供や使用人、囲われた娘らまでは殺されないらしい。惨殺の下手人は、彼らにカルネ村に行くよう言っているらしくてな。お前たちも見たそうだが、今のエ・ランテルには相当数のそうした連中が流れ込んできている。一度ここに来て、そうしてカルネ村に出発するんだ」

「そ、それで、私たちは何をすれば?」

 

 ペテルが震え声で聞いた。

 思いっきり当事者なのだ。

 だが、組合長は緊張していると思ったのだろう。

 

「たいしたことじゃない。彼らの護衛という形で、カルネ村と行き来し、見知った情報を組合に報告してほしい。どんな些細なことでもいい。アダマンタイト級を逐一雇うわけにもいかん。お前たちにしかできない仕事なのだ」

「わっかりました! 相応の報酬がもらえるなら喜んで!」

 

 ルクルットが大きな声で、軽く答える。

 ニニャの含み笑いを隠すためだ。

 どのみち、ニニャを今のエ・ランテルに置いておくのは不安しかない。

 幸い、カルネ村の居心地は悪くなかった。

 アンデッドの警護がない、都市の方が不安に感じるほどである。

 

 こうして漆黒の剣は、カルネ村専門の冒険者として異例の昇進を遂げた。

 これをやっかむ冒険者が下級の中にいないでもなかったが……少なくとも(ゴールド)級以上の冒険者は、同情やあわれみしか感じなかったという。

 





 この後、カルネ村に来たルクルットは、帝都での護衛用に呼び戻されたクレマンさんと遭遇。
 土下座して関係持ちました。
 ペテルとダインはたぶん、死を撒く剣団に囚われてた子らの世話とかしてる内に、そういう関係になったりしてます。その意味でもカルネ村付冒険者は好都合だったり。
 ルクルットは、その辺り傷を負ってる人を口説くのはイカンと距離をとってた感じで。
 クレマンさんなら、他に好きな人できたら気軽にフェードアウトできますしね。
 ニニャは既に、王国にとってガチな危険人物です。お仕事でやってるクレマンさんと違って、明確な敵意と悪意がありますから……。

 リイジーはエ・ランテルの店を畳んだりはしませんが、場合によってはカルネ村に隠遁も考え始めます。
 ボケてるわけじゃなく、一応エンリの本質をちゃんと見てるんで!
 狂信者面はまあ……あの世界では、あまりいないタイプすぎて、危機感うすいんでしょう。
 人を見る目がないとも言えるけど……。

 検問所はエンリさんフリーパスです。
 怒らせたら(クロマルとデスナイトで)外壁ごと都市が滅ぶし……。 
 おかげで、エ・ランテルのカルネ村に対する警戒度はレッドゾーンに入りました。
 蒼の薔薇も、あそこヤバいよって都市長に報告してます。
 デスナイトは村全体の中ではたいした脅威じゃないので、報告しませんでした。
 今都市にいることも、検問所から報告いくだろうと特に言わず。
 おかげで、パナソレイたちはエンリと会う時初めて、デスナイトの存在を知りました。

 長らく間を置いたのでお忘れかもですが、デスナイトはベリュースから作られてます。
 エンリを人質にした奴に、エンリを永遠に守らせるという女神ジョークですね。
 カルネ村では、女神様の粋な計らいとして扱われてます。
 もちろん、モモンガさんはそんな騎士をデスナイトにしたこと、もう忘れてます。
 
 あと、エ・ランテルに到着直後、イビルアイは単身で評議国へ転移しました。
 ツアー呼ばないといけませんからね!

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