アルベド二人旅   作:神谷涼

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 風邪と仕事で間が空きましてすみません。



9:その痛みに反逆する

「は……れ? え?」

 

 クレマンティーヌは目を白黒させた。

 己の体が見える。

 視線を上に向ける。

 首が……ない。

 つまり今の視点は……。

 

「えええええええ!?」

 

 仰天した声をあげる。

 体が暴れるように動いた。

 

「死にたくねええええええええええ!!!」

 

 無様に絶叫すると。

 何かに引っ張られるように、視界がぐるりと変わる。

 

「んなっ!?」

 

 そして。

 

「へ? えっ?」

 

 手が見える。

 手が動かせる。

 手で顔に触れる。

 手で顔を押してみる。

 

 ぐらり。

 

「は?」

 

 首が落ち――クレマンティーヌが焦ると、引っ張られるように戻る。

 

「え? え?」

 

 おそるおそる、完全にずらし。

 もどし。

 

 ずらし。

 もどし。

 

 ずらし。

 もどし。

 

 はずし。

 もどす。

 

 はずす?

 首を?

 

「な、なんじゃこりゃああああああああああああ!」

 

 己の異様な状況に、クレマンティーヌは目の前の者たちに気を払う余裕すらなかった。

 

 

 

「ほう。これは思わぬ事態だな」

 

 モモンガは興味深く、どこか嬉し気に、騒ぐクレマンティーヌを眺めている。

 アンデッドが混乱に陥るなど、普通はありえぬことだ。

 

「完全に死んでいない者をアンデッド化した結果でしょうか」

 

 モモンガの意を酌み、アルベドが言葉をつなぐ。

 クレマンティーヌは首こそ切断されたが。

 あまりに素早くアンデッド化されたため、完全に死に切っていない。

 それゆえ、通常のアンデッドとは心身に違いが起きているようだった。

 

「ああ。そうだな……面白い。ニグンよ、お前は己が新たな生を得た時、混乱したか?」

「いえ、御身に与えられた役目も力も、全て把握いたしました。斯様に取り乱すなどありえません」

 

 そう。

 造られたアンデッドが己の能力を把握せぬなど、ありえない。

 己の在り様に混乱することも。

 

「では……これはどうかな〈負の光線(レイ・オブ・ネガティブエナジー)〉」

 

 様子見に、下位の負属性呪文をクレマンティーヌへに使う。

 放たれた黒い光線は、彼女の体に当たり……その身に吸い込まれ。

 穢された体を、いくばくか癒した。

 モモンガは頷き、アルベドを見る。

 アルベドも頷き返し、主が望むであろう呪文を使う。

 

「〈軽傷治癒(ライト・ヒーリング)〉」

「いたっ!」

 

 下級の回復呪文で、ダメージを受けたのだ。

 70レベル級のアンデッドとなった彼女には、痛手でもない。

 ただ、弱点でもある聖属性ダメージという、己の知らぬ痛みに、驚いたのだ。

 クレマンティーヌはびくりと跳ね。

 ようやく我に返ったか、アルベドを睨み。

 続いて、モモンガとエンリ、ニグン。

 最後に角のある山羊のような黒馬――クロマルの姿を確認すると。

 怯えたように、距離を取ろうとしたが。

 

「ひっ――な、なんだ、脚がっ……あ、あああああああああああ!」

 

 股関節が外れたままなのだ。

 しかも下半身は……他者の体でなら、よく見た惨状。

 昨夜の記憶が蘇る。

 アンデッドでありながら、混乱と恐怖の悲鳴をあげる。

 

「しかもアンデッド化前の損傷を引きずっている、か。〈死の指(フィンガー・オブ・デス)〉」

 

 第8位階呪文の、圧倒的な負のエネルギーがクレマンティーヌに放たれる。

 50レベル程度までなら即死するであろう負属性ダメージ。

 さらに死した者はアンデッドとして蘇らせる効果だが。

 

「ああああっ……あっ……え……?」

 

 クレマンティーヌの体はたちまち回復し。

 引き裂かれていた下着、下半身の惨状、全身の痣も消えた。

 精神すら安定する。

 

