キール・ローレンツは機嫌が悪かった。エヴァのパイロットの襲撃が失敗に終わったからである。
ドイツ情報部の不平分子を煽り、パイロット達を襲撃させたのだが、パイロット達は全員無傷であった。
更にゼーレのメンバーの一人が、自分に無断でフリーランスの殺し屋まで雇っていたのである。
結果として、ネルフに対しテロ対策の予算を認めざるを得なくなった。
「パイロットを再起不能にすら出来んかったとはな!」
メンバーの一人が、キールの怒りの矛先を話題と共に変えようとした。
「議長。例の殺し屋は如何なさいますか?」
「処分しろ!我々との関係がネルフに知られると不味い!」
既に雇い主である事はゲンドウも理解しているが、証人が居るのと居ないのとでは、条件が変わってくる。
「分かりました。直ちに……」
翌朝、芦ノ湖で一人の女性の水死体が発見される。
「例の女で間違いありませんか?」
春日は返答に困ってしまった。件の女ターミネーターは素顔を晒さなかった為、背格好は似ているとしか言えないのである。
「そうですか。指紋を調べても前科が無かったもので。それに、9パラを二発受けていることから口封じかと思ったのですが……」
「すいません。あの時は逃げるので精一杯でしたので」
「そりゃ、仕方ないですよ。私達も資料を見ましたが、あんなのに狙われて自分だけじゃなく子供達も守りきったのは偉業ですよ」
捜査課の主任刑事が逆に慰めてくれるが、春日は助かったのは偶然の産物だと思っている。
「いえ、子供達に助けられましたから」
これは、春日の本音である。パイロット達の機転が無ければ、自分達は犠牲者の記録簿に名を記されていただろう。
「しかし、あの女が簡単に消されたとは思えません」
「逆に返り討ちにした、と言う訳ですか?」
「そちらの方が自然だと思います」
「では、まだ、第三新東京市内に潜伏していると思われますか?」
「いえ、依頼主が裏切ったのです。既に脱出していると思いますよ」
春日は正直、安心した。依頼主が仕事の継続を認めていたら、今度はパイロットだけではなく自身の命すら守る自信がなかったのである。
(「運が良ければ」、二階級特進していただろうなあ…)
春日が安堵していた頃、伝説の殺し屋に命を狙われる心配がなくなったパイロット達は、カヲルの爆弾発言の内容を考えていた。
(確かに、このままなら第二、第三の刺客が来るだけだよなあ)
カヲルは自身が死んだ事にして、ゼーレに事を起こさせるべきだと主張したのである。
「僕が生きたままだと、人類補完計画は発動せず、シンジ君達の命が狙われるだけだよ。それよりは、計画を発動させて潰した方があの老人たちには効果的だと思うかな」
カヲルの主張は一理も二理もあると思うが、戦自の介入阻止を依頼した加持からの連絡が無いままである。
(戦自の対策が失敗したなら仕方がないけど、せめて連絡があるまでは待ちたいよ)
シンジとしたら、ミサトの仇とも言える存在の戦自だが、出来るだけ血を流したくないと思っている。
「碇君。渚君の話の事を考えてるの?」
「うん。綾波は、どう思う?」
「私は渚君の意見に賛成だわ。私達には準備の限界がある。でも、向こうには時間が味方するわ」
「私もレイの意見に賛成」
「僕も!」
アスカとヒロシの二人もレイと同意見の様である。
四人は学校の屋上で弁当を食べながらの会議をしている。
因みにカヲルはケンスケと一緒に教室で弁当を食べている。
別にカヲルを仲間外れにした訳ではない。彼も誘ったのだが、クラスメート達に反対されたのである。
「お前達と一緒に弁当とか、最早、拷問だ!」
「リア充、爆発しろ!」
この件に関して、何時もなら間に入るヒカリもトウジも、クラスメート達から「お前らが言える立場か!」と一喝されている。
色々な意味で格差社会が拡がっているのだ。
四人はカヲルの意見を採用する事にした。具体的な詳細は今晩にも話し合う必要がある。
彼らはネルフの諜報部を過小評価していなかった。むしろ過大評価をしていたので、襲撃事件の後遺症も早晩には回復する事を理解していた。
そして、ネルフとゼーレから追われる身になった女は、まだ第三新東京市内にいたのである。
口封じに来たゼーレのエージェントを返り討ちにしたが、不覚にも一服盛られてしまった。
