アルベド二人旅   作:神谷涼

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 今回はちょい重め。
 定期的にこういうの書きたくなる……。



45:大丈夫だ、問題ない

 

 帝国と評議国との会談を終え、帰還したニグン。

 素早く森林および山脈の調査部隊を選出し、翌朝の出発を指示する。

 森の賢王には湖で蜥蜴人(リザードマン)の代表を連れて帰らせる。訪れるであろう法国の使節が、顔を合わせられるようにだ。

 フォーサイトはクロマルと共に、大森林内で協力的な亜人の代表、知性あるモンスターを捜索。地位を与えるに値する者を、多様な種族で用意する必要があるゆえに。

 クレマンティーヌと漆黒の剣は、アゼルリシア山脈への探索。山小人(ドワーフ)の都市捜索、および地位を与えるに値する者の探索。長期間の任務であり、一か月単位で帰れぬ可能性がある。

 これらは法国の訪問に対し、いるべき人材の帰還を急がせた結果であり。

 クレマンティーヌと漆黒の剣は、長期不在でもカルネ村に影響が薄いと考えられたがゆえの配置。

 

「山小人の都市を探し出すは困難だろうが……道中で協力者を得ることもできるだろう。モモンガ様の名前を出してもかまわん。クレマンティーヌよ、任せたぞ」

「いや、そりゃニグンちゃんとレイナースちゃんが残るのはわかるし、エンリちゃんだって動かせないってわかるよ。わかるけどさー」

 

 そう。

 山脈探索とはいえ、途中までは森の中を全員で進むことになる。

 つまり同行するのはフォーサイトと漆黒の剣、そして――

 

「拙者とて森ではひとかどの強者! けして足手まといにはならぬでござるよ!」

「お前じゃねーよ」

 

 抗議する巨大ハムスター……森の賢王に、脱力して答え。

 クレマンティーヌは、視線をもう一頭の魔獣に向けた。

 

「MUGEN?」

「なんで、こいつと組まなきゃいけねーんだよ!」

 

 唸り、首をかしげるクロマルにツッコミを入れる。

 かつて受けた暴行により、クレマンティーヌにとってこの強大な双角獣(バイコーン)はトラウマ対象。戦闘力でも格上だし、いつまた同じ目に遭わされるかと気が気でない。正直、近づきたくない。見たくもない。

 

「つんでれというやつでござるな。同じ雄に乗られた雌として、それがしも共感――」

「だまれ。ころすぞ」

「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 語彙が小学生になったクレマンティーヌの殺気に、森の賢王が恐怖の悲鳴をあげた。

 

「お、俺は気にしないっすよ。クレマンティーヌさん」

「お前にフォローされるのかよ……」

 

 ルクルットの言葉に、深々と溜息をつく。

 この村に来た時の状況――クロマルに(性的に)こらしめられた一件は、村人には周知の事実。ルクルットに限らず外来者だって、既に聞き知っている。それゆえ、クロマルは女性全般に避けられており。平気で騎乗するエンリには、この上ない畏怖が抱かれるのだ。

 クレマンティーヌと親しい村人がいないのも、それが理由である。そして新たに来る人々は、彼女による王国貴族拷問を目の当たりにした者ばかり。良い噂など立ちようもない。

 

「ま、まあ湖まで行ったら、別行動でいいんじゃない?」

 

 数少ない例外のイミーナが助け舟を出すが。

 それとて同じ女性としての同情。特に仲がいいわけではない。

 

「森林で二手に分かれて行動した方が、確実。該当目標を手に入れたら、ニニャから〈伝言(メッセージ)〉で連絡してほしい。たぶん、山脈に行く前に帰還許可が出るはず」

 

 アルシェが、イミーナに同調する。

 実際、山脈探索は将来の布石であり、一日を争うものではない。森で適当な代表者格を集める方が重要なのだ。効率性を考えるなら、別行動は妥当である。

 

「……ありがとねー」

 

