新世紀エヴァンゲリオン takeⅡ   作:周小荒

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第51話 それぞれの道

 

 キョウコが目覚めると、視界には白い天井が入ってきた。

 

「うーん。よく寝たわ!」

 

 声に出した途端に胸の上に圧迫感を感じて視線を向けると一人の少女が抱きつく様に眠っていた。

 一目で自身の愛娘だと認識すると頭を優しく撫でる。

 弐号機に取り込まれた時の記憶は断片的にあったが意識朦朧の状態であった。

 それでも、母親の本能で成長する娘だけは認識していた。

 

(大きくなったわね)

 

 成長した我が子に、十年分の愛情を、どの様に注ごうか思案していると娘が目覚める。

 

「私の事が分かる?」

 

「ええっ、分かるわよ。アスカちゃん」

 

「ママ!」

 

「アスカちゃん!」

 

 アスカは本当に自分の母が帰ってきたのか不安だった。しかし、自分の懸念が杞憂であった事に喜びを隠せないでいた。

 そして、十年の時を経て母娘が再会したのである。 

 母娘が感動の再会をした病院内では、逆に完全な絶縁となった母子も存在した。

 

「その、ヒロシ君。武士の情けで、お母さんと呼んであげたら?」

 

 ミサトの口調も歯切れが悪い。宗谷親子に関しては事情を知る者には当然の反応であろう。

 

「葛城一佐。それは、命令ですか?」

 

 ヒロシが事務的な口調で問い返す。声は絶対零度の冷たさである。

 

「べ、別に命令なんかじゃないわよ」

 

 お節介な性格のミサトが、下手な行動で自爆をしているのを見てリツコは「無様ね」と思うのだが、自身の母の事を考えると他人事ではなかった。

 結局は親子の対面は成立せずに、逆にヒロシから経歴抹消を申請されたのである。

 

「後悔しないわね?」

 

 ミサトも親子関係を無にする行為に気が引けたがヒロシの意思を尊重せざるを得なかった。

 悲劇は宗谷親子だけではなかった。碇家の場合は離婚に至ったのである。

 ユイは、キョウコより明確な意識があった様で、初号機の内部からシンジやレイの境遇を把握していた。

 ユイからすれば、シンジは勿論のこと、レイも自身の娘と同様の存在である。

 その二人の境遇を考えれば、夫であるゲンドウは完全な育児放棄に虐待である。

 ユイ自身も二人に対して負い目を自覚していた。

 

(シンジがサードインパクトの世界から帰って来ていたとはね。私の我が儘でシンジには辛い思いをさせてしまったわ)

 

 ユイは初号機に取り込まれていた時に、シンジの心の内側も知ってしまった様である。

 そこから、ゲンドウの女性関係も知ってしまったのだから、ユイの怒りは頂点に達していた。

 

(シンジにも母親が必要だから、再婚しても構わないけど、育児放棄して自分はリツコちゃんを弄ぶなんて、女として許せないわ!)

 

 ゲンドウが父親として失格なだけなら、ユイが間に入り父子の仲を修復させる事が出来たのだが、リツコと愛人関係を結んで更に彼女から恨まれる事をしたとなれば、ゲンドウに男として責任を取らせる他無い。

 縋りつくシンジを抱きしめながらユイは修羅と化していた。

 

「ユイ!」

 

 そんな事とは知らずに、冬月からユイのサルベージ成功を告げられて無邪気にゲンドウが病室に来たことで、事態は一気に悪化した。

 

「あなた!」

 

 ベッドから上半身を起こしてシンジを抱き締めていたユイは、ゲンドウが入室すると同時にシンジを解放する。

 両手を広げたユイを目掛けてゲンドウが直進する。感動の再会だと、事情を知らぬ者には思えただろうが、数秒後には、とんでもない思い違いだったと知る事になる。

 ゲンドウがユイを抱き締める寸前に、ユイは上半身のバネだけを使った右ストレートをゲンドウの顔面に炸裂させた。

 元新撰組の警官の奥の手並みの威力であった。

 

「ユイ、何をする!?」

 

 問い質すゲンドウの声にユイは、ベッドから下りると仁王立ちになり、床に尻もちをついたゲンドウへ絶対零度の冷たい視線と声で返答する。

 

「私が何も知らないと思っているの?」

 

 ユイの返答にゲンドウは一気に顔を青くする。

 

「ま、待て。ユイ。誤解だ!」

 

 ゼーレの追及を徹底的に躱したゲンドウでも、この様な場合には世間並の言い訳の常套句しか出てこない。

 

「問答無用!」

 

 そして、月並みな言い訳が通用する場合でも相手でもなく、ユイの怒りの鉄拳の嵐を受ける事になる。

 

「私が居なくなった途端に育児放棄をする!」

 

 ユイのパンチがゲンドウの顔面に炸裂する。

 

「女の子のレイにも、何て扱いをしたの!」

 

 ユイのボディブローの連打を受けてゲンドウの肋骨が粉々に砕ける。

 

「リッちゃんにも手を出して、何を考えているの!」

 

 ユイの左右のハイキックがゲンドウの側頭部に叩き込まれる。

 

 既にゲンドウは虫の息である。

 

「リッちゃんの事だけでも、男らしく責任を取りなさい!」

 