「種別がアンデッドとなったこと、間違いなさそうだが。記憶はどうだ?」

「あ、あんたは何? あたしはどうなってるワケ? ていうか、ニグンがいるってことは……ここは法国の勢力下?」

 

 ニグンをちらっと見つつ、立ち上がり。

 目の前の、明らかな異形種の美女に問い返す。

 何もかも、わからないのだ。

 

「先に御身の問いに答えなさい!」

「不敬だぞクレマンティーヌ!」

「女神様に失礼ですよ!」

 

 全身甲冑の女戦士、ニグン、村娘が、口々にクレマンティーヌを責め立てる。

 魔獣が我関せずな顔で、未練がましく肢体を視姦してくるのが、実におぞましくも腹立たしい。

 理解できない状況もあって、彼女の機嫌は最悪だ。

 一方で、白いドレスの美女――モモンガは、興味深そうに首をかしげた。

 

「お前は私に隷属していないのか?」

「はぁ? なーんでこのクレマンティーヌ様が、回復させてくれたからって、あんたに隷属するんだよ。体も妙なことになってるしぃ!」

 

 クレマンティーヌは、せめていつもの調子を取り戻そうとしたのだったが。

 その声はよく通った。

 遠巻きにした村人らも含め全員が静まり返り、彼女をじっと見る。

 クレマンティーヌもまた、状況を素早く把握する。

 武装は解除されているが、肉体に傷は残っていない。

 もともと、体術中心の身。鎧はなくとも問題なく。

 人間ならば、彼女は素手でも殺せる。

 

(あの忌々しい魔獣は、特殊能力を警戒すれば何とかなる……実際、殺されてないし)

 

 別の手段で、既に殺されたとは知らない。

 

(妙な衣装になってるけど、ニグンの実力は知っている。一人でいて天使も連れてなけりゃ、問題ない)

 

 同程度のアンデッドになっているとは知らない。

 

(女戦士は強そうだけど……全身甲冑じゃ動きも遅いでしょ。簡単に逃げ切れるし)

 

 村娘は戦力外。離れてる村人も戦力外。つまり。

 

(あの悪魔っぽい女を始末すればいいってわけじゃん)

 

 そう考えた時、クレマンティーヌの胸に鈍痛が起きた。

 

(なにこれ?)

 

 彼女がよく知る肉体的苦痛ではない。

 心、いや魂が疼き痛むような、奇妙な感覚。

 罪悪感に近いか。

 白いドレスの女に、敵意と殺意を掻き立てるごと、強くなる。

 

「ほう、そのような感情は新鮮だ。警戒、反感、それに敵意か?」

(思えばアルベドは、私を常に立て、私に服従していた。村を襲っていた連中はさっさと殺したし、村人は神様扱い。作ったアンデッドからはご主人様扱いだ。うん、本来の人間関係はこういうものだよね)

 

 この世界に来て、初めて味わう対応に、モモンガはくすりと、笑ったが。

 一方で。

 二人以外の全員。

 遠巻きにした村人さえも、息を呑み。

 先の斬首以上の惨劇を予感していた。

 クロマルは返り血を避けるように距離を取り。

 近くにいた三人が、しばし遅れて言葉を放つ。

 

「モモンガ様、せっかく自らお造りになられたシモベですが。この不敬な女は不良品かと。始末してもよろしいでしょうか」

「御方に不快を味わわせるとは、かつて同じ国に属した者として遺憾の極み。御心の晴れない場合は、このニグンも命を以て詫びさせていただきます!」

「女神様、私たちで処分しておくべきものを目にさせ、申し訳ありません! 女神様を呼んだのは私の独断です! 他の村人に罪はありません!」

 

 アルベドが明確な殺意を。

 ニグンとエンリは、なぜか謝罪を。

 

「えっ?」

 

 モモンガとしては、周りの扱いが重すぎて困る。

 目の前の相手と普通に話したいのに話せないのは、息も詰まるのだ。

 

「ま、待て。この者をみだりに害してはならん」

 

 慌てて、三人を止める。

 三人を離れさせ、クレマンティーヌに近づく。

 アルベドとニグンは、いつでも割って入れるようにと身構えた。

 