 ここには漆黒聖典のような、押しつけがましい連帯感はない。

 女神への帰属意識は、クレマンティーヌとて持っている。

 実力者として評価を得ている。

 好き勝手しても許されている。

 復讐とて、仲間の手で成し遂げられた。

 法国にいた頃に比べれば、破格の待遇だ。

 恵まれている。

 幸運。

 そう言ってしまうのはたやすいだろう。

 けれど、彼女には今どこか満たされぬものがあり。

 魂にぽっかりと穴が開いたように空虚。

 ここ数日は己らしく振舞ってはいたが……急に己が己でなくなったように、感じられてならないのだ。

 

 半ばアンデッドになったクレマンティーヌにとって、食事は……不要ではないが、欠かしたからとすぐ倒れるものでもない。

 明日の準備を理由に、一足早く彼女は仲間の輪を離れた。

 

 

 

 明日の朝から出発とあって、夕食会にはすぐ、出陣組も解散となる。

 長期不在となる者は、それぞれに村の知り合いと別れを惜しむのだろう。

 パーティーでの野営となるため、欲求が募らぬようにと濃厚な一夜を過ごすカップルも多い。

 フォーサイトも漆黒の剣も、それぞれの住まいに戻る……中。

 漆黒の剣の野伏(レンジャー)であるルクルットは、夕食会にいなかった女性の姿を探して、村の中を歩く。

 この村に、彼女の住まいはない。

 いつも、村の守りとして広場や裏門の辺りにいるのだが……。

 

「だーれ、探してんのー?」

「うわっ、お、驚かさないでくださいよ」 

 

 音もなく屋根から跳躍してきたクレマンティーヌが、背後からルクルットを抱きすくめていた。

 アンデッドになってなお、彼女の体は暖かくやわらかく……いい匂いがする。

 

「毎回、よく驚くねー。それに毎回すーぐ、こっちも反応するしー♪」

「そっ、そりゃあまあ、俺は凡人だしっ」

 

 ぴったりと後ろから密着されて反応した下半身を、無造作に掴まれる。

 悲鳴じみた声を抑えたルクレットだが。

 

「んー? 凡人がこんな場所にいて場違いだーとか思ってるわけー? まあ、英雄や準英雄ばっかの魔境だもんねー?」

「……俺は二ニャみたいな過去も、ないし……軽いノリで英雄に憧れて、冒険者になっただけだから……」

 

 そんなものは、常から抱え続ける軽い愚痴にすぎない。

 遠慮なく動く女の手に、男の息遣いは荒くなる。

 

「はー。ニニャちゃんねー。ニニャちゃんかー」 

「く、クレマンティーヌさん?」

 

 なぜニニャの名前を出すのだろうかと、いぶかしげに後ろを見ようとするが。

 

「……まーいっかー」

「あいたっ!」

 

 ばちりとけっこうな強さで尻を打たれてしまう。

 

「たーまーにーはー……外じゃなくてベッドでしなーい?」

 

 ゆらゆらと身を揺らすクレマンティーヌ。

 背に当たる肢体がくねり、擦りつけられる。

 まだ握られたままのルクルットは、さらに反応してしまう。

 

「は、はい」

 

 今一つ経緯がわからないまま、ルクルットは己にあてがわれた小屋へと彼女を案内した。

 実のところ、彼の寝床に女が来るのは……いや、そもそもこの二人がベッドを共にすること自体、これが初めてなのだった。

 

 

 

 少し後。

 つまり事後。

 跳ね上げ窓から差し込む星明かりが、二つの裸体を照らす。

 クレマンティーヌは外を見るでもなく……ぼんやりと天井を眺めている。

 

「ど、どうしたんですか、クレマンティーヌさん。らしくないっすよ」

「……らしくないかー」

 

 ごろんと横向きになって、声をかけたルクレットを見てくる。

 じっと正面から、至近距離で見つめ合う。

 

