女神がいないと、原作の闇に相対せざるをえない。
多くの者が、飲みすぎて転がり。
森の賢王も、思わぬ懐妊に喜びすぎて眠っている。
そんな中、調査隊の面々はアルシェを中心に集まっていた。
村への報告を行っているのだ。
(ほう? まずはおめでとうと言っておこう。だがイミーナ殿の帰還は認められん)
〈
「ど、どうして? 身重だし、休んだ方がいい」
(まず、彼女は魔法で調べるまで、自覚症状の類はなかったのだろう? ワーカーとしての君たちは体調不良を抱えたまま、この調査に出るようなチームだったのかね?)
「それは違う。イミーナ自身問題ないと言っている」
(ならかまうまい。人間の妊娠期間は長い。よほど辛くなければ、いつも通りに過ごした方がよかろう)
「森の調査は、いつも通りではない」
(もちろんだ。森で居続けろと言ってはいない。もし体調に問題が出れば、即座に帰還を許可する)
「しかし、万一があってからでは遅い」
(悪いが、目下はこちらの方が危険なのだよ。法国が表立った手段を取るとは限らない。刺客が入り込んだり、毒を流される可能性とて皆無ではないのだ)
「えっ」
(モモンガ様に対し、そのような手を取る可能性は限りなく低いが。彼らは人類至上主義で、
「そんな……」
帝都で生まれ育ったアルシェにとって、法国は遠い異国。
文化の差を知識としては知っていても……その差別が、仲間に降りかかるとは考えていなかった。
(皇帝陛下も竜王殿も、我らに協力してくださっている。だが、今はカルネ村自体が準備に奔走しており、万全とは言えん。法国の側から見れば、隙を晒しているとも言える)
「じゃあ、そちらの準備が済んだら戻らせてほしい。イミーナだけでいい」
(考慮しよう)
「あと、森の賢王も妊娠した」
(なに?)
思わぬ懐妊情報。
予想以上の移民希望者。
そして妊娠を自覚症状なくとも確認できるクルシュという人材。
これらにより、昼過ぎ。
カルネ村から、リザードマンの集落へと〈
黒い穴を通って現れたニグンたちの前には。
移民希望のリザードマンの若者が数百名。
リーダーは、クルシュとザリュース。
さらにザリュースが飼う
「交渉がうまくいった様子で何よりだ。これで最低限の準備は済んだと言ってもいい」
思わぬ戦力と人数に、ニグンの顔にも笑みが浮かぶ。
もっとも、リザードマンらの表情は硬い。
まだ見ぬ土地への恐れもあり、半ば女神への生贄の如き心持なのだろう。
残る者たちとは今生の別れの如く、視線や言葉を交わしている。
(彼らの不安を払拭し、短期間で対等のように見せねばならんな……これも重要な課題か)
森の賢王やイミーナは既に彼らと打ち解けたと聞いているが……と、派遣した者らを見れば。
「しかし、それがしが子を宿すとは……目が覚めても夢ではなかったでござるよ。クロマル殿ぉ……!」
「MUGEEEN」
「くっ……承知! 村に戻れど、夫たるクロマル殿のご武運を祈らせていただく次第! それがし、妻として必ずや立派な御子を産むでござる!」
「MUUUU……」
「ひゃっ、くすぐったいでござるよー♡」
森の賢王は今回、リザードマンと共に〈転移門〉でカルネ村へと帰還するのだ。
二体が別れを惜しみいちゃついている……のだろうが。
種族が違いすぎる上、一方は会話できないので、よくわからない光景になっている。
その一方で。
ニグンと共に来た他の者――の大半が、微妙な空気になっていた。
「ご、ごめんね。急にお願いすることになったみたいで」
「いえ……法国の人が来るかもしれないそうですし」
「法国はいや……いや……」
「い、イミーナさんは、モモンガ様の大切な人ですから」
「アルベド様とエンリさんに殺されそうだから、その言い方やめて……」
特にエルフたちは言葉にわずかな棘を、含めてしまう。
「あ、あー、森は俺がついてくぜ! お前らは、山脈の方についてってやれよ」
「そうですね! 法国と顔を合わせないように、というならその方がよいかと!」
事情を知るブレインとロバーデイクが、人員配置についてフォローし。
