アルベド二人旅   作:神谷涼

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 ガゼフ、失禁に耐えた!



6:いとしいしと!

 馬もまた、気を失った。

 兵士たちは落馬しつつも、恐怖に固まったまま意識を戻せない。

 ガゼフ一人が、何とか着地して、のろのろと立ち上がっている。

 

「……穢れた目を向けた者に、ふさわしき姿だな」

(ええー、何それ……追加で状態異常『失禁』とか付いてるの?)

 

 数十人のむくつけき男が股間を濡らしながら倒れる様は、気分のよいものではない。

 液体が妙に茶色いのもいたが、見て見ぬふりをする情が、モモンガにもあった。

 

「どうした? 私に相対できぬ者が私に何を問う?」

 

 硬直した戦士長ガゼフ・ストロノーフを睨みつける。

 遠く背後では、村人らが心配そうに女神を眺め。

 ガゼフらには敵意を向けている。

 名乗りすら聞いていない村人らにとって、戦士団――いや、武装した人間は心の許せぬ存在なのだ。

 

「わ、私は王の代理。この近隣の村を襲う賊を、討伐に……」

 

 ガゼフは、神を名乗る女の目に絶望を見た。

 どれほど美しくとも、触れれば死しかありえぬ存在。

 顎が、舌が重い。

 新兵以下の酷い名乗り、酷いもの言い。

 

「この村を襲った不埒者には罰を与えた。お前の任は既にない」

 

 冷たく返す様子には、ガゼフへの好意など欠片も見えない。

 いや、対等の存在と目に映してすらいない。

 ただ虫を見る目だ。

 事実、この場で斬りかかろうとガゼフでは……いや、戦士団全てでも、けしてモモンガに勝てないと確信できた。

 

「む、村を救っていただき、感謝を……賊は、王国の法にて罰するゆえ、引き渡して、もらいたい……」

 

 女神の目に、苛立ちが浮かぶ。

 それだけで、ガゼフは死を覚悟した。

 

「感謝? 私は、私に祈りを捧げた者を救ったのみだ。それに言ったぞ。既に罰は与えたと」

(実際に祈って来たのは助けた後だけど)

 

 子供に諭すような、やわらかな口調。

 

「そ、それでも王国の村である以上……」

 

 恐ろしい予感に、敢えて抗い。

 ガゼフは言葉を何とか吐き出した。

 神と称する女に、屈服してしまいそうになる。

 ただただ平民に生まれた王国民の性根が、王の剣としての矜持が、死地へと踏み込ませた。

 

「この地は既に我が守護を得た。王国とやらの略奪は許さん」

 

 冷たく、そして王国では誰もが思えど……口にしない言葉だった。

 国も貴族も、見下し切った言葉だ。

 背後で村人たちが喝采をあげる。

 農村に生まれたガゼフには、彼らの気持ちも痛いほどわかった。

 

「りゃ、りゃくだつなど……」

 

 その言葉に、モモンガが目を閉じた。

 ちょうど、戦士団の来た方向を探索する集眼の屍(アイボール・コープス)が、焼かれた村の跡を見つけたのだ。

 生存者こそ救出され護送されていたが。

 多数の屍が転がっている。

 子供も容赦なく殺され、女は凌辱された後に殺されていた。

 目を閉じてその光景を共有しつつ、モモンガは眉をひそめた。

 

「村が焼かれた後で来るのが、王国の守り方か?」

「そんな、つもりは……」

 

 なおも抗弁せんとするガゼフだが。

 モモンガが手を前に出し、言葉を封じる。

 彼が仕える王より、遥かに権威と優雅を兼ね備えた動き。

 人々に……いや、世界に君臨するにふさわしい存在と見てしまう。

 少しでも気をゆるめれば、足元にひれ伏し祈りたくなる。

 

「なぜ守りの兵を置かない? 彼らの収穫を奪う代わり、お前たちは彼らに何を与えた?」

「そ、それは……」

 

 土地の開拓権、農具等の貸与など。

 細かく言えば与えている。

 与えているが……そんな意味でないと、ガゼフとてわかった。

 王国貴族は根本的に……平民を守る気などない。

 平民は勝手に増えるものであり、貴族に糧を捧げるが当然、と考えている。

 モンスターや盗賊によって村が困窮しても、変わらぬ税を搾り取ろうとし。

 払えねば、奴隷として売られるのだ。

 ガゼフ自身が平民だけに、モモンガの言葉こそが正しく思えてしまう。

 

「お前が犬ならば、帰れ。そして主に伝えるがよい。この地は我が守護を得た。盗賊の略奪は受けぬ」

「な……! 王はけして、貴族どものような……!」

 

 心から仕える王を貶める言葉に、最後の意地で激昂するが。

 

「その貴族どもを野放しにする王か」

 

 鼻で笑う、モモンガ。

 今までとは比べ物にならぬ絶望が、彼女から噴き出す。

 

「人ならば、この地で悩み、答えを出すがいい」

 

