暗い部屋でゲンドウは立体映像相手にゼーレの面々と武器なき戦いを繰り広げていた。
「しかし、人員の増員と予算の追加とは軽く言ってくれるではないか」
「エヴァと、そのテクノロジーは下は市井のミリタリーマニアから上は独裁国家までが渇望する機密の塊です」
ゲンドウはケンスケの一件から内部調査を行ったら、世界中のスパイと呼ばれる人間が第三新東京市に集結している事実を掴んだのである。
「正直、保安部や諜報部の人材と人員の不足の為にパイロットの警護も指揮官と同居させている始末です」
ゼーレの面々もゲンドウの主張の正しさは理解しているが、人員や予算の追加で対処が出来るとは思えないのである。
「更にゼーレには、各国の指導者に通達を出して頂きたい」
ゼーレとしたら、通達に従わない反抗的な各国の指導者を排除する口実が出来るのである。
「分かった。碇よ。現に使徒との戦いでは予算的な被害も当初の想定以下な事もある。予算の追加は認めよう。それと人員に関しては信頼の出来る人材を選考するのに時間が必要になる」
「構いません。現状ではスパイの関心はドイツ支部と分割されてます。弐号機が到着する前までに増員をして頂きたい」
「ドイツ支部は既に弐号機の積み込み作業に入っている。なるべく急がせよう」
結局は人員の増員と予算の追加の要求を通したゲンドウであった。
ゼーレの面々の立体映像が消えるのと同時に部屋の照明も点灯すると冬月が立っていた。
「ふむ。予算は別にして連中が選んだ人材が信用が出来るのか?」
会議を傍聴していた冬月にしたら、当然の疑問である。
「問題ない。機密を盗んだ所で技術が追い付かぬ。それよりも互いに噛み合わせるだけだ」
スパイの世界は完全な縦割り社会である。ゼーレの息の掛かった人材と敵対組織と噛み合わせて両者の勢力を削ぐつもりである。
「最初から、そのつもりだったな。その一環でレイと葛城君の同居を認めたのか」
「本当に保安部や警備部から人員の増員の要請が出ている。パイロットを1ヶ所に纏めるだけでも負担が軽くなる」
「葛城君の負担が大きくなるが良いのか?」
「その程度なら問題ない」
一時間後、冬月はゲンドウの言葉の意味を理解する事になる。
「父さんも副司令も何を考えているんですか!」
シンジが司令に息子として面会を求めて来たのだが、顔を見た途端にシンジの説教が始まったのである。
「綾波の引っ越しで分かりましたけど、年頃の女の子が服は制服と体操服に水着だけで私服が1枚も無いとは呆れましたよ」
「そうだったのか?」
これは、ゲンドウが冷淡というよりは、男性特有の無関心なだけだった。
ゲンドウは司令官としては優秀な男であるが、家庭人としては完全な劣等生である。
シンジは自身の父であるが、頭を抱えたくなった。
「シンジ。私にどうしろと?」
シンジは母が何故、父と結婚したのか不思議に思いながらも具体的な要求をする。
「兎に角、明日にも綾波とクラスの女の子と一緒に綾波の服を買いに行きますから、お金を出して下さい」
「分かった。帰りに経理に寄って行くがいい。こちらから経理には連絡しておく」
横で黙って聞いていた冬月が口を挟む。
「シンジ君。これは少ないが、買い物に付き合ってくれた友人達に何かご馳走しなさい」
冬月は懐から財布を取り出すと数枚の紙幣をシンジに渡した。
「ありがとうございます!」
「いや、私達が気づかない所まで、気を配ってくれたのだ。この程度は当然だな」
礼を言って部屋を出たシンジの後ろ姿を見て冬月はユイの事を思い出した。
(シンジ君は外見は若い頃の碇に似ているが、気配り上手な所は母親似だな)
口にすればゲンドウが本気で嫌がるので口にしない冬月であった。
その頃、冬月から外見がゲンドウ似と評されたシンジは委員長のヒカリに既に連絡をして明日の放課後のアポを取ると警備部に行き、明日の送迎車の運転手を女性にしてもらったのである。
買い物にヒカリだけじゃなく、大人の女性の意見も聞くつもりである。
気配り上手な部分は冬月の評が正鵠を射っていたかもしれない。
翌日の夜、ミサトが帰宅すると自宅ではレイのファッションショーが開催されていた。
(レイも、やっぱり女の子よね)
その後、ミサト監修のコーディネートまで加わりレイのファッションショーは深夜まで続くのであった。