「私はモモンガ。お前は……クレマンティーヌでいいか?」

「そーだよー。で、何? お姉さんが、そこの魔獣の飼い主ってことでいいわけ?」

 

 猫背になり、推し量るような上目遣いを向けるクレマンティーヌ。

 ずきんずきん、と胸の痛みが強まる。

 

「間接的にではあるが……そうなるな」

「ふーん。そっかー。そうなんだー……それじゃー……死ねッ」

 

 殺意に応じて、胸の痛みは強まるが。

 クレマンティーヌにとって、殺意は日常の感覚だ。

 心身の苦痛だって……切り離せる。

 痛みも疼きも切り捨て、己の身を機械のように、脱力した姿勢から、一気に踏み込み。

 手刀で、モモンガの喉を潰し殺さんとする。

 痛く、疼く。

 己が間違っているのではと、まだ結果も出ていないのに後悔の念が起きる。

 

(クソ、こんな痛みで止まるか! 殺すことを愛してるのが、あたしだろうが!)

 

 手刀は、クレマンティーヌ自身驚くほどの速度と威力で、モモンガへと迫る。

 思考速度も、反射神経も、全身の筋力も、段違いだ。

 喉を潰す程度ではない。

 素手で人間の首を切り落とせると、確信する。

 確信、していた。

 

「悪いな。お前のレベルでは、この体の反応速度に届かん」

「なッ!」

 

 上位アンデッドの肉体を得ても、クレマンティーヌは70レベル。

 100レベル戦士職――アルベドの肉体を得たモモンガならば、己に向かう一撃も容易に捕らえ、掴める。

 しかも、アルベドが、横からバルディッシュを繰り出そうとするを制し。

 さらに蹴ろうとするクレマンティーヌを敢えて引き寄せ、抱きしめて動きを封じる。

 

「あ……」

 

 なぜか、クレマンティーヌの中の殺意と敵意が、揺らぐ。

 心からの安心感を、覚えてしまう。

 

「モモンガ様! やはりそいつ殺しましょう!」

 

 さんざん抱擁以上のことをしたアルベドが、叫ぶように言うが。

 モモンガは笑って制し、クレマンティーヌの髪を撫でた。

 

「そう暴れるな、クレマンティーヌ。お前には、この世界でも最高峰の力を与えたが……ふふ、お前が私に隷属せず、己を保つとは……面白い」

「な、なんだ……なんで、今のを……!」

 

 クレマンティーヌとしては、理解できない現象である。

 今までにない、溢れんばかりの力を振るい。

 目の前の女を殺すはずが、受け止められ、抱きしめられ……子供扱いで、撫であやされているのだ。

 物理法則が崩壊したような衝撃である。

 それ以上に、己がこの状況を“嬉しがっている”のが理解できない。

 

「はは! この娘は、私に屈するだけの存在ではないと自ら証だてたのだ。女神とて間違いはする。彼女は、私の良き助言役となるだろう」

「は? ちょ、何を言って……ええええ!?」

 

 クレマンティーヌを抱きしめたまま、くるりと振り回すようにし。

 円を描いて、踊るような姿を見せるモモンガ。

 そのまま、黒い翼で宙に浮かぶ。

 速い回転に、クレマンティーヌは脚が浮き、首が飛ばされそうになるのを、抑える。目を白黒させ、何が起きているか、相手の実力は何なのかと必死で考えるが。柔らかい肢体に抱擁されていると、蕩かされそうになってしまう。

 白いスカートが弧を描き、広がる幻想的な様子は、ニグンや村人らに崇拝の念を高めさせた。モモンガにしてみれば、周囲をけむに巻くためのごまかしに過ぎない。

 いろいろと、うやむやにすべく派手に動いて見せただけ。

 なお、その芝居がかった行動は、彼の黒歴史たる宝物殿守護者と酷似していた……とは、当人もアルベドも気づかぬ事実である。

 

(まったく、せっかくの興味深いアンデッド化なのに。この異世界の検証にも、コレクターとしても、実に気になるじゃないか! それにまあ、女の子をあんな目に遭わせたのは申し訳ないしな……)

 

 普通は、そんな相手をアンデッドにしたりしないが。

 モモンガの淫魔脳は、いいことをしたつもりになっていた。

 

