全ての量産機を完全破壊して四機のエヴァは帰投した。
ミサトはケイジに降りて、パイロット達を出迎える。
「皆。お疲れ。部屋を用意したわ。ゆっくり休んでね」
ミサトはパイロット達の為に視察に来る政治家用の貴賓室を用意していた。
「こんな部屋があったのか。知らなかった」
シンジもレイもネルフに貴賓室という代物が存在した事に驚いたが、それ以前にゲンドウが政治家相手に貴賓室を用意していた事にも驚いた。
ミサトも使った事があるのか知らないが、ゲンドウの指示なので素直に従っただけである。
確かに、地上だと戦自の残党の心配もあった、何よりもパイロットを労う気持ちはミサトも同じだったからである。
「ヒロシ。遊びに来てあげたわよ!」
夕食の後にアスカがヒロシの部屋を訪れた。本音は貴賓室という代物が珍しく他の部屋も見たかっただけである。
「殆んど変わらんでしょう?」
アスカの本音を見透かして、身も蓋もない事を言うヒロシの頭にアスカが拳骨を落とす。
「こういう時は、素直に喜びなさい!」
そう言いながら、アスカはバスルームを見やると、ジオフロント内が一望できる展望風呂になっている事に気づく。
「何よ。あんたの部屋のバスルームの方が豪華じゃない!」
「入りたければ入れば?」
ヒロシが言う前に既にアスカは入浴の準備を始めている。
「あのね。年頃の娘が男の部屋で本当に風呂に入るかね?」
「ヒロシなら大丈夫よ」
ヒロシを異性として見ているのか見てないのか微妙な発言である。
「それより、ヒロシ。これ使い方が分からないわ」
「どれどれ」
ヒロシがバスルームに入るとアスカが抱きついてきた。
「今、レイの部屋に行ったらレイは居なかったわ」
「碇先輩には?」
「教えたわ」
「なら、僕達がする事は無いでしょうね」
「そうね」
アスカとヒロシは抱き合いながら、小声で会話した。
ネルフの貴賓室などは、部屋全体が盗聴器と考えるべきだろう。
「じゃあ。敵の目を引き付けておきましょうか」
「はあ?」
アスカはヒロシに抱きついたまま、ヒロシの唇を奪う。
ヒロシの顔が真っ赤になった後でアスカはヒロシを解放するとベッドまで連れて行く。
「ちょっとアスカ先輩!」
アスカはベッドにヒロシを投げ倒すように横にすると、アスカは再びヒロシの唇を奪う。唇を奪われたヒロシが手足をバタバタと動かすが、それも次第に勢いを無くす。
「もう!強引なんだから!」
「ふふっ、今頃、ミサトが頭から湯気を出しているでしょうね」
二人はベッドで抱き合いながら会話をしている。
「僕も怒ってますよ!」
「えっ!」
アスカが驚きの声を出すと、先程のヒロシとは別の意味で顔を真っ赤にしたミサトが部屋に入って来た。
「アスカ!あんた何考えてんの!?」
「別に!」
「どうぞどうぞ!遠慮なく、厳しく、折檻してやって下さい!」
「ちょっと、ヒロシ!?」
ヒロシの意外な発言にアスカも慌てる。
「ヒロシ君が怒るのも当たり前でしょう!」
ミサトの剣幕に事の重大性に気づいたアスカだが、既に手遅れであった。
アスカはミサトに襟首を掴まれて連行されて行く。
(まあ。外野の目を逸らす目的は果たしたけど、綾波先輩達は大丈夫かな?)
