カヲルを連れて一度帰宅したシンジ達は、歓迎会の為に再び家を出る。
アスカは、私服に着替えようとした時に、ヒロシから制服のままで良いと言われた為、近所のファミレスかと思っていたが、到着したのはなんと第三新東京市でも有数のホテルであった。
「ちょっと、ヒロシ。大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。副司令に話を通して貰っています」
「副司令って、おい!?」
送迎役の春日もヒロシの軽い調子にドン引きである。
「これだけ高級な場所だと相手側も中に入れずに焦ってるでしょうね」
ヒロシの意地悪な笑顔に春日も呆れている。
「春日さんもお願いします。中学生が居たら成金野郎とかが因縁つけて来る可能性もあるから!」
ヒロシの誘いに春日も諦めた様子で同行した。
春日が同行して驚いたのは、高級レストランには違いはないが、バイキング形式のレストランであった。
「ここなら、肉食女子でも肉嫌いでも大丈夫だし、渚先輩も色々と食べれるでしょう」
確かに肉嫌いなレイや食の好みが不明なカヲルを連れて来るには良い場所である。
周囲の客は年輩の男性と若い女性が多い。
「ありゃ、ホステスと同伴の客だな」
成る程と春日が感心した。中に入るのは、後で調べれば身元が簡単に分かる連中である。
いざとなれば、領収書のコピーを店側に出させれば問題ない。
日本は会社の経費で私的に飲食をしても問題にならない国である。
問題にならないなら使わないのは馬鹿というものである。
「春日さん。悪いですけど、テーブルの番をお願いします」
一同は部屋の壁際のテーブルを確保すると春日を残して料理を取りに行く。
ヒロシは握り寿司を皿に山盛りである。レイは意外な事にフルーツやサラダをボウルに山盛りにする。
アスカは全員の予想通りにハンバーグにソーセージと山盛りのマッシュポテトをテーブルに持ち帰って来た。
シンジは天ぷらにトンカツ等の揚げ物を皿に乗せている。
「揚げ物って、後片付けが大変だからなあ」
言っている事は主婦と変わらない。肝心のカヲルは、チャーハンに餃子、ラーメンを手にしている。確かに外国人から見ればご馳走であろう。
五人がテーブルに戻ると春日もテーブルを離れて料理の物色に向かう。
下級公務員では滅多に食べられない料理なのだから当然であろう。
「で、渚先輩の目的というよりは、ゼーレの目的は何ですか?」
ヒロシが率直にカヲルに質問すると、素直に答えてくれた。
「サードインパクトを起こす事さ」
カヲルが簡単に返答するのでアスカとシンジは吹き出しそうになる。
「その事は既に承知しているわ。問題はサードインパクトを起こす方法なの」
レイが質問を更に具体的にすると、カヲルは納得した様な顔する。
「その事は、話せば長くなるから、次の機会で良いかな?」
「そう。それなら仕方ないわ」
「僕達はカヲル君と戦いたくない。君には、長生きして欲しいんだ」
言葉からシンジの真摯な思いは伝わるが、レイにマンゴーを食べさせながらでは、言葉の重さも半減する。
「僕には生も死も等価値なんだけどね」
「じゃあ、僕の為にも生きてよ」
「しかし、この星で人類と僕のどちらかしか、生き残る事は出来ないんだよ」
「それって、今日、明日の話じゃないでしょ!」
皿の上の料理を片付けたアスカが、始めて飲食以外に口を使った。
「其ほどの時間は残されて無いよ」
「具体的には、どんくらい?」
「そうだね…早くて、二百年程かな」
全員、椅子から落ちそうになった。
「アンタ、馬鹿ァ!?」
そこに、料理を手にした春日が戻って来た。
「アスカ!女の子が汚い言葉を叫ぶんじゃない!」
大人として立派な態度だが、両手の皿にはキャビアにフォアグラが山盛りなので、説得力に欠ける。
「春日さーん、コイツ、超天然なのが判明したわよ」
アスカの反論に残りの三人も同時に首を縦に振る。
「僕は変な事を言ったのかい?」
「自覚が無いよ、この人!?」
カヲルの問いにヒロシも呆れていた。
「その、カヲル君と僕達の時間に対する考え方が違い過ぎるよ」
シンジは頭を抱えながらもカヲルに説明する。
(なんか、話し合う事の大事さを身に滲みて分かったよ)
シンジは逆行する前にカヲルを扼殺した事に罪悪感を持っていたが、今は罪悪感よりも徒労感がシンジを支配していた。
その後は春日が戻って来た事もあり、五人は、専ら飲食に口を使う事になる。
この時、レイが意外にも健啖家であった事に、春日は驚かされた。
テーブルに並ぶ珍しいフルーツを全品制覇した後にサラダバーも制覇して行く。
「綾波先輩はウサギだから」
以前にレイを評したヒロシの言葉を思い出した春日である。
レイがサラダバーの列に並んでいると思うとシンジが魚のアラ煮に唸っている。
「やっぱり、ミサトさんに頼んで圧力鍋を買ってもらうかな」
(主婦か!)
