事件の翌日、リツコは松代を後にしてネルフ本部に出勤していた。
「参号機の機体を隅々まで検査しましたが使徒を発見する事は出来ませんでした」
マヤの報告にリツコは頭を悩まされる事になった。使徒に乗っ取られた間のデータが極端に少ない事も一因である。
(司令も大変でしょうね)
リツコの懸念通り、ゲンドウも大変だったが、彼を呼び出したゼーレの老人達も困惑していた。
「では、君は被害者だと主張するのかね。碇君」
「当然ですな。アメリカ政府の輸送手段に手落ちがあった為に、参号機は使徒に侵食され、松代第二実験場を喪ったのです」
「では、参号機がS2機関を取り込んだ事は何と言うつもりかね」
「その事については、私達にも詳細は不明なままです。使徒が本当に消滅したのかも分からないのです」
これは、隠蔽でも捏造でもなく事実なので、ゼーレの老人達も何も言えない。
「昨日の今日です。現在、調査中ですので、進展があり次第報告いたします。」
「その間、参号機はどうする?」
「参号機は安全性が確認されるまで、凍結処分とします」
確かに文句のつけようがない対応である。
エヴァに関してはゼーレの老人も把握していない事だらけなのである。
「分かった。調査を継続した上で報告する様に。それまで参号機は凍結で構わん」
ゼーレとの会議が終了すると苦笑している冬月がいた。
「何か言いたそうだな」
「何、昨日の今日でまともな報告が出来るとは老人達も思ってないだろうよ」
冬月も、ゲンドウに対するゼーレの嫌がらせだと分かっている。「少しは愛想を良くしろ」とゲンドウに言っても無駄だということも分かっている。口に出したのは別件である。
「消滅した使徒の事だが、エヴァに取り込まれたのではないか?」
「ああ。私も同意見だな」
「問題はエヴァに取り込まれた使徒がエヴァから戻ってこれるかだな」
「取り込まれた使徒が戻る可能性は無いと思う。私が問題に思うのはS2機関も取り込んだ事だな」
「しかし、私にはエヴァが取り込んだS2機関を活用出来るとは思えんぞ。碇」
「そこが問題だ。場合に依ればシナリオを修正する必要も出てくる」
この時、最も真実に近いと思われたのはリツコである。
マヤが提出した資料について、リツコがMAGIを駆使し、改めて精査した結果、ゲンドウと同じ結論に達していた。
「やはり、エヴァに取り込まれたのですか?」
マヤも内心は同じ結論を出していた様である。
「そう考えるべきね」
リツコはコーヒーを一口啜ると当時の状況から、一つの推論を披露する。
「参号機の自爆装置が起動した事で使徒も逃げ場を探したんでしょう。その証拠に野生動物が寄生虫を落とすのと同じ行動を取っているわ」
「地面を転げ回った行為ですね」
「そう。それでも駄目だったから、最悪、宿主を捨てる行為に出るつもりがエヴァ三機によるATフィールドで包囲されてしまった。そこで、参号機の体内で最も安全なコアの中に逃げ込んだのでしょうけど、そのまま、参号機のコアに取り込まれてしまった。確かにエヴァのコアは自爆した後も再利用が出来るように設計されて安全だけど」
「また、暴れ出す危険は無いのでしょうか」
「それは、無いでしょうね」
(コアから抜け出せるなら、既に「あの人」も惣流博士もサルベージできてるわ。初号機なら、今頃はセカンドインパクトが起きていたでしょうけど)
「問題はS2機関ね。それより、ヒロシ君は?」
「はい。フォースチルドレンなら、今朝退院して、パイロット研修中です」
「そう。夕方にはミサトも帰ってくるから、司令とミサトで検討するでしょう」
「それと……い〜ま、面白い事になっているんですよぉ」
マヤには似合わない、人の悪い笑顔になっている。
(まるでミサトね。ミサトにマヤへ近付かない様に言っておくべきね)
「あのアスカがヒロシ君の世話を色々としてるんですよ」
リツコもマヤの言葉に驚いた様である。アスカは人に世話を焼かせる事はあっても、他人の世話を焼く人間とは思われてなかったからである。
「それは、事件ね!」
この部下に対して、この上司である。マヤに悪影響を与えてるのはミサトだけの責任では無い様である。
リツコとマヤの二人から話のネタにされたアスカとしたら、勘違いも甚だしい事である。
アスカにしたら、同僚二人は逆行前の今回の事件がトラウマだったらしく二人で泣きなが喜んでいるのは良いが抱き合ってばかりなので、流石のアスカも付き合いきれないのである。
