弐号機から降りたアスカが最初に行った事は水分補給であった。
「ちょっと、アスカ。飲み過ぎじゃないか?」
シンジから2本目の2リットルのペットボトルを受け取ると一気に飲み干した。
「仕方ないでしょう。さっきまで、我慢大会をしていたんだから!」
アスカの言い分に苦笑するシンジであった。
「はい。それじゃあ。二人共、さっさっと着替える」
ミサトがレイを連れて二人の所にやって来た。レイは既に着替えてペンペンを抱いている。
「今から温泉に行くわよ!」
どうやら、日向に仕事を押し付けている様である。
パイロット達とペンペンはミサトの運転する車で温泉旅館に向かうのであった。
「あのう。僕達だけ温泉を楽しんでいいんでしょうか?」
「大丈夫よ。日向君達も少し遅れて来るわよ。後は保安部の仕事だもん」
ミサトも内心は温泉が楽しみな様である。
「しかし、あの使徒は何で消滅したのかしら?」
アスカが疑問に思った事をミサトに聞いてみた。
「あれね。リツコに言わせると、膨張したのよ」
「膨張?」
「そう。膨張よ。火山の中に居たんですもん。凄い高圧力の中にいたのが、急に圧力の低い火口表面の近くに来れば体の中の僅かな空気が膨張したのよ。膨張して薄くなった表皮が周りの熱さに耐えられなかったのよ」
「釣られた魚みたいね」
アスカの感想に思わず苦笑したミサトであった。
ミサトが運転する車が旅館に到着すると旅館には『ネルフ一行様』と書かれていた。
(色んな意味で良いの?)
アスカは思ったがミサトは当然とした顔をしている。
旅館に入り部屋に通されると浴衣に着替えて温泉に行く事になる。
「クワッー!」
ペンペンは温泉ペンギンの名の通りに温泉に入ると喜んで泳ぎ回る。
シンジも貸切状態の温泉で日頃の疲れを癒すのであった。
(はあ。ご飯の支度もせずに、お風呂に入った後に食事をして後片付けもしないとか、本当に極楽だなぁ)
主婦みたいな感慨に耽るシンジであった。シンジが束の間の癒しを堪能していた頃、女三人組も大人しく温泉を堪能していた。
「アスカ。ドイツの温泉と比べて日本の温泉はどう?」
ミサトがアスカにビール片手に質問した。
「ドイツみたいに時間制でないのがいいわ」
アスカはミサトの手にしている金色の缶をチラリと見て言葉を続ける。
「逆に飲酒は禁止な事がドイツの良いところよ」
「こ、これは、水分補給よ」
ミサトの言い訳にならない言い訳にアスカも呆れる。
「そんな生意気な事を言う子は、お仕置きよ!」
ミサトがアスカを正面から胸に抱き締める。アスカはミサトの胸に顔を埋めさせられて息が出来ない。
思わずタップするアスカであった。
「ちょっと、ミサト。殺す気!」
ミサトの胸から解放されたアスカが文句を言うのは当然である。
「あら、女同士のスキンシップよ」
「何がスキンシップよ。あんたの胸は凶器よ!」
ミサトとアスカが低レベルの口喧嘩をしていると、レイがミサトの背後に忍び寄りミサトの胸を鷲掴みした。
「これが、凶器なの?」
言いながらもレイはミサトの胸を揉んでいる。
「ちょっと、レイ!?」
「アスカ。葛城一尉の胸。柔らかくて弾力がある」
「えーそうなの?」
アスカもレイのセクハラ行為に加担する。
「ちょっと、貴女達!」
「本当にミサトの胸って、柔らかくて弾力が有るわ!」
「ちょっと、止めなさい。触るなら自分の胸を触りなさい!」
隣で聞く気もないが女子達の会話を聞いてしまったシンジは顔の半分まで湯に浸かっていた。
(また、膨張してしまった!)
