それは、結婚式での出来事であった。
ゲンドウとリツコの結婚式の出席者は、パイロット達とキョウコと加持夫妻のみ。
碇ユイは出席せずに名代としてレイを出席させていた。
出席者は七名だけだったが、出席者とは別に、ゼーレの残党の報復を警戒して、厳重な警備体制が隠密裏に敷かれていた。
ミサトと加持の二人は職業柄、この警備に気付いてはいたが、口にしたのは……
「綺麗よ、リツコ!」
「おめでとう、リッちゃん!」
二人からささやかな祝福を受け、頬を朱に染めるリツコは、お世辞抜きに美しかった。
新婦は初婚という事もあり、美しいのだが、タキシード姿の新郎は怪しさ満点であった。
「まあ、父さんの場合は、紋付き袴より、タキシードの方が、まだ、マシだよ」
息子の容赦無い言葉にゲンドウは心を痛めたが、シンジの言葉は出席者全員の本音の代弁でもあった。
「碇先輩、本当の事でも口に出したら駄目ですよ」
ヒロシが無意識にゲンドウに追加のダメージを与える。
(碇司令が紋付き袴だと、ヤクザの襲名披露と変わらないからなあ)
ヒロシの心の声は、出席者全員の内心の感想でもあった。
新郎と新婦の格差は別にして、新婦の幸せに満ちた顔に出席者全員が理解不能ながらも祝福をしていた。
式は大過なく進み、新郎新婦はライスシャワーを浴びながら教会を出た。この瞬間に惨劇が始まったのである。
新婦がブーケをトスした瞬間に、ブーケは空中で四散する。それと同時にゲンドウが額から血を吹き出して倒れる。
「ゲンドウさん!」
「リッちゃん!」
倒れた新郎を庇う様に抱きつく新婦を新郎ごと加持が教会内に引き摺る様に避難させる。
ミサトはシンジとレイを押し倒す様に地面に伏せさせる。ヒロシは惣流母子の襟首に飛び付き引摺り倒す。
(銃声が無い。超遠距離?)
加持とミサトが銃声と着弾の時間差で狙撃手との距離を計ろうとしたが、肝心の銃声がしないのである。
(まさか遮音してるの?)
ミサトが軍人として現状の分析をしながらも、ヒロシに指示を出した。
「ヒロシ君!まだ動いちゃ駄目よ!」
「了解!」
ミサトがヒロシに指示を出した後、ふと娘の笑顔が頭を過ぎる。
(サトミを連れて来ないで正解だったわね)
ミサトには娘の事を気に掛ける余裕もあったが、彼女に庇われたシンジは想定外の出来事にショックを受けていた。
(何で!?サードインパクトも阻止して、ゼーレも壊滅した筈なのに!?)
逆行者として使徒戦とゼーレとの暗闘にアドバンテージを持っていたシンジだったが、所詮は中学生であり、セカンドインパクトを知らない世代である。
世界には、セカンドインパクトにてかけがえのないものを永遠に喪った人たちが居る事に気付いていなかった。
シンジには目前のサードインパクト阻止という巨大な目標があり、それ以外は眼中に入らなかった事は無理からぬ事であった。
「碇君」
想定外の惨事に放心状態になっているシンジを心配してレイが優しく呼び掛ける。
レイの呼び掛けに現実に戻ったシンジだったが、事態は膠着したままである。
「大丈夫よ。既に保安部が動いているから心配無いわ!」
ミサトがパイロット二人を安心させる為に声を掛けるが、二人の心配は目前の狙撃ではなく、狙撃された背景にあった。
(ゼーレの残党なら、今回の狙撃だけでは終わらないはず。これからも、ネルフに仕返しに来るのでは?)
(碇司令が狙われたなら、息子の碇君も狙われるのでは?)
シンジもレイもゼーレの残党の仕業と思い込んでいたのだが、ヒロシには別の考えがあった。
(碇司令が狙われたのは、セカンドインパクトを起こした連中の仲間と思われたからでは?)
