「シンジ。まだ、納得してないの?」
葛城宅のリビングでシンジが仏頂面でアスカと二人で向かい合い、海老炒飯を食べている。
「納得はしているけど、感情の整理が出来ないだけだよ」
アスカは苦笑して、シンジの背後に回り、両方の頬を引っ張る。
「痛い!痛い!やめて、アスカ!」
アスカはあっさりと止めて、元の場所に戻るとシンジに説教をした。
「あんたね。今、シンジが感じてる不安をレイに味あわせ様としてたのよ!」
「うん。分かってる」
「今回は私が一番の適任者だから、私がやるだけよ」
「そりゃ、そうだけど。でも、アスカは女の子なんだから」
「男女平等よ!」
シンジはアスカの言葉を聞いて、眼前の海老炒飯に目を向けた。
「な、何よ?」
「アスカ。やっぱり、ニンニクを入れ過ぎだよ」
「そう?」
「隠し味が隠れてないよ」
今日は夕方からレイはネルフ本部に行き、ミサトは作戦部の部下の送別会に出席の為に二人だけである。
稀な機会なので、アスカがシンジに料理を習いながら作ったのだが、アスカの味付けは極端の様だ。
「綾波はニンニクが好きだから、喜ぶけどさぁ」
「その、レイは遅いわね」
「そろそろ、帰って来ると思うよ」
愛の力か「噂をすれば影がさす」なのか、玄関からレイの帰宅を告げる声がした。
「ただいま」
「グッドタイミングね。お腹空いたでしょ。海老炒飯があるわ。温かいうちにどうぞ!」
アスカがキッチンに行き海老炒飯を皿に盛って、リビングに入って来たレイに勧めた。
「これは?」
「私が作ったの。ねえ。食べて食べて!」
「そう。アスカが作ったの」
レイは行儀良く手を合わせ、食事の挨拶をしてから匙を取る。
一口、食べた後、レイは猛烈な勢いで海老炒飯を食べる。
「はは、感想を聞くまでもないわね」
「綾波はニンニクが好きだからなあ」
食事後に三人はコーヒーを飲みながらレイの報告を聴いた。
「タイムスケジュール通りの作業だったわ」
レイは具体的な事は単語で言わないでいた。ミサトは盗聴をする人間でないと信用しているが、ネルフという組織は信用していなかった。
「シンジ。これから、どうするの?」
「まあ。基本は現場対処だと思うよ」
「それは、そうね」
アスカも納得してしまった。シンジを含め自分達はパイロットであり、所詮は中学生なのである。出来る事の範囲は限られている。
「まあ。仕方ないわ。レイも疲れてるだろうから、今日は早めに寝ましょう」
「そうだね。今日は早めに寝ようか」
「そう。私も賛成するわ」
その夜、日向が酔ったミサトを送って来たが誰も出迎えには来なかった。
(女の子達は仕方がないにしても、シンちゃん、冷たいじゃない!)
翌朝、シンジ達に苦情を言うがパイロット三人に猛反論されたのである。自業自得の見本である。
「ミサト。聞いたわよ。昨日は羽目を外して日向君に迷惑をかけたらしいわね」
「うっ。何故、それを!」
「帰宅中に見掛けたのよ」
「面目無い。でも、最近はストレスが溜まるから」
「そうね。此処んとこ結婚式が多いもの」
「どいつもこいつも、慌てて結婚しやがって!」
ミサトの僻み根性丸出しの発言に、部下達も笑いの発作を耐える。
「お互いに、最後の一人にはなりたくないわね」
「はあ。また、出費か」
「本当に暗くなるわね」
「シンジ君もね」
その日、実験が終わった後にミサトは結婚式用のスーツを買いに出掛ける。
「アスカは明日はデートか」
「何、嫉妬?」
「別に!」
デート相手を置き去りにした結果を知るシンジが相手に同情しているのは内緒である。
「それより、明日、お墓参りなんでしょ」
「うん」
アスカもシンジも複雑な表情である。故人の肉体も魂もエヴァの中にある事を知っている二人なら当然の反応である。
「レイは、例の実験ね」
「うん」
レイも複雑な表情である。ダミープラグが開発された結果が目の前の親友を傷付けたのである。
しかし、ダミープラグの開発が早ければエヴァ参号機のパイロットはダミープラグが採用されトウジは無事であった筈なのだから。