シンジが無駄な精神修練を積んでいると日向と青葉が入って来た。
「よう。シンジ君」
「あ、日向さん、青葉さん!」
「シンジ君も、かしまし娘達のお世話、ご苦労様!」
青葉がシンジを労うと隣のミサトが聞き咎めてきた。
「青葉君。なんですって!」
「聞こえてました?」
「バッチリと聞こえていたわよ!」
慌てる青葉にアスカが声を掛ける。
「青葉さん。私達をミサトと一緒にしないで」
「私もです!」
「ちょっと、アスカ、レイ!」
「シンジ君。人生を棒に振る気が無いなら引越しを勧めるわ!」
リツコもアスカを支持する。
「リツコ。あんたねえ!」
青葉の言葉が事実と証明している事に気付いてない会話が聞こえて来る。
日向が小声でシンジに語り掛けてきた。
「シンジ君。色々と大変だけど、葛城さんを見捨てないでくれ」
日向の眼鏡が湯気で曇ってなければ、シンジは日向の涙を見る事になったであろう。
隣の女湯ではネルフの良心とも言えるマヤが頭を抱えて呟いていた。
「特務機関の面目丸潰れ」
騒がしい入浴を済ませると宴会場にての晩餐となる。
宴会ではなく、晩餐なのは、乾杯の時にグラスのビールだけで後はひたすら食事に専念したからである。
ミサトと日向は朝から調査の為に出向き、A-17発令後は機密守秘の為に昼食も抜いていた。
リツコを筆頭に本部に残った面々も浅間山への移動準備の為に昼食を抜いていた。
パイロットは一応は軽食を摂ったが食べ盛りのパイロット達が満足が出来る量ではなかった。
「仲居さん。おかわり!」
「私も!」
仲居が何回もお櫃を持って宴会場と厨房を行来する。
パイロットの前には特別に担当の仲居とお櫃が用意された。
欠食児童の集団と化した一行が満腹になると全員が就寝した。
A-17の発動が大人達の精神に負担になった事が窺える。
アスカも疲れた様で布団に入った途端に寝息を立てた。
シンジは大人達のイビキに閉口して部屋を抜け出すと温泉に浸かり静かに月を眺めていた。
「碇君?」
聞こえる筈のない声に、月を眺めていたシンジが反射的に振り返るとレイも温泉に浸かっていた。
レイの白い肌と水色の髪は湯気で簡単に隠れていた。
「あ、綾波!」
幸いな事に乳白色の温泉はレイの身体を隠している。
「男湯に何で?」
「私が入る時は女湯だったわ」
「何時から入っているの?」
「夕食が終わってから」
シンジは唖然とした。夕食からは既に数時間が経過している。
「綾波が入っている間に男湯と女湯を入れ替えたんだよ」
「そうなの」
シンジは頭を抱えたくなった。ミサトとは別にレイも羞じらいが無い。
「取り敢えず、僕が先に出て見張るから綾波も出て!」
使徒や人類補完計画と別にミサトに料理を教えて結婚が出来る様にする事を目標に逆行したシンジだが、新しい目標が出来てしまった。
脱衣場から出たレイを見てシンジは自身の顔が火照るのを自覚した。
月の光に照らされて湯上がりのレイは静かな美しさを持っていた。
「碇君。顔が赤いわ。湯あたりかしら」
レイはシンジを旅館の庭にあるベンチに連れて来た。
「少し、涼んだ方がいいわ」
シンジの横に座り月を眺めるレイを見てシンジは改めてレイの美しさに魅入られる。
「綺麗だ」
シンジが無意識に出した言葉にレイは月を眺めながらも応える。
「本当に綺麗な月ね」
シンジはレイの誤解を解こうとしたが言い出せずにレイの誤解に便乗した。
「本当に綺麗な月だね」
(綾波が横に居てくれるだけで、満足しないと駄目だよなあ)
世間一般ではヘタれと呼ばれる行動を取っている事にシンジは気づかない。
そして、仲良く月を眺める自分達を見ている集団にも気づかない。
「無様ね。シンジ君」
「シンちゃんには帰ってから色々と教育の必要があるわね」
「シンジって、本当にガキね」
「まあ。シンジ君らしいですよ」
ミサトの寝相の悪さで起きたアスカがレイが部屋に居ない事に気づいてミサト達を起こして探していたのだ。
「葛城さん!」
「赤木博士!」
小さいが鋭く強い声がした。出歯亀カルテットが振り返ると日向と青葉が立っている。
その後、出歯亀カルテットは二人に部屋まで連行されて説教をされる事になる。
その頃、シンジは勇気を振り絞りレイと手を繋ぐ事に成功していた。
(綾波の手って、柔らかい)
握った手をレイも握り返してきた。二人は互いの瞳を見つめた後に、そっと抱き合う。
「これからも、何千何万回も綾波と二人で月を眺めたい」
「うん。私も碇君と月を眺めたい」
シンジは抱き締めたレイの温もりを手離したくないと思った。
だから、全ての人を不幸にする人類補完計画を阻止してレイと共に生きたいと思うのであった。