(と、まだ偵察や本隊も来るかもだし、指示を出しとくか……)

 

 信者になった村人の前では、本音で話したりできない。

 

「とはいえ、この者には教えるべき点も多い。アルベドよ城塞に帰るぞ」

「は、ははっ!」

 

 歯がみしていたアルベドが、慌てて返答する。

 

「クロマルは、次に同様の者を見ても、斯様な不埒は働くな」

――Mugennnnn……

 

 不服そうないななきであった。

 

「ニグンは、村の守りを固めるよう指揮をとれ」

「はっ! 御身が命、この身に代えても!」

 

 酷く嬉しそうに命令を聞く。

 門の前でひたすら立ち続けるより、己の能力と知識が活かせるには違いない。

 

「……と、エンリよ。大儀であった。お前にはいずれ、然るべき礼をしよう」

(というか、他の村人の名前知らないんだよな……この娘も最初に人質に取られてたから覚えてただけだし……)

 

 特に何を、とも考えず。

 クレマンティーヌを抱えたまま、黒い城塞へと飛び去るモモンガ。

 アルベドもまた、甲冑状態でも翼を出し、主の後を追った。

 

「ちょっと、離せよっ!」

 

 二人とも、クレマンティーヌの声は無視したままに。

 

 

 

「エンリ、お前モモンガ様に名を……」

「選ばれたのだ! エンリが、モモンガ様の巫女……いや神官!」

 

 モモンガが去った後、一介の村娘であったエンリは、村人たちに囲まれていた。

 

「わ、わたしが……!?」

 

 視線で助けを求めるが。

 クロマルは無関心で。

 ニグンと死者の大魔法使い(エルダーリッチ)らは、会釈して見せるばかり。

 頼りの両親は他の村人たちにディフェンスされ、近づけず。

 妹のネムは、すごいすごい!と無邪気に喜んでいた。

 

「エンリ、これからも女神様への伝令役をよろしく頼むよ!」

「何せ女神様が、名を呼んでくださったんだからね!」

 

 彼らの打算に気づかぬほど、エンリは子供ではなかった。 

 

「は、はは……ありがとうございます」

(うう、大人って汚い……)

 

 そう。

 いつ命を落とすともしれぬ、女神との交渉。

 女神の怒りを買った際の責任。

 エンリは全て押し付け――任される身となったのだ。

 もちろん、便宜のために優遇もされるのだろうが……普通の日々はおそらく、戻ってくるまい。

 

(名前で呼んでいただけたのは光栄だけど……)

 

 村人たちに笑って見せつつも。

 エンリの口元は強張り、眉はひそめられていた。

 

生まれついての異能(タレント)を持ってて、魔法を使えること、いつもずるいって思ってたし。口に出しても言ってたけど。特別になるのって、大変なんだね……ンフィー)

 

 エ・ランテルで祖母と薬師をしている幼馴染を、思い出すのだった。

 




 モモンガさんが、ナザリックでもやってた非人道実験にありそうな例として。モラル面は悪魔系種族でもあるため、原作とあまり変わってません。嫌悪こそしてませんが、人間の扱い軽いです。
 まだ死に切ってない体に、アンデッド作成を使ってみた結果。
 首を切った瞬間でデュラハンにしたため、人格そのまま、精神隷属不完全(逆らおうと思えば逆らえる)、精神耐性なし、負属性吸収、聖属性弱点、火属性は普通。飲食睡眠不要、ただし精神疲労による昏睡はあり。首を別稼働させてなければ、外見は完全に人間。
 レベル的には70レベル程度で想定。ナーベラルより格上になります。
 召喚や作成のモンスターレベルは幅がけっこうあるし、ニグンのクリプトロードが70レベルくらいなので、せめて同格じゃないとまずいなってことでちょっと強めになってます。レベル検証的に少しずれあるかもですが、特にこの数値差でストーリーに支障が出ることはないはず……。
 
 エンリは信仰系魔法詠唱者の道を歩み始めます。
 まあ当人の苦労は、原作とあまり変わりません。

 〈死の指(フィンガー・オブ・デス)〉は、D&Dから。
 高レベルな単体対象の負属性ダメージ魔法ってことで、使わせていただきました。
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