シンジが目覚めると視界は水色に占領されていた。
「綾波!」
レイがプラグスーツ姿で自分に抱きつく様に寝ていた。
慌てて周囲を確認すると医務室のベッドの上である。
プラグスーツの時計を確認すると朝の8時であった。
(こんな事をするのはミサトさんだな。医務室には防犯カメラもあるから、監視をしているんだろうけど)
シンジは気持ち良さそうに寝ているレイを起こさない様にベッドを出ると、ミサトに苦情を言う為に作戦課まで行ったのである。
「仕方ないでしょう。シンちゃんは寝てるし、レイもシンちゃんが寝てると分かると安心したのかシンちゃんに抱きついたまま寝るし!」
元は自分がレイに抱きついたまま寝てしまった事が原因なので戦後処理に忙しいミサト達に文句も言えないのである。
「それより、シンジ君」
「はい」
ミサトが表情と口調が真面目になるのでシンジも身構えた。
「これは、上司とパイロットとしてじゃなく。一人の女として言うけど」
ミサトが何を言うのかシンジには想像も出来ない。
「シンジ君。レイの事をどう思っているの?」
「あ、綾波の事?」
ミサトがレイの事について真面目に聞いてくるとは思わなかったのでシンジも戸惑う。
「レイは完全にシンジ君の事を好きになっているわ。シンジ君はレイの気持ちに応える気があるの?」
ミサトにすればシンジの性格も、ある程度は把握している。シンジがレイに対する態度は贖罪意識からきているのは理解していた。
それでも、レイがシンジに好意を抱くには十分過ぎる態度であったと思う。
「その、それは……」
シンジにすれば、レイには逆行前の世界から、淡い恋心を持っていた事は自覚していたが正面から問われたら赤面してしまう。
ミサトは、この件に限り追及を緩める気が無いのは目を見れば分かる。
端から見れば大人が、中学生の恋愛に首を突っ込んでいるだけだが、ミサトは二人の立場を考えれば恥も外聞も無いと思っている。
「シンジ君。死んだ人に思いを伝えても意味は無いのよ」
ミサトの言葉は自身の苦い体験からの言葉であるだけに現実味があった。
シンジはミサトの言葉で覚悟を決める。
「ミサトさん。僕は綾波の事が好きです。これからも一緒に居たいです」
ミサトの目が優しい目に変わる。
「そう。レイが羨ましいわ」
「ミサトさん。僕に勇気を与えてくれて、ありがとうござます」
シンジは一礼すると部屋を出て行く。
シンジを見送るとミサトはリツコに連絡して医務室のカメラとマイクをミサトの部屋にだけに流れる様に設定させる。
「ちょっと、貴女の出歯亀趣味にも呆れるわ」
「不潔です。葛城さん」
(そう言いながら、私の部屋に来て、自分達も覗く気じゃないの!)
ミサトもリツコとマヤに内心は呆れながらも黙っている。成人女性が三人で中学生の告白シーンを覗くのである。
モニターの中では、ベッドで眠るレイの隣で椅子に座りシンジがレイの寝顔を見ている。
「女の子の寝顔を見るなんて、シンジ君も悪趣味ね」
「まあ。気持ちは分かるけどね」
マヤの言葉にミサトがシンジを擁護する。三人が観察しているとレイが目覚めたようである。
「綾波。おはよう!」
「おはよう。碇君」
レイは低血圧なのか、少し寝ボケてるようである。
「綾波。大事な話があるんだけど」
「何?」
「その前に、一緒に朝御飯を食べに行こう」
「そうね。食事は大事だと赤木博士も言っていたわ」
モニター前の出歯亀三人組はガッガリしながらも納得していた。
「あちゃー。シンジ君に食事を抜くなと言っていたのが裏目に出たわ」
「私もレイに日頃から言っていたわ」
「あっ!」
ミサトとリツコが天を仰いだ時に、モニターから目を離さなかったマヤが声を出す。
マヤの声に反応してミサトとリツコがモニターに視線を戻すとモニターの中でシンジがカメラに向かいアッカンベーをしていた。
「シンジ君に、こちらの行動を読まれていたみたいですね」
マヤが乾いた笑顔でシンジの読みに感心していた。
(出来れば覗いていたのはミサトだけと思っていて欲しいわね)
「まだよ。まだ終わらないわよ!」
ミサトは諦めずに二人を覗くつもりだったが、ミサトには残念な事にシンジには幸運な事に、日向が大量の仕事をミサトの前に運んで来た。
