ミサトがネルフ本部に泊まり込んでから、三日目の夜になった。
「それで、残りの使徒は二体だったな」
加持が極秘に調査していた裏事情は分かったが、問題は残りの使徒である。
「全ての使徒を倒す過程で零号機を失う」という情報は、痛い話だった。
既に十三号機建造着手の情報が入っている以上、エヴァ同士の戦いは避けられないと思われる。少しでも、戦力の確保はしておきたいと思うのは当然であろう。
「零号機も必要ですが、僕には綾波の方が大事ですから」
「確かに」
臆面もなく惚気を言ったシンジ自身、惚気を言った自覚が無いのが質が悪い。
(こりゃ、本当に葛城も大変だな)
加持の思いと別に、シンジは次の使徒について話を始める。
「次の使徒は白いロープの様なヤツです。触ればエヴァと同化しますから、迂闊に触る事も出来ませんし、ライフルは効きません」
「そりゃ、厄介だな」
「だけど、ナイフは効いたみたいです」
ライフルは駄目でナイフが効果的という非常識な所は、流石に使徒と言うべきだろう。
「シンジ君には、何か対策はあるのか?」
「一応は考えています。使徒を四等分に切り、その後で、それぞれのエヴァで吸収が出来ればと思っているんです」
「なるほど、S2機関を取り込むつもりか」
「はい。前の世界ではエネルギー切れで痛い目に遭いましたから…でも、都合良くS2機関が働いてくれるとは限りませんけど」
「アスカやレイちゃんは賛成なのかい?」
「私は碇君の作戦が最上の策だと思う」
「私もシンジの作戦しかないと思うわ」
アスカとレイもシンジの作戦を支持の様である。
「ヒロシは大丈夫なの?」
「三人が長い事考えた策なら、それが最良だと思いますよ」
アスカがヒロシにも意見を求めたが、異議は無い様である。
「それなら、最後の使徒は?」
「彼は…カヲル君は、アスカが弐号機とシンクロが出来なくなった後、ゼーレより、フィフスチルドレンとして派遣されました」
「人型の使徒か!」
加持も、シンジが使徒を「カヲル君」と親しげに呼んだ事から、二人の間に友情が生まれた事を察した。
「シンジ君。それ以上、言う必要はないよ」
「いえ、大丈夫です……カヲル君にしたら、『死も生も等価値』なんだそうです。でも、カヲル君を殺したのは早まった事だと思ってます」
「そうか」
加持は、それ以上何も言えなかったし、言うべき事ではないと悟った。
「だから、今度はカヲル君も助けたいと思います」
「しかし、人と使徒が共存が出来るのかい?」
加持にすれば当然の疑問である。
「はい。カヲル君は共存が出来ないと言ってましたが、今になって考えれば今日、明日の話ではなかった筈です」
確かに僅かな期間だろうが、弐号機パイロットとしてネルフで過ごしていたのである。シンジの意見も不思議ではなかった。
「確かに、話し合う必要があったかもしれないな」
「はい。カヲル君とは話し合いをして、本当に人類と使徒のどちらかが滅ぶべきだったのか考えるべきでした」
「そうだな、それがいい!」
加持だけでなく、レイも何も言えないでいた。レイはアスカに続きシンジが壊れていく姿を見ているのである。
アスカもシンジの最大のトラウマと察していたので、シンジが好きな様にさせるつもりであった。
「では、カヲル君との事はシンジ君に任せるとして、戦自は俺に任せてくれ。問題は量産機との戦いだな」
「はい、僕もそう思います。奴らは、エヴァとしては、アスカの弐号機一機との戦いで全滅する程度ですが、恐ろしい自己再生能力を持ってました。その再生能力のせいで、エネルギー切れを起こしたのが、弐号機の敗因です。」
「再生能力とは、量産機も侮れないじゃないか」
「はい。コアを確実に破壊するしか方法はありません。前回は弐号機だけでしたけど、今回は四機で戦います!」
「分かった。パイロット達は使徒と量産機の事に集中してくれ。戦自とゼーレは俺達、大人の仕事だ」
加持はゲンドウの事には触れなかった。それは、シンジとゲンドウの間で決着をつけるべき事だろうと確信したからである。
(亡くした妻に再会する為に、息子だけじゃなく、全人類も利用するとは)
加持は自分がミサトを失った時に、ゲンドウと同じ行動が取れるかと考えたが想像も出来なかった。
そして、シンジ達は触れてなかったが、レイの秘密にもゲンドウが関わっている事は、加持だけではなく、アスカやヒロシも気づいている筈である。