「ほ、ホントにどうしたんです」

 

 どぎまぎしながら、ルクルットは再度問う。

 さんざん関係を結びながら……こんなふうにじっと顔を見つめ合った記憶はない。

 最中や事前なら、こんな距離もしただろうが。

 事後、クレマンティーヌはさっさと立ち去ってしまう。

 余裕をもって向かい合った記憶など……思えばなかった。

 

「……アンタにとって、あたしってどーんな風に見えてるワケ? あたしらしくーって、どうしてたらいいのかなー?」

「い、いやそれは……」

 

 ルクルット視点では、踏みつけてきたり、跨ってきたり、寸止めを繰り返してきたりするのが、いつものクレマンティーヌだが。さすがに空気は読む。そんな言葉を求めているわけじゃないと、わかる。

 

「あたしも、いろいろイヤーな過去があってさー。殺したり拷問したりするのが、だーい好きで愛してたんだよねー」

「ま、まあニニャも世話になったから……それは知ってるっすよ」

 

 ルクルットは鈍い男ではない。

 言葉の隅……“愛してた”という過去形を聞き逃さない。

 

「そーそー。ニニャちゃんといっしょだねー。いろーんな遺恨の相手や、関係ない人を痛めつけてさー。ぐちゃぐちゃにして、命乞いさせて、ぶっ殺して……鬱憤晴らしと八つ当たりを繰り返してたんだー」

「王国貴族にしたみたいに……ですか」

 

 そーなんだけどねー、と疲れた笑顔になる。

 少なくともルクルットは、見たことのない表情。

 

「……飽きた」

「飽きたって……」

 

 軽いノリで皮肉を言おうとしても、正面から見つめてくる彼女の貌は真剣。

 

「ちょーっと前まで、さ。アンタだって踏みつけてる時は、踏み潰してやろうか本気で迷ってたし。ヤってる時だって、そのまま腕とか切り飛ばしたらどんな顔するかなーってけっこう考えてたんだよねー」

「そ、そーなんすか」

「そーなんだよー?」

 

 さすがに声が震えるし。

 いろいろ縮み上がる。

 軽く答えられても、ぜんぜん安心できない。

 

「い、今はそうじゃないってことっすよね」

 

 真顔で見つめられる。

 数呼吸。

 いやもっと過ぎたろうか。

 

「……そうだよ」

 

 ようやく出た答えは、なぜか年下の……いや、子供のような震えた声だった。

 ぽつり、ぽつりと言葉が続く。

 

「漆黒聖典のクソ隊長とクソ兄貴が、あたしのずーっと殺したかったヤツでさ。あいつら、あの時に……ミンチになってただろ?」

「見た時すげー喜んだのに、すぐいろいろどうでもよくなって……あたしがあたしじゃなくなったみたいで……気持ち悪ぃ……何もかも、なくなったみたいな感じ」

「王国貴族でもう一生分、拷問しまくったからかなぁ。なんか、痛めつけたり殺したりしたいって思えなくなって。したいことが全部からっぽになって」

「モモンガちゃんも、すぐ引きこもって話できねーし、撫でてくれねーし……あたし自身があたしをわからなくなったら、もう……あたしってどこにもいないみたいじゃねーか」

「なんか今、自分のふりをしてる人形になってるみたいな……アンデッドだから当たり前だけど、ただの動いてる死体みたいな。自分で自分が感じられない……今日だって、あのクソ山羊、ホントはどうでもよかったんだ……ただ、ああ言っといた方が、あたしらしいなって……あたしらしいって何なんだ?」

「あたしも、世界も、今までした何もかもも、なんかスカスカの穴だらけになって。お前だけ、なんか勝手に寄って来るからこうしてるけど……ぜーんぜん、埋まらなくてさ……寝ないからわかんねーけど、寝たらそのまま消えてなくなりそうっていうか……なくなりたいっていうか……」

 