「葛城さん。技術部との打ち合わせも大事ですが、関係各所からの問い合わせが来ています。赤木博士も碇司令が呼んでましたよ」
ミサト達は覗き行為を断念して、本来の仕事に従事する事になった。
ミサト達が仕事の海にダイブしていた頃にシンジとレイは食堂でプラグスーツのまま食事をしていた。
「ネルフの味噌汁は白味噌なんだよな」
「葛城一尉の家は赤味噌だわ」
シンジとレイは味噌汁の味について論評していた。
「ミサトさんは具沢山の味噌汁が好きみたいだけど、綾波は?」
「私も具が多い方が健康だと思う」
「じゃあ。今夜から味噌汁は具沢山にするか」
とても中学生とは思えない所帯染みた会話である。
「食事が終わった後に湖に行かない?」
「地下湖に?」
「うん。彼処なら大事な話をするのに都合がいい」
「分かったわ」
その後、二人は食堂で仲良く食事を済ませると地下湖に出掛けた。
「うわ。綺麗に凍っている」
「昨夜の作戦で冷却システムとして利用したから」
地下湖は一面に白い氷に覆われていた。
「人が乗っても大丈夫かな?」
「大丈夫だと思うわ。昨日、赤木博士が冷却システムの計算していた時に底まで凍ると言っていたから」
「なら、綾波もおいでよ!」
シンジはレイを連れて湖の中央まで行く。
「綺麗だね」
「湖の周辺の木も白く凍っているわ」
レイも湖の中央から見る景色の美しさに驚いていた。
「ねえ。綾波」
「碇君。なに?」
レイはシンジが自分を湖の中央に連れて来た目的を思い出した。
「大事な話なんだ。僕は綾波の事が好きだ。ずっと一緒に居て欲しい」
シンジの真剣な眼差しでレイを見ていた。レイはシンジの真剣な目にシンジの真意を悟った。
「ありがとう」
レイは耳まで赤くして俯きながら一言だけ返すのが精一杯だった。
再びシンジに視線を戻すとシンジは困惑した顔している。
「どうしたの?」
「あの。僕じゃあ駄目なの?」
レイは自分の気持ちを確実に伝えられなかった事に気付いて、正直に自分の気持ちを伝える事にした。
「私も碇君の事が好き。私も碇君と一緒に居たい」
二人は互いに真っ赤な顔をしたまま見つめ合うと互いに抱き締め合った。
ジオフロントで若い一組のカップルが誕生した頃、ゲンドウはゼーレのメンバーと陰険漫才を演じていた。
「碇君。22層の特殊装甲の修理代も馬鹿にはならんよ」
「しかし、当初の予定より徴発する電気は関東圏だけで済みました。特殊装甲と引き換えなら安いものです」
「しかし、もう少し、エヴァの運用は効率化が出来んのかね?」
「現状で戦闘に耐えられるのは初号機のみです。零号機も起動実験に成功したばかりで戦闘には耐えられません」
既に三体の使徒を倒したネルフだが実態は薄氷を踏む様な勝利であった。
「その為にも、エヴァのアシスト役のロボットも開発されている」
ゲンドウは口元に冷笑が浮かぶのを耐える苦労をする事になる。
使徒の最大の武器は加粒子砲などの火器ではなくATフィールドである。ATフィールドを持たぬロボットが役に立つ筈がない事も理解が出来ない老人達が権力を握っていた。
「あれは、実戦では使えません。格闘戦を前提にした兵器にリアクターを搭載するとは正気の沙汰では有りません」
ゲンドウの説明で日本重化学工業が開発したロボットの致命的欠点にゼーレの老人達も納得する。
「分かった。碇。以前から要望のあった弐号機とパイロットの配備を急がせよう」
「理解して頂き感謝します」
ゲンドウが最後まで言い終わる前に立体映像は消えた。
「碇。例の玩具の対処は?」
冬月がゲンドウに珍しく積極的に陰謀を奨励してくる。
「既に対処済みだ。あの様な大艦巨砲主義の産物に予算と人を使うのは単なる浪費でしかない」
「来週には予定通りに開催されるらしい」
「ネルフからは葛城君と赤木君を出席させる」
「あの二人は最近は働き詰めだからな。たまには物見遊山も悪くない」
シンジが逆行前も後も知らない陰謀が行われていた。
中学生のシンジが逆行する事で得たアドバンテージは僅かなのである。
シンジはゲンドウやゼーレを出し抜く事の困難さを覚悟していたが、シンジの覚悟よりゲンドウやゼーレの闇は深かったのである。
シンジの逆行により、歴史は変わったが、それが歴史の本流まで変える事が出来るのかはシンジ自身も分からないままなのであった。