シンジがミサトと暮らしを始めて二週間になる。
シンジは毎朝、自分とミサトとレイの分の三人分の弁当と二人分の朝食を作り登校する。
「ミサトさん。僕は学校に行きますけど、御飯は食べたら食器はシンクに下げて下さいね」
「了解」
ミサトは布団から手だけ出して返事をする。
シンジが家を出ると電話が鳴りミサトは受話器を取る。
「彼氏との同棲生活はどう?」
電話の主はリツコである。
「シンジ君ね。父親に似て口煩いわよ」
ミサトの声には真実味があった。
「兎に角、几帳面な性格で箸の持ち方から椅子の座り方まで煩いわ」
ミサトの泣き言にリツコの額には青筋が浮かぶ。
(中学生に言われる程のズボラでガサツな性格を治しなさいよ!)
「それで、レイが退院してからは毎朝、レイの分の弁当まで作っているわ」
流石のミサトもレイとの関係を茶化す気にはならないようである。
「そうね。シンジ君にしたらレイに負い目を感じているんでしょうね」
「それから、携帯も渡しているけど、掛ける事も受ける事も無いみたいなの」
「シンジ君は友達を作るのに不向きな性格みたいよね」
「あいつ、学校ではレイしか見てないのかも」
ミサトの予測は半分は当たりで半分は外れであった。携帯に関しては真面目なシンジが官給品を私用に使わなかっただけであった。
そして、シンジがレイしか見てなかったのはミサトの予想通りであった。
シンジはレイが学校に復帰して以来、レイの側を離れないでいた。
休み時間にはレイが休んでいた間に遅れた勉強を教えて、昼休みもシンジが用意した弁当を二人で食べるのである。
クラスメート達は二人が交際していると勘違いをしていた。
「今日も碇君の手作りの弁当だわ」
「あんな優しい彼氏がいるとか、綾波さんが羨ましいわ」
クラスメート達が誤解するのも当然である。毎日、レイが片手で食べれる様に俵型のお握りに野菜のハンバーグと魚の佃煮と凝ったメニューである。
レイも大人しくシンジが作る弁当を食べるのである。
端から見れば仲睦まじいカップルに見えるのは当然で第三者であるクラスメート達が声を掛ける隙も無いのである。
「綾波は肉が苦手だから、明日は豆腐ハンバーグとか考えているんだけど」
「問題ないわ。碇君の作る料理は美味しいもの」
レイはシンジの料理について事実を言ったまでだが、会話を聞いていたクラスメートには惚気に聞こえるのである。
シンジもクラスメートの反応には無頓着なままで、今のシンジにはレイの事しか眼中にはなかった。
(綾波には色々と興味を持ってもらわないと)
シンジはレイの物事に執着しない性格を危ぶんでいた。
何かに興味を持ち執着する様になれば、自分の代わりは居るからと危険に飛び込む事は無くなるのではと考えていた。
二人が弁当を食べ終わると同時に警報が鳴り響いた。
シンジとレイの携帯からは緊急呼び出し用の着信音が流れる。
シンジとレイが携帯の着信音を止めると同時にパイロット付きの黒服が教室に入って来た。
「非常呼集だ。表に車を回している!」
シンジとレイが黒服に先導されて教室を出て行くのを見て、残されたクラスメート達は唖然とするのであった。
「なあ、トウジ。転校生と綾波が非常呼集されたという事は、例の怪獣騒ぎで怪獣を倒した秘密兵器のパイロットって、あの二人かもな」
「ケンスケ。お前も遠回しに言わんと、素直に上の戦いを見物したいと言えや!」
クラスメート達の家族もネルフ勤務の者ばかりである。そこで、先程の黒服とネルフと碇の単語が揃えば、シンジの父親が碇ゲンドウである事は容易に察しがつくのである。
そして、いち早く教室から黒服に先導されたのはシンジとレイが更に安全な場所に避難したのだとクラスメート達は思い込んでしまった。
故にケンスケが正解であるとトウジは思わずに、ケンスケがシェルターを抜け出す為の口実だと判断したのだ。
そして、トウジの判断は世の中の大半の人間と同じ判断であった。
「俺達、友達だよな。トウジ」
「難儀な奴やなぁ」
結局、トウジはケンスケと共にシェルターを抜け出すのである。
実はトウジもケンスケ程ではなかったが、ネルフの秘密兵器には興味があったのだ。
ケンスケとトウジがシェルターを抜け出す相談をしていた頃、ネルフ本部では慌ただしく初号機の出撃準備がされていた。
既に国連軍は冬月が言う。「税金の無駄遣い」を終了して匙をネルフに投げ渡していた。