シンジを見ていると突っ込みが口に出そうになるので、視線の方向転換をすると、アスカが相変わらずソーセージとハンバーグを食べている。人は食べ慣れた物が一番な様である。
その隣ではヒロシが大きなボウルに具沢山のスープを食べている。
「ヒロシ君は何を食べているんだ?」
「スッポンです。出汁が美味しいんですよ!」
「……」
春日は思わず絶句してしまった。確かに高級なバイキングであるが、スッポン料理まであるとは思わなかった。
最後に今日の主賓であるカヲルを見ると、白米に煎茶をかけた…茶漬けを無心に食べている。
「茶漬けはいいね。日本が生み出した究極の文化だよ」
カヲルの前には天婦羅の皿がある。どうやら天婦羅を茶漬けにしている様である。
(そりゃ、美味いだろうなあ)
五人が、それぞれに料理を楽しんでいる光景を見ると、保護者のミサトの苦労が察せられた。
(葛城さんも独身なのに五人の子持ちかよ)
春日がミサトに同情していると、胸の携帯が振動する。
「はい。春日です」
パイロット達に背を向けて小声で携帯に出ると銃を持った男がバイキングの店に紛れ込んだという報告であった。
「性別は二十代の男性。服装は紺色のスーツの上下にネクタイが青地に白の水玉模様」
ネクタイは簡単に取り替えが出来る。スーツもリバーシブルなら店内に入った後に替える事も出来る。
(ヤバいな。少々早いが退店するか)
春日がそう思っていると、アスカが空になった皿を持って立ち上がった。
「アスカ。悪いが、もう帰……」
春日が言葉を言い終わる前に事は起こった。
アスカは手にした皿を手首のスナップを効かせて投げたのである。
アスカが投げた皿はシンジの後ろを通り掛かった女性に一直線に向かった。
誰もが女性の負傷を想像したが、現実は女性が片腕で皿を叩き落としたことを物語っていた。
更に事態はエスカレートする。皿を叩き落とした女性の袖口から一本のナイフが現れたのである。
春日が反射的に懐の銃を取り出す寸前、女性に椅子が投げつけられた。
アスカの横に座っていたヒロシがアスカの椅子を投げつけたのである。
女性も皿を叩き落とす事は出来たが、椅子は無理だった様で、鼻血を出しながら倒れた。
女性が倒れた直後に春日がテーブルを蹴り上げて立てると、レイがシンジを、アスカがカヲルをテーブルの裏に引っ張り込む。
立てられたテーブルには、銃弾の弾着音が振動と共に伝わってくる。
「何を考えているんだ!」
春日の叫びはパイロット達の代弁でもあった。衆人環視の中で未成年の暗殺を行うとは、既に常軌を逸している。
「僕のお茶漬けが!」
カヲルが場違いな悲しみを口にするので、春日を除いてパイロット達は苦笑するしかない。
「カヲル君。生きて帰れたら、他にも美味しい茶漬けを、ご馳走するよ」
「本当かい。約束だよ!」
嘆くカヲルに同情したシンジが約束したのと同時に窓ガラスが割れる音が響く。
「全員。頭を地面に着けて耳を塞げ!」
春日の指示にパイロット達も反射的に従う。
パイロット達は耳の奥まで達する様な激しい振動を感じた。
その後に待機していた警備部のメンバーが突入して来るのが気配で分かった。
「今の内に脱出するぞ」
春日に肩を叩かれて、パイロット達は厨房を通り裏口から脱出する。
「こっちだ!」
春日は、パイロット達をホテルの駐車場ではなく近所のコインパーキングに駐車していた軽ワゴン車に案内する。ちなみに「春日工務店」とプリント付きである。
「準備万端ね」
レイが感心すると春日も苦笑いしている。顔には無駄になってくれたら良かったと書いてある。
「さて、ネルフ本部に逃げるか!」
シンジが歴史を変えて来た反動が一気に出た様である。逆行前には経験した事が無い事態にシンジは驚くばかりである。
しかし、今夜の騒ぎは始まったばかりであった。