新世紀エヴァンゲリオン takeⅡ   作:周小荒

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第42話 災難

 

 春日が運転する軽ワゴンは故意に街中を通りネルフ本部を目指した。

 

「流石に敵さんも街中では手出しは出来んだろう。街を出たら警戒が必要だから、今の内に休憩してくれ」

 

 春日の指示にパイロット達は胸を撫で下ろした。

 

「あっ!」

 

 ヒロシが座席の下にペットボトルを発見した。

 

「言い忘れてたけど、各座席の下にペットボトルを用意しているから飲んでくれ」

 

 パイロット達はペットボトルの水を飲んで一息ついた。

 軽ワゴンが交差点で信号待ちをしていたら歩道を猛スピードで走る人影が見えた。

 

「春日さん、早く車を出して!」

 

 突然、レイが叫ぶ様に春日に訴える。

 

「赤信号だけど」

 

 この時点では、レイだけが危険に気づいていた。

 歩道を走る人影はアスカとヒロシの連係プレーに倒された女性であった。

 女性は軽ワゴンに近付くと拳銃を取り出して春日に向かって発砲する。銃声と共に鈍い音がした。

 

「大丈夫、ネルフ特製の防弾ガラスだ!ちょっとやそっとじゃ傷もつかん!」

 

 しかし、春日の余裕は数秒しか保たなかった。女性が44マグナムを懐から取り出したのだ。

 

「それは、流石に無理!」

 

 春日はそう叫ぶと、軽ワゴンを急発進させる。銃声を聞いて歩行者が前に居なかった事が幸いした。

 軽ワゴンは、車の流れに突入して多大な迷惑を掛けながら逃げ出すと、女性も走り出す。

交差点で信号無視をして人が飛び出せば、急ブレーキを踏むのはドライバーとして当然である。

 急ブレーキと見事なハンドル捌きで事故を避けたドライバーは、窓を開けて女性に怒鳴る。

 

「テメー、死ぬつもりか!」

 

 怒鳴られた女性はドライバーの胸倉を掴み車外へ引摺りだす。

 

「なんて、怪力!」

 

 ヒロシは驚愕するのは無理もない。女性が片腕一本で大の男を車外に引摺り出して投げ捨てたのを目撃したのである。

 

「ターミネーターかよ!」

 

 ターミネーターは不運なドライバーの車を奪うと軽ワゴンの追跡を再開した。

 

「よりにも寄って、ベンツ!」

 

 軽ワゴンとベンツではエンジンに差が有りすぎる。

 障害物の多い街中で、排除なり撒くなりしたい相手である。

 

「全員、シートベルト!何かに掴まれ!」

 

 春日の指示にパイロット達は即座に従った。これから、カーチェイスが始まるのである。従わない理由は無い。

 

「ふん。車の性能が速さの決定的な差でない事を教えてやる!」

 

 春日の自身を鼓舞する発言もパイロット達には不吉な予言にしか聞こえなかった。

 パイロット達の危惧した通り、街中で派手な追跡劇が始まったのである。

 小手調べとばかりに、お互い右へ左へ迷惑を掛けながら車を追い抜かして行く。

 

「ミサトさんの運転みたいだ!」

 

 シンジの感想は別にしてベンツは軽ワゴンにピッタリと張り付いて来る。

 

「しかし、これは無理だろ!」

 

 春日は軽ワゴンを脇道の狭い裏道に入った。車幅の差を利用してベンツを引き離して行く。

 

「はん!排気量が全てじゃないんだ!」

 

(春日さん…何か大型車に恨みでもあるの?)

 

 レイは何時もの無表情と無言を貫き通して、春日の過去を考えていたが、悲鳴をあげる事になる。

 

「先回りしてる!」

 

 ベンツは通路を出て大通りから裏道の出口まで先回りしていた。

 

「強行突破だ!」

 

 ベンツに向かって軽ワゴンを突進させる。パイロット達も頭を低くして衝撃に備える。

 ベンツから44マグナムが火を吹いた。

 一発目で軽ワゴンのフロントガラスが白く染まり二発目でフロントガラスが砕け散る。

 

「うわ、リアガラスも真っ白!」

 

「ヒロシ君、リアガラスを割ってくれ!」

 

 春日が指示に従い、ヒロシは空になったペットボトルを投げつけて白く染まったリアガラスにとどめをさす。

 ペットボトルを投げた彼の目に、派手なUターンをしているベンツが映った。

 

「ボケッとしない!」

 

 アスカがヒロシの手を引っ張り、座席の下に引き摺り倒す。

 その直後、Uターンを終えたベンツから再び44マグナムが火を吹き、今度は助手席のヘッドレストに命中した。

 その後、空気を切り裂く擦過音がしたのは何発か車内を通り抜けた証であろう。

 弾丸を込め直しているのか、ベンツの速度が落ちた隙に軽ワゴンは距離を稼ぐ。

 

「これだけ正確にマグナムを片手でぶっ放すとは…奴は化け物か!?」

 

