ヤシマ作戦が大幅に修正された為に技術部を筆頭に各部署は色々と急に増えた仕事に忙殺されていた。
ミサトはリツコに技術部の進捗具合を確認する。
「リツコ。技術部の方は?」
「陽電子砲は大丈夫よ。盾はSSTOの流用だけど、元から耐熱処理された部品だし、双子山より距離は近いけど、18枚の特殊装甲がある分、耐久時間も延びて、20秒は耐えられるわ」
「そう。防御の方も有利になったのね」
「とんだコロンブスの卵だわ。ジオフロントから射撃するなんて!」
「流石に碇司令の息子と言うべきね」
ミサトはシンジとの会話を思い出す。
「だから、あの敵が風船や大砲には、あの波動砲を撃ったのに、ここを攻めるのに地道にドリルで穴を開けるのは、下の方向には波動砲が撃てないんですよ」
「あっ!」
「だから、逆にジオフロント側から奴を撃てば安全な筈です」
「ミサト。確かにシンジ君の読み通りよ。あの加粒子程なら22枚の特殊装甲を貫通する事なんて容易い筈よ」
「リツコ、直ぐに計算して、私は司令に作戦修正の申請と許可を取ってくるわ!」
その後、MAGIによる計算によれば38%の勝率を弾き出した。
最初に計算結果を知ったリツコの声には称賛の成分が大量に含まれていた。
「元の作戦よりも30%も勝率が上がり、徴発する電力も関東圏だけとはね」
リツコにミサトも半ば感心しながらも応える。
「確かにジオフロントは独立したコロニーとして想定されているから、変電所もあるし、冷却も地底湖を利用する事も出来るわ」
ミサトの声にはシンジに対する嫉妬は皆無で勝率が上がった事の高揚感が滲み出ていた。
(普通は素人の中学生が自分より、優秀な作戦を考えたら気を悪くするもんだけど)
リツコは友人を面白く感じていたが、リツコもパイロットの要望には出来る範囲で応えているのである。
リツコとミサト、優秀な科学者の親を持ちながら性格が正反対の二人が友人でいられる一因だと言える。
ネルフ職員が修正されたヤシマ作戦の準備で忙殺されていた頃、原因を作った張本人も大量の握り飯作りに没頭していた。
「碇君。次は何処に持って行けばいいの?」
「次は保安部かな」
丁寧に一個ずつラップに包み手が汚れない様に配慮している。
握り飯と一緒に本部中から集めた空のペットボトルを綺麗に洗浄して茶を入れている。
ジオフロントが戦場になるのだ。第三新東京市の住民をシェルターではなく、市外に避難させる必要があり、保安部や警備部も食事を摂る暇が無いのである。
シンジを逆行前に第12使徒レリエル戦で飲まず食わずを体験した過去が炊き出しにと駆り立てる。
「了解!」
「それから、綾波。綾波の分もあるから、つまみ食いは止めようね。口元にお米が付いているよ」
反射的に口元を手で隠したレイが珍しい事に赤面したのであった。
「技術部。盾と砲の準備完了!」
「保安部。全住民の避難も完了!」
「警備部もジオフロント内から退避完了!」
次々と発令所に作業完了の報告が届く。
「葛城君。後はパイロットだけだな」
ゲンドウが握り飯と茶を両手にミサトに確認をする。
ミサトも口の中の握り飯をペットボトルの茶で流し込んだ後に返事をする。
「はい。パイロットも既に準備が出来ています」
「では、パイロットが搭乗次第に順次出撃せよ」
零号機と初号機がスクリーンの中でジオフロントに射出されて行く。
「碇。塩が薄くないか?」
「ああっ」
シンジはゲンドウと冬月の握り飯は二人の健康を考えて薄塩にしていたのである。
二人の健康を考えたシンジは初号機を射撃体勢にするとレイに話し掛けていた。
「綾波。僕は大丈夫だから、使徒を倒した後の瓦礫に注意してね」
「了解。でも、碇君も無理をしないでね」
発令所で会話を聞いていた面々も軽い驚きを感じていた。
レイは利己主義でもなく不器用ながらも他人に配慮が出来る子供であるが、極端に無口で滅多に口にする事が無い。
そのレイがシンジを気遣う言葉を口にした事は稀有な事である。
発令所の面々は、二人の関係を祝福しながら、二人の命を守る決意をしていた。
(僅かな間にレイの心を掴むのに成功したのね。流石は司令の息子と言うべきかしら)
若い二人の関係を祝福しながらも、自身とゲンドウの関係を思い自身を冷嘲するリツコは他者と違っていた。
(二人を引き取ったのは早計だったかしら)
