冬月は機嫌が悪かった。ゲンドウが面倒な事を全て押し付けた事が原因である。
「それでは、今回の事件を時系列で説明させてもらおう」
恰も進学校の特進科の授業の様な雰囲気である。
「最初にレストランで事を起こした女性は、南米を拠点にしたフリーランスの殺し屋…通称『ターミネーター』と呼ばれているらしい。依頼人は不明のままだ」
ミサトや諜報部、警備部の人間からは驚きの声が漏れる。
「よもや、あの伝説が再び!」
「生きていたとは!」
「セカンドインパクトの時に死んだという噂だったが!」
その場の動揺にリツコと冬月だけが取り残されていた。
実際に遭遇した春日は青い顔をしている。
「すまんが、私や赤木博士は件の殺し屋の事は詳しくは知らんのだが、誰か説明してくれるか?」
周囲の人間から肘でつつかれたミサトが説明する。
「話は90年代初頭の南米から始まります。当時、南米はソ連崩壊により独裁政権が倒れて民主化の時代が訪れました。それに伴い独裁政権時代の残党狩りが始まったのですが、彼女も、その頃に活躍した残党狩りの一員です。目標に対する執念深さから、当時世界中でヒットした映画の殺人ロボットの呼び名が定着したみたいです。彼女の手に掛かったものは三桁に及ぶと言われています」
「なるほど、伝説の殺し屋という訳か」
「私達軍事関係者の間では有名な人物です」
「ふむ。分かった。ご苦労」
「伝説の殺し屋だなんて…フィクションの世界だけじゃないのね」
リツコの感想に冬月も同意見だったが、今は話を進める事にする。
「件の殺し屋の次にレストラン内で発砲した馬鹿者達だが、これは、ドイツの情報局の一部が暴走した結果だった」
「副司令。ドイツの情報局というと、もしやBNDでしょうか?」
「そうだ。詳しく言えば第9局の一部が暴走した結果と報告を受けている」
「第9局といえば、破壊活動を担当する超法規的機関の筈です。何故、彼らが?」
「その事なんだが、要は弐号機やセカンド、フィフスを日本に移動させた事の意趣返しの様だ」
ドイツ支部にとって、長年教育と訓練を施してきたアスカ、そして建造した弐号機を日本に持っていかれた事が面白くなかった。
それは、最初から分かっていた事だから我慢もしたが、虎の子のカヲルも移動させられた事で不満が爆発した。
日本は既に四機のエヴァと専属パイロットを擁していたのだから、カヲルの異動は納得が出来なかった。
ましてや、日本はダミーシステムを破壊された影響で、ドイツ側のシステムを各国に提供させられたのである。
ドイツとしては量産機のパイロットにはカヲルをと思っていたのだから、恨みも倍増である。
端から見れば、ゲンドウがゼーレに取り入り我儘を言っている様に見えたのである。
「だからと言って、パイロットを狙うのは筋違いでしょうに!」
ミサトの声は冬月を筆頭に日本ネルフ本部職員の本音でもあった。
実際はゼーレが裏で誘導したに違いないと冬月は確信していた。
「それで次に、警備部による事態収拾の途中、催涙弾を投げ込んで乱入してきた馬鹿者共は戦自の情報七課と報告が上がってきた。司令も、その事で今、防衛省へ抗議に向かっている」
「はあ!?」
ミサトが思わず声を出して慌てて口を閉じた。
「無理もない。私も葛城君の気持ちと同じだ!」
「失礼しました。しかし、戦自が何故、介入して来たのでしょうか?」
「ふむ。一応は海外からの組織的敵対行為に対する正当な対応と主張している」
「そんな無茶な!」
「君達が生まれる前から、彼らは色々と暗躍をしていたと噂はされていた」
冬月が若い頃、ロシア空軍による旅客機撃墜があったが、その時も事実隠蔽に暗躍したと言われている。
「それ以前に、戦自はネルフに敵対心がある様だが、何か心当たりはないかね?」
ミサトとリツコは表情を変えないまま、内心冷や汗を掻いていた。
(ヤバい。ポジトロンライフルを借りる時に戦自の研究所の屋根を零号機で剥がしたんだわ)
(借りてきたポジトロンライフルを返さず仕舞いなのよね。原型は既に無くなっているけど)
この二人が親友なのは、根本的な考えが同じだからかもしれない。
