アルベド二人旅   作:神谷涼

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 主人公不在編。
 女神がいないと、原作の闇に相対せざるをえない。



47:世界は美しくなんかない。そしてそれ故に、美しい。

 蜥蜴人(リザードマン)による歓待の翌朝。

 多くの者が、飲みすぎて転がり。

 森の賢王も、思わぬ懐妊に喜びすぎて眠っている。

 そんな中、調査隊の面々はアルシェを中心に集まっていた。

 村への報告を行っているのだ。

 

(ほう? まずはおめでとうと言っておこう。だがイミーナ殿の帰還は認められん)

 

 〈伝言(メッセージ)〉ごしのニグンの言葉に、アルシェは目を見開いた。

 

「ど、どうして? 身重だし、休んだ方がいい」

(まず、彼女は魔法で調べるまで、自覚症状の類はなかったのだろう? ワーカーとしての君たちは体調不良を抱えたまま、この調査に出るようなチームだったのかね?)

「それは違う。イミーナ自身問題ないと言っている」

(ならかまうまい。人間の妊娠期間は長い。よほど辛くなければ、いつも通りに過ごした方がよかろう)

「森の調査は、いつも通りではない」

(もちろんだ。森で居続けろと言ってはいない。もし体調に問題が出れば、即座に帰還を許可する)

「しかし、万一があってからでは遅い」

(悪いが、目下はこちらの方が危険なのだよ。法国が表立った手段を取るとは限らない。刺客が入り込んだり、毒を流される可能性とて皆無ではないのだ)

「えっ」

(モモンガ様に対し、そのような手を取る可能性は限りなく低いが。彼らは人類至上主義で、森妖精(エルフ)とは戦争中。イミーナ殿に絶対安全とは言い切れん。帝国のエルフ奴隷がどう手に入れられ、どう扱われていたか、君なら知っているだろう)

「そんな……」

 

 帝都で生まれ育ったアルシェにとって、法国は遠い異国。

 文化の差を知識としては知っていても……その差別が、仲間に降りかかるとは考えていなかった。

 

(皇帝陛下も竜王殿も、我らに協力してくださっている。だが、今はカルネ村自体が準備に奔走しており、万全とは言えん。法国の側から見れば、隙を晒しているとも言える)

「じゃあ、そちらの準備が済んだら戻らせてほしい。イミーナだけでいい」

(考慮しよう)

「あと、森の賢王も妊娠した」

(なに?)

 

 

 

 思わぬ懐妊情報。

 予想以上の移民希望者。

 そして妊娠を自覚症状なくとも確認できるクルシュという人材。

 これらにより、昼過ぎ。

 カルネ村から、リザードマンの集落へと〈転移門(ゲート)〉が開かれた。

 黒い穴を通って現れたニグンたちの前には。

 移民希望のリザードマンの若者が数百名。

 リーダーは、クルシュとザリュース。

 さらにザリュースが飼う多頭水蛇(ヒドラ)のロロロもいる。

 

「交渉がうまくいった様子で何よりだ。これで最低限の準備は済んだと言ってもいい」

 

 思わぬ戦力と人数に、ニグンの顔にも笑みが浮かぶ。

 もっとも、リザードマンらの表情は硬い。

 まだ見ぬ土地への恐れもあり、半ば女神への生贄の如き心持なのだろう。

 残る者たちとは今生の別れの如く、視線や言葉を交わしている。

 

(彼らの不安を払拭し、短期間で対等のように見せねばならんな……これも重要な課題か)

 

 森の賢王やイミーナは既に彼らと打ち解けたと聞いているが……と、派遣した者らを見れば。

 

「しかし、それがしが子を宿すとは……目が覚めても夢ではなかったでござるよ。クロマル殿ぉ……!」

「MUGEEEN」

「くっ……承知! 村に戻れど、夫たるクロマル殿のご武運を祈らせていただく次第! それがし、妻として必ずや立派な御子を産むでござる!」

「MUUUU……」

「ひゃっ、くすぐったいでござるよー♡」

 

 森の賢王は今回、リザードマンと共に〈転移門〉でカルネ村へと帰還するのだ。

 二体が別れを惜しみいちゃついている……のだろうが。

 種族が違いすぎる上、一方は会話できないので、よくわからない光景になっている。

 

 その一方で。

 ニグンと共に来た他の者――の大半が、微妙な空気になっていた。

 

「ご、ごめんね。急にお願いすることになったみたいで」

「いえ……法国の人が来るかもしれないそうですし」

「法国はいや……いや……」

「い、イミーナさんは、モモンガ様の大切な人ですから」

「アルベド様とエンリさんに殺されそうだから、その言い方やめて……」

 