 春日も流石にターミネーターに対して恐れを成した様である。

 軽ワゴンのアクセルを全開にして、一刻も早くネルフ本部に到着するしか策を思い付かなかった。

 

「ネルフ本部からも援軍の部隊が出ている筈だ。今は逃げの一手しかない!」

 

 春日は全力走行しながらも、パイロット達に状況を説明する。

 しかし、ベンツは既に44マグナムの射程圏内まで追い付いていた。

 

「全員、頭を低くしてろ!この車は対戦車ライフルでもない限り安全だ!」

 

 パイロット達は座席の下に隠れていれば安全だったが、運転している春日は身を隠すわけにはいかない。

 ターミネーターは運転席の春日を狙って、ベンツを軽ワゴンの右側に着けた。

 

「春日さん!」

 

 シンジが叫ぶと同時に、ベンツの運転席から伸ばされた腕から44マグナムが撃たれた。

 シンジが咄嗟に運転席をリクライニングにした為に、春日は難を逃れたが、次にガラスが割れた窓に銃口を差し込んできたので、咄嗟に軽ワゴンで体当たりを食らわせた。しかし悲しい事に、重量差で軽ワゴンの方が弾き飛ばされたのである。

 幸いにも、カーチェイスをしている間に街中を抜けて、逆行前にミサトとシンジがN2地雷の洗礼を受けた場所へ着いていた為、衝突する物が無く事故にはならなかった。

 失速した軽ワゴンに再びベンツが迫った時、軽ワゴンのドアが開く。アスカとシンジとレイに腰と左右の足を掴まれたヒロシが、火の着いた発煙筒をベンツの運転席に投げ入れた。

 発煙筒を投げ入れられたベンツの車内は、たちまち煙が充満した。

 更に厄介な事に充満した煙が発煙筒の姿を隠すので、ベンツは停車を余儀なくされた。

 

「お見事!」

 

 先輩パイロット達が異口同音にヒロシのコントロールを賞賛した。

 停車したベンツに春日がグロッグ18を取り出すとフルオートで全弾をベンツに向けて撃ち尽くす。

 この程度で倒せる相手だとは思っていないが、敵の機動力は奪うべきであろう。

 ベンツのタイヤとボンネットが弾けたのを確認して、春日はアクセル全開で、その場から離れたのである。

 この後、ネルフ本部からの武装した味方車両に合流して、軽ワゴンは虎口から逃れた。

 そして、ネルフ本部の駐車場に到着した時、ヒロシが気絶しているカヲルを発見したのである。

 

「カヲル先輩、目ぇ回してら…」

 

「えっ!」

 

「あっ!」

 

「しまった!」

 

 逃亡中にシンジからも存在を忘れられていたが、他の四人に比べて乗り物に乗る経験の少なかったカヲルが、派手なカーチェイスで乗り物酔いの末に気絶しても不思議な話ではなかった。

 

 翌朝、五人は仲良く、ネルフの食堂で朝食を摂っていた。

 昨夜はネルフ本部に泊まり込んだのである。今朝は早くに大浴場で朝風呂を堪能してからの朝食となった。

 

「はあ。昨日は中途半端で食事が終わったからなあ」

 

「本当に迷惑よね」

 

「せめて、食事が終わった後に襲撃して欲しかったよ」

 

「人の食事を邪魔する存在は殲滅」

 

「折角の人類の究極の文化が台無しだよ」

 

 五人は不満を口にしていたが、パイロット達は本部に到着すると同時に宛てがわれた部屋へ入り就寝したが、大人達は事後処理に大忙しであった。

 全ての情報が整理されておらず、情報処理だけでも骨を折ったのである。

 そして、パイロット達は知らなかったが、彼らがレストランを脱出した直後、催涙弾を撃ち込んだ新手が乱入してきたのである。

 その鎮圧に、作戦部からも更に人を出す結果となった。

 警備部、保安諜報部、戦術作戦部の人間は一睡もしていないのだ。

 冬月が、全容とは言えないまでも表面上の事情を把握したのは、その日の夕方であった。

 そして、事態を深刻にしたのが、レストランの一件が日本中に知られた事であった。

 それこそ一流ホテル内のレストランである。当日、現場には著名人から政治家まで居た事が事態を悪化させていた。

 特に元有名女優の議員が、議会や家族には「視察旅行へ向かう」と言っておきながら、同僚議員と同ホテルに居た事が、マスコミの格好の餌食になり、世間の耳目を集めたのである。

 これは、流石に情報操作が得意なゲンドウも止める事が出来なかった。

 各社が昼のワイドショーで放送した為に、広報部は用意していたシナリオが使えなくなり辻褄合わせに四苦八苦する羽目になる。

 当事者のパイロット達は呑気に控え室でワイドショーに夢中になっていた。

 

「あらあら…浮気したのは悪いけど、全国的にバレるなんて、とんだ災難だねえ」

 

 災難を引き起こした張本人は、能天気なものである。

 

 


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