結婚予定も恋人もいない独身女の身には中学生カップルが自宅にいるのは、色々とメンタルダメージを受けるのである。
二人を祝福しながらもミサトは他者と違い自身の不幸について考えていた。
十人十色の考えをしている間に、作戦開始時間になる。
「作戦スタート!」
「シンジ君。貴方に関東中のエネルギーを預けるわ。頑張ってね」
「第一次接続を開始します」
変電所からの電気がポジトロンライフルに集中していく。
「全冷却システム始動!」
「収束機始動開始!」
「第二次接続開始!」
「陽電子流入順調なり!」
「加速機始動!」
「第三次接続開始!」
「収束機、加速機、順調なり!」
「最終接続開始!」
ポジトロンライフルのスコープが計算を始める。
「目標の掘削機が逆回転を始めました!」
「逃げる気?」
「目標に高エネルギー反応!」
「何ですって!」
発令所内では次々と状況が変わる中、シンジは焦りながらもスコープが計算を終わらせるのを我慢強く待つのであった。
「加粒子砲を放つ事で時間稼ぎをする気ね!」
ラミエルは、地下で発生した高エネルギーに敏感に反応して、威嚇の為に加粒子砲を放つが間に合わなかった。
ポジトロンライフルから放たれた光の槍が、ラミエルが掘削した穴を通りラミエルを貫通して夜の虚空へと吸い込まれる。
光の槍が貫通したラミエルの頂上部からは炎が噴き上げて火山の噴火を連想させた。
「ヨッシャー!」
発令所ではミサトが掛け声と共にガッツポーズを取る。
「パターン青。消失。使徒の殲滅を確認!」
発令所が勝利の高揚感を味わっている頃、レイはネルフ本部のピラミッドの頭上に盾をかざして、ジオフロントの天井から落ちてくる残骸から本部を守っていた。
「私は何時まで、こうして居ればいいの?」
幸いな事に天井から残骸が落下する事もなく、応急措置として硬化ベイクライドで天井の穴を塞がれるまで10分程の時間を要した。
レイが零号機でケイジに戻ると、既にケイジにいた職員から胴上げされるシンジが居た。
「ちょっと、降ろして下さい!」
シンジは胴上げされた空中でレイを見つけると胴上げを中断させてレイに駆け寄る。
「良かった。綾波が無事で本当に良かった!」
シンジはレイを抱き締めると何度も何度も繰り返しレイの無事を喜ぶのであった。
「碇君!」
レイもシンジに抱き締められて、シンジが自分の無事を喜ぶ事と衆人環視の中で抱き締められる事に驚きと気恥ずかしさを感じていた。
レイもネルフ職員もシンジが誰の為に戦ったのか丸分かりである。
レイには、何故、シンジが自分の為に戦うのか見当もつかない。
シンジと会って、1ヶ月程度である。シンジに好意を持たれる時間も無いのである。
「シンちゃんも隅に置けないわねえ」
「どちらかと言えばレイの方が隅に置けないのでないの」
シンジとレイを迎える為にケイジに入って来たミサトとリツコもケイジの入り口で苦笑している。
その苦笑も数秒後には消える事になった。レイがシンジに抱き締められたまま尻もちをついたからである。
「ちょっと、シンちゃん!」
ミサトの目にはシンジがレイを押し倒した様に見えたのである。
ミサト達や職員達も慌てながら、パイロット二人に駆け寄るとシンジが意識を無くしていた。
「赤木博士!」
レイがシンジの身を心配してリツコに救いを求める。
勝利に酔っていたケイジ内を一瞬にして緊迫感が支配する。
「マヤ。初号機パイロットのメディカル状況を報告して!」
リツコがインカムで発令所に居るマヤにシンジの健康状態を報告させる。
シンジ達の着ているプラグスーツはパイロット達の健康状態を常にモニターしているのである。
「初号機パイロットの血圧、脈拍、全ての数値は正常です」
マヤの報告を受けて、リツコの肩から力が抜けた。
「緊張が解けて、寝ちゃったのね」
ミサトとレイには心当たりがあった。昨夜は夜遅くまで、ファッションショーにシンジを付き合わせて寝不足だったのだ。
使徒が出現してからはネルフ職員に炊き出しの握り飯を作ったりと仮眠も取ってなかったのだ。
「シンジ君は頑張り過ぎたのよ。だから、レイも安心しなさい」
ミサトも呆れながらも、自身のパイロットの健康管理失敗に自覚があるので、一般論で誤魔化した。
「はい」
レイは素直に返事をするとシンジの体を優しく抱き締めた。