 涙は出ない。

 アンデッドだからではなく。

 ただ、からっぽなだけだから。

 からっぽなことがつらくても。

 からっぽだから、何も出てこない。

 しかし、彼女からは確かに何かが流れでていて。

 彼女の存在感は、かつてなく薄く。

 儚い。

 ルクルットが眠れば……目を醒ました時にはこの世から消えていそうにすら、見える。

 

「クレマンティーヌさん」

 

 あふれ出す言葉が途切れた時。

 ルクルットは、横たわったままの彼女の上にのしかかっていた。

 クレマンティーヌなら、身体能力だけで容易に、払いのけられるだろう。

 だが、投げやりな視線を向けるだけで。

 彼女は何もしない。

 する気力がないのか。

 

「俺が……!」 

 

 言葉を続けようとして、やめる。

 理屈で埋めるべきじゃないと思ったから。

 だからただ、ルクルットは……相手の名を何度も呼び。

 ひたすら全身全霊で……彼女を求めてみせた。

 

 

 

 翌朝。

 ニグンたちは既に他の準備に奔走している。

 出発するメンバーを見送るのは、当人らと縁のある村人のみ。

 そんな中で彼らは出発するのだが……。

 

「お、おい大丈夫かルクルット」

「だ、大丈夫だ、問題ない」

 

 虚ろな目と、小鹿のような足取りで現れた仲間へ、ペテルは心配げな声をかける。

 どう見ても大丈夫ではない。

 

「大事な出発前に何してたんですか」

「一行の目である野伏(レンジャー)として、大きな問題」

 

 ニニャとアルシェが咎める視線を向けるが。

 当人は気づいてすらいない。

 言葉も聞こえていないようだ。

 代わりに。

 

「あー。まあ途中までイミーナちゃんがいるしねー。このバカがダウンしたら背負ってくなりするから。ほっといていーよ。回復も使わなくていいから。行くよー」

 

 クレマンティーヌが、ひらひらと手を振って二人を鎮める。

 

「そういうことなら、それがしがs――痛いでござる!」

 

 背負って行こうと言いかけた魔獣が足を踏まれた。

 レベル差があれば足を踏むだけでもダメージなのだろう。

 

 もう一人の野伏たるイミーナはと言えば、軽く肩をすくめるのみ。

 ヘッケランとロバーデイクも小言を言いかけたが……イミーナの視線を追って黙る。

 ふらつくルクルットの手が、そっとクレマンティーヌとつながれているのが見えたのだ。

 

 こうして、総勢9人と1頭と1匹からなる調査部隊がカルネ村を出発した。

 





 クレマンさんのメンタルケアを挟める機会がここしかなく、閑話扱いすると淡々と出発して調査するだけになるので、唐突なクレマン&ルクルット回。
 更新空く前のモモンガ&アルベド回と同じような、唐突に重いノリになってすみません。
 一応、クレマンさんが兄死亡からちょっとメンタル凹む流れは考えてて……どっかに入れようと思ってたんですが。
 出発後だと、ルクルットと二人になる機会がないんですよね!
 なのでこの詰め詰めな日程の中で起きることになり。
 ルクルットの自己管理評価が、フォーサイトでも漆黒の剣でも下がりました。
 その代わり、クレマンさんをほぼ攻略済。

 今回のルクルットは気力体力の限界まで、ひたすらクレマンさんを夜通し求めて見せた感じ。
 言葉で何言っても重みがないと思い、不器用に心の隙間を埋めようとがんばりました。

 クレマンさんは、モモンガ以外には快楽堕ちとかしないので、ルクルットとはかなり健全な恋愛です。
 この状況を知れば、アルベドさんも応援してくれるでしょう。
 というか目下この話でマトモな恋愛してるの、こいつら以外じゃヘッケラン&イミーナくらいでは……。

 なお、クレマンさんは拷問や殺人に忌避感持ったわけじゃないので、やる時はふつーにします。
 特に好きなことでもなくなった、ってだけ。
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