 森妖精(エルフ)の三人と、イミーナには互いに気まずさがあった。

 特にエルフたちは言葉にわずかな棘を、含めてしまう。

 

「あ、あー、森は俺がついてくぜ! お前らは、山脈の方についてってやれよ」

「そうですね! 法国と顔を合わせないように、というならその方がよいかと!」

 

 事情を知るブレインとロバーデイクが、人員配置についてフォローし。

 

「確かに当てもないので助かるんですけど。いいんですか? エルフの皆さんは森の方g――」

 

 よくわかっていないペテルが、ロバーデイクに口を塞がれる。

 

「いえ! イミーナが傷を負わないよう、後衛を増やすより戦士がいてくださった方が助かります!」

「そりゃそうだな。あの神獣様がいたって、壁役が多いにこしたことはねぇ」

「……そーだねー。こっちは探索で2チームに分けて動いたっていいわけだしー」

 

 ロバーデイクの焦りから何かを察したか。 

 ヘッケランとクレマンティーヌも同意した。

 

「ブレインはカルネ村でも(女神の使徒を除けば)最強格の戦士。ぜひついてきてほしい」

 

 アルシェもよくわかっていないなりに、話に合わせた。

 

「……エルフとハーフエルフって仲悪いんすか?」

「黙っといてー」

 

 小声で尋ねるルクルットに、クレマンティーヌは短く答え、睨んだ。

 自ずとチーム分けも変わる。

 

森林探索:クロマル、ブレイン、ヘッケラン、イミーナ、ロバーデイク、アルシェ

山脈探索:クレマンティーヌ、ゼンベル、ニニャ、ペテル、ルクルット、ダイン、エルフ3人

 

カルネ村:森の賢王、ザリュース、クルシュ、ロロロ、その他リザードマン数百

 

 

 

「精神的に問題ある者について、こちらも考えておく。彼女らは、現状でもそれなりの戦力だ。お前なりに鍛え、立ち直らせてやってくれ」

「無茶言うねー」

 

 ニグンの言葉に、クレマンティーヌはげんなりとしつつ。

 ぞろぞろとカルネ村に向かうリザードマンを見送った。

 

 移り住んだ者への保証――一応の人質も兼ねて。

 一行はその一日を、リザードマンの集落で過ごす。

 保存食をある程度受け取ったり、酒や水の汲み置きも必要だ。

 そうして翌朝にそれぞれ、別方向へと出発するのである。

 友好関係を結んだ以上、この集落では夜番も必要ない。

 一行はゆっくりと休む、はずだったが。

 

 

 

「ルクルットちゃん、ちょーっと付き合ってくれるー?」

「うぇ? ちょ、ちょっと、明日からマジな探索っすよ!」

「おー? いつものガッツキはどーしたのー?」

「だ、だってさすがに!」

「いーからいーから」

 

 漆黒の剣が休む小屋から、ルクルットが連れ出される。

 

「や、やっぱり、ルクルットのやつ、クレマンティーヌさんと……なのか?」

「センパイ、ルクルットのこと名前で呼んでたし……」

「事実は小説より奇なり……であるな」

 

 見送る三人は、なんともいえない顔であった。

 

 

 

 クレマンティーヌは湿地帯の中を大きく跳躍し、離れた浮島へと至る。

 

「ここならいっかー……おい、声は小さめにしな」

「いや、ヨソにいる時に、あんな声出しませんって。クレマンティーヌさんこそ……」

 

 ばしんと尻をはたかれる。 

 

「バーカ。いつまでやってんだよ。エルフの件、お前わかってんのかって確認。あそこじゃ、隣の小屋で寝てるあいつらに聞こえるかもしれねーだろ」

「え、エルフ? イミーナさんとなんか空気悪かった件っすか」

 

 期待していたルクルットは、露骨に残念そうな顔になる。

 

「そーだよ。あの魔獣をあっちが連れてく代わりに、あたしが受け持ったけどさー。あいつら、けっこう危ういよー? 余計なこと言ったら、面倒になるから、しっかりわかっとけって言ってんだよ」

「余計な事って……? 別にエルフ差別とかするつもりは、ないっすよ。イミーナさんとも普通にやってたじゃないですか」

 

 精神的に問題がありそうなのは、イミーナと会話していた時も。明日からの探索について話し合った時も。

 うすうす感じたことではある。

 ニニャに近いが、ニニャより虚ろな、危うげな顔をしていた。

 三人が三人とも、だ。

 

「あのエルフが帝国で奴隷だったってのは、知ってるよねー? どーゆー扱いか、わかるー? あと、エルフの国ってどんなか、知ってるー?」

「……いや、よくは。ニニャの姉ちゃんみたいな目に遭ってたってことですか?」

「あー……ニニャちゃんから聞いてるかなー? ま、あそこまで悲惨じゃないんだけど……いや、ある意味じゃあれより酷いかもねー」

 