 騒ぎを聞きつけて、病室に駆け込んだ冬月とリツコの目の前には、床の上に肉の塊と化したゲンドウが倒れていた。

 

「碇!」

 

「司令!」

 

 慌てながらも、ゲンドウの生死の確認をする二人は流石である。

 

「色々とあったから、リッちゃんも殴りたいでしょ。私に遠慮せずに、どうぞ!」

 

 ユイがゲンドウをリツコに差し出した。

 

「ユイさん。もう、殴る所が残って無いですよ」

 

 青い顔をしながらも返事をするのは、女性同士の仲間意識なのかもしれない。

 

「ユイ君。幾ら何でも、これは、やり過ぎだろ」

 

 冬月も青ざめながら、ユイに諫言したが、逆に説教される立場となった。

 

「冬月先生。先生が側に居ながら、何故、この人を諫めてくれなかったのですか!」

 

「いや、その、ユイ君。それは……」

 

 冬月もユイの迫力に押されて逃げ腰であるのは仕方ない。

 

「私は先生の事を信頼していたんですよ!」

 

「その、面目ない!」

 

 あっさりとユイに全面降伏する冬月であった。

 

「とにかく、ゲンドウさんとは離婚します。シンジとレイは私が引き取ります!」

 

 ユイの当然といえば当然の宣告にゲンドウはユイの足に縋りついて慈悲を乞う。

 

「ユイ、私を捨てないでくれ!」

 

「ゲンドウさん、離しなさい!」

 

 特務機関の司令官の体裁も面子もかなぐり捨ててまで、縋り付くゲンドウをユイは無慈悲にも蹴り剥がす。

 

(男女が入れ替わったが金色夜叉の貫一とお宮だな)

 

 冬月は声にしなかったが、内心の感想はユイも同じだったらしい。

 

「女々しいわよ!」

 

 その場で膝を折り、悲嘆に暮れるゲンドウをリツコが無言で背後から優しく抱き締めた。

 

「赤木君」

 

「司令」

 

 暫し見つ合う二人であったが、ゲンドウがリツコから視線を背けた。

 

「私は君が愛するに値しない男なのだ。君は君に相応しい相手を見つけるべきだ」

 

 生きる目標を失ったゲンドウの、最後の誠意の言葉である。

 

「それなら、私に相応しい男は貴方だけですわ」

 

 リツコの言葉にゲンドウも思わず視線を戻す。

 

「私も貴方も非人道的な人間ですもの。お似合いの男女ですわ」

 

 ゲンドウはリツコの告白に再び顔を背けた。

 

「何を馬鹿な。君は私の命令に従っただけだ。全ての責任は私にある」

 

 ゲンドウが言い終わるのと同時にユイの踵落としがゲンドウの脳天に炸裂する。

 

「だから、責任を取れと言っているのよ!」

 

「わっ、分かった!」

 

 離婚を宣告されても、ユイに頭が上がらないゲンドウであった。

 一部始終を見ていた息子と娘はユイには決して逆らってはならない事を学習していた。

 

(母さんって、怖いんだ)

 

(ユイさんは、色んな意味で、私の母親になるのね)

 

 碇家の嫁姑問題は姑の一方的な勝利で終結した様である。

 ユイは即断即決の人であり、実行するのも早い人であった。

 翌日には弁護士に離婚調停を依頼して、自分が初号機に取り込まれるまでのゲンドウの財産の半分を請求した。

 シンジとレイの養育費については、一円も請求せずに権利を放棄していた。

 これは、言外に子ども達とも縁を切らせる宣言でもあった。

 ゲンドウにすれば、ユイとの関わりを完全に切られた事になる。

 そして、傷心のゲンドウを慰めるリツコの存在が大きくなるのであった。

 

(リツコさんも母さんも、父さんの何処が良かったんだろうか?)

 

 ゲンドウに寄り添う様に、色々と彼の身の回りの世話をするリツコを見てシンジは不思議に思うのである。

 シンジ自身もユイとレイとの三人暮らしに戸惑いながらも新生活を始めていた。

 アスカもキョウコとヒロシとの三人暮らしを始めている。

 そして、シンジが最も驚いた事は、ミサトと加持が結婚した事である。

 

「お腹が目立たないうちに、式を挙げようって、大急ぎで式場を予約したわ」

 

 周囲の人間にミサトは語るが、誰も本気にしていなかった。

 大急ぎで予約したにしては、招待状から列席者の席割りまで、全ての配慮が行き届いた式であったからである。

 

「何も、そんな事に見栄を張らなくてもいいのに…」

 

 アスカの感想は参列者全員の内心の代弁でもあった。そして、式の間、シンジは泣き続けていた。

 シンジにしてみれば、最期は自分を守り非業の死を遂げたミサトが結婚するのである。

 泣かない筈がない。

 

「シンジ君」

 

「碇君」

 

「シンジ」

 

 ミサトは単純に、シンジが泣くほど、自分を慕っていたと感動していたが、全てを知るレイとアスカの見解は違っていた。

 

(そこまで、結婚が無理と思っていたのね)

 

 真実を知らない方が幸せなケースの見本である。

 ミサトを結婚させる偉業を成し遂げた事にシンジは満足していたが、その後、想像すらしなかった事態が起きるのである。

 セカンドインパクトの真相を調べていたのは加持リョウジだけではなかったのである。

 

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