「確かに当てもないので助かるんですけど。いいんですか? エルフの皆さんは森の方g――」
よくわかっていないペテルが、ロバーデイクに口を塞がれる。
「いえ! イミーナが傷を負わないよう、後衛を増やすより戦士がいてくださった方が助かります!」
「そりゃそうだな。あの神獣様がいたって、壁役が多いにこしたことはねぇ」
「……そーだねー。こっちは探索で2チームに分けて動いたっていいわけだしー」
ロバーデイクの焦りから何かを察したか。
ヘッケランとクレマンティーヌも同意した。
「ブレインはカルネ村でも(女神の使徒を除けば)最強格の戦士。ぜひついてきてほしい」
アルシェもよくわかっていないなりに、話に合わせた。
「……エルフとハーフエルフって仲悪いんすか?」
「黙っといてー」
小声で尋ねるルクルットに、クレマンティーヌは短く答え、睨んだ。
自ずとチーム分けも変わる。
森林探索:クロマル、ブレイン、ヘッケラン、イミーナ、ロバーデイク、アルシェ
山脈探索:クレマンティーヌ、ゼンベル、ニニャ、ペテル、ルクルット、ダイン、エルフ3人
カルネ村:森の賢王、ザリュース、クルシュ、ロロロ、その他リザードマン数百
「精神的に問題ある者について、こちらも考えておく。彼女らは、現状でもそれなりの戦力だ。お前なりに鍛え、立ち直らせてやってくれ」
「無茶言うねー」
ニグンの言葉に、クレマンティーヌはげんなりとしつつ。
ぞろぞろとカルネ村に向かうリザードマンを見送った。
移り住んだ者への保証――一応の人質も兼ねて。
一行はその一日を、リザードマンの集落で過ごす。
保存食をある程度受け取ったり、酒や水の汲み置きも必要だ。
そうして翌朝にそれぞれ、別方向へと出発するのである。
友好関係を結んだ以上、この集落では夜番も必要ない。
一行はゆっくりと休む、はずだったが。
「ルクルットちゃん、ちょーっと付き合ってくれるー?」
「うぇ? ちょ、ちょっと、明日からマジな探索っすよ!」
「おー? いつものガッツキはどーしたのー?」
「だ、だってさすがに!」
「いーからいーから」
漆黒の剣が休む小屋から、ルクルットが連れ出される。
「や、やっぱり、ルクルットのやつ、クレマンティーヌさんと……なのか?」
「センパイ、ルクルットのこと名前で呼んでたし……」
「事実は小説より奇なり……であるな」
見送る三人は、なんともいえない顔であった。
クレマンティーヌは湿地帯の中を大きく跳躍し、離れた浮島へと至る。
「ここならいっかー……おい、声は小さめにしな」
「いや、ヨソにいる時に、あんな声出しませんって。クレマンティーヌさんこそ……」
ばしんと尻をはたかれる。
「バーカ。いつまでやってんだよ。エルフの件、お前わかってんのかって確認。あそこじゃ、隣の小屋で寝てるあいつらに聞こえるかもしれねーだろ」
「え、エルフ? イミーナさんとなんか空気悪かった件っすか」
期待していたルクルットは、露骨に残念そうな顔になる。
「そーだよ。あの魔獣をあっちが連れてく代わりに、あたしが受け持ったけどさー。あいつら、けっこう危ういよー? 余計なこと言ったら、面倒になるから、しっかりわかっとけって言ってんだよ」
「余計な事って……? 別にエルフ差別とかするつもりは、ないっすよ。イミーナさんとも普通にやってたじゃないですか」
精神的に問題がありそうなのは、イミーナと会話していた時も。明日からの探索について話し合った時も。
うすうす感じたことではある。
ニニャに近いが、ニニャより虚ろな、危うげな顔をしていた。
三人が三人とも、だ。
「あのエルフが帝国で奴隷だったってのは、知ってるよねー? どーゆー扱いか、わかるー? あと、エルフの国ってどんなか、知ってるー?」
「……いや、よくは。ニニャの姉ちゃんみたいな目に遭ってたってことですか?」
「あー……ニニャちゃんから聞いてるかなー? ま、あそこまで悲惨じゃないんだけど……いや、ある意味じゃあれより酷いかもねー」
エルフの王は、同族の娘と片端から交わり、子を産ませ。
