「千郷さん、遅刻ですよ」
佐伯千郷の一日は、教職員である白の世界のエンジェル、ミカエルの一言から始まった。
今日は珍しくダンデライオンもぐずらなかったし、変なものに出会うこともなかった。
しかし、ならばなぜ遅刻なのか。相変わらず妹は先に登校してはいるが、時間は守っているはず。
「なぜ、遅刻に?」
「時計を見てください。学校の、です」
ミカエルは粛々と告げる。
何事、と時計を見上げる千郷。それから腕時計を見比べて、
「は? 今、九時? なにそれ」
あまりにも情けない言葉を彼女は漏らす。
腕時計の中では間に合っているが、学校の時計では遅刻も遅刻だ。スマートフォンの時計までおかしくなっている。
なぜ? どうして? 千郷の頭はオーバーヒート寸前だった。
「時間を変えちゃえばいいって、やり方聞いちゃったから、変えちゃった!」
「またお前かー! ダンデライオンッ! やっぱりリーファーだ、お前ーッ!」
リーファーはイタズラ好きの種族でもある。ダンデライオンはその節をあまり見せなかったが、少しヤンチャになったように思える。
ミカエルは深く息を吐くと、二人を職員室へと連行する。これから嫌になるほど反省文を書かされるのかと思うと、千郷もグロッキーにならざるを得なかった。
□
ミカエルに連れていかれた先は確かに職員室だったが、教頭であるポラリスの前。
ミカエルは席を外し、千郷とダンデライオン、ポラリスは互いの視線を真っ直ぐに結び合わせる。
「すまぬな。ダンデライオンに時間変更のやり方を教えたのは妾じゃ」
会話の口火を切ったのはポラリス。それも意外すぎる切り口だった。
「どういうことですか?」
千郷が訊ねる。当然のことだ。遅刻の原因が、まさか学校の教頭にあるとは。疑問を持たない方があり得ない。
「いや、本日ばかりはおぬしらには遅れてもらわねば困るのじゃよ。ほれダンデライオン、書類に落書きするでない」
早速話に飽きたダンデライオンが書類に落書きするのを手で抑えつつ、ポラリスは語る。
「日下佑真から、一つ贈り物じゃ。なんでも非礼を詫びたいらしいが、何かされたのか?」
「非礼を……? それどころか会ってすらいませんよ?」
「ユーマから贈り物! なになに!? どんな花!?」
にわかに沸き立つ職員室。ポラリスは机から二つ一組のガントレットを取り出し、置いた。
機械的で、緑の世界が関係しているとは思えないデザイン。ポラリスはそれをダンデライオンへ差し出した。
「ほれ、ナイフが戦いづらいと言うておった旨、向こうにも伝えておってな。これがあやつの答えなのじゃろう」
「えぇ……」
露骨に顔をしかめるダンデライオン。
ロマンチックに花の贈り物を期待したら、出てきたのは厳つい武器でした。
彼女の乙女心にそこそこの傷がついたのは間違いない。
「でも、どうして私たちに会わずに? ダンデライオンも蒲公英だって会いたがってるのに」
千郷の疑念ももっともで、贈り物を渡すくらいなら直接会いに来れば良い。特に喧嘩をしているわけではないのだから、会いづらい理由も無いはずだ。
「佑真には少々特殊な事情がな。ダンデライオン、その新しい武装で道場破りをすると良い」
「やだ」
「佑真が望んだ事じゃぞ? 我々青の世界の技術を利用した、佑真手作りの武装が合うか確かめてやってくれはせんか?」
「…………やってみる」
渋々。本当に渋々、ダンデライオンはガントレットを慣れない手つきで嵌める。
基本的に草木を模したような服であったり、たまに洋服を身に纏う彼女たちに、メカのような武装は少々アンバランスだ。とはいえガントレットも小型で、彼女の手を守る最低限のサイズ。シルエットは変わりすぎないほどに留められていた。
「これで戦えばいいの? んー……」
何気なしにダンデライオンは右肘を引く。
じゃきりと鈍い金属音がガントレットから響くと共に、ポラリスが素早い反応でその腕を外へ向けて逸らした。
ダンデライオンが腕を伸ばしたその瞬間だった。
「うひゃっ!?」
千郷の小さな悲鳴と共に、強烈な衝撃波が窓ガラスを吹き飛ばす。窓ガラスだけならいざ知らず、窓枠から壁まで綺麗に吹き飛んでいた。
「凄まじいパワーじゃな……。まあ、合わなければ外せば良い。今はレーヴァテインを待たせておる、行け」
レーヴァテイン。赤の世界のマイスターで剣士である。剣道部に所属しており、ことあるごとに教師へ顧問の申し出をしているが、上手く行っていない。
しかし、剣の腕は本物だ。いきなり破れと言われて破れるのか。ゼクスに詳しくない千郷でさえ、不安に思う。
とにかく、行けと言われた以上は行くしかない。
遅刻も知らぬうちに免除になっているようだったし、断る理由も無い。ダンデライオンはガントレット自体が気に食わないようだが。
□
「来たか。待っていたぞ」
剣を携え、ただ一人そこにいる赤い髪と同じく赤い装束の少女。よく引き締まった腕と剣の握りの一つで、実力がわかる。