「ふあっ!」
妙齢の女性でありながらも大きく欠伸をするミサトにリツコも呆れていた。
「ミサト。大事な起動実験中に欠伸とは何を考えているの!」
「メンゴ。昨日の夜が遅かったのよ」
「仕事に夢中になるにしても、体調には気をつけなさい」
残業で遅くなったと勘違いしたリツコであった。深夜まで、レイを着せ替え人形代わりにしていたと知ったら、小一時間はミサトに小言を言った事であろう。
管理職二人組の他愛ない会話の間にも起動実験は進んでいる。
「ボーダーライン突破。零号機起動しました」
「了解」
「引き続き連動実験に移行します」
技術部職員の間に安堵の溜息が洩れた。前回の暴走事故を考えれば無理も無い事である。
技術部職員の安堵も長く続かなかった。海上より未確認飛行物体接近の報が飛び込んできたのである。
「碇。恐らく使徒だが、零号機はどうする?」
「まだ、戦闘には耐えられん。今回は初号機のみで対応する。総員第一種戦闘配置!」
「初号機は360秒で出撃が可能です」
「ダミーバルーンと遠距離攻撃の準備をせよ。敵が海上に居る間に敵の兵装の威力偵察を行う」
二回の使徒戦の被害が少ない為に予算も余裕があり、今回は威力偵察する事が出来たのである。
シンジは使徒の加粒子砲の餌食になる事が避けられた事に、人知れず胸を撫でおろした。
(あの地獄は、二度と味わいたくないからな)
シンジはプラグスーツに着替えるとケイジ脇に設置されたパイロット詰所のモニターで第五使徒への威力偵察を見守っていた。
(今回もヤシマ作戦が採用されるんだろうけど、綾波を危険な目に遭わせたくない)
既にシンジはレイを除外しての作戦を考えていた。
問題はシンジの考えた作戦を、どの様な方法とタイミングでミサトに提案するかであった。
末端のパイロットであり未成年者の意見を取り上げるか不安もある。
モニターの中では、ダミーバルーンが蒸発していた。
自走臼砲の攻撃も肉眼で確認が出来る程のATフィールドに弾かれている。まさに難攻不落の空中要塞である。
「これは、白旗でも挙げますか?」
モニターを見ていた日向も、お手上げ状態である。
「まあ、その前に悪足掻きをしましょうか」
ミサトはモニターを観察していて、閃いたのは超長距離からによる射撃であった。
「日向君。戦自に連絡して!」
ミサトは矢継ぎ早に司令を出し始める。既にラミエルは巨大なドリルでボーリング作業を始めていた。
「時間との戦いだわね」
ミサトが時間との戦いならば、ゲンドウは縄張り意識の強い役人との戦いであった。
戦自からの兵器の徴発許可を日本政府に交渉する。
同時にスペースシャトルも盾として使う為に科学局にも交渉する。
徴発して運び込まれた後は技術部の出番である。
技術部が自身のプライドに掛けて作業する間にも、ゲンドウは日本全国から電力を調達する為の交渉を経団連と行う。
「使徒を倒さなければ、人類に未来が無い事を理解が出来ぬとは!」
ゲンドウが愚痴を漏らす程に日本の役人は頑迷であった。
「シンジ君に砲手を担当してもらいます。簡単な操作だけど一応は練習よ」
「陽電子は磁場や地球の自転で必ず真っ直ぐに飛ばないわ。でも、機械が計算してくれるわ。貴方は機械の指示に従って引き金を引くだけよ」
リツコもミサトに口添えする。
「大丈夫よ。敵からは届かない距離からの攻撃だし、万が一の事も考えて盾も用意しているわ」
シンジは、この時と思いミサトに進言した。
「ミサトさん。もっと楽に勝てる方法があるんですけど」
シンジの意外な発言にミサトとリツコは面食らい、互いの顔を見合せた。
「それは、興味があるわね」
ミサトの顔は笑っているが目は笑っていなかった。自身の策を超える策を提示すると言われて心から笑える人間は稀有である。
「まあ。ミサト。若いシンジ君の方がプロの常識に囚われない発想を持っているかもよ」
リツコが間に入りシンジが提案を披露する空気を作る。
そして、シンジの提案を聞いたリツコとミサトの両眼は驚愕と納得の色を帯びる事になる。
「コロンブスの卵ね。中学生の発想は大人の常識を超えるわ」
「リツコ。技術的には、どうなの?」
「シンジ君の案なら、コストも時間も節約が出来て技術的にもリスクは少なくなるわ!」
ミサトは大急ぎで、ゲンドウに連絡を取ると作戦の修正と許可を申請した。