シンジはゲンドウと和解するのか、それとも、徹底的な対立になるのかは、誰にも分からなかった。
翌日、加持はミサトに条件付きで帰宅出来る事を伝える為に、彼女の執務室を訪れる。
「ちょうど良かった。加持君に連絡を取るつもりだったの」
「そうか。俺も君に朗報があってな」
「あら、何かしら?」
「シンジ君がアスカを取り成してくれてな。家に帰れるぞ、「一ヶ月間禁酒」が条件だけどな」
「そう。ちょうど良かったわ。私も禁酒しようって決めてたとこなの」
「葛城が、禁酒、ねえ…」
加持の顔が胡散臭いと語っていたが、ミサトが珍しく頬を朱に染めて、彼の手に何かを握らせる。
「なんだ?」
ミサトが握らせた物を目にした途端に加持の表情が硬化した。
妊娠検査薬である。
「葛城、これは!?」
検査窓が見事に赤くなっている。
「うん。その、病院には、まだ、行ってないの」
「そうか」
思わぬ事に加持の声も裏返る。
「今日の昼から予約が取れたから、夕方には正確な報告が出来るわよ」
「そうか」
「確定しても直ぐ産休になる訳じゃないから、仕事は続けられるし」
「そうか」
「あの、加持君…産んでも良いでしょ?」
先程から同じ事しか言わない加持にミサトが不安な面持ちで問い掛けてくる。仮に加持が駄目と言っても、産むであろう事は目に見えている。
「ああ、当然だろ」
加持の返事を聞いてミサトの顔が一気に明るくなり、それに反比例して加持の顔が暗くなる。
(もしかしたら、サードインパクトが起きた世界の葛城も妊娠していたかもしれんな)
加持はミサトの喜ぶ顔を見ていると、真実の追及よりも、ミサトと、まだ見ぬ我が子の為にもサードインパクトの阻止と生き残る事を改めて決意したのであった。
「その、葛城。子供が産まれる前に使徒を全て倒そう」
ミサトは少女の様な笑顔で頷くのであった。
「全てが片付いたら、八年前に言えなかった事を正式に言うよ」
「うん、ありがとう。加持君」
ミサトが嬉し涙を流したのは何十年ぶりだろうか。恐らくはセカンドインパクトの数年前から流す事が無かった涙である。
加持はミサトに嬉し涙を流させても、悲しみの涙を流させたくないと思った。
そして、自分が人生の墓場に行く事に安堵を覚えたのである。
加持が想定外の人生の墓場行きが決定した頃、ゲンドウは墓石にも似たモノリスに囲まれていた。
「碇よ。何故、ロンギヌスの槍を使った?」
「衛星軌道上の使徒殲滅を優先させました。やむを得ない事情です。」
「しかし、人類補完計画にはロンギヌスの槍は必要不可欠だぞ!」
「そうでしょうか?」
「なんだと!」
「ロンギヌスの槍のデータは既にドイツ支部へ送っています。オリジナルは失いましたが、コピーを手にする事は可能です。」
ゲンドウの態度に業を煮やしたモノリスがヒステリックに声を荒げる。
「しかし、最近の君の勝手な行動は目に余るものがあるな!」
「私は決して、ゼーレを軽視したりしていません。ただ、使徒殲滅に際しては迅速さが必要なのです。その為、現場の判断を優先せねばならぬことも多々あります。その事については、御理解頂きたい。使徒に敗北してしまえば、人類の歴史には終止符が打たれるのですから。」
ゲンドウは顔色も表情も変える事なく、冷静に返答をするのだが、モノリスのホログラムを介した者達の目には慇懃無礼に映るのである。
「碇よ。確かに使徒殲滅は現状最優先するべき事である。だが、我々の最大にして最上の使命は人類補完計画である事を忘れるなよ」
「議長。その事は、常に肝に銘じております」
ゲンドウが退場した後、モノリス達はゲンドウの処遇に関して審議を始めた。
人類補完計画の遂行する人事はゲンドウしか居ないのである。
「しかし、碇が裏切ったとして、何のメリットがあるのだ」
「分からん。されど、奴が面従腹背なのは確実である」
「だが、あの男以外で人類補完計画を遂行出来る者は居ないのも事実だ」
「奴に付けた鈴は何をしている?」
「ふん、鳴らない鈴に意味は無い」
「鈴を処分するか?」
「我々が手を出さずとも、碇の方で処分するだろう」
「左様。碇が何を企んでいようと大過あるまい。EVAシリーズも既に八体まで完成している」
「最後の一機も完成は近い」
「切り札は全て此方にある。あの男が、どう足掻こうが結果は変わらぬ」
この翌日、加持の姿が忽然と消える事になる。