三人が沈んだ空気になった時に、ミサトが帰宅した。
「たっだいま!」
「ミサトさん。おかえりなさい」
「葛城三佐。おかえりなさい」
「ミサト。おかえり。ねえ。新しい服を買ったんでしょう。見せて、見せて!」
「葛城三佐。私も」
女三人寄れば姦しいとは事実の様である。シンジは自室に退散するのであった。
翌日、四人はペンペンを留守番に残して外出する。
「行ってきます!」
「クワッ!」
ペンペンは元気良く返事すると四人を見送ったのである。
シンジはゲンドウとユイの墓前で落ち合う。
「母さんの写真とか一枚も無いんだね」
「ユイが亡くなった時に全て処分した」
「息子の事は考えなかったの?」
「……」
シンジの主張は正論であった。故にゲンドウは何も言えない。
「父さん。再婚は考えなかったの?」
意外な質問にゲンドウは動揺するかとシンジは思ったがゲンドウの返事は更に意外であった。
「何回か考えた事はある。しかし、結論は私にはユイだけだ」
「母さんも父さんと結婚が出来て幸せだったね」
シンジの感想はゲンドウには意外に思えた。
「そうか。お前が言うなら、私も救われる」
二人の墓参りは終わった。シンジにすればユイを追い求めるゲンドウは自分とレイと重なるのである。
(僕は綾波を追い求める為に戻って来た。父さんと変わらないな)
シンジは自嘲しながらもゲンドウの計画を阻止する事を止める気にはなれなかった。
シンジが帰宅してチェロを弾いていると不意に拍手が聞こえた。
「あれ、早かったね」
「つまんない男。ジェットコースターを待っている間に置いて来ちゃった」
「酷いなあ」
「うん。警備部の春日さんにも怒られた。一応、ヒカリに連絡して非常呼集が掛かったと言っておいたわ」
どうやら、逆行前の世界と違い、この世界では叱る人がいてくれる様である。
「しかし、シンジも意外な特技があるもんね」
「まあね。言われて続けただけだけど」
「それでも、立派な事よ。継続は力なりね」
(本当にアスカは変わったなあ。前は呆れられたのに)
その後、レイが帰り、三人と一羽だけの夕食を摂るとレイが甘える様にシンジの背中に抱きついてきた。
「碇君」
「綾波」
アスカはバカップルの精神汚染攻撃から逃げる為に自室に避難をする直前に、加持に抱えられてミサトが帰って来た。
「加持さん。すいません。ミサトさんが迷惑を掛けまして」
頭を下げるシンジの横で、アスカがシンジと反対の意見を言う。
「もう。加持さんも甲斐性なしね。ミサトをホテルに連れ込むぐらいしないと!」
「おいおい、アスカ。俺はまだ死にたくないぞ」
アスカも過激なら加持も過激な返答をする。
(意外だな。シンジ君とレイちゃんは思ったより、健全な交際をしているみたいだな)
二人の会話を聞いて、シンジとレイは赤面していた。
レイは純粋に会話を聞いて赤面していたが、シンジは逆行前の世界でアスカとミサトにキスされた事を思い出していた。
(これは、綾波も知らない事だから、墓場まで持って行こう!)
シンジが自身の過去の隠蔽を誓っていた間に加持はアスカからの宿泊の誘いを断って、帰宅していた。
(しかし、シンジも日頃はレイと人前でイチャイチャする癖に、意外と純情なのね)
アスカは内心、シンジをからかうネタが出来た事を喜んでいた。明らかに某保護者の悪影響であった。
翌日からシンジとレイはアスカの生きた玩具となっていた。
そして、アスカに悪影響を与えた人物は、加持の後頭部に銃を突き付けて、ネルフ本部の最下層にある白い巨人を目撃する事になる。
「まだ、私が知らない秘密がネルフにはあるのね」
「ああ、これだけじゃない。司令と副司令にリッちゃんは、他にも隠し事が有るみたいだぞ」
「どうやら、私はネルフを甘く見ていたわね」
シンジが逆行してから、歴史の流れの末端の幾つかは修正されたのだが、歴史の本流は変わらないままである。
シンジが変えた末端の流れが本流の流れを変える事が出来るのかを知る者は、少なくとも生者には居なかった。