 酷くやさしい、女神の微笑を最後に。

 〈絶望のオーラⅢ〉を受け、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは意識を手放した。

 

 

 

「やれやれ。脅しはこんなものか……」

 

 肩をすくめ、全員に〈睡眠(スリープ)〉をかけ。

 戦士長に〈支配(ドミネイト)〉を施す。

 王国の在り様、貴族の内情を、法国や村人とは別の視点で聞きたかった。

 

「アンデッドにはしないのですか?」

 

 クロマルに乗ったアルベドが近づき、声をかける。

 とうに帰還していたが、主の邪魔をせぬよう隠れていたのだ。

 ザコとはいえ多数を殺戮し、アルベドの機嫌も戻った。

 ニグンの死体が、どさりとバルディッシュから振り落とされ、転がる。

 

「密かに力を蓄えてもかまわんが……情報には、あちらから来てもらった方がラクだからな」

 

 モモンガが〈上位アンデッド作成〉で、ニグンを指揮能力に優れた地下聖堂の主(クリプトロード)に変える。新鮮な死体だったせいか、青ざめた顔色と黒い眼球以外はほぼ、人間と変わらない。

 

「ですが、ここが拠点と喧伝しては、いかなる敵が現れるか……」

 

 ここはナザリックではない。

 ろくな防備もなく、護衛はアルベドとクロマル、戦力とも呼べぬアンデッドのみ。

 

「こそこそと隠れ棲むか? リアルと……異形種の境遇を見たお前ならわかるだろう」

「…………」

 

 もっと誰もいない場所に、二人で行くべきだったろうかと、アルベドは少し後悔した。

 

「この男からの情報収集はすぐ終わらせる。戦ったからと、そう興奮するな」

「くふーっ! はい! お待ちいたしますっ♡」

 

 後悔したが。

 モモンガの期待するような濡れた目を見て、一瞬で忘れた。

 

 

 

「〈絶望のオーラⅢ〉で気絶したこいつが、諸国最強の戦士……だと?」

「思った以上に、程度が低いのですね……」

 

 支配状態になったガゼフから、情報を聞き出すが。

 悪い意味で、モモンガは驚いていた。

 クロマルから降りて、横で聞くアルベドも呆れ顔になる。

 

「ふむ……王が優れているのは、ある程度の人徳のみか」

「少なくとも、有能な君主ではありませんね」

 

 ガゼフの主観以上には、褒める点もない。

 弱気で、人情家に過ぎ、支配自体できていない。

 

「貴族については、村人や騎士らの言う通り……か」

「異種族による支配ならともかく、同種族の統治構造とは思えません。家畜の方がマシかと」

 

 貴族の横暴を聞き、モモンガは不快を露にした。

 

「もうよい。王国とやらは敵とみなして問題あるまい――〈要塞創造(クリエイトフォートレス)〉」

 

 村の入り口、街道側を覆うように。

 分厚い巨壁を持つ、漆黒の城塞が現れる。

 二人の足元も盛り上がり、石段となっていた。

 目の前には黒い扉。

 

「モモンガ様……?」

 

 まだ、たいした情報は得ていない。

 いくらすぐ終わらせると言っても、もっと聞くべきことがあるのでは……と進言しようとしたアルベドだが。

 

「村人らよ! 私とアルベドはこの城で村を守る! この戦士らは放置し、休んでおくがいい! 問題あらば、クロマルに言え! クロマルは村人らの頼みを聞いてやるのだ!」

「え? え?」

 

 朗々と、主が命令をくだす。

 築かれた要塞の扉は開き、豪華な中身を見せる。

 アルベドとしては、主が何をせんとしているかわからない。

 

(私の殺して来た死体を集眼の屍(アイボール・コープス)にするのでは? それに、リアルではろくな料理がなく、ユグドラシルには味覚がなかったと……村での食事を楽しみにしてらしたはず。私が手料理を振舞っても……あるいは、何か早急に相談すべきことがあるのかしら……)

 

 聞き出すべき情報も多い。

 軽くキス程度の褒美を期待していたのだ。

 本番の褒美は夜だろう。 

 

「……アルベド、早くせよ!」

「は、はい! 申し訳ありません!」

 

 モモンガが、考え込むアルベドの腕を掴み急かす。

 至高の御方にして、いとしいしとたるモモンガの言葉は絶対だ。

 アルベドは慌てて主に従い、要塞の中に入った。

 

 二人の背後で、重厚な扉が閉じた。

 

 

 

 要塞の玄関ホールは豪華な絨毯で覆われていた。

 天井には煌々とシャンデリアが輝き、二人を幻想的に照らす。

 扉が閉じればすぐ、モモンガが足を止めた。

 数歩歩いただけである。

 

「兜を取れ、アルベド」

「はっ」

 

 言われるままに、兜を取る。

 殺戮の火照りもおさまり、怜悧な美貌が現れた。

 表情以外はまったく同じ、二つの顔が向き合う。

 

「まったく……戦っている間……いや、その前からか。お前は昂ぶりすぎだ」

「申し訳ありません、少し苛立ってしまって」

 