ネルフの威光で好き放題しているのである。
「兎に角、BNDと戦自の情報七課には、これ以上の手出しはさせんが、例の殺し屋だけは早急に対処するべきだろう」
「諜報部と警備部で対処する様に…出来れば生捕りにして背後関係を知りたい」
「了解しました」
「しかし、相手が相手である。無理をする必要は無い」
「ありがとうございます」
「それと、広報部も含めて今後の対応が必要になる」
冬月が幹部達を集めて事後処理の手筈を行っていた頃、シンジ達パイロットも、カヲルの説得とゼーレの人類補完計画を、パイロット控え室で聞き出していた。
「カヲル君、生と死が等価値なら、時間もある事だし、僕達が寿命で死んでからでも問題ないだろ」
「そうだね。昨日の茶漬けは美味しかったよ」
「お茶漬け以外にも、他にも美味しい料理は色々とありますよ」
ヒロシが茶漬けだけでは飽きるだろうと気を回す。
「そうなんだ!」
「そうよ。特に日本は美味しい物が多いわよ!」
アスカもヒロシの言葉が事実だと証言する。経験者なだけに証言に重みがある。
「それに、碇君と宗谷君は料理が上手よ」
レイの言葉が聞いて、カヲルがシンジとの約束を思い出した。
「そう言えば、シンジ君。美味しい茶漬けを食べさせてくれると約束したよね」
「そうだよ!」
こうして、カヲルは食い物に釣られてしまった。
「詳しい事を話しても大丈夫かい?」
「今なら大丈夫ですよ。昨日の騒ぎで諜報部の人も子供を見張る余裕は無いから」
歓迎会を開くことでカヲルから監視の目を逸らすのがヒロシの狙いであったが、効果は予想以上だった。
「じゃあ。昨日の事を含めて話をするね」
カヲルが語った事は既にシンジ達が知っている事が多かったが、逆行したシンジが歴史を変えた事でゼーレの策も変質していた。
ネルフの戦力が本来の歴史よりも多くなった事でゲンドウとゼーレの関係が悪化していた。
ゼーレの目から見ればエヴァ四機に、被害を最小限に抑えた熟練のパイロット達。
ゼーレが直接に対抗するには巨大過ぎる戦力である。
「MAGIのハッキングも考えたらしいけど、ネルフには赤木博士がいるからね。彼女が居る限りMAGIへのハッキングは無理だから」
「それで、戦自をぶつけてくるわけね」
「そうだよ。でも、エヴァ四機だと戦自でも無理だろうね」
実際に二機のエヴァでは、流石の戦自もネルフ攻略は無理であると考えていた。
サードインパクトもシンジの意思をレイが優先して失敗に終わる。
結局は人類が滅んだだけの結果となったのである。
「量産機は既に完成しているの?」
「既に完成しているよ。試運転も終了している。何時でも使える状態だね。量産機はスピードやパワーは君達のエヴァには敵わないけど、搭載されたS2機関のお陰で再起動する為の再生能力もある。だから、コアを潰すしか倒す方法はないよ」
「やはり、それしか手は無いか」
「シンジ君。それにしても、君は何故、ゼーレやセカンドインパクトについて知っているんだい?」
「カヲル君も既に仲間になったから話すね」
レイとアスカが握り拳を作るのがシンジの視界に入っていた。
「僕は、サードインパクトが起きた世界から来たんだ」
レイとアスカが握った拳から力を抜くのをシンジは視界の隅で確認した。
「詳しく話を聞こうか」
シンジは逆行前に体験したサードインパクトが起きた直後までの話をした。
「そうなんだ。君には済まない事をした。僕は、シンジ君の気持ちを考えずに、自分の我儘で、君を苦しめたんだね…」
カヲルの目から涙が溢れ出した。
「それなら、僕はシンジ君達に全面協力するよ!」
「カヲル君…ありがとう!」
「良かったわね、碇君!」
「良かったじゃない!」
レイもアスカもシンジの後悔を知っていたので、カヲルが説得に応じた事を喜んだ。
「それで、シンジ君。ゼーレと戦う準備は出来ているのかい?」
「まあ。準備と言っても、何をすればいいのか分からないんだ」
「それなら、僕に考えがあるんだけど、いいかな?」
「へぇ、どんな?」
アスカの問いにカヲルは不敵な笑みを浮かばせると衝撃的な発言をする。
「僕の正体をばらして、僕を殺す事だよ」