「いい?シンジ君。練習の通りにすれば大丈夫よ!」
「了解」
ミサトの声に簡潔に返答しながら、シンジは既にミサトの作戦が失敗した後の事を考えていた。
(ケンスケとトウジは、また、シェルターを抜け出しているかもしれない)
ケンスケが主犯なのはシンジにすれば自明の理であった。
(前回は幸運にもエヴァの指と指の間で助かったけど、今度も助かる保証は無い)
この世界に戻って来た時から対策は考えていたが、全て計画通りに行くとは限らない事をシンジは熟知していた。
その意味では、シンジは歴戦の戦士であった。
「初号機パイロット。心拍数と血圧の上昇を確認。かなりの緊張状態です!」
マヤがシンジの状態をミサトに報告する。
「無理も無いか。前回とは条件が違い過ぎるわ」
ミサトは初心者特有の緊張だと判断したが解決策も無いままシンジを地上に送り出す。
「エヴァ初号機発進!」
ミサトの号令を受けて初号機が発進する出現位置は第4使徒シャムシエルの至近距離である。
初号機はパレットライフルを手に取ると兵装ビルから飛び出して、シャムシエルにライフルのフルオート射撃を浴びせる。
発射された劣化ウラン弾は全て命中して爆炎と爆煙を生んだ。
「馬鹿。爆煙で敵が見えない!」
ミサトが思わず無責任に叫ぶ。
初号機は半歩だけ後退してシャムシエルの様子を観察する。
待ち構えてる初号機目掛けて爆煙の中から高速の光の鞭がライフルと一緒に兵装ビルも袈裟斬りにする。
初号機はライフルを犠牲にバックステップして光の鞭を避けると袈裟斬りに斬られて滑り落ちる兵装ビルを抱き抱える様に受けとめる。
斬られた兵装ビルを抱えている初号機の前に爆煙の中からシャムシエルが姿を現す。
「シンジ君。新しいライフルを出すから逃げて!」
ミサトが指揮官らしく反射的にシンジに指示を出す。
初号機は抱えていた兵装ビルをシャムシエルの頭上に放り投げる。
シャムシエルは頭上から飛来するコンクリートの塊を光の鞭で細切れにする。
粉塵がシャムシエルと初号機を飲み込みスクリーンから両者の姿が消える。
(上手い!)
ミサトだけではなく発令所のスクリーンで観戦していた職員達はシンジが逃げる隙を作る為に兵装ビルをシャムシエルに放り投げたと考えた。
「初号機。プログレッシブナイフを装備」
しかし、マヤの報告が発令所の面々の予想を裏切った事を伝える。
粉塵の煙幕が消えた時、自分達の予想を超えた光景をスクリーンの中で確認する事になった。
スクリーンの中では、シャムシエルの胸のコアにプログレッシブナイフが突き刺さり、初号機が両手に光の鞭を握り片足でプログレッシブナイフのグリップを押さえつけていた。
シャムシエルは退く事も進む事も出来ずに胸のコアから火花を散らしていた。
「まさか!」
ミサトが驚きの声を漏らす。ミサトの声は発令所に詰めていた職員全員の心の声の代弁でもあった。
火花を散らしていたコアが高く乾いた音を発した次の瞬間、光の鞭が消える。
光の鞭が消えると初号機もバランスを崩して背中から地面に倒れた。
「パターン青、消滅。使徒、沈黙しました」
日向の声が発令所に響いた。
「勝ったの?」
「敵の反応が消え、初号機が健在な状況は勝ったと言えるでしょう」
ミサトの疑問にリツコが返答した。次の瞬間にはミサトが指示を出す。
「初号機を回収。パイロットの保護を最優先して!」
ミサトの指示に反応して発令所が慌ただしくなる。
「お疲れ様、シンジ君。3番リフトを使ってね!」
「了解しました」
シンジが返事をして、スクリーンの中の初号機が起き上がると同時にシンジが素っ頓狂な声を出す。
「何で!」
シンジの声と同時に初号機が捉えた映像が発令所のスクリーンに転送される。
「シンジ君のクラスメート!」
スクリーンにはシェルターを抜け出して初号機と使徒の戦闘を見物していたケンスケとトウジの姿があった。
「保安部は二人の身柄の確保!」
ミサトの声には深刻な響きが含まれていた。世間には、何時かはエヴァの存在を知られるのは必然であったが、あまりにも早過ぎる事と地上は劣化ウラン弾の爆発で放射能汚染の危険があった。
「保安部は何をしていたの!」
一般人がシェルターから抜け出せる程度のセキュリティでは機密保持に不安を抱かざる得ない。
この防諜体制の甘さは、後に現実問題としてネルフを危機に陥れる事になる。