新世紀エヴァンゲリオン takeⅡ   作:周小荒

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第25話 悪夢と現実

 

 アスカと弐号機がディラックの海に消えてから四時間が 経過していた。

 シンジとレイは海上で海水を飲み込むディラックの海が見えるビルの屋上に居た。

 

「碇君」

 

 震えるシンジをレイが優しく後ろから抱き締めている。

 

「綾波。僕は大丈夫だよ」

 

 シンジの顔色は少し悪いが嘘ではないようである。

 

「そう」

 

「それより、食事は届いたの?」

 

「届いたから呼びに来たの」

 

 無理に明るく振る舞うシンジの姿はレイだけじゃなく、ネルフ職員には痛々しく見えた。

 

「シンジ君。辛いでしょうね」

 

「零号機が引き上げたアンビリカルケーブルの先は抜けていたわ」

 

「それじゃ……」

 

「アスカが闇雲にエヴァを動かさずに生命維持モードで耐えれば十六時間はもつわ」

 

 既に国連軍の部隊が扇状にレリエルを半包囲していた。

 その包囲下でネルフ職員達は必死にレリエルのデータと解析を行っていた。

 

「しかし、陸上部隊とか役に立つんですかね」

 

「私達に圧力を掛けてる気なんでしょ」

 

 青葉の疑問にミサトは返答すると日向にレリエルの様子を確認する。

 

「影の現状は?」

 

「直径六百メートルで停止したままです」

 

 ミサトが電子双眼鏡でレリエルを観察している横でシンジとレイは握り飯とカップに入った味噌汁の食事を摂っている。

 

「長丁場になりそうだわ」

 

「そうだね。食べれる時には食べておこう」

 

 二人の健全な会話に大人達も刺激されたのか用意された握り飯に手を伸ばすのであった。

 シンジ達が食事を摂っていた頃、アスカはエントリープラグ内で空腹を抱えていた。

 

「戦闘機じゃあるまいし、非常食が無い兵器というのも問題よね」

 

 それも、本来ならディラックの海を発生させた後に国連軍が所有する992発のN2兵器を使用する。

 アスカはプラグスーツの時計を確認する。

 

「あと、十二時間も待つのか。退屈だな」

 

 アスカは待つだけだったがネルフ職員は多忙であった。

 

「弐号機が使徒に飲み込まれて八時間が経過したわ。その間に判明した事を報告します」

 

 リツコがホワイトボードを持ち出して臨時の量子力学の講義を始める。

 

「使徒は影に見える極薄の空間を内向きのATフィールドで支えているわ。内部はディラックの海と呼ばれる虚数空間よ」

 

「じゃあ。あの影が本体なのね」

 

「そう。多分、内部は他の宇宙に繋がっていると思うわ」

 

「まるで、吸引しないブラックホールみたいだ」

 

 シンジの中学生らしい感想にリツコも苦笑する。

 

「では、あの上空の球体は?」

 

「あれこそが影よ。使徒が虚数空間を閉じれば消えるわ」

 

 リツコの説明を聞いたミサトの顔に焦りの色が見えた。宇宙空間に居る弐号機をサルベージする困難さが分かったからである。

 ミサトが焦りを自覚した頃、アスカも焦り始めていた。

 

「寒いわ。ヒーターの出力が落ちてる。それに水も濁ってきてるわ」

 

 全てが弐号機の電力が残り少ない事を示していた。

 

「ママ、早く来てくれないかな」

 

 アスカは呟くと何度目かの眠りにつくのであった。

 

「エヴァの強制サルベージ!」

 

 ミサトの驚愕する声が響き渡る。

 

「現存する992個のN2兵器を投入、その後、一斉爆破の瞬間に残ったエヴァ二機によってATフィールドに干渉するの」

 

「ちょっと、待って。そんな事をしたらアスカが無事じゃ済まないわ!」

 

「このまま、手を拱いていればタイムアウトよ」

 

「……」

 

「アスカを喪う事になっても、私を恨まないでね。アスカを喪うのは貴女のミスなのよ!」

 

 ミサトはリツコに反論が出来なかった。代案も何も無かったからである。

 シンジとレイは予め知っていた事とは言え、焦燥感が募るばかりであった。

 

(アスカの馬鹿。ジャンプに失敗してディラックの海に飲み込まれるなんて)

 

(アスカ。早く戻って来て。そうじゃないと碇君が壊れる)

 

 二人がアスカの生還を願っていた頃、アスカは電車に乗っていた。

 自分はプラグスーツを着ていた筈なのに、何時の間にか学校の制服を着ている。

 

(これが、シンジが言っていた使徒が見せる幻覚ね)

 

 アスカの脳裏には、母がエヴァからサルベージされて自縊するまでの記憶が走馬灯の様に映し出される。

 不快な走馬灯が終わると向かいの席には、幼い頃のアスカが座っている。

 

「貴女は、誰?」

 

「私は惣流・アスカ・ラングレーよ」

 