 小言なら情報収集をきちんとしてからでも……と、内心で少し不満を感じるアルベドだが。

 

「お前と違って、私は女淫魔(サキュバス)の体には馴れていない。お前が昂ぶるたびに……その、胸や下腹部が熱くなって……困るんだ」

 

 恥ずかしそうに少し猫背になって、目を潤ませながらチラチラを上目遣いで見て来る。

 

「ぶふぉっ!」

 

 完璧な守護者統括として、ありえない音を口から出してしまった。

 

(えっ、これ夢? 夢でしょ。都合よすぎるわ。モモンガ様めっちゃ誘ってるやん)

 

 ショックで、脳内音声が関西弁になってしまう。

 

「だから……わかるだろう。鎧を……脱いでくれないか?」

「ヨロコンデー!」

 

 夢でもここは全財産を賭けるべき時!

 アルベドは、いそいそと鎧を脱ぐ。

 モモンガも……ドレスを脱ぎ始めていて。

 ふと、鎧を脱ぐ己の匂いが気になった。

 女淫魔(サキュバス)ゆえに、淫らなフェロモン臭だが。戦って汗を帯びた身で主に触れてよいものかと。転移以来、水浴びも入浴もしていないのだ。

 それに、御方とするならば、ベッドにまずは向かうべきではないか。

 

「どうした、アルベド。いやだったか?」

 

 脱ぎかけたまま止まったアルベドに、モモンガがおどおどと心配そうに尋ねる。

 

「ととととんでもないです! モモンガ様! このお城のベッドルームはどこに!? できれば、その前にお風呂にも!」

 

 慌てて噛みながら問うアルベドに。

 モモンガが拗ねたような顔を見せ、うつむいた。

 

「……絨毯の上は、いやか?」

「きょひょーっ♡♡♡」

(夢どころじゃねぇ!)

 

 アルベドは奇声を発して、いろいろ爆発した。

 鼻と耳から血が噴き出したが、よく覚えていない。

 一瞬で甲冑を脱いだはずだが、よく覚えていない。

 己と同じ顔の御方を貪ったが、よく覚えていない。

 

 ただ。

 

「目が覚めた時、愛する人が寝てるって最っっっ高……ぉ♡」

 

 びちゃびちゃになった絨毯の上で目を覚まし、モモンガが己にぴったりと寄り添っているのを見て。

 寝顔を眺める恋人の気分を味わう。

 モモンガが目を覚ます頃には、アルベドの情欲は再び高まり。

 二人は夜が明けても、外には出てこなかった。

 次の夜が訪れても。

 

 そして、城塞の玄関ホール以外の部屋に誰かが踏み入る日も、なかなか来なかった。

 

 

 

 村人たちは女神の現れぬ理由を、戦士団が失礼を働いたせいとし。

 ガゼフたちにつらく当たり。

 彼らは漏らした尻とズボンのみ洗い、濡れたそれを履いたまま村を発った。

 かろうじてアルベドの存在を聞いた彼らは、カルネ村に降臨した“女神”について報告せねばと、王都に急ぎ帰る。

 

 

 

 命令を与えられなかった地下聖堂の主(クリプトロード)ニグンは、アルベドとモモンガが睦み合う扉の前でじっと立っていた。

 クロマルも、特にすることなく草を食べたり、作物をもらったりするばかり。

 

 

 

 陽光聖典の死体は、草原で腐敗を始めている。

 

 

 

 そうして、黒い城塞の中にモモンガとアルベドがこもり始めて幾日か過ぎる頃。

 

「え? ええ~? 何あれぇ?」

 

 スレイン法国から逃避行中だった、元漆黒聖典第九席次クレマンティーヌ。

 彼女が辺境の開拓地に場違いな、黒い要塞を見つけていた。

 




 自身の体が発情した時の抑制能力がないため、モモンガさんはアルベドから欲情受け取るとすぐ発情してしまいます。しかも性的耐久性も低い……つまり感じやすいので、満足もしやすいです。
 とはいえ自分で欲情を鎮める……つまり、アルベドの肉体をいじるのは罪悪感を感じます。だから、本来の肉体の持ち主たるアルベド(クローン体)に慰めてもらおうとします。
 つまり、アルベドにとってものすごく都合がいい日常です。

ア(かれこれ一時間ほどご無沙汰だし、またヤリてぇなあ、おい)
モ「(発情受信)な、なぁ、アルベド、さっきしたばかりだが……」

 これのせいで、モモンガさんはウカツな行動をよくします。
 本来は陽光聖典の死体で集眼の屍(アイボール・コープス)作れるだけ作っておくはずでしたが。けっきょく作ってません。カルネ村の警戒態勢はガバガバ。
 効果時間切れで、前のは消えてるのでガゼフが帰ったの知りません。
 クレマンティーヌが近づいて来ても、見つけられません。


 またやってしまった……。
 テキストで▼入れてるのを、ハートマークに変えるのすぐ抜けてしまう……。
 誤字報告くださった方、ありがとうございます……。
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