家に居ればバカップルに精神汚染される為、本部に逃げ込んだのが真相である。
それに、ミサトが残業を盾にネルフ本部に逃げ出している現状では一人でも精神汚染を受ける事になる。
それ以前に、アスカは元々年下や弱い者には優しい少女なのである。
夕方になり、ミサトがネルフ本部に戻ると、ヒロシは正式にパイロット三人と対面した。
「彼がフォースチルドレンの宗谷ヒロシ君。貴方達の一つ下だから、親切にしてあげてね」
「宗谷ヒロシです。宜しくお願いします」
「この娘がファーストチルドレンで零号機のパイロットの綾波レイよ」
「よろしく」
「もう知っていると思うけど、彼女がセカンドチルドレンで弐号機パイロットの惣流・アスカ・ラングレー」
「私の事はアスカで良いわよ」
「はい。ありがとうございます」
「この子がサードチルドレンの碇シンジ君。初号機パイロットよ」
「よろしくね」
「ヒロシ君の参号機は検査が終わるまで凍結扱いだから、暫くは訓練と研修を受けてもらうわ。住む所は皆と同じで私の家になるからね」
「……はい」
「では、全員。プラグスーツに着替えてシンクロテストを始めるわよ」
騒動が起きたのは十分後である。レイとアスカのプラグスーツ姿を見たヒロシが頬を赤く染めたのである。
(純情ね。シンジ君でさえ、二人のプラグスーツを見ても平気だったのに)
流石のミサトも新人をからかう気にはならなかったが、彼女の悪影響を受けたのはどうやらマヤだけではなかったらしく……
「あ〜ら、ヒロシィ。顔が赤いわよ〜。今朝、退院したばかりだし…」
アスカはヒロシの状態を分かっていて、故意に近づいて行く。
「もしかしたら、熱があるかも」
アスカは熱を測るふりをして、自身の額をヒロシの額に合わせる。
アスカは掛値無しの美少女である。そんな彼女に水着と同様体のラインが出ているプラグスーツ姿で顔を近づけられたので、ヒロシは耳まで真っ赤になった。
「アスカ、貴女ねぇ…!」
リツコが友人の悪影響の害に思わず頭を抱えてしまった。
シンクロテストの前に被験者の精神を掻き回す行為は技術部としては控えて欲しいと思うリツコであった。
シンクロテストの結果として、先輩パイロット達は安定の伸びを見せていたが、新人だけは可もなく不可もない結果だった。
「これが、普通の数値なんでしょうけど」
ミサトの感想にリツコが応じる。
「シンジ君の異常さが良く分かる結果ね。ヒロシ君も、普通なら初めてのシンクロテストで優秀な数値よ」
「暫くは、シンジ君たちの代打として、考えた方がいいかもね」
「そうね。それが現実的だと思うけど、ちゃんと互換実験をする必要があるわね。勘違いして欲しくないけど、レイとシンジ君のようにパーソナルパターンが酷似しているのは、ごく稀なケースだから、通常はコアの書き換えからの話になるわ」
「参号機の凍結が解除されたら、運用する側は楽なんだけどね」
「そうなると、技術部も色々と忙しくなるわ」
「技術部には色々と苦労を掛けるわね」
(死地に立たせる子供達と一緒に暮らす貴女よりマシだけどね)
その日、ミサトはパイロット達と一緒に帰宅した。片手の負傷で運転が出来ない為である。
ネルフ本部にはヒロシのみが残り、葛城宅への引っ越しと転校の手続きが終わり次第、一緒に暮らす事になっている。
ヒロシは用意された部屋の風呂に入り、これからの事を考えていた。
「葛城さんか…悪い人じゃないと思うけどね」
どうやら、ミサトは子供達の第一印象が悪い様である。
「それに、赤木博士は怖いからなあ。パイロットになったのは早計だったかな」
シンジ達先輩パイロットが居れば全面的に同意を得られる印象をリツコに持った様である。
「しかし、司令といい、赤木博士といい、普通の役人とは随分違うなあ。役人なのに髭や金髪だし…。ネルフって、やっぱヤバい組織なんだろうか」
ゲンドウとリツコの容姿を見て、ネルフに悪印象を抱いたヒロシを誰が責められるであろうか。
「パイロットも職員も美男美女ばかりだよなあ。顔で採用してないか?」
ネルフに対して低俗ながら色々と疑問を持った様だ。
「それに、アスカ先輩やレイ先輩と一緒に暮らすのか。大丈夫かな?」
思春期の男子として健全で最大の不安を持った様である。
これが、第十三使徒戦の翌日の話である。