ヒロシに心配されたレイはゲンドウと共に全裸でターミナルドグマに居た。
「レイ、約束の時が来た」
「あら。私との約束は反故にするつもりですか、司令?」
リツコが先回りして二人を待ち伏せていた。
「先程MAGIのプログラムを変更しましたわ。此処で、全てを精算しましょう」
リツコが右手で拳銃を構えるとポケットに入れた手に力を加える。
数秒の時間が流れても何も変化を起きないので、リツコが左手に持っていた端末を確認する。
「カスパーが裏切った…母さん、娘より自分の男を選ぶの!?」
狼狽するリツコに今度はゲンドウが拳銃を向ける。
「赤木君。本当に愛していたよ」
「嘘つき」
ゲンドウの言葉にリツコが自嘲気味に返答をするとゲンドウが引き金を引く。銃声がターミナルドグマ内に反響した。
反響が収まった時に床に倒れていたのはゲンドウだった。
レイが引き金を引ききる直前にゲンドウを一本背負いで床に叩きつけたのである。
レイはゲンドウの手から拳銃を奪うと、ゲンドウの左腕を踏みつけてゲンドウの左手に向けて発砲した。
「何の真似だ、レイ!?」
「使徒を殲滅するのが、ネルフの使命だから」
レイは、左手を押さえて痛みに耐えるゲンドウに最早一瞥もくれずに白い巨人へ向きなおる。
「さよなら」
『さよなら』
レイはリリスの声を聞いた。
その直後にリリスはL.C.Lに還元して消えてしまった。
リリスが消える寸前にリリスの思いがレイの心に伝わってきた。
嘗ての自分と同じ様にリリスは何千年も前から無に還る事を望んでいたのだ。
リリンという子孫を残して本来の使命を果たしたのである。
使命を果たした後も自身の意思とは別に子孫達の抗争の道具として生き長らえさせられていたのだ。
(全ての命に限りがあるから尊い。貴女は限りのある命を充実させなさい)
リリスは最初から最後まで道具として生きてきた。
そして、永遠の命とは別に心の寿命がきていたのである。
レイは限りある命をシンジと共に充実させる道を発見したのである。
「また…何時か!」
レイが自分の分身でもあるリリスに別れを告げていると、リツコがレイの背後から自分の白衣を脱いでレイに掛けてくれた。
「そうね。貴女にはシンジ君がいるものね」
レイはリリスが居た筈の空間を見ながらコクりと頷く。
「シンジ君が心配しているわよ。もう戻りなさい。そして、二度と此処には来ない事よ」
今度はリツコの顔を見てレイは頷く。
「さあ、いきなさい。私の心配をしなくても大丈夫よ」
レイは一度だけ、リツコに頭を下げるとシンジの元に戻って行った。
そして、その場にはリツコとゲンドウだけが取り残された。
「もう一度だけ、会いたかった」
「そうですか…でも、諦めて下さい」
リツコはゲンドウの傍らまで行くとスカートのポケットからハンカチを出して止血をする。
「私達も帰りましょう」
「…そうだな」
ゲンドウは自身の補完計画が破綻した事を悟った。
ただの人形だと思っていたレイは、何時の間にか自分の手を離れていた。
そして、その原因は息子のシンジである事も理解していた。
「息子も娘も知らぬうちに大人になっていく」
ゲンドウの言葉にリツコは思わず吹き出してしまった。
全ての使徒を倒して、ゼーレを敵に回して人類補完計画を阻止した稀有な男が凡百な父親と同じ事を口にする。
「赤木君、何が可笑しいのだ?」
この男にしては珍しく、リツコに笑われて気分を害した事を隠そうともしない。
「安心しましたわ。貴方にも人並みの感情があったんですね」
(先程。拳銃を向けられた時の言葉は、本当かもしれないわね)
全てが終わった頃にシンジはレイが脱いだ制服や下着を発見した所だった。
「これは!?」
シンジの逆行前の記憶が不安を煽っていた。
水槽内を漂うレイの群れが思い出される。
そして、それを破壊したリツコの狂気が恐怖となり全身に纏いつく。
「間に合ってくれ!」
シンジには何をどうすれば良いのか全く分からなかった。
逆行直後から考えていた事だが、所詮は中学生である。大人の男女の機微等、理解が出来る筈はなかった。
それでも、シンジはレイを守りたい一心でターミナルドグマを目指していた。
(綾波を守れなかったら、サードインパクトを防いでも意味は無いんだ。僕が本当に守るべき存在は綾波なんだ!)
レイを失う恐怖が、レイの存在の貴重さを再確認させていた。
五分程走ったところで、薄暗い通路を裸足で歩く音が聞こえて来た。
白い白衣を纏い両手で裾を持ち上げて歩く様は、童話に登場する姫君の様に見えた。
シンジは駆け寄るとレイを無言で抱き締めた。
レイもシンジの反応に一瞬だけ驚くも、彼の背中に手を回した。
(碇君は温かい)
シンジの体温がレイには心地好く感じられた。
レイは、この温もりを決して手離したくなかった。
シンジはレイを抱き上げると来た道を戻り始めた。
シンジは色々な意味で自分が随分と遠回りした事に気がついた。
シンジは本来の進むべき道を見つけたのである。
それも、一緒に進むべき存在を自身の腕に感じながらである。
(後はミサトさんとカヲル君の事だけだな)
そして、ミサトの妊娠を知らないシンジは、自分が逆行して以来の最大の壁ではないかと思っていた。
その頃、シンジから低評価を受けた本人はと言うと、アスカ相手に説教をしていた。
(この娘は、私と加持君が結婚して監視する人間が居なくなったら、何をしでかすか分からないわね)
アスカの積極さは貴重だと思いながらも年齢相応の男女交際をして欲しいと切に願うミサトであった。