「レーヴァテインを相手にするなんて」
「不安か? ならば逃げてもいい」
千郷の言葉にレーヴァテインは冷たく返す。彼女にやる気の無い者と戦う気など無い。それで得た勝利に意味などない。
実力と闘争の世界。それが赤の世界なのだ。
「ユーマがやれっていったから、やってみる」
千郷に並んでいたダンデライオンが一歩前へ出る。小さく腰を落とし、彼女らしくなく構えた。
「ほう。リーファーが相手と聞いてはいたが、いい構えだ。では、互いに膝をついた方の敗けとしようか……行くぞッ!」
初手はレーヴァテイン。素早い足捌きでダンデライオンへ迫り、剣を振るう。上段袈裟斬りだ。
ダンデライオンはそれを最小限の摺り足だけで回避、がら空きになったレーヴァテインの胸元へ左フックを打ち込まんとする。
レーヴァテインの反応は更に早く、反撃不能と判断した彼女は手早く剣を胸元へ持っていき、剣の腹で拳を防いだ。衝撃波で畳を抉り、レーヴァテインを壁まで吹き飛ばす。
反動でダンデライオンまでよろけたが、体勢はすぐに立て直していた。
「少々、嘗めていたか。そのからくりが何かは知らないが、それ以上にお前……誰に鍛えられた?」
崩れた壁から現れるレーヴァテインはダンデライオンへそう問い掛ける。まるでダメージを感じさせない雰囲気で、彼女は瓦礫を払い落としていた。
「私を鍛えたのはユーマ。それから、チサトだよっ!」
「ダンデライオン……」
今度はダンデライオンからレーヴァテインへ向かっていく。軽いステップで左右へ揺さぶり、レーヴァテインの剣は頭を下げて回避、右フックで顔面を狙う。
「ちっ!」
右に振りきった剣を戻す暇は無い。レーヴァテインは左手をダンデライオンの拳へ重ね、止める。
衝撃波がまた畳を吹き飛ばした。もはや被害額の計算では済まないだろう。
「ユーマが作ってくれた武器で、チサトが戦ってるのを見てくれてる……。私は、みんなが笑顔になるためなら、どんな戦いだってするッ!」
レーヴァテインの剣舞をスウェイでかわし、ダンデライオンはいよいよ小さな一撃をレーヴァテインへ入れ始める。
右フック、左フックから軸足を入れ換え右ハイキック。
「面白い! リーファーと侮ったことは謝罪する。お前は今から、私の好敵手だッ!」
レーヴァテインが剣を横薙ぎに振り抜くのに合わせ、ダンデライオンがその刃を殴り付ける。
重たい金属音が鼓膜を破らんばかりに道場に響き渡り、千郷は思わず悲鳴をあげた。
(これがゼクス……! ダンデライオンはかなり魔改造――もとい、魔トレーニングされてるらしいけど、これが私たちの知らない戦い!)
これは恐怖? 興奮? 千郷にさえその感情の正体は分からなかった。
しかし、勝敗が決した。
「大丈夫? チサト」
「えっ」
ダンデライオンが千郷を心配し、うずくまった彼女に膝をついて声をかけていた。
「私の勝ちだが、勝負に敗けたな。私が守るものは皆戦える者だ。戦う手を止め、庇う必要などない。だが、もし弱きパートナーがいて、そのために勝負を諦められるかは……私には分からない」
「チサトはよわくない」
「我々の基準の話さ。お前は勝利よりパートナーをとった。剣に打ち込んできた私には理解できない思考だが、それも一つの勇気なのだろう。そして、戦いから伝わった。優しいな、お前は」
剣を軽く振り回し、背中に背負ったレーヴァテイン。
「勝負は引き分けだ。また戦おう、リーファー」
「わたしはダンデライオンだよ」
「……ダンデライオン。私はレーヴァテイン、気になったら剣道部にも見に来てくれ」
うずくまる千郷へ歩み寄るレーヴァテイン。ダンデライオンがその警戒を強めるが、レーヴァテインはそれを押さえて千郷の頭へ手を伸ばした。
「その友情、大事にしろ。赤の世界には……あまり存在しなかったものだからな」
そう千郷に語りかけるレーヴァテインの瞳は、少々寂しそうに揺れていた。
□
「どう思う、イレブン」
道場のカメラ映像を眺め、男が呟く。
傍らには青いショートボブの少女が立っていた。機械的な外観、未来的な意匠。
イレブンと呼ばれた少女は表情も変えずに、男の問いに返した。
「ダンデライオンは問題ないかと。蒲公英の様子を見ましょう」
「了解。まだ行けないか、俺は」
「ええ。ポラリス様の命令あるかぎり、私もこたつでみかんを諦めているのですから、そちらも諦めてください」
苦笑する男。黒い旧型のスポーツカーはボンネットから突き出た吸気部を揺らし、ゆっくりと九頭竜学園から離れていった。
ZX COB、最近になってちょっとガチるようになってきました。
楽しくなってきた……。あとはダンデライオンと蒲公英が来てくれれば最高なんですけど、ブロッコリーさん?(チラッ)
ダンデライオン、たしか初期からいるのに絶界でもハブられてるらしいんですよね。そのわりにデッキケースになったり、妙な人気に……。