 エルフの王は、同族の娘と片端から交わり、子を産ませ。

 産まれた子も、産んだ母も、法国との前線に送り込んで……強制的な戦いの中で強者を生み出さんとしている。戦いの中でさらなる力を見せれば、また子を産まされ。再び前線に送られるのだ。

 このため、エルフの国では基本的に“王のお手つき”の女しかいない。

 戦争で捕虜となったエルフはそのまま奴隷となり、法国内で使われるか、帝国等に売られる。

 

「なんだそりゃ。それで国になるのかよ」

「ま、これについては目の敵にしてる法国にも理があるよねー。で、そんな頭おかしーやり方だから、エルフの奴隷ってのは女子供ばっかしでさー。しかも大半がそこそこ戦える……あの子らみたいな感じなんだよー」

「つまり、あいつらは生まれた時からそんな環境にいたワケか?」

「エルフは長寿だから断言できないけど、たぶんねー。それで、売られた後だけど……」

 

 帝国のエルヤー・ウズルスについても、クレマンティーヌは知らぬでもない。

 法国内でも、いずれかの聖典にスカウトしては……という話があった。かつては己に比肩しうる戦士の一人として、情報を集めてもいたがゆえ。

 その人品についても、把握している。

 

「……って奴が、あの子らの元ご主人様ってワケ。ニニャちゃんが聞くと殺したがるから、ナイショにしとこーねー? モモンガ様にも、気分悪くしないよーに黙ってたんだし」

「そ、そりゃわかったけど。でも、モモンガ様に助けてもらったんだろ? じゃあ、なんでそんなこと教えるんだ? 誰も知らない方がいいじゃん」

「さっきから、内心かなり怒ってるねー? そうやって対等の口調になってくれてる方が、おねーさんは嬉しいなー」

「ちゃ、茶化さないでくだ――くれよ!」

 

 律儀に言い直したルクルットの頭を、にやにやと撫でてから。

 クレマンティーヌは冷たい表情になった。

 

「そー。知らない方がいーんだよ。でもさー、しばらくあたしたちは、あの子らと組むわけじゃん。危うい状態だから……あんまり、壊れないよう扱ったげないとでしょー?」

「べ、別に、そんなこと言われなくても、冒険者として過去を探ったりは……」

「ちがうちがーう。過去じゃなくて今、いや未来かな? すごーく話題にしちゃいけない話ができちゃったんだよー」

「……どういうことだよ」

 

 じっと、正面からクレマンティーヌが見据えてくる。

 

「ロバーデイクとンフィーレアが、カルネ村で何をしてたか知ってるー?」

「も、元奴隷とか娼婦の、治療をしてたんだろ?」

 

 唐突な質問だ。

 彼らのしていたことなど、村人なら誰でも知ってる。

 

「実は治療だけじゃないんだなー。ルクルットちゃんは、あんまり世の中の裏側、見ない方? あの二人は意外とそのへん、しっかりしてたよー? オトナになるなら、そゆトコも見ないとねー」

「治療以外に何を? え?」

(実は女に手を出してたとかって話じゃないよな?)

 

 混乱してしまう。神官と薬師が、他に何をするというのか。

 

「はー。お前ら、ニニャちゃん以外ホントに夢見る若者だよねー。前のあたしが見たら、めちゃくちゃに痛めつけて殺してたんだろなー……。ま、だから、ルクルットちゃんは、あたしなんかに声かけてくれたんだろけどねー」

「えっ、えっ」

 

 クレマンティーヌが、愚痴半分に不貞腐れたような顔になる。

 彼女とて、こんな話はしたくないのだ。

 これで察してくれれば……それでよかったのだが。

 ルクルットは、まるでわかっていない様子で混乱している。

 

「村に来た女どもの大半は、腹にガキが()()んだよ。クソどもに無理やり孕まされたのがな」

「は……?」

「それを()()してたのが、あの二人。だーから、二人とも元奴隷連中から、それなりの敬意を持たれてるんだよねー」

「え?」

 

 世界が美しくなんてないと、忘れていた。

 理解に時間がかかっていた。

 

「イミーナの種族って何だっけー?」

半妖精(ハーフエルフ)

「あのエルフ連中の腹にいたのは、何だと思う?」

「…………ハーフエルフ?」

「ハーフエルフのイミーナは、愛する男と結ばれて子供ができたんだよ。本人は幸せそうで、嬉しそうでさー。村としても、おめでたいよねー。村に戻ったら、幸せな結婚もするんだろねー?」