「そう。あんたは私なの!」

 

「そう。私は貴女。貴女は私。人は自分の中に沢山の自分を持っているわ」

 

「だから?」

 

 アスカは立ち上ると幼児の自分に蹴りを食らわす。

 

「私は私。惣流・アスカ・ラングレーは、この世に一人だけよ!」

 

 アスカはレリエルと話をする気は皆無であった。

 今のアスカには親友が居る。守るべき存在が居る。不快な過去を見せつける者と話をする必要性をアスカは認めなかった。

 

「ふん。人のトラウマを刺激した報いよ!」

 

 気がつけば、アスカはエントリープラグ内で寒さに耐える為に体を丸めていた。

 視界にプラグスーツの電池切れの警告灯が点滅しているのが見えた。

 

「もう少しで限界ね」

 

 再び目を閉じると寒さが消え去り体中が温もりに包まれた。

 頬に懐かしい感触が触れてきた。

 

(何時も、近くで見ているわ)

 

「そんな所に居たんだ」

 

 アスカは、自分が最も会いたい人の存在を感じていた。

 

 それは、突然の変化だった。

 初号機と零号機が配置に着き、N2爆雷の投下準備も終了して命令を待つだけであった。

 初号機と零号機の前でディラックの海が個体化した様に粉々に砕け始めたのである。

 それと、同時に空中に浮かぶレリエルの影に亀裂が入ると亀裂から赤い液体が噴き出していた。赤い液体が雨の如く降り注ぎ海面が真っ赤に染まる。

 

「まだ、何もして無いのよ!」

 

 予想外の急変にリツコは軽いパニックに陥る。

 

「状況は?」

 

 パニックに陥るリツコを無視してミサトが状況把握を試みるが返答は簡潔であった。

 

「分かりません」 

 

「全てメーターが振り切れてます」

 

 簡潔過ぎる日向の報告に補足する様にマヤも報告をした時に雄叫びが聞こえた。

 空中のレリエルの球体の影の亀裂から赤い手が亀裂を更に広げようとしていた。

 

「弐号機!」

 

 雄叫びの主は弐号機であった。弐号機がレリエルの影を引き裂きながら姿を現す。

 

「なんて物をコピーしたの私達は!」

 

 リツコの顔には恐怖の色に染められていた。 

 影を引き裂いた弐号機は赤く染まった海に腰まで浸かりながら雄叫びを上げる。

 その姿に恐怖を感じる者もいれば、喜びを感じる者もいた。

 

「アスカ!」

 

 初号機の外部スピーカーからシンジがアスカの名を呼ぶ声が響くと、その声に我を取り戻した大人達が弐号機回収の為の作業を始める。

 

「シンジ君。レイ。弐号機を浜辺まで運んで、此方からアスカの無事を確認が出来ないの」

 

 ミサトの指示で初号機と零号機が弐号機に近づくと弐号機は仲間が来た事に安心した様にゆっくりと動きを停止させる。

 初号機と零号機で浜辺まで弐号機を運ぶと零号機が弐号機からエントリープラグを抜き取り、初号機から降りたシンジがエントリープラグのハッチを開ける。

 

「アスカ!」

 

 シンジがエントリープラグ内のアスカに声を掛けると、気絶していたアスカは何かを呟くと再び気を失うのであった。

 シンジはアスカをエントリープラグ内から運び出すと、既に零号機から降りたレイも駆け寄って来た。

 レイはシンジからアスカを受けとるとアスカの胸に手を当てる。

 

「大丈夫。アスカは生きてる!」

 

「良かった!」

 

 二人がアスカの無事を喜んでいると医療班が駆けつけてアスカを担架に乗せて行く。

 シンジとレイは安心した様に、その場に座り込むのであった。

 

 アスカが目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。

 体を起こした時に違和感を感じて視線を下に向けるとシンジとレイが左右から自分を囲む様にプラグスーツ姿で椅子に座り上半身を自分に預けて寝ていた。

 アスカはシンジとレイの寝顔を見て苦笑したが、すぐに呆れた表情になる。

 

「ちょっと、人の体を挟んでイチャつく事ないでしょ!」

 

 シンジとレイはちゃっかりと手を握り合っていた。

 窓の外から小鳥の鳴き声と朝日が入り混んでいた。

 アスカは体を再びベッドに預けるとシンジとレイの手を取り二度寝する事を決めた。

 アスカが二度寝をした後に目を覚ましたシンジとレイは、今度はアスカのベッドに潜り込み両サイドからアスカに抱きついて二度寝をするのであった。

 

「レイはともかく、シンジ君まで!」

 

 三人が同じベッドに寝ているのを発見したミサトは頭を抱えそうになった。

 

「可愛いぃ!」

 

 リツコの代理でミサトに随伴したマヤの一言でミサトは今度は頭を抱えたのであった。

 

(私と加持の時は「不潔!」だったじゃない!)

 

 アスカが生還した喜びとは別に涙が流れそうになるミサトであった。

 

 

 


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