産まれた子も、産んだ母も、法国との前線に送り込んで……強制的な戦いの中で強者を生み出さんとしている。戦いの中でさらなる力を見せれば、また子を産まされ。再び前線に送られるのだ。
このため、エルフの国では基本的に“王のお手つき”の女しかいない。
戦争で捕虜となったエルフはそのまま奴隷となり、法国内で使われるか、帝国等に売られる。
「なんだそりゃ。それで国になるのかよ」
「ま、これについては目の敵にしてる法国にも理があるよねー。で、そんな頭おかしーやり方だから、エルフの奴隷ってのは女子供ばっかしでさー。しかも大半がそこそこ戦える……あの子らみたいな感じなんだよー」
「つまり、あいつらは生まれた時からそんな環境にいたワケか?」
「エルフは長寿だから断言できないけど、たぶんねー。それで、売られた後だけど……」
帝国のエルヤー・ウズルスについても、クレマンティーヌは知らぬでもない。
法国内でも、いずれかの聖典にスカウトしては……という話があった。かつては己に比肩しうる戦士の一人として、情報を集めてもいたがゆえ。
その人品についても、把握している。
「……って奴が、あの子らの元ご主人様ってワケ。ニニャちゃんが聞くと殺したがるから、ナイショにしとこーねー? モモンガ様にも、気分悪くしないよーに黙ってたんだし」
「そ、そりゃわかったけど。でも、モモンガ様に助けてもらったんだろ? じゃあ、なんでそんなこと教えるんだ? 誰も知らない方がいいじゃん」
「さっきから、内心かなり怒ってるねー? そうやって対等の口調になってくれてる方が、おねーさんは嬉しいなー」
「ちゃ、茶化さないでくだ――くれよ!」
律儀に言い直したルクルットの頭を、にやにやと撫でてから。
クレマンティーヌは冷たい表情になった。
「そー。知らない方がいーんだよ。でもさー、しばらくあたしたちは、あの子らと組むわけじゃん。危うい状態だから……あんまり、壊れないよう扱ったげないとでしょー?」
「べ、別に、そんなこと言われなくても、冒険者として過去を探ったりは……」
「ちがうちがーう。過去じゃなくて今、いや未来かな? すごーく話題にしちゃいけない話ができちゃったんだよー」
「……どういうことだよ」
じっと、正面からクレマンティーヌが見据えてくる。
「ロバーデイクとンフィーレアが、カルネ村で何をしてたか知ってるー?」
「も、元奴隷とか娼婦の、治療をしてたんだろ?」
唐突な質問だ。
彼らのしていたことなど、村人なら誰でも知ってる。
「実は治療だけじゃないんだなー。ルクルットちゃんは、あんまり世の中の裏側、見ない方? あの二人は意外とそのへん、しっかりしてたよー? オトナになるなら、そゆトコも見ないとねー」
「治療以外に何を? え?」
(実は女に手を出してたとかって話じゃないよな?)
混乱してしまう。神官と薬師が、他に何をするというのか。
「はー。お前ら、ニニャちゃん以外ホントに夢見る若者だよねー。前のあたしが見たら、めちゃくちゃに痛めつけて殺してたんだろなー……。ま、だから、ルクルットちゃんは、あたしなんかに声かけてくれたんだろけどねー」
「えっ、えっ」
クレマンティーヌが、愚痴半分に不貞腐れたような顔になる。
彼女とて、こんな話はしたくないのだ。
これで察してくれれば……それでよかったのだが。
ルクルットは、まるでわかっていない様子で混乱している。
「村に来た女どもの大半は、腹にガキが
「は……?」
「それを
「え?」
世界が美しくなんてないと、忘れていた。
理解に時間がかかっていた。
「イミーナの種族って何だっけー?」
「
「あのエルフ連中の腹にいたのは、何だと思う?」
「…………ハーフエルフ?」
「ハーフエルフのイミーナは、愛する男と結ばれて子供ができたんだよ。本人は幸せそうで、嬉しそうでさー。村としても、おめでたいよねー。村に戻ったら、幸せな結婚もするんだろねー?」
「…………」
「一方で、あいつらはってーと王様に無理やり子供産まされて、子供はとりあげられ、本人は奴隷にされてー。おまけにクソ野郎の子供も孕まされ、その子を……始末して、今はモモンガ様にすがりついてるってワケ」