「…………」

「一方で、あいつらはってーと王様に無理やり子供産まされて、子供はとりあげられ、本人は奴隷にされてー。おまけにクソ野郎の子供も孕まされ、その子を……始末して、今はモモンガ様にすがりついてるってワケ」

「…………」

 

 返事はない。

 心の準備もなく、さらけ出された裏側に。

 吐き気すら伴うおぞましさを感じ、震えるしかない。

 何に震えているのか。

 怒りか、恐怖か、怯えか、嫌悪か。

 だが、間違いなくルクルットは……ニニャの姉についても含め。多くに目を背けていた。

 かつて、エ・ランテルにいた頃なら、気づいて当たり前だったのに。

 なにもかも忘れて、英雄志願の子供の気分で居続けていた。

 

「おーい」

「…………」

 

 耳元に呼び掛けられるが。

 ちらと目を動かすしかできない。

 なんと答えればいいかもわからない。

 

「イミーナの話も、あの魔獣が孕んだ話も、道中の話題にはするなって言ってんだよ」

「わかった」

 

 強張った声。

 

「出発はちょーっと遅らすから、他の二人にもよろしくねー。ニニャちゃんには、あたしから言っとくからさー」

 

 実のところ、ペテルとダインは元奴隷の娘と深い関係になっている。それなりの裏事情も聞いているはずだ。彼女らに関わろうとせず、クレマンティーヌに声をかけたルクルットが……カルネ村で最も裏事情に疎い男、なのだろう。

 おかげで衝撃から立ち直れず、生返事をしつつ頷くしかできない。

 

「はー……」

 

 そんな様子に、クレマンティーヌは深々と溜息をつき。

 

「…………おわっ!」

 

 突然、ルクルットを仰向けに蹴り転ばした。

 

「おい。朝もその面してたら、はったおすぞ、てめぇ」

「もう蹴ってるし!」

 

 その衝撃でようやく我に返るが。

 

「うるせぇ。お前が悩んだってしょーがねーんだよ。ンフィーレアも、ロバーデイクも。ニニャちゃんだって、お前らにそんな相談しねーし、期待もしてねーんだよ。口をすべらすなって、釘さしてんのがわかんねーのか?」

「そりゃ、わか……ちょおおお!?」

 

 股間をぐりぐりと踏みつけられ、悲鳴をあげる。

 

「いっつも、あたしに会う時はガチガチのクセしやがって。何、顔といっしょにしょぼくれさせてんだ? あーん?」

「あ、あんな話聞いてそんな……!」

「ほー。それじゃ村に帰るまでずーっとあたしと、何もナシで大丈夫ってワケー? あのエルフ連中といっしょの限り、そーゆーの一切ナシだよー?」

「えっ、いや、それはっ!」

 

 しっかりと反応し始めるそれを、鼻で笑うクレマンティーヌ。

 

「そーそー、いつも通り、そーゆー顔でいりゃいいんだよ。話題だけ気をつけな」

「は、はいっ」

 

 結局、ルクルットが寝床に戻ったのは、それなりの夜更けだったという。

 




 
 原作にもあって、避妊手段がない以上、集まった子らの大半が……まあアレだったかと。
 ツアレも助かった時にはアレでしたからね。
 宗教的にそういう処置を禁止するかどうかについて、モモンガさんはノータッチ。
 ニグン、クレマン、エンリさんらで話し合って決めました。
 願った当人として、ニニャさんも関わってるかも。
 フォーサイトはこういうダーティーな面を理解してるはず。
 ンフィーレアも薬師として、こういった医療の暗黒面を知ってるはずと判断。

 ニニャさんは姉の詳細を伏せてますが、その後もエスカレートするアレっぷりから、酷い状況だったとは漆黒の剣メンバー全員察してます。
 村に運ばれてきたときの、元奴隷&娼婦の皆さんの状況も、見てないはずはありませんし。
 過去にちらっと触れてますが、ペテルとダインは悲惨な境遇の子らを慰める中で、深い関係になってます。いろいろと裏面も知りつつあるでしょう。ルクルットがそこらへん目を背けた形になり、今回でクレマンさんから釘を刺されました。
 まあ、ルクルットだってエ・ランテルにいた頃は、そこまでめでたい価値観じゃなかったはずですが。カルネ村に来てから、いろいろ現実離れしすぎて地に足つかないモードになってました。おかげで、クレマンさんと関係持てたわけですが!

 王都から回収された中には、完全に精神的に壊れた子とかもちょくちょくいるでしょうし。
 そろそろ彼女らをどうするかなども、ニグンさんらが決めます。


 クロマル組とクレマン組の旅が始まります……が、次回、話はカルネ村に戻る予定。
 相変わらず女神は旅をしない!
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