彼女は痺れる手足に鞭を打ち、偶然にもかつてレイが住んでいたマンションの部屋に身を隠していた。
レイが制服と下着の替えだけを持ち、葛城宅に引っ越したので、幸いにもベッド等は放置されたままであった。
「これまでか?」
体温が下がり始めていた。間接の痛みも強くなっていく。
ネルフの捜査の目が、このマンションに向くのも時間の問題であった。
「ふん。死神とネルフの競争とはね」
苦笑しながらも、力強い意志が全身に漲っていた。こんな状況に陥っても、彼女はまだ依頼主への報復と生還を諦めていない。
現状を知る者が居れば彼女の呼び名に納得したであろう。
翌日、パイロット達を迎えに来た春日から、件のターミネーターが依頼主と決裂した話を聞いた時、一同は安堵したものである。
「残念だな。ネルフで雇えば良かったのに」
ヒロシの軽口に一同は苦笑する。
「ヒロシ君。ネルフは一応公的機関なんだがね」
「でも、ミサトさんや博士は悪の女幹部の衣装とか似合いそうですよ」
パイロット達の脳裏でミサトとリツコのコスプレ姿が想像された。
全員が苦笑しながらも納得したものである。
「確かに、あの二人は幹部だからなあ」
咎める立場の春日も苦笑するしかなかった。
午前中は、専属パイロットが自分の愛機とのシンクロテストとハーモニクス・テストを受ける。
「四人共、順調に記録を伸ばしています」
マヤがリツコに報告する。
「あんな事があった直後だから、何か影響があると思ったけど、杞憂だったわね」
「はあ…私生活に影響が出てるわよぉ〜」
リツコの言葉にミサトが呆れ顔で報告する。
「どんな影響かしら?」
「例の事件を口実にあいつら甘えまくりよ!」
「それは、大変ね」
「カヲル君なんて、『日本では、これが普通なんですか』って聞いてくるし!」
「それは、大変ね」
リツコも苦笑するしかないが、エヴァの操縦に影響が無ければ、所詮は他人事である。
「問題はフィフスね。彼は参号機の予備パイロット扱いで良いの?」
リツコがミサトに再度、確認する。
「チームワークで言えば、レイ、アスカ、シンジ君のトリオが最強だわ。交代するとしたらヒロシ君ね」
「まあ。作戦課長の貴女が判断するなら、技術部としては口を出す事じゃないけど」
リツコとしては、零号機の予備にするべきだと考えていた。
レイは人類補完計画の要なのである。純粋に戦力として考えれば、格闘戦が不得意なレイより男のカヲルが相応しいと思えるのだが、ミサトにはミサトなりの考えがあるのだろう。
ミサトもリツコの素人考え等は既に承知していたが、参号機が第十三使徒を取り込んでいる事に危惧を抱いていた。
最悪の場合はゼーレから送られたカヲル共々、生贄にするつもりでいた。
ミサトもゲンドウやリツコと同じくカヲルを信用していなかった。
(死んだら地獄に堕ちるわね)
ミサトは苦笑してしまった。カヲルや参号機の件だけではなく、自身の復讐心を満たす為に未成年を死地に送らせている自分は元より地獄行きが決定していた事を失念していた。
(人道主義者のふりをしても、所詮は偽善ね)
ミサトの思いとは別に、「カヲルを零号機の専属パイロットにせよ」とゲンドウから命令があったのは、昼食後に参号機とカヲルの準備をしていた時である。
「もう少し、早く言ってくれたら良かったのに」
オペレーター達の愚痴を聞き流しながら、突然の専属パイロット交代にミサトは疑念を抱かざるを得ない。
(碇司令は何を隠しているの?)
ミサトと違い当事者であるカヲルとレイは、ゲンドウの思惑を完全に把握していた。
「どうやら、僕達の猿芝居に付き合ってくれるみたいだね」
「今は共通の敵がいるから、手を結ぶわ」
「碇、本当に良いのだな?今なら間に合うぞ!」
冬月の折角の忠告も詰め将棋をしながらでは説得力に欠ける。
何を言っても目の前の男は翻意しない為、忠告も既に儀式化しているのは、冬月としても自覚があった。
「問題無い。ある程度のイレギュラーは当然だ」
冬月もシンジ達が子供同士で何かを企んでいるのは気づいていた。
内容までは分からないが、日頃のシンジ達を見ていれば微笑ましいとさえ思っていた。
内容を知れば微笑ましいなどと、決して言えないだろうが。
(ふん。ゼーレと碇と子供達で化かし合いか)
ゼーレとネルフを巻き込んだ猿芝居の始まりのベルが鳴ろうとしていた。