他のパイロット達とは別にヒロシはネルフに対しては冷めた目で見ていたので、ネルフの世間的な評価について正確に想像していた。
ヒロシに言わせれば、所詮、ネルフはゼーレの傀儡であり、現状は仲間割れの結果であり、暴力団の跡目抗争で下克上が成功したのと同次元の話だと思っていた。
ゼーレ、セカンドインパクト、エヴァ、ネルフと怨嗟の声が絶えないのである。
(次に狙われるのは碇先輩だけにしてくれよ……最低だ、俺って)
ヒロシが薄情な事を考えていると保安部員から狙撃手の身柄を確保した事を伝えられた。
「テロリストは既に死亡しました。皆さん、安心して下さい!」
保安部員の声に、シンジはミサトを跳ね除けるように体を起こすと同時に教会へ駆け出す。その後をレイ、ミサトの順で追い掛ける。
「救急車を呼んで!」
ミサトが走りながらも指示を出す。その間にシンジは教会内に駆け込む。
「リツコさん!父さん、は…………?」
駆け込んだシンジが目にしたのは、頭部から血を流すゲンドウとウエディングドレスを真っ赤に染めながらも必死に止血作業をしているリツコであった。
「患者は頭部に被弾している。応急措置をしているが、出血が止まらん!」
リツコの背後で加持が携帯電話で医師の指示を仰いでいた。
「シンジ君。タオルか何かを持って来て!」
リツコが鋭い声で指示を与えると、シンジは反射的に動きだした。
その直後、教会内に救急隊員達が飛び込んで来た。
「出血が激しいわ!止血を最優先に!!」
リツコが救急隊員にゲンドウの容態と対処を指示しながらも救急車に乗り込む。
「ユイさんが心配するわ。シンジ君はレイと帰りなさい……。」
救急隊員と入れ替わりにやって来たミサトがシンジ達の帰宅を促した。
素直に従う他ない。
帰宅中の車内でシンジは呆然とするしかなかった。
「碇君……」
横に座っていたレイがシンジの手を握ると、彼を自身の方へ引き寄せて抱きしめた。
「大丈夫。碇君はやれる事は全てやり尽くしたわ。後は大人達が解決する事よ」
レイからすれば、シンジは既に人類補完計画を頓挫させたのである。称賛はされても、ゲンドウ達が犯した罪に連座をする必要は無いのである。
「……うん」
シンジは返事をしながら、自分がレイに守られている事を自覚した。
彼女の覚悟をシンジは敏感に感じていた。シンジやユイに危害を加えようとする者達を排除する覚悟を。
(僕も父さんも最後は女の人に支えられるのか)
シンジは自身の不甲斐なさを自嘲しながらも、レイに抱きしめられる安心感に身を任せた。
そして、若い二人が絆を再確認していた頃、同じく送りの車中で抱き合う若い二人がいた。
「アンタ、今日の襲撃を予想していたでしょう!」
アスカが小声でヒロシの耳元で詰問する。
「もしかしたら程度には」
ヒロシは素直に返事をする。アスカに抱かれるのは心地よいのである。
「まあ。いいわ。冷静に考えたら、不思議な話じゃないわ」
「それに、もう、一波乱が起こると思うけどね」
アスカのヒロシを抱きしめる腕に力が入る。
「シンジや私達がターゲットになるの?」
「いや、たぶん、大人同士の醜い争いだよ」
「そう」
ヒロシの返事に安心したのかアスカは腕の力を緩めた。
「私達に害がなければ構わないわ」
アスカは他人が聞けば利己主義と思われる事を口にする。
アスカに言わせれば使徒を相手に戦いながら、組織の対立意識から命を狙われ、更にゼーレの人類補完計画を阻止する為に量産機と戦ったのだ。これ以上、自分達を巻き込むなというのが本音である。
「それも、碇司令の容態次第だと思う」
アスカもヒロシが何を言いたいのかは理解が出来た。
ネルフとゼーレは最終的には対立したが、それまでは蜜月関係であった。
ゲンドウとゼーレに対して憎む者は国単位でいる筈である。
(シンジとリツコには悪いけど、碇司令が亡くなってくれた方が安心だわ)
セカンドインパクト前後は平和だった日本と違い、常にテロや紛争の緊張感を持っていたヨーロッパに育ったアスカには今後の事を考えずにいられない。
「ネルフとは早く縁を切った方がいいわね」
「うん」
若い二人が車の後部座席で抱き合う姿をバックミラーで見ていた母のキョウコと運転手の保安部員が苦笑していた。
「何時も、こんな感じなんですか?」
「家だと、もっと仲良しよ」
キョウコが保安部員の質問に苦笑に苦笑を重ねて応じる。
(葛城さんも大変だっただろうなあ)
キョウコの返事から、ミサトに同情する保安部員であった。
その頃、保安部員に同情されたミサトは別の意味で苦慮していた。
「犯人の背後関係は?」
「まだ、調査中ですが、恐らくは単独犯だと思われます」
「根拠は?」
「これを見て下さい」
保安部員が差し出した数枚の写真にミサトの表情も曇る。
写真の中には雪ダルマと犯人と思える初老の男性と娘と孫と思われる三人が写っていた。
「雪か、懐かしいわね……」
セカンドインパクト前の幸せな一家の写真であった。
「調査中の結果は加持一尉に報告して」
ミサトは調査結果を聞いても、益なく、不愉快になるだけだと判断して加持に押し付けることにした。
ミサトは碇司令とゼーレに反感を持つ組織の攻撃に備えなければならないのだ。
(碇司令が助かれば、こんな苦労をしなくても良いんだけどね)
しかし、事態は予想外の展開を迎えるのであった。
身内の不幸が重なった事とコロナの影響で仕事の方が忙しくなった為に更新が遅れました。
以前よりは更新が遅くなると思います。