「…………」
返事はない。
心の準備もなく、さらけ出された裏側に。
吐き気すら伴うおぞましさを感じ、震えるしかない。
何に震えているのか。
怒りか、恐怖か、怯えか、嫌悪か。
だが、間違いなくルクルットは……ニニャの姉についても含め。多くに目を背けていた。
かつて、エ・ランテルにいた頃なら、気づいて当たり前だったのに。
なにもかも忘れて、英雄志願の子供の気分で居続けていた。
「おーい」
「…………」
耳元に呼び掛けられるが。
ちらと目を動かすしかできない。
なんと答えればいいかもわからない。
「イミーナの話も、あの魔獣が孕んだ話も、道中の話題にはするなって言ってんだよ」
「わかった」
強張った声。
「出発はちょーっと遅らすから、他の二人にもよろしくねー。ニニャちゃんには、あたしから言っとくからさー」
実のところ、ペテルとダインは元奴隷の娘と深い関係になっている。それなりの裏事情も聞いているはずだ。彼女らに関わろうとせず、クレマンティーヌに声をかけたルクルットが……カルネ村で最も裏事情に疎い男、なのだろう。
おかげで衝撃から立ち直れず、生返事をしつつ頷くしかできない。
「はー……」
そんな様子に、クレマンティーヌは深々と溜息をつき。
「…………おわっ!」
突然、ルクルットを仰向けに蹴り転ばした。
「おい。朝もその面してたら、はったおすぞ、てめぇ」
「もう蹴ってるし!」
その衝撃でようやく我に返るが。
「うるせぇ。お前が悩んだってしょーがねーんだよ。ンフィーレアも、ロバーデイクも。ニニャちゃんだって、お前らにそんな相談しねーし、期待もしてねーんだよ。口をすべらすなって、釘さしてんのがわかんねーのか?」
「そりゃ、わか……ちょおおお!?」
股間をぐりぐりと踏みつけられ、悲鳴をあげる。
「いっつも、あたしに会う時はガチガチのクセしやがって。何、顔といっしょにしょぼくれさせてんだ? あーん?」
「あ、あんな話聞いてそんな……!」
「ほー。それじゃ村に帰るまでずーっとあたしと、何もナシで大丈夫ってワケー? あのエルフ連中といっしょの限り、そーゆーの一切ナシだよー?」
「えっ、いや、それはっ!」
しっかりと反応し始めるそれを、鼻で笑うクレマンティーヌ。
「そーそー、いつも通り、そーゆー顔でいりゃいいんだよ。話題だけ気をつけな」
「は、はいっ」
結局、ルクルットが寝床に戻ったのは、それなりの夜更けだったという。
原作にもあって、避妊手段がない以上、集まった子らの大半が……まあアレだったかと。
ツアレも助かった時にはアレでしたからね。
宗教的にそういう処置を禁止するかどうかについて、モモンガさんはノータッチ。
ニグン、クレマン、エンリさんらで話し合って決めました。
願った当人として、ニニャさんも関わってるかも。
フォーサイトはこういうダーティーな面を理解してるはず。
ンフィーレアも薬師として、こういった医療の暗黒面を知ってるはずと判断。
ニニャさんは姉の詳細を伏せてますが、その後もエスカレートするアレっぷりから、酷い状況だったとは漆黒の剣メンバー全員察してます。
村に運ばれてきたときの、元奴隷&娼婦の皆さんの状況も、見てないはずはありませんし。
過去にちらっと触れてますが、ペテルとダインは悲惨な境遇の子らを慰める中で、深い関係になってます。いろいろと裏面も知りつつあるでしょう。ルクルットがそこらへん目を背けた形になり、今回でクレマンさんから釘を刺されました。
まあ、ルクルットだってエ・ランテルにいた頃は、そこまでめでたい価値観じゃなかったはずですが。カルネ村に来てから、いろいろ現実離れしすぎて地に足つかないモードになってました。おかげで、クレマンさんと関係持てたわけですが!
王都から回収された中には、完全に精神的に壊れた子とかもちょくちょくいるでしょうし。
そろそろ彼女らをどうするかなども、ニグンさんらが決めます。
クロマル組とクレマン組の旅が始まります……が、次回、話はカルネ村に戻る予